ダンジョン未満

ダンジョン未満1

 不動産仲介ギルド『レインボー・スネイル』ギルドマスターとの肩書きが書かれた名刺を、ドランゲアさんはあたしにもくれた。


 この虹色の触覚をもつカタツムリがマスコットキャラらしい。


「お恥ずかしい話ですが、こういったケースは初めてでして」


 丁寧な口調で話ながらドランゲアさんが名刺入れをしまったのは薄いピンクのスーツのポケットだった。


 それに加えて黄色いシャツに濃いピンクのネクタイ、置いてある大きなトランクケースは明るい紫色という、なんて変てこになりそうなカラーコーディネートなのに、優雅な動作もあってか黒い肌に良く似合っていた。短い黒髪の顔立ちはスマートで、同じく体も細かった。


「我がギルドは戦争が終わって不要になった兵隊用官舎を民間に下ろすのを主に扱っております。確か、御ギルド様にも以前ご案内させていただいたと」


「でしたね。あの家は大変良くて、今も住まわせて頂いてます」


「それはそれは、気に入って頂けたようで何よりです」


 ドランゲアさんもリバーブも、ギルドマスター同士だからかお互い謙遜しあっていた。


「それで、今回の十八号特別官舎もその内の一つです。元は上級将校とご家族用に建てられたお屋敷だったのですが、完成した時にはもう戦争が終わってまして、結局一度も利用されることもなく民間に、我がギルドに流れできまして、査定することになったのです」


「そこで、何者かに襲われた、と」


 リバーブの言葉に、ドランゲアさんは頷いた。


「おっしゃる通りですリバーブさん。前々から噂は、白い靄の中に銀色のドクロが浮かんでいた、という証言は近隣の方々からも伺っていたのですが、それにうちの若いのも出くわしました。しかも攻撃されて、もうすっかり怯えてしまいましてね。危険、とは思うのですが、しかし見ての通りの豪邸です。これを逃せば損失は大きい。お恥ずかしながら我がギルドも財政が厳しいのでこの物件を逃せないんです。そこで皆さんに来ていただいた次第です」


「あの、ならこれは警察に相談するべきじゃないんですか?」


 横から口を挟んだあたしに、ドランゲアさんは首を横に振った。


「もちろん相談しました。ですが、それだけです。もちろん被害届は受け取ってもらえましたし、捜査はしてくれてるみたいです。パトロールも強化されてるみたいですが、だからといって査定にまでついてきてはもらえませんよ。ですから今回お願いしたんです」


「おーかた幽霊のせーにしてサボりたいんだろーよー。あいつら税金ドロボーだからよー」


 不意にレットの声が聞こえてきた。


 見れば黒い鉄柵の門の向こう、荒れ放題で背丈より高い雑草の上から、レットのモジャモジャが飛び出していた。距離は意外と近い。


 その少し後ろには二本の角が、ブラーが続いてるのがわかる。


 二人は草を掻き分けながらも足早に、まるで追って追われてみたいだ。


 二人の後ろには大きなお屋敷がそびえていた。窓は汚れて曇り、壁には蔦が張り付いている。


 こうして見ると確かに、お昼にも関わらず幽霊でも現れそうなお屋敷だった。


 なんて考えてたらレットが草を抜け出た。そして足で鉄の門を開いてあたしたちの前に戻ってきた。


 いつもの笑み、それ以上に不安なのは、現れたレットが両手を前に、まるで何か小さなものを大切に包み捕らえてるみたいにしてることだった。


「偵察完了、問題なし、だ」


 言いながらもレットは手を開かない。


「中はもぬけの空っぽで幽霊も無し。ただ裏口のドアは壊されてたのと、渡された鍵で開かねー部屋がいくらかあったぐらいだな」


「そうレット、ご苦労様」


「で、リバーブ。これなんだが」


 本題、といった感じでレットはその手を差し出した。両手を合わせ、まるで中に何かを封じてるようだった。


「レット」


 強く言ってリバーブはレットの鼻先に指を突きつける。


「その手の中に何か入ってるか、あえて訊かないわ。ただそれが何であれ、私たちに向けて開いた瞬間、あなたは後悔することになるわよ」


強く言われて、レットは手を放さないまま肩をすくめた。


「わーったよ。じゃあーもーさっさと終わらせよーぜ」


 言いながらレットが背中を向けた。


「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 リバーブの悲鳴が響く。


 ……レットの背中には、大きな蜘蛛が張り付いていた。


 毛の生えた蜘蛛で、手のひらぐらいの大きさのが、動かずじっとしていた。


 それには、確かに驚いた。


 だけどそれ以上に驚いたのは、リバーブのリアクションだった。


「いや、もういやぁ。蜘蛛。いやぁ。もう、もう」


 その場に腰を抜かして涙目で、過呼吸ぎみに狼狽えるリバーブに、あたしとドランゲアさんはどうしていいかわからなかった。


「もう、蜘蛛もう、お願いだからあっちやってよぉもぅ」


「え、何だって?」


 泣き声のリバーブに対してレットはわざとらしく聞き直しながら、レットはお尻を左右に振って見せる。


 その尻を蹴り飛ばすベキだとあたしが気が付くのと同時にブラーが到着した。


「遅かったなブラーが!」


 とやかく宣うレットの頭をブラーは無造作に掴んで持ち上げると、その手を捻って背中から蜘蛛を引き剥がしてレットを草むらへとぶん投げた。


 落ちた風圧で草がなびく。


「なにしやかんだブラー!」


 草の中で怒鳴るレットを無視してブラーは、引き剥がした蜘蛛を壁の裏側の見えない所へそっと逃がした。


 手慣れたものだった。



「取り乱してごめんなさい。でも、昔から蜘蛛だけはダメなの」


 語るリバーブは大分落ち着いたみたいだけど、顔色は悪かった。


「すみません。お恥ずかしい所をお見せしてしまって」


「まぁお気になさらずに、誰にでも苦手なものはありますよ」


 申し訳なさそうに謝るリバーブに、ドランゲアさんは慰める。


 立場が逆転してるけど、それをとやかく言うのは間違ってるだろう。


 一番悪いのはレットなのだ。


 そのレットは、ブラー監修の元、草むしりの最中だった。


「んでんなことしなきゃいけねーんだよ!」


「ほら手が止まってるよレット。お屋敷までの道を作るだけでいいんだから、さっさと済ませちゃいなよ。日が暮れちゃうよ?」


「うっせブラー! ならてめーも手伝えくそヤギ! 雑草なんざお前のごちそーだろーが!」


 怒鳴りながらも、レットの草刈りはかなりのハイペースだった。


 できた道はかなり蛇行してるけど、門からお屋敷までもう半分まで来てる。


 初めから今までペースは落ちないで口も達者に動いていた。


 レットは草むしりの才能があるみたいだ。なら、護衛ギルドなんて辞めてこっちにひっそりと転職すれば、みんな平和なのに。


「だいたい蜘蛛なんざそこらへん走り回ってんだ! 背中のだって知らぬ間に張り付いてだんだよ!」


「レット、嘘は良くないよ。蜘蛛は臆病だから、背中なんかについたらすぐ逃げちゃうよ。それこそ背中から巣ごとつっこまなきゃ、あぁはならないと思うよ」


「知るかブラー! 俺よりリバーブ責めろ! 蜘蛛が怖いとかプライベートなことで依頼人待たせててるのは我らがギルドマスターだろーが、あ?」


 ……まくし立てたと思ったらレットは急に黙って、立ち上がり、お屋敷に向かって右側の方の草むらを見つめた。


「レット?」


 ブラーの言葉を無視してレットはそっちに向かって草刈り始めた。


「どうしたのさレット」


 追いかけてきたブラーに、レットは二束の雑草を左右に吊るして見せる。


「こっちがそこらの、こっちがそこの、違いがわかるか?」


「うーーん。長さが、違うかな」


「そうだブラー、同じ種類で隣通しで、なんでこんなに発育が違う?」


「あーーー、何だろう。日照も関係なさそうだし、なら地面かな? 肥料なら……まさか死体とか埋まってるの?」


「バーカ、短いのがここだけなんだ。他が死体まみれか、ここだけ毒撒かれたか。ま、何かが埋まってるってーのが普通かなっ!」


 掛け声と共に何かが金属が擦れる音がした。


「これはえぇそんなまさかこんなことって」


 ブラーが何か狼狽してる。けどここからだと何も見えなかった。


「ちょっとみんなちょっと来て!」


 ブラーの言葉を待たずあたしたち三人は歩き出していた。



 退かした土の山に囲まれて、鉄の扉が開いていた。


 両開きの重そうな扉で、鎖が取手みたいになっていた。


 開いた中は真下に延びた穴で、日の光が差し込んでもなお真っ暗で底が見えない。


 ただ石造りの側面には梯子らしい金属の取手が縦に並んでいて、どうやら降りられるようになってるようだった。


「で、問題は、この中が何か、だ」


 言って覗くレットの隣であたしも覗く。


「……シェルター、ですか?」


「脱出口じゃないかな?」


「埋蔵金に決まってんだろ?」


 あたし、いつの間にかブラー、レットと思い思いに呟きながら穴を囲んで中を覗いてた。


「ここは、ご存じでしたか?」


「いえ、知りませんでした」


 穴から一歩離れたリバーブの質問に同じく離れたドランゲアさんは即答した。


「事前に渡された間取り図には、わたしの知るかぎりこんな地下への記述は有りませんでしたし、聞かされてもいないです」


「んなもん、降りたらわかんだろ」


 言ってレットは素早く穴へ。だけど肩まで入ったところでブラーが腕を伸ばして襟首掴んで止めた。


「……んだよブラー」


「いやダメだよ危ないよ準備しないと。せめて灯りぐらいは用意しなきゃ」


「あ、なら屋敷の持ってこい。ロウソクにロウソク立てあったろ」


「あーー、うんわかった」


「違うでしょ二人とも」


 リバーブの言葉に二人は揃ってキョトンとしてる。


「いい? 私たちが受けた依頼はあっちのお屋敷の査定のお手伝いなの。その事は書類に明記されてるし、逆にこの穴については何も書かれてないの。ですよね? ドランゲアさん」


「あ、はい」


「そういうことよ。レット、意味わかる?」


「わかんねーよ」


「ならわかりやすく言ってあげる。この下は管轄外なの。だからこの仕事でこの下に入ることは絶対にないわ。余計な寄り道はしてないで、さっさとそこから出てきなさい」


 そんな、と言いかけた言葉を飲み込む。それじゃあレットと同じになってしまう。


「じゃーさじゃーさ、仕事終わってからならいーじゃんいーじゃん」


「無理だよレット。残念だけど、仕事終わってだと、ここに立ち入れる正当な理由ないし、第一、何か見つけてもまだ所有権は軍から離れてないよ?」


「ブラー、簡単だろんなもん。そーゆーのはバカがバカ正直にふれまわるからみつかんだ」


「レット。私のギルドに嘘つきはいらないわ」


「いやでもよ」


「レット」


「……わーったよ。ぼくちん、バカで正直だから言うよ。肩に蜘蛛!」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 またリバーブが絶叫をあげ、さらに足を高く上げ、レットの頭を思いきり踏みつけた。


「まて! 肩! 嘘! ジョーク! つか! 落ち! 落ちる!」


「ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ!」


 落ちないようしがみつくレットを、リバーブはぎゃあぎゃあ何度も踏みつけた。

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