愛は繋がり7
ゲロまみれのストーカーどもをあたしたちがふん縛ってる間に、ブラーが警察を連れてきた。
バケツメットをかぶった警察騎士たちは、この光景を一目見るやいなやゲロにゲロを重ねた。バラよりもゲロが勝る現場、これが人の住む家だというのに、掃除云々の話もなく、彼らはストーカーたちを連行していった。
こういったところがレットの悪口の源泉になってるんだろう。
思うあたしと、あたしたち、それとバヨットさん一家も治療と調書のために一緒に連れていかれた。
ついた警察署にて、露骨に鼻をつままれながら個別に話を聞かれて、そのままあたしたちギルドの四人は一つの部屋に押し込まれた。
臭いは最悪だ。
……それぞれみんな、ストーカーどもを押さえたり縛ったりした際にへばりついたゲロが臭って、それに部屋が籠っていて、もう凄いことになってた。
「……リバーブ大丈夫?」
ブラーに言われても、顔色が悪いリバーブは首を振るだけだった。
「は! あんなゲロでゲロるとかどんだけメンタル弱いんだよ」
「レット。これはメンタルとかの問題じゃないよ。ほら」
「何だよブラー」
「アレルギーよ」
やっとと言う感じでリバーブが言う。
「あ? お前はイチゴのアレルギーだろ?」
「バラの、アレルギーなの。イチゴもバラの一種よ」
「……あーそーかよ。で、新入りは首でいーんだよな?」
「ふえ?」
鼻をつまんでで変な声が出てしまった。
「だってそーだろ? やばかったらすぐ戻ると示し合わせてたろーが」
「でもあれは」
「でもじゃなーい。俺たちは口が酸っぱくなるほど言った。ゲロの前にだ。それにあの二人は、護衛対象じゃーねー。見捨てるが最善手だ」
「そんなこと言ってられる場合じゃなかったじゃないですか!」
「ごめん、今回はトルートも悪いよ」
ブラーに言われて、思わずブラーを見返す。
ブラーは、無表情のままだった。
「トルートが心配になって飛び込んだのも、腕に自信があるのもわかるよ。けど、やっぱり僕らに知らせなかったのは失敗だよ。実際待ち伏せがあったんだしさ。それでもしもがあったら、最悪全滅もありえたんだよ?」
……そう言われると、言い訳もできない。
「……すみませんでした」
心に刺さる。
「首だ。謝って済むかよ」
「レット、人のこと言えるの?」
「あ? リバーブ、今回は俺、悪くないだろ?」
「トイレは?」
「しょーがないだろ、出るもんは出るんだよ。我慢してつっこんでもろくなことにはならんぞ」
「だったら入る前にしないと、トイレも危険なのよ?」
「実際にはしてねーよ。嫌がらせに新入りに下半身見せて、あとは好奇心で水洗の水流してただけで。あれ面白いな。見てて飽きねーの」
「レット」
リバーブの声に合わせるようにガチャリ、とドアが開いて一人の警官が入ってきた。
「はいみなさん、確認が取れました。もうお帰りになってかまいません。ただえっと、レットさんとブラーさんは残って下さい」
「は? 弁護士くるまで黙秘するからな」
「いえ、お二人が朝方捕らえたナデポに懸賞金がかかってたので」
「はい俺です! 俺がやりました!」
「レット、わかってんでしょうね」
「あーわかってるよリバーブ、全額寄付だろ」
「レット!」
「え?」
「……ブラー?」
「いや思い出したよリバーブ、業務上の臨時収入はみんなのもの、だよね?」
「……後で書類見せてもらうからね。それからレット、話は終わりじゃないわ」
そう言って、リバーブはよろよろと立ち上がった。
あたしは、うつむきながら跡をついていった。
▼
帰り道はもうすぐ夕暮れ、あたしはリバーブの後ろについて歩く。
……気まずかった。
「気にしてるのトルート?」
振り返ったリバーブは、顔色が良くなってきていた。
「確かに、今回のあなたの仕事は、完璧とは言いがたいわね」
「すみません」
「でも、才能はあるんじゃないかな」
「才能、ですか?」
「そうよ。この仕事で一番ダメなのが、なにもしないこと、次は自分を守ろうとすること。だから人のためにすぐさま動けるのは、やっぱり才能よ。私の最初なんて酷かったんだから」
「そうなんですか?」
想像つかない。あぁでも、ゲロはするのか。
「そうよ。あなたは私よりこの仕事に向いてるわ」
そう言ってリバーブは立ち止まって、あたしを真っ直ぐ見た。
「その代わりに忘れないで、あなたは正しい方法をまだ知らない。そして失敗したら困るのは私たちじゃなくて、依頼人なの。それも命の関わるような、ね。だからみんなで守るの、私や、ブラーや、レットも、トルートもね。だから、信頼して」
「……はい」
この言葉が、一番心に刺さった。泣きそうになるのをグッと堪える。
「まぁ、そんな顔しないで、とりあえず今日はお疲れ様。ご飯食べる前にサッパリしていきましょうね」
そう言ってリバーブは見知らぬ大きな建物に入っていった。
「あのここは?」
「お風呂屋さんよ。知らない? ここに大きなお風呂が有るの。うちのギルドみたいに個別にお風呂ないところが大半だからね」
そう言って更に奥に、二つに別れているうちの『女』と書かれてる方ののれんを潜ろうとする。
その瞬間、今朝のブラーの言葉が甦る。
……神様が間違えちゃったんだ。
無意識に手が伸びていた。
あたしに袖を引かれて止められたリバーブは不思議そうに振り返る。
「あの、大丈夫なんですか?」
このあたしの言葉には沢山の意味を込めた、つもりだった。だけど、リバーブの顔は伝わってない感じだった。
「あ。あぁ、大丈夫よ。タオルとかは中で売ってるし、服の洗濯も入ってる間やってくれるし、それにこれは経費で落ちるから、お金の心配はいらないわ」
「そうじゃなくてあたし、ブラーに聞いてるんです」
キョトンとしてるリバーブ……伝わってなかった。
あたしは、あたし個人は、リバーブのことが好きだし、偏見ないし、経験もないけどたぶん平気だ。だけど、こういう場所は、流石に不味いと思う。だから、だけど、リバーブは傷つけたくない、それだから、ちゃんと言わないと。
あたしは、言葉を選んだ。
▼
………………言葉を選んだつもりだった。
なのにやってしまった。傷つけてしまった。
どうしよう。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
あたしは焦るだけでただ呆然とお風呂屋さんの前にしゃがみこんでいた。
「なんだ、先入ってたんじゃねーのか」
声をかけてきたのはレットだった。その後ろにはブラーもいる。
不覚にも。追い詰められてたあたしは、レットに会えて嬉しいと思ってしまった。
それで、涙が溢れてくる。
「これ見ろよ。あいつらストーカーの連判状。実名入り血の指紋もセット」
「やっぱり返さないとまずいよレット」
「全員持ってたから一枚ぐらい大丈夫だろ? で、この名前の横のがなんとパーツだ。髪の毛とか右手とか、いわゆるフェチだな。まーバラバラにする度胸はあるかは知らない……なんで泣いてんだよ」
「レット、女の子泣かしたら殺すって、言っておいたよね?」
「まて! 俺はなんもしてない! んなとこで剣抜くな!」
「あたしが、悪かったんです」
涙をこらえながら声を絞り出す。
「リバーブがお風呂入ろうって、だけど女の方に入ろうとして、だけどそれは不味いと思って」
「……止めたんだね?」
ブラーに頷く。
「傷つけるつもりはなかったんです。だけどうまく言えなくて、それで、飛び出して行っちゃって」
「それは、トルートは悪くないよ。いつかは乗り越えないと」
「でも」
「……なんの話をしてんだお前らは」
「リバーブの性別のことだよ。ほら、レットが前に話してくれたじゃないか」
…………え?
「待ってください。あれはその、ブラーは確認してないんですか?」
……………………沈黙、それを砕いたのはレットのバカ笑いだった。
「ちょ ちょまてよ! お前はあんな話を信じて! おま医者だろブラー!」
「いやだって、僕の専門は応急処置だし、産婦人科や泌尿器科の検査はしてないしさ」
「だからっておま! さては今日の依頼人も心は乙女とか?」
「違うの?」
「バカかお前はブラー、今日受けたのは男子校だ」
そう言ってまた笑う。
「じゃあ、リバーブは女の子なんですね?」
「当たり前だ新入り。少なくとも書類上も女だし、風呂もトイレも問題なく女側に入ってる。つーか今までどーしてたってんだよ。それにあー見えて男っぽいの気にしてんだぜ。これで同じギルドからずっと男と思われてたとか、知ったら、間違いなくぶちきれて、ぶちのめしに……」
……レットは固まった。
つまりは、そういうことなんだろう。
「……俺はワルクナイ」
「「レット!」」
「だってそーだろが! 今の話に俺出てくるか? 間違えたのお前らなんだからお前らが怒られろバーカバーカ!」
「そんなレット」
あたしが呟くと、蹄の音が聞こえてきた。
見れば道の果てから馬が爆走してきた。見覚えがある、ホレイショだ。
ならば、それに跨がる鬼の形相は、リバーブだろう。
「……怒ってますね」
「レット、一緒に謝ろう。一生懸命謝ればリバーブもわかってくれ、レット? レット! 待って! 置いてかないでレット!」
真っ先に逃げ出したレット、それを追いかけるブラー、呆然と立ち尽くすあたしの前をリバーブが駈るホレイショが風のように駆け抜けていった。
……こうして、平均的な依頼を無事終えることができた。
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