同好会蠢く4

 ……あれから、鎧を剥がされた女騎士は大人しかった。


 まるで別人みたいに、警察が来るまでの間、じっと触手を見つめていた。


 その姿に、初めは怯えて距離を置いていた同好会のメンバーだったけど、和らいだ表情から次第に近づいて行って、おっかなびっくりだけど優しく話しかけるようになった。


 特に逃げ出したのが見つかったフィーラーさんは、女騎士さんからの質問に紳士に答えていた。


「もしよかったら、わたしにもいい子を紹介してください」


 最後にそう言い残して、女騎士さんは警察に連行されていった。


「堕ちたな」


「堕ちたわね」


 その姿にレットとリバーブが呟く。


「何がですが?」


 わからず、わかってそうな二人に訪ねると、答えたのはレットだった。


「新入り、考えてもみろ。あの女騎士が男に苦労してるのは明白だ。それが触手に、健全な意味で目覚めた。触手は見ての通りかさばるし、手間もかかるだろう。つまりは、プライベートが全部触手に向けられる。それこそ、触手なしじゃ生きていけない体、健全な意味で、染まっちまうんだよ。もーこーなった男なんてシャットアウトよ。そんな暇も金も残らねーからなー」


「少なくとも結婚は無理ね」


 リバーブが続いた。


「まぁ、本人が幸せだって言い張るなら、部外者には関係ない話よ。っていうかトルート、あなた手の怪我大丈夫?」


「あ、はい。血は出ましたが、そんなに深くはなかったんで、もう治りました。それよりも、なら同好会があるじゃないですか。同じ趣味の、触手が好きな人たちの集まりでしょ?」


「そーゆーのはあいつら見てから答えろよ」


 そう言ってレットはマッチョたちを指し示す。


 彼らはそれぞれの水瓶に満面の笑みを浮かべながら言葉をかけつつ、一つ一つ封をしてゆく。


 もう、片付ける時間なのだ。


 その動作は丁寧で、満面の笑顔は慈愛に満ちていた。


「あいつらあんなおいしいシチュエーション見ておきながら、まーだ触手の事しか話してないんだぜ」


「おいしい?」


「トルート、忘れて」


「忘れられねーよなリバーブ。今夜は間違いなく触手の夢を見る。だろ?」


「……知らないわよそんなの」


 答えるリバーブは、心持ち自信なさげだ。


「あれだぞ。穴から出てくるんじゃなくて天井に広がってる方だ。夢じゃなくとも目覚めた時に天井の染みが蠢いて見えてだな」


 そうレットに言われてしまうと、あの光景がありありと思い出される。


 ……夢に出そうだ。


「……そう言えばブラーは? まだ戻ってないの?」


「無視しても触手はヌルリとやって来る」


「私はトルートに訊いてるのよレット。で、まだなの?」


「あ、はい。まだ戻ってませんね。まだ探してるんだと思いますよ」


「よし探してくる」


 そう言ってレットは飛び出していった。


「あぁもうレット、悪いけどトルート、レットを追いかけて」


「わかりました!」


 慌ててあたしはレットを追いかけた。



 レットは振り向きもせずに外に出ていった。


 そして通りを一別してから回り込んで裏に回る。


「待ってくださいよ」


「来んなよ新入り、さぼれねーじゃねーか」


「レット」


「あーあーちゃんと探すよ。ひょっとしたらあの僅かな隙に襲われて、尻の穴に卵産み付けられてるかもなー」


「大変じゃないですか!」


「……お前なんか嫌いだ」


 そう言って裏の方に入っていって、角を曲がって立ち止まった。


「何ですかいましたか?」


 言って追い付いて、レットの視線の先を見る。


 …………そこには、壁から突き出て膝をついてる下半身があった。


 その靴、そのズボンには見覚えがあった。


「あれは、ブラー、ですか?」


「男の下半身なんか一々見るかよ」


 レットは言って、だけども一歩も動かなかった。


「あ! そこの誰か助けて! 頭入れたら角が引っ掛かっちゃって抜けないんだ! お願い手伝って!」


 くぐもって反響してるけどその声は、間違いなくブラーだった。


 同時に、嫌な予感がしてレットを見る。


 レットは、身動きできず、こちらが誰かもわからない、されるがままのブラーを前に、イタズラをするでなく、ただ拳を握りしめていた。


「……だから」


レットが強く目を見開く。


「だから何でお前なんだよ! そういうのは可愛い女子だから価値があんだろーが! 誰がこんなクソシチュエーション喜ぶんだよばかやろおおおおおおお!!」


 レットは辺りに響くような大声を上げた。

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