ダンジョン未満2
「んでんなことしなきゃなんねーんだよ!」
もう何度目かまでもわからないレットの大声を聞き流す。
「そもそも今回の肝は銀色幽霊だろが! なのにんな真っ昼間に来やがって! しかも当然の如く留守とか誰もんな拍子抜け望んでねーんだよ!」
「安全で平和でいいじゃないですか」
「ふざけんな新入り! 俺らは何だ? 護衛ギルドだろーがよ! そのサブマスター様がなんで延々とよそん所の草刈らなきゃなんねーんだよ! 護衛ギルドなら護衛ギルドらしく護衛ギルドの仕事させろごら!」
「レットはまだ最初に中の偵察できたんだから、らしい仕事してますよ。あたしなんか、このままだと中を知らないままレット見張って今日終わりになりそうなんですよ?」
「じゃー見張んなよ! つーかサブマスター見張る新入りってどんだけ期待値高けーんだ大型ルーキー気取りかよ!」
「ならちゃんとしてくださいよ。それにリバーブが言ってたじゃないですか。穴の中には入れないけど、依頼人の利益を考えれば隠した方が良い。でも草を変な形に取り除いておけば目立つ。だから全部刈る。立派な仕事だと思いますよ?」
「長げーよ意味わかんねーよ! それでなんで穴探検しねーんだよ! 穴があったら入りたいのが人情ってもんだろが! どんだけ蜘蛛がいるかもしんない庭がこえーんだよ!」
「怖くたっていいじゃないですか。誰にだって苦手や弱点はありますよ。それを補い助け合うのが仲間じゃないんですか?」
「おーおー新入り、よく言うなんな台詞。何だーお前、もー仲間のつもりか? 言っとくがな、俺がこーやって喋ってんのは暇潰しの社交辞令であって、俺はまだ認めてねーかんな!」
「それは……すみませんね」
言葉に詰まる。
これは毎度のレットの悪態のただの一つ、深い意味はない、そうわかっていても、今のは刺さった。
あたしは、仲間になれてるのかな?
こうして穴の蓋の上に座って、レットを見張って、中で査定してる三人を待つのは、確かに言う通り、仲間になれる気がしなかった。
胸にモヤモヤしたものがざわつく。
それを感じてか、レットは声のトーンを落とした。
「仲間ってのは別に、損得でなるもんじゃねーよ。同じ環境にいて、自然となってくもんだ。ただ友人と違うのは、そこに何かしらの共有する目的があるってことだ。そこに時間なんて、いーやもう。新入り、そこ退いたら俺たちは仲間だ! だから退け!」
「……レット、言ってはなんですが、その手の台詞はもっともらしい演説の後のオチじゃないんですか?」
「そーゆーの考えるの面倒臭い」
子供みたいに言いながらレットはお屋敷までむしり終えた。これで、最初の道からこちら側全部をむしり終えたことになる。ざっくり半分だ。
かなり早いペースだ。正直、一日かけて半分だと思ってたけど、これだと本当に三人が戻ってくる前に全部終りそうだ。
加えてあれだけ話ながら続けて息も切れてないのは、素直に凄いと思った。本気で転職してくれないかな?
なんて考えてたら、男の人が目に入った。
門から自然と入ってきた人は耳からエルフに見える。背丈は、あたしと同じぐらいか。痩せてて金髪で、右手には杖を、左腕で何か紙袋を抱えていた。
そのエルフは、むしられた草に驚き、あたしたちを見て固まって、そして回れ右して逃げるように門から出ていった。
「何だ新入り、トイレか?」
「違いますよ」
「トイレならそっちの草むらでやっちゃいな」
「違いますってば。今誰かが門から」
……言いながら見直したら、門から白い霧が漂って来ていた。
まるで雲みたいにもこもこしてて、視界が遮られる。
その中に一つ、銀色の点があった。
……ドクロだった。
「まーあれだ。シチュエーションは最悪だが、出てきただけまだましか」
いつの間にかレットが前に出ていた。そしてゆっくりと構える。
ドクロから何か呻き声が聞こえてくる。
そして僅かに揺らめきながらその下、股ぐらいの高さの霧がもっこり盛り上って、何か先端が突き出た。それが前後した後、勢いよく先端から白いモクモクを噴出した。
想定外の速さに射程、避ける間も無く顔にかかった。
反射的にそれを振り払うと、一面、庭は白く包まれていた。
右も左も白くて、伸ばした自分の手すら見えない。
ただ二つ、空に輝く太陽と、銀色のドクロだけが例外的に視認できた。
そのドクロが、ゆっくりと近づいて来ていた。
「ピギー、あたし美味しくないよ? バッタみたいな味かするよぉ」
「れっと」
声が裏返ってしまった。
「何だまさか、あんなのが怖いとか、言わないよな?」
「怖くなんかないです」
嘘じゃない。怖くない。ただ、どうしたらいいかわからなかった。
「ま、見えなきゃ話にならないな」
言ってレットが地面を踏み固めてる音がした。
「ハンドレスマジック・ブルーハリケーン!」
もう見慣れてしまった爆風、そしてむしられた草が舞い散り顔体に当たって痛い。
だけどその一撃一風で、霧は吹き飛んだ。
庭に色が戻る。
だけど、ドクロは健在で、その周囲の霧も、まるで白いローブを着ているようにまとっていた。
「マジかよ。あのドクロ、ミスリルかよ」
ミスリル、知ってる。金属の名前だ。軽くて丈夫で錆びにくく、魔法を弾くらしい。それにお値段も、かなりする。
つまり、レットのこの爆風は魔法なのか。
「新入り、選手交替だ。霧は無効できるがこっちも無効される。打撃はできるが威力半減だ。だからお前が組み付いて押さえろ。霧は飛ばしてやるよ」
適切で落ち着いた真面目な指示、思わず従いそうになる。
だけど躊躇したのは、レットがあたしでなく、あたしの足元を見ていたからだった。
……このタイミング、まさかとは思うけど、レットがまだ穴を狙ってる、と疑ってしまう。
なので、あたしの足は止まってしまった。
「……ほら見ろ、お前がグズグズしてっから」
レットが愚痴りながら見た先、ドクロが杖を肩に担いでいた。そしてあたしたちに向けられた先端が青く光って、その先に黒く澱んだシャボン玉が膨らんでいた。
「ありゃ明らかに水属性、色から毒か。あんなん使えるのは、大方、軍人崩れか」
レットが言いながらあたしとドクロの間に立つ。
「こいよ。魔法を弾くのがミスリルだけじゃないって教えてやるよ」
挑発するレット、立ち向かいドクロと向かい合うその背中に、あたしは守られる形になってしまった。
不覚、と思っても今は動かない方が良い、なんて考えてしまった。
と、軋んだ音がした。
振り返ればお屋敷の正面玄関が開いていた。
そして出てきたリバーブ、ドランゲアさん、ブラー、タイミング悪い。
「敵襲戻れ!」
レットの一声と同時に黒いシャボン玉が発射された。
それは矢のように速く、狙いは玄関だった。
危ない、とあたしが叫ぶ前に、リバーブが飛び出していた。
そして流れる動きで腰からレイピアを引き抜くと一閃、シャボン玉を切り裂いた。
銀の軌跡にシャボン玉は触れられず、まるで見えない力で打ち抜かれたかのように弾けて吹き飛ばされた。
そして中身いっぱいだったシャボン玉は飛沫になって地面に撒かれた。
かかった雑草が白い煙をあげて溶けて腐る。
毒だった。
それを斬って捨てたリバーブのレイピアは、銀の輝きを失ってなかった。
あれもたぶん、ミスリルなんだろう。
「ブラー下げて!」
リバーブの指示に従ってブラーがドランゲアさんを引き下がる。
そちらに向かってまだドクロの杖は向いたままだ。
新たに生まれる黒いシャボン玉、そこに目掛けてレットが走り出していた。
揺れるモジャモジャ頭をシャボン玉が狙うより先に、レットは走りながら正面の地面に手をかざした。
「ハンドレスマジック・ターボフォグ!」
宣言、同時に生まれた風の流れは草が教えてくれた。
むしられ無造作に撒かれた雑草が、風に舞いあげられ、緑の吹雪きとなってドクロを襲った。
視界を奪われながらもシャボン玉は射たれ、しかしそこにレットはいなかった。
草を剥ぎ取り狙いを定め直すドクロより先に、レットの飛び蹴りが決まっていた。
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