同好会蠢く

同好会蠢く1

 朝早いからか、町外れの倉庫が並ぶこの道には人の姿は殆ど無くて静かだった。


 そんな中を歩くあたしらも、静かだった。


 何故か今日は、出発した時から静かだった。


「……今日は、どんな仕事なんですか?」


 静かなのに耐えきれず、あたしが訪ねる。


「知らないのよ」


「知らない?」


「聞いてないのよ」


 答えてくれたリバーブも、不安な、と言うかいぶしかげな顔だった。


「今回の依頼を取ってきたのは、実はレットなんだよ」


「あ」


 続いて答えてくれたブラーもいぶしかげな表情で、それを聞いたあたしもたぶん、同じいぶしかげな顔になってると思う。


 レットが取ってきた、とかもう、嫌な予感しかない。


 そして肝心のレットは先頭を歩いていた。時折振り向いてもニヤニヤと笑うだけで、今日は静かだった。


 そいつは、訊いても答えてもくれなさそうな、答えても嘘をつきそうなニヤニヤだった。


「……大丈夫なんですか?」


 思わず呟いたあたしの言葉に、リバーブとブラーはそろってため息をついた。


 それが答えだった。


「んな顔すんなよ」


 レットが笑う。


「今回は個人主催の、同好会の手伝いだ。警備と道案内がメインだが準備に後片付けも込み、まー何でもありのいつもの安い仕事だよ」


 一転して喋りだしたレット、それに不安が煽られる。


「こっちだ」


 そう言ってレットは角を曲がる。


 続いて曲がると、その先は賑やかだった。


 大して広くない道に馬車が四台、それぞれが同じぐらいの大きさの、あたしなら何とか入れそうな大きさの水瓶をいくつも積んでいた。水瓶は中身が入ってるらしく、木の蓋をロープで縛って封をしてある。


 それを馬車から下ろしているのはマッチョな男たちだった。


 その全員が、なんと言うか、手袋や動きから見るに慣れた感じだけど、雰囲気はそういう肉体労働系な感じはしなかった。むしろ知的な感じがするのは、あたしが人を見る目がないからかもしれない。


「そこが会場だな」


 レットは正面の建物を親指で指し示す。


 そこはこじんまりとした倉庫みたいだった。まだ新築みたいで真新しく、外装はきれいだった。


「ここが、会場? 同好会の? こんなところで?」


「そんな顔すんなよリバーブ、急きょ場所が変更になったんだとさ。ほら入るぞ」


 レットはさっさと入っていく。そして向かうのは、地下だった。


 いぶしかげでしかなかった。



 緩やかな階段を下ると、鉄の扉に出くわした。厚く、重い扉を開くと冷たい空気が漏れ出てきた。


 中は、天井は低く、柱があちこちにそびえていて、それぞれにかけてあるロウソクの灯りがレンガ造りの壁を照らしてる。床はワックス塗り立てみたいに綺麗な木の床で、その中心にはあの人の入れそうなな水瓶がいくつも並べてあった。


 何となく、ここで大声だしても外には届かないだろうな、と思った。


「失礼、護衛ギルドの方でしょうか?」


 あたしたちに声をかけてきたのは、人の良さそうなマッチョだった。


 黒く焼けた肌に後ろに流した黒髪、背はそんなに高くはないけど手足は太く、着ている青い服はピチピチだった。


「はい。インボルブメンツです。遅れてしまったようで申し訳ありません」


 こんな状況でもリバーブはすぐさま適応していた。


「いやいや、わたしたちが勝手に早めに来てしまったんですよ」


 そう言ってリバーブとマッチョが固く握手する。


「自己紹介が遅れました。わたしが今回の集まりの、一応の代表をさせてもらっています、フィーラーです。今日はよろしくお願いします」


 名乗ってフィーラーさんは、その顔の筋肉を全部使ったような全力の笑顔を作った。


「マスターのリバーブです。で、順に、ブラー、レット、トルートです」


「よろしくみなさん」


 紹介されたあたしたちにも全力の笑顔を向ける。その一点の曇りもない笑顔から、本来は邪気など感じられないはずだ。だけど大人しいレットのいぶしかげな感じが、フィーラーさんにも伝染していた。


「それで早速なのですが、外の荷物の方をお願いしたいのですが」


「了解、いくぞブラー」


「え? あ、うん」


 レットはテキパキと動いてブラーを連れて階段に戻っていく。


 文句も言わず働く姿は、いぶしかげだった。


 「それで残ったお二人には中の案内を、トイレが変な所にありましてね」


 そう言いながら奥へ向かうフィーラーさんに続く。


「お恥ずかしい話、初めは学校を借りる手筈だったんですよ。ですが、向こう側がなにか誤解されてしまって、それで急きょこちらに変更になってここへ、という次第なんですよ。幸いこのワインセラーは知人の持ち物でして、季節の変わり目でワインの入れ替えとそのついでの改築が調度終って、中に運び込む前に借りることができました。それで今日を迎えられたんです。ですが準備も人でも足りなくて、それに脅迫状も、これはイタズラとは思うもですが、それを含めて念のためにお願いする運びになったんです。いやはやこちらもこちらで、あちこちお願いしても断られて困り果ててまして。でも受けてもらえて本当に助かりましたよ」


 何やらフィーラーさんが早口で色々と話してくれてるが、聞き取れた内容は不安しか感じられなかった。


 そうして連れられて、並べられている水瓶の列の間を抜けてゆく。


 中身は何だろう、と思いか通じたのか、その内の一つがガタガタと動き出した。


 思わず飛び退く。


 そのガタガタは、尋常じゃない力で、水瓶が揺れ、まるで内側から蓋を押し退けようとしているようだった。


「あぁ起きちゃったか」


 そう言ってフィーラーさんはさも当然のようにその水瓶に歩いていって、ロープに指をかけた。


「お二人には一足先に紹介しますね」


 にこやかにフィーラーさんは言いながら結び目を外した。


 そして、蓋を飛ばしで現れ出てきたのは、うねる触手だった。


 太さ長さはあたしの腕ぐらいで、色合いはピンク色でてかってて、まるで舌の裏側を見てるようだ。それが伸びをするようにゆっくりと伸びて捻れてる。


 そんな、触手だった。


 蠢いている。


 あたしは、目を見開くだけで体は固まってしまった。


 ただ頭だけはものすごい勢いで回転して、触手について思い出していた。


 この仕事につきたいと言ったとき、都会に出るとき、ことあるごとにいろんな人に言われ続けてきた。それは冗談めかしてたり、あるいは真剣だったりと色々だったけど、内容は一緒だった。


 触手には気を付けろ。


 そう言われてきた。


 それが、目の前で蠢いていた。


「どうです可愛いでしょ? 見ての通り人懐っこくて甘えん坊でね。あなたたちもすぐに虜になりますよ。いない人生が考えられないぐらいにね」


 そう言ってフィーラーさんは、また違う笑顔を浮かべていた。


 それはリラックスした、力の抜けきった笑顔だった。まるでそう、快楽に堕ちたみたいな笑顔だった。


 くい、と袖を引かれた。


 見ればリバーブが、青ざめた顔でいた。


 そうだ、あたしは一人じゃなかった。


 ……違う、二人まとめてピンチなんだ。


 また袖を引かれる。


 そしてリバーブは顎で、来た階段の方を指す。


 合図で一斉に逃げよう、と伝わってきた。


 あたしはそれに頷いた。


 そしてタイミングを見て、フィーラーさんが触手に目線を移した瞬間、踏み切る。


 がしかしその瞬間、階段への扉が音をたてて閉じられた。


 ……閉まってしまった。


 やばい、と思ったときには触手が目の前まで迫っていた。


 蠢くピンク迫る。


 回避、防御、迎撃、頭に浮かんでも実行できなかった。


 動けないあたしの目の前で、触手の粘液が滴った。


「触れないで!」


 突然の大声、それであたしは糸が切れたみたいにへたりこむ。


 大声の主は他でもない、フィーラーさんだった。

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