焼け付く喉越し3

 たどり着いたのは、会場の一番奥の、一番開けた場所にある、一番大きなテントの前だった。


 規模や看板からかなり力を入れた店だと思うけど、そこはやってなかった。


 テントはロープで塞がれていて、中には未開封の木箱が積んだままだ。当然、人の姿は中にも外にもいなかった。


 見上げる看板には大きく『トミーズ・チョコレート』と書いてあった。


「トミーって、ここイートミーのとこか!」


 レットが感嘆の声を上げた。


 そのイートミーには、なんか聞き覚えがあった。なんだっけな?


「確か、トミーって踊って美味しい、だったっけ?」


「あ」


 リバーブの一言で思い出した。


「確かアレですよね。全く新しい料理とかで大々的に宣伝してて、結構話題になってましたよ。でも結局あたし実物は見れてないんですよねぇ」


「そりゃ、売り出す前に潰れたからな」


 あたしにレットがあっさり言う。


「何せ散々期待させて出てきたのがアレだからな」


「おや、君たちも見に行ったのかね?」


「行きましたよ。この中では俺だけですがね」


 ネロさんにレットは笑顔で答えた。


「事前情報なしで公園借りきって、人を沢山集めてお披露目会、それで幕が落ちて出てきたのがアレとか、大爆笑でしたよ」


「なんだ、あのバカ笑いは君だったのか」


「ねー。まさか、笑ってたの俺だけとかねー」


「……それで、何が出てきたんですか?」


「新入りバーカ」


「レットに訊いてませんよ」


「あ、トミーってあのトミーか!」


「なんだ今更だなブラー」


「そんな言われても繋がらないよレット。僕の知ってるトミーは軍用ゴーレムのメーカーだし」


「ブラー君、ひょっとして君は、従軍経験が?」


「……まぁ、昔のことですよネロさん」


 ネロさんの問いに答えたブラーは、なんか影があった気がした。


「なら、説明するのも野暮と思うが、知っての通りトミーはゴーレムメーカーだ。先の戦争時には軍と協力して色々と研究開発していた。その内の一つが自走自衛する兵站へいたんだ」


「へいたんって、食料ですよね? ってことはゴーレムに運ばせるってことですか?」


「違うのだよトルート君。。フレッシュゴーレムにね」


 ……言ってることがよくわからなかった。それが表情に出てしまったのか、ネロさんは説明を続けてくれた。


「ゴーレムは、魔力と呪文を込めたパワーストーンをコアとして埋め込んで物体を命令通りに動かす、魔法の一種だ。フレッシュゴーレムはその材料に動物の肉を使う。専門でないのでアンデットとの区別は知らないが、イートミーは食用の肉を材料としてるんだ」


「それって、食べれるんですか?」


「理論上はね。骨をそのまま骨格に、燻製肉を岩塩とラードでコーティングした体に、そこへコアを埋め込むだけだからね。だけど実戦配備前に戦争は終わった。それでお役ごめんとなったトミーは技術解放もあって新しい企業を始めた。それがイートミー、一般企業への食肉事業だ」


「それが踊って美味しい?」


「大爆笑だったぜ」


 レットが笑う。


「幕が落ちて出てきたのは豚の丸焼きだ。それも頭だけがそのままで手足はツギハギされた歪なマッチョでよ。それがソースを滴らせながら音楽に合わせて踊るんだ。それも横一列にラインダンスをだ。歌声は揃って繰り返す。僕を食べて美味しいよ」


「何ですかそれ」


「ホラーね」


「命に対する冒涜だよ」


 あたしだけでなく、リバーブもブラーも引いていた。


 それにネロさんは頷く。


「概ね君たちと同じような反応だったよ。トミーは、優れた軍用ゴーレムは作れても、一般人向けのデザインは作れなかったのだよ。そんなトミーを最終的に潰したのは、かくゆうわたしなのだよ」


 ネロさんの告白に視線が集まる。


「お披露目は大失敗だった。相次ぐ酷評にトミーは奔走し、醜態は封じ込めたがその対価として宣伝媒体を失った。そこでお呼びがかかったのがわたしのようなフリーの評論家だった」


 語るネロさんは悲しげな眼差しでテントを見上げていた。


「ひっそりとわたしたちをホテルに集められての試食会、流石にダンスは無くてね。ただ単純に輸送コストの安さとそれに対する味の評価、と言うことだった」


「……それで、どうだったんですか?」


「こんなゴミはいくら安くてもゴミだ。食えないものは食えない。貴様はそう書いたんだよなぁ?」


 ……あたしの質問に答えたその声は知らない声だった。


 そしてテントの木箱が開いて中から中年の男性が出てきた。


 その人はうすらハゲな頭をしていた。それもツルッパゲでなくて、斑に薄い、気の毒な感じのハゲかたをしてる。残った毛は茶色で、痩せて痩けた頬に大きな眼鏡、着ているのは真っ赤なスーツでしわくちゃだった。


「お久し振りですね社長」


 ネロさんに社長と呼ばれたハゲは怒りとも笑いとも見える表情をネロさんに向けながら木箱から這い出てきた。


「あの時、ワシはこれに社運がかかってると頼んだはずだ」


「あの時、わたしは何と言われても公明正大な評論しか書けない、とお答えした筈ですが?」


「それがあれか? ボロクソに書きやがって、おかげでわが社はお前の記事を切っ掛けに株主に去られて潰れた! お前の記事が潰したんだ!」


 喚く社長の姿にレットとブラーが前に出て、リバーブが逃げるようネロさんの肩に手をかける。


 でもネロさんは動かなかった。


「遅かれ早かれ潰れていたさ。あなた方はゴーレムでは一流だったかも知れないが、料理に、食に関しては素人以下だ」


 この冷たくも強いネロさんの言葉に、社長は震えた。


「……いいだろう。貴様が言う素人以下で一流のゴーレム、見せてやろう!」


 そう叫んで社長が腰から引き抜いた杖をかざすと別の木箱が開いた。


 蓋が飛んで側面が開いて、中は茶色い塊で満杯だった。それが開いて展開して、蠢いて流動した。茶色い中に赤い光が見えたと思ったらそいつは立っていた。


 まるで子供が作った泥人形だ。


 猫背でありながらその背丈はブラーより頭二つ高く、手足はリバーブの胸回りより太い。その太い腕がテントを凪ぎ払うと、赤い一つ目しかないのっぺりとした頭が現れた。


 ゴーレムだ。


 それもチョコレート製の、イートミーだ。


 そのイートミーが右の拳を握りパンチを放った。


 動きはジャブ、最速最短で最軽量の打撃、だけど大きさも重さも人外だ。


 その一撃を、腕を交差させ防御の姿勢でブラーが受けた。


 大きな体のブラー、その体が浮かんで遥か後方までぶっ飛ばされた。受け身は辛うじて、だけどもガツリと腰から落ちていた。


「いっだ!」


 ブラーが苦痛の声を上げる。


 これは、やばい。


「逃げるわよ!」


 リバーブの声に来た道を振り替えればそちらは人が犇めいていた。


 突破はまた難しそうだった。


 それにリバーブが舌打ちをする。


「レット、トルート、悪いけど時間稼いで!」


「そんな、こんなの相手なんてか弱いあーしには無理です!」


「レット! 私とブラーは武器がないの! あんたたちは素手でも戦えんでしょうが!」


「うるせぇリバーブ! 重くて硬くてパワフルなのと俺の相性最悪なのは知ってんだろが!」


「がんばんなさい! 時間稼げばここの黄色が来るからそれまで凌げば見せ物じゃないわよ退きなさい!」


 集まってきた野次馬にリバーブが怒鳴り付ける。


 その前にブラーがふらふらと立ち上がって野次馬に突っ込み道を作る。


 それに続いてリバーブと促されるネロさんが入ってく。


「あーあーあーあーくっそ!」


 悪態と同時にレットが飛び退いて茶色の拳をかわした。そして逃げて行くレットを追ってイートミーは更に拳を振るう。


 狙いも動きもなっちゃないけどそんなのを押し潰せる圧倒的なパワーにレットの表情が曇る。


 レットを助けるのは不本意だけど見捨てたらレットと同じまでに落ちてしまう。


 なら、助けないと。


 思い、走り出した。


 背中を向けてるイートミー、そこ目掛けてからの全力飛び蹴りをぶつける。


 硬い足応え、会心の一撃、が、揺らぎもしない。


 そのまま無様に落ちて背中を打ち付けた。


 痛みに息が止まる。


 そこに茶色い拳骨が高々と引き上げられていた。


 そこから落とされる一撃は防御しちゃいけない、防ぎきれるものじゃない、とわかってるのに防御してた。


 腕を交差させて身を強ばらせる。


 赤い単眼があたしを見る。


 その目に、あたしとの間に滑り込んできたレットが手をかざした。



「ハンドレスマジック・ボルトベイト!」



 絶叫、爆風、またも正体不明の風が発せられてイートミーの顔面を吹きすさむ。


 その風圧にイートミーの顔が剥がれて行く。みるみるうちに削れて赤い単眼が露出した。


 が、風が収まるや否やすぐに再生が始まった。


 まるで時間が巻き戻るように削れた破片が張り付き、あっという間にはい元通り。


「くっそやっぱリペアついてるよなぁ」


 愚痴りながらレットは飛び退き、僅かに遅れて茶色い拳が追いかける。


 見てる場合じゃない。


 転がり逃げるとあたしにも拳が来た。


 だけどその動きは鈍い。どうやら二人を同時に追いかけるのは苦手らしい。


 それでも交互に狙われるあたしたちは一撃当たれば致命傷だろう。スタミナも限度がある。いつまでもこうしてはいられない。


「どうすんですかこれ!」


 怒鳴りながらかわしながらレットを見る。


「俺に訊くな新入り!」


「レット詳しいんでしょ!」


「お前がバカすぎんだよバーカ!」


「バカでいいですから弱点教えてくださいよ!」


「バカに言ったってバカだからばうお!」


 行って戻ってきた裏拳がレットの髪を掠めた。それに肝を冷やしたとレットの顔に出た。


「くっそ! よく聞け新入り! ゴーレムの弱点は三つだ! 一つ! あの赤いコアだ!」


「壊せばいいんですね!」


「壊せればな! それはパワーストーンだから石だぞ!」


 石、素手、まだあたしには無理。


「他は!」


「二つ目に操ってるやつ! 社長締め上げて止めさせろ!」


 社長、できる。


 ストレートを潜ってかわしながら崩れたテントをちらり見る。


 その下、下敷きになってピクリとも動かない社長が見えた。


 目を見開いたまま頭から木片を生やして、気絶していた。


 ……起こしてる余裕は無さそうだ。


「レット無理!」


「なら最後! コアじゃない材料の方の破壊だ!」


「破壊って直ったじゃないですか!」


「材質を変えるんだよ! 焼く! 溶かす! あるいは食う!」


「食うって!」


「チョコレートだろ! 胃酸で溶かせはコアの力は届かねぇ!」


 そうなのか。


 改めてイートミーを見る。


 その巨体、全部は無理、でも腕の一本ぐらいならなんとかなるだろう。それで片手落ちだ。


 なら、まだ、やれる。


 身構えてすぐ実行した。


 巻き込むようなフックを潜り、戻る肘鉄をかわして止まった手首に噛みついた。


 げばぁ!


「吐くな新入り! ちゃんと飲み込め!」


「ぶりです!」


 涙目でヨダレを吐き出しながら怒鳴り返す。


 あたしは繊細な味なんかわからないし、好き嫌いもない。だけどこれは無理だった。


 聞いてた通りイートミー、不味い。


 硬い歯応えや独特の香りはまだしも、この舌を炙るような渋味は、耐えられない。そもそも食べ物の味をしていないのだ。


 これがチョコレートというのなら、あたしはチョコレートが大嫌いだ。


 そうして吐き戻した欠片さえもが手首に戻っていった。


 失敗だ。


「食うこともできないのかこのただ飯食らいが!」


「だったらレットが食いなさいよ!」


 怒鳴り返しながら見たレットはクリーンヒットしていた。


 腕を揃えてガードの姿勢で、イートミーの渾身のアッパカットを受け、そして頭の髪をなびかせながら、レットは文字通りぶっ飛んでいった。


「ほげえええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 間抜けな悲鳴を上げながらレットは放物線を描いて飛んでいって、人混みを越えてテントの一つに墜落した。


 レット、使えない。


 そして、イートミーと目があった。


 これで一対一、逃げたいのは山々なのに野次馬がより集まって壁になってた。


 ……この人たちに向かっていかないかな、なんて考えた自分を殴り、あたしは気合を入れ直してイートミーと向かい合った。


 そこに雷が、イートミーに落ちた。


 閃光の後に広がる焦げ臭い臭い。


 煙を立ち上らせながらイートミーはその表面をとろかせていた。


 チョコレートって電気で溶けるんだ。


「危ないから下がってて下さい!」


 そう言いながら進み出たのはシンさんだった。


 その姿は、まるで舞台の主人公みたいだった。

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