美しいの
美しいの1
『レイデェント・ミュージアム』は光輝く美術館だった。
そこかしこにランタンが輝いていて、中の絵をきらびらかに照らしている。
ここは、大きさとしては普通らしいけど、前の戦争の時には前線から有名な絵画の避難場所として活躍したらしい。
それで戦争が終わって、絵画も大半が元の場所に戻されたけど、戻されなかった絵画も多く残っていて、この部屋のもそれらしい。
さして広くない部屋は壁や天井も真っ白で、窓はなく、代わりに沢山のランタンが光っていた。
その光が照らしてるのは壁に架けられた六枚の絵画だった。
油絵は詳しく知らないけど、どれも綺麗な絵だった。ただ、裸婦絵なのであまりジロジロとは見れなかった。
そんな絵の前、部屋の真ん中には簡単な木のベンチがあって、それに座って絵を見えるように配慮されていた。
それとは別に部屋の角にはそれぞれ椅子が置かれていて、これはあたしたち用のだ。そして出入り口が二ヶ所、入って通りすぎて次の部屋に行けるようになっていた。
この一室が今回の警備する空間だった。正確には、この空間があたしたちの担当だった。
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ゾーンディフェンス、と言うらしい。
この美術館みたいに広い場所をまとめて警備できる護衛ギルドは少なく、特に今回みたいに急な場合はまず見つからない。だから複数のギルドが集まって合同で受けるのが通例らしい。
でも隣のギルドのメンバーの顔なんかわからないし、急には覚えられない。
だからそれぞれのギルドは担当の空間、部屋を決め、そこだけを集中して警備するのだ。そして他には立ち入らないことで、他と混ざらず、混乱なく警備ができる。
玄関や廊下などは中立で、一番大きなギルドが警備しているが、それ以外の部屋は担当のギルドが警備し、他のギルドは通行禁止となっている。
そうやって担当の部屋でぐるりと最深の部屋囲うことで、広い美術館を警備していた。
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良くできたシステムだと思う。
ただ一つだけ、立ち入り禁止で行き来できる場所は制限されているせいであたしはその肝心の『二つの緑の谷』に近寄ることもできず、まだどんな絵なのかも知らないでいた。
リバーブの説明では、今回の展示テーマの『デフォルトランド・コレクション』で一番有名で高価な風景画らしい。
だから怪盗に狙われて、予告状なんかが届くのだろう。
なんて思いながら欠伸をこらえる。
もう何度目かなんか数えてもない。部屋の角にただ座って、絵でなくて人を見るのは想像以上に暇だった。
一応、今回二人組で行動し、相方にレットはいるが、美術館は静かにするのがマナーなので、話すこともできない。だからかレットは大人しくて、贅沢にも退屈だった。
それで何かトラブルでも起これば気がまぎれる、なんて不謹慎なことを考えてしまう。
それさえも打ち砕くみたいに、来館しているお客さんはみんなお行儀の良いお年寄りばかりで、静かだ。
当然ながら問題など起こることなく、あたしらなんていてもいなくても変わらない感じだった。
今いるのだって、カワイイお婆ちゃんが一人いるだけで、傘を引きずりながらも丈夫な足腰で、トラブルの兆しも見えやしない。
そんな訳だからあたしたちも忍耐強く静かにしてないといけなかった。
やることなくお喋りもできない退屈な時間だ。
肩がこる。
といって不真面目にストレッチするわけにもいかず、ひたすら静かに座り直してばかりだった。
対角線上に座るレットはだらしなく足を投げ出し、遠慮なく大あくびしてる。
それにムカつきながらも、見てるあたしもつられそうになる。
悪魔のような誘惑だった
「問題ない?」
いきなりのリバーブの声に舌を噛みかける。
見ればリバーブとブラーが戻ってきていた。
「問題ないです」
冷静を装って返事する。
「なら良かったわ。それで私たちが見てるから今のうちにレットと一緒にご飯食べてきてちょうだい。チケット渡してあるわよね?」
「あります」
「なら早めにね。警備用の食堂はカフェとは違うから間違えないようにね」
「あの、予告時間真夜中なのに昼間から無様に警備させられてるのって、やっぱり交渉の段階で負けてませんか?」
「レット、ブラーが着くまで勝手に持ち場を離れないの」
「ちゃんと交代したよ」
そう言ってレットが振り向いた先ではブラーが背中の大剣を鞘ごと外そうとしてベルトが角に引っ掛かってて手間取ってるところだった。
「真面目な話、今からこんな駄作相手の無駄警備で体力削ってどーすんだよバカじゃねーの」
「レット、下見の時間のついでよ。ぶっつけ本番で警備するよりまだましでしょ? それに相手も下見に来てるかもしれないわけだし」
「あのなーリバーブ、当日下見とかどんな怪盗だよ。やるなら予告状書く前に下見だろーが」
「あら、あり得るわよ。私たちが警備するのは今が最初なんだし」
「んなん見て変わるかよ。大方美術館側が、どうせ雇うならびっちりこき使おーとか狡いこと考えてんだろ? だから美術屋はクソなんだぎゃ!」
レットの後頭部のモジャモジャに、降り下ろされた傘がめり込んだ。
「何すんだが!」
振り向いたレットの顔面に更に傘が叩く。
「ちょ! ま! ちょ!」
更なる乱打をカワイイお婆ちゃんが繰り出す。
その目はかわいくない。
「ごらぁババァ!」
キレたレットが傘をつかまえ睨む。
それに怯まずカワイイお婆ちゃんは間、髪を容れずレットの脛を蹴った。
「はう!」
思わず傘を放したレットの鼻先にその傘が突きつけられた。
「美術館では静かにするのがマナーでしょ」
「んだと」
「マナー、でしょ」
カワイイお婆ちゃんはカワイイお婆ちゃんと思えないほど強い語気で、レットを睨んだ。
「すみませんでした」
素早く頭を下げたのはリバーブだった。
「こいつには後でよーく叱っておきますから、ほらレット」
言われてレットも、渋々と言った感じで頭を下げる。
……あ。
あたしも慌てて立ち上がって頭を下げた。
「……お嬢さん方はまともなようね」
そう言ってからカワイイお婆ちゃんはレットの鼻を摘まむ。
「いいこと? 今回はお二人に免じて許してあげるけど、今度美術館で騒いだり、汚い言葉を使ったら承知しませんからね」
「……すみまふぇんれした」
鼻を摘ままれたままレットが謝ると、カワイイお婆ちゃんはそれを放してツカツカと行ってしまった。
……なんか、久しぶりに叱られた気がする。
「……あのババァ、怪しいから奥の部屋に連れ込んで尋問しょうぜ」
「「レット」」
「マジマジ、アレが怪盗だって。夜になるとレオタード着て鞭振るうん!」
カツカツカツと足音がしてレットはビクッとなった。
だけど入ってきたのは、違う人だった。
「素晴らしい!」
開口一番に避けんだのは若い男だった。
長めの金髪をオールバックに撫で付けていて、長い睫毛に青い瞳、高い鼻でハンサムな顔をしている。着ているのは白いシルクっぽいシャツで、前のボタンを止めずに羽織っただけだった。見える胸板は厚くて筋肉質だ。その上で首から下げた赤色のペンダントが揺れていた。
まるでナルシストな貴族みたいだった。
「素晴らしい! 正に美の競演じゃないか!」
そう言いながらナルシストはリバーブの前に立つ。
「いやはや護衛ギルドなんてやからはむさい男ばかりと思ってたが、まさかこんなにも、絵画にも負けず、いやむしろ勝って美しい方がおられるとは」
ナルシストはやうやうしくリバーブにお辞儀した。
「初めましてお美しい方、私めはプリニー家が次男、ファーム・ヴェスヴィラス・プリニー男爵と申します。以後お見知りおきを」
そう言ってファームは、リバーブの手の甲に口づけをした。
そのリバーブは、まるで腕に蜘蛛が這い上がってきてるみたいな、ひきつった顔をしていた。
それに気がついてないのか男爵様は続ける。
「お美しい方、宜しければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」
この一言に、レットが爆発した。爆笑した。
よだれをたらし、涙をながし、髪を振り乱しながら爆笑した。完全にバカにした笑い声が美術館に響き渡る。
「……何かな?」
男爵様は冷静に答えながらも声はひきつり、目は睨んでいた。
「いえ別に」
答えるレットは笑いを押さえようと自分の腹を殴る。それが効いてきたのか笑いも収まる。
そして人差し指を立てて見せる。
「ただ一つだけ」
レットは言って大きく息を吸い込み、整えてから男爵様を見た。
「失礼ながら男爵様、あなた様はそちらのご趣味がおありで?」
「そちら?」
レットの言葉を男爵様は口の中で転がして、そして目を見開いた。
「貴様男か!」
……あぁまたレットが、やりやがった。
それを誰かが訂正する前に、男爵様はリバーブの手を投げ捨てた。
「汚わらしい! なんて汚わらしいんだ!」
そうヒステリックに叫ぶと男爵様は口をハンカチで押さえなから足早に部屋を出ていった。
それをレットは笑う。
「悪かったな玉の輿潰してよ」
レットはいつものあの笑みでリバーブに言う。
言われたリバーブはため息をつきながら口づけをされた手の甲をお尻で拭っていた。
「お礼が聞きたいの? レット」
「まーさか。ダークエルフに礼を言う文化は無いのは知ってるよ」
ヘラリとレットは笑う。
そしてツカツカツカツカと足音がした。
それにレットが振り替えるや否や、カワイイお婆ちゃんがその全身を全て使った渾身のアッパーカットが、そのにやけ面をかち上げていた。
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