ダンジョン未満3

 あたしたちが取り囲んでも、ブラーが診察しても、ドクロは倒れたまま動かなかった。


「呆気なかったな」


 レットの口にした感想は、あたしの感想でもあった。


「生きてる?」


「あーーーー、うん。でも頭打ってるから動かさない方が良いよ」


 リバーブの問にブラーは答えながら、手足を投げ出して仰向けに寝てるドクロのドクロを外した。


 素顔は、想像どおり、あの時に入って出ていったエルフだった。


「彼、どうするんです?」


 あたしの質問に、レットは満足げな笑顔で答えた。


「決まってる。俺たちに問答無用で仕掛けてきたんだ。税金ドロボーに税金分の仕事をさせる。あの毒は間違いなく軍用だ。んなもん射てばそれだけで重罪よ」


「わかんないよレット、あの戦争でそこらの規制かなり緩くなってるから」


「だから何だよブラー、少なくとも確実にこいつは俺たちを狙った。なら有罪だ。第三者の証言もあるしなー」


 言いながらレットが見た先、少し離れた場所にドランゲアさんが立っていた。まだ不安で近づけないらしい。


「ま、その前にお楽しみだ」


 言ってレットは、ドクロだったエルフのズボンのベルトを外し始めた。


「何してるんですか!」


 いきなりの暴挙に思わずあたしは叫んでた。


「何って、素っ裸にするんだよ」


 レットはキョトンと答えた。それにブラーが続く。


「これはその、好き好んでやるわけじゃなくて、念の為なんだよトルート。彼は軍用の魔術を使うぐらいだから、荒事のプロだと思うんだ。なら隠し武器の一つは持ってるだろうし、確認しないと安心できないんだ。それでも流石に素っ裸は、やりすぎだと思うけど」


「パンツはお前らの為に残しといてやるよ」


 下衆な笑いを浮かべながらレットはエルフのズボンを引き剥がした。


「あ、こいつ財布持ってる。生意気にもずっしり重たい」


「レット」


「見るだけだリバーブ。中身は、うわこいつ、名刺とか持ってやがる。何に使うんだよこんなにいっぱいよぉあ?」


 ……急にスクリとレットは立ち上がると、ドランゲアさんを見た。その顔に笑みはない。


「……この仕事取ってきたのブラーだよな? お前身元は、確認したのか?」


「あーー、クランがしてるはずだけど」


「つまり、


 そう言ってレットが見せた名刺には虹色の触覚のカタツムリが見えた。


 ガチン、と音がして、振り返ればドランゲアさんがトランクを地面に置いていた。


「いやはや、やっぱり上手くはいきませんか」


 ドランゲアさんは笑ってる。


 でもそれは、さっきまでのと違って、まるでレットみたいだった。


「まー、キャラとしてはこいつの方が合ってるよな」


 レットも負けない笑みで答える。


「軍相手の商売ならかって知ったる元軍人、なら平時はともかく、身の危険が有れば備え、不審者には先制攻撃、一般人にはやり過ぎに見えるのがたまに傷」


「見たままかも知れませんよ?  ドクロのお面を被った殺人鬼かも?」


「仮面はミスリル、自分の霧で自分が視界を塞ぐのを防ぐためのだろさ。攻撃だって、あくまで防御と脅しのため、言葉がないのは呪文詠唱のため、もっと言えばお前が出てこなきゃ発射もなかったかもなー」


「そこまでは、彼を高く評価し過ぎてますよ」


「そうか? 少なくともニセモンよかは信頼できるぜ」


 ……いつの間にかブラーもリバーブも立ち上がっていた。二人とも険しい顔付きで、既に剣を抜いていた。


「念の為に訊くけどよ。ギルドの名前含めて同姓同名とか、ないよな?」


「ないです。私めは正真正銘の偽者でございます」


 ドランゲアさん、だった人は優雅におじきして見せた。


「当初の予定では護衛ギルドが正当防衛を言い訳に依頼人を殺害、或いは殺されて依頼人を殺人犯に、だったのですが、いやはや、弱小のクセにしぶといしぶとい。殺す度胸もないのですか?」


「あんま煽るな、四人と一人だぜ? ま、新入りは半分以下だが俺がいるから戦力比は、一兆対一ぐらいか?」


 レットの頭の悪い数字に、偽ドランゲアはぱちぱちと拍手する。


「怖いですねぇ。やはり


 パン!


 一際強く手を叩くと、置いてあった紫のトランクが独りでに開いた。そして中から溢れ出たのは骨だった。


 大きいの小さいの、それがジャラジャラと、全てが飴かけのように黄色くテカっている。


 その中で一際目立つのは、人の頭蓋骨だった。数は一つじゃない。


 それがジャラジャラと流動し、積み重なり、組上がった。


 人の全身骨格だった。


 スケルトン。


 アンデットの一種で骨を媒介に作られたゴーレムだ。ただ、本来魔力の通っていた死体を材料にしてるためにより強力にできる、らしい。当然、製造も所持も機動も重罪なはずだ。


 それが四人、眼の穴に緑の光を灯して、あたしたちを見つめていた。その右手にはそれぞれ鋭そうなナイフを持っていた。


「紹介しましょう。長男のスチームリード、次男のパウダードリップ、三男のワイアー、そして四男のバリハードです。私めの自慢の四兄弟、因みに性能も使うナイフもだいたいお揃いです。これで諸君らを切り刻んで寝てる本物にナイフを持たせて通報すれば殺人犯の出来上がり、なのですよ」


「女性だよ」


 ブラーの一声に、偽ドランゲアは右の眉を吊り上げた。


 対して変わらず、ブラーは続けた。


「右から一つ目の骨、次男だか三男だか知らないけど女性のだよ。骨盤とか頭の形とか特徴でてるだもん。それにみんなお年寄りみたいだね。隙間だらけで曲がってるし、けど死因になりそうな怪我も無さそうだから、ひょっとしてみんな老衰?」


 ブラーの指摘にレットが笑い、偽ドランゲアは顔をしかめた。


「んだよ、大したことなさそうだな」


「殺せ!」


 レットの声を掻き消す、偽ドランゲアの苛立たしい声の命令に、スケルトン四兄弟はすぐさま従った。



 スケルトンは速かった。


 ナイフをやたらめったら振り回すのでなく、左手は牽制に前に突き出し、ナイフを持つ右手は奥へ引いて、突きを中心に、かといって適度に斬りつけ、的確に急所を狙ってくる。その関節は柔軟で足取りも軽やかで、ナイフさばきも手馴れている。


 せめてもの救いは力が弱く、体が軽いことだ。なので一撃が軽く、斬りつけられても肉で止まって骨まで断たれないことだ。


 だから血まみれで済んでる。


 受けるは小さな切り傷に擦り傷かすり傷、でもダメージは蓄積される。このままではそんなに長くは持たないだろう。


 なら、攻めるしかない。


 改めて拳を握り直し、突っ込む。


 迎撃にスケルトンはナイフを突き出してくる。


 それを左手の甲で外へと弾いた。


 軽すぎるスケルトンはそれだけでぐるりとその場で回転し、一周して遠心力を乗せた二撃が切り上げてくる。


 それが届くより先に、腰に貯めた右の正拳を顔面へと放った。


 硬い感触、遅れて鋭い痛みがヘソの辺りを走った。


 腹部が切り裂かれてたこの感じ、手で押さえてないと中身が溢れ出そうだ。


 だけどあたしはそれ以上のダメージを与えられた。


 渾身の一撃を食らって飛んでいった頭部が草むらに落ちた。


 これで一体、みんなはどうだろう。


 みんなを見回す、その前に、首のないスケルトンがすたすたと歩いていった。


 そして風に飛ばされた帽子を拾うように、頭を拾い直してつけ直した。


 ……その動きにダメージは見られない。


 慌てて見回せばリバーブもブラーも苦戦していた。


 リバーブのレイピアではスケルトンを突いても斬っても大差ない。


 ただ鍔でのガードでナイフを防ぎきっていた。それでも疲労は貯まってるのがわかる。


 ブラーは大剣を豪快に振り回している。


 その殆どはスケルトンにかわされてるけど当たればガードごと軽い体を吹き飛ばしていた。だけど残った下半身が数歩飛び退き破片に近寄るだけですぐに組み上がり、再生される。


 ……きりがない。


 倒すなら、ゴーレムみたいに骨を砕くか、施された魔法をなんとかするか、どれを考えても気が滅入る。


 でも、やるしかない。


 改めて拳を握り直し、左手でお腹を押さえつつ、再生し終わったスケルトンと対峙する。


「あーごらちぐしょうめが!」


 レットの怒声、ズカズカと歩く姿も不機嫌だ。


 ……レットは、一人だった。


「レット助けて!」


「あ? そんぐらい何とかしろブラー」


「僕じゃなくてトルート!」


 ブラーの一声に、レットはあたしを見た。下から上へ、舐めるように見て、小さくため息をついた。


 屈辱だった。


 それからあたしのスケルトンに向き直る。


 迫ってたスケルトンはあたしにしたように右手のナイフを突きだしていた。


 それに向かってレットは左手を出して、親指と人差し指の間、つけね辺りでナイフを持つ手の手首を受けた。


 止まった手首をレットは掴み、そのまま引き寄せ右の掌打を合わせた。


 鼻下を叩いた一撃に、スケルトンの頭はまた飛んで行く。


 頭のない体を投げ捨てレットが走り出し、遅れて走る首なしのスケルトンより先に頭を拾い上げた。


 そのまま走るレットを首なしスケルトンが追いかける。


 場違いで牧歌的な追いかけっこはグルリと回って、庭の刈られた所の真ん中辺りまで続いた。


 そこでレットが立ち止まり、地面に手を伸ばした。


 ……拾い上げたのは鎖だった。


 見つけた鉄の扉が音も静かに開かれる。


 その中にレットがスケルトンの頭をポーンと投げ入れると、体の方も続いてポーンと飛び込んだ。


 ……遅れて落ちた音が二つした。


「あーくっそ、これでいよいよ中に入れなくなったぞくそ」


 悪態を吐きながら蓋を閉める。


 ……そんな単純なことで、スケルトンは無力化されていた。


 呆然とするあたしをレットは笑う。


「アンデットなんざ最初の命令を永遠と繰り返すだけのバカなんだから、こーゆー梯子登って蓋を開けるみたいな複雑なのできねーんだよ。んなやつ真面目に相手すんなよ」


 レットはバカにした笑いを浮かべた。あたしをバカにしてるんだろう。


「レット開けて開けて!」


 ブラーの急かす声にレットが開けると、スケルトンを抱き上げたブラーが駆け寄って穴にスケルトンを落とした。


 が、落下には反応するらしく、スケルトンは縁に掴まり踏ん張った。


 その指の一本一本に、ブラーは逆さにした大剣を突き立て、切り落とす。


 えぐい攻撃、何度か突いたらまた落ちた音がした。


「おら、そいつで最後だリバーブ、こっちまで連れてこい」


 レットが言ったその先で、リバーブの渾身の突撃がスケルトンの右目を貫いて後頭部を貫通した。


 途端、眼の光が消え、繋がっていた骨の体が瓦解した。


「スケルトンはね。一番多い作り方は体の何処かに呪印を、魔方陣を刻むの。それさえ壊せばこの通りよ」


 言いながらリバーブはレイピアを振るい、刺さっていた頭蓋骨を振り落とした。


 これで四人、後は偽者だけだ。


 思い見た先に、トランクだけが残されていた。

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