愛は繋がり3
閑静な住宅街の中にあるイクスクルード高校は、あたしたちを中から閉め出していた。
敷地を高いレンガの壁で囲い、外からでは校舎も見えない。その壁の切れ目の正門には鉄の門が、その両側には厳つい鎧姿が並んでいた。
その間を次々と受験生とその保護者らしい大人が入っていくのが見える。
言ってはなんだけど、まるで刑務所のような感じの学校だった。
そんな門の、道を挟んだ反対側、誰かの家の前であたしたちは息を整えていた。
「まぁ、あの騒ぎならすぐ警察が来るだろうし、二人の心配はしなくて大丈夫よ」
アレだけ走ったのに、リバーブはあんまり息が切れてなかった。
あたしは、体力は人並みにあるつもりだけど、この仕事は、人並みじゃあ勤まらないということなんだろう。
「それでトルート、悪いんだけど、これ持ってて」
そう言ってリバーブは、あたしに腰から外したレイピアを鞘ごと渡してきた。
何でですか、と訊く余裕もなくただ単に受けとる。
「あとこれもね」
言ってリバーブは鎧を脱ぎだし、それらもあたしに手渡した。
「学校は普通、武装を認めないから置いてかないといけないのよ。予定ではブラーに渡す筈だったんだけど、代わりにお願いね」
そう言いながら脱いだ鎧は、ワンピースみたいになっていて、頭から一気に脱げるようだった。そして籠手や何やらを外しきるとリバーブは、白い綿のシャツにベージュのパンツと、普通の服装になった。それはそれで似合っていた。
当然、その胸は平らだった。
軽くなったリバーブは軽くストレッチしながらバヨットさんに話しかける。
「構内はカンニング対策もあって大手の護衛ギルドが入ってるみたいなんで、流石に安全だとは思いますが、念の為についていきますね」
バヨットさんはコクリと頷いた。彼女の方はもう息は治まってるみたいだ。
「それじゃあトルート、行ってくるわ。二人が来るから、来たらもう入ったって伝えてね」
そう言って二人は門に向かって行ってしまう。
そして二人が見えなくなってようやく呼吸が落ち着いた。
学校からチャイムが聞こえる。単調なメロディだ。それが鳴り終わると、学校の前から人はいなくなっていた。
あたしは一人、残された。
▼
何度目かのチャイムが聞こえる。
あたしは変わらず、やることもなくそこに立ち尽くしていた。
こうしてる間、二人を助けに戻ることも考えたけど、もしかしたらすれ違いになるかもしれないし、リバーブの装備を遠くへ勝手に運び去るのには抵抗があった。
それに、リバーブが大丈夫と言ってたし、大丈夫なんだろうと心の何処かで思っていた。
それで、時間を潰すようなものもないし、ただぼんやりと突っ立ってるしかやることがなかった。
そうしていると、どうしてもリバーブについて想ってしまう。
別れ際の姿や言動、平らな胸、それにブラーの言葉、繰り返しても、自分でさえ到達点が見えない。
ただ、他人と違うと見られるのは、体験してるからようくわかってる。
と、甲高い声が響いた。
「きゃー遅刻遅刻!」
絶叫しながら遠くから駆けてくるシルエットは、紛れもなくレットだった。顔も見えないこの距離でもあの頭は間違いようがない。
そのレットが駆け寄ってくる。かっこいいと思ってるのか手足をくねらせた走りだ。しかもそれが遅くて遅くてなかなか来なかった。
言葉もなく、待ちながら見てる間にレットの足はドンドン遅くなってゆく。
そして終には立ち止まった。体力の限界らしく、膝に手をついて肩で息をしている。
滑稽、というか無様だった。
息が落ち着くと、脇腹を押さえながらレットは普通に歩いてやって来た。
「よー新入り」
「何だったんですか今のは」
「ビビらせよーとして叫んで走って距離を見誤ったんだよ。それよりリバーブだ。なんだ鎧残して、露出癖だして捕まったか?」
「中ですよ二人とも。それよりブラーは? あの後どうなったんですか?」
「ブラーは……尊い犠牲になったんだよ」
「見棄ててきたんですか?」
「仕方ないだろ? あんなのを組伏せて、寝技で押さえたまま警察待つとか、まともじゃねーよあいつは」
言いながらレットはあたしの隣に来て、腰をおろした。
こんなレットの言うことを信じるなら、ブラーは無事らしい。
「そう言えば、あのスキンヘッドを殴り倒したカッコいい技は何て言うんですか?」
「いきなりなんですかレット?」
「いや、お前が知りたそうな顔してたから」
「……それは、気になりますが」
訪ねるのは癪だった。
「あれは指弾だ。親指でハナクソサイズの石ころを弾いて飛ばしてんだ」
「え? あの時、上げた手の指は開いてましたよね?」
「んだよ、ちゃんと見てたのかよ」
「見てましたよ。別に教えるつもりがないならそれでもいいです」
「教えてやるよ。あれはな、気を放ったんだ」
「は?」
「気だよ。基礎知識として、魔法ってのは生物が持つ生命エネルギー、魔力を精霊やらアーティファクトやらを通して加工した現象だ」
「それぐらい、あたしだって知ってますよ」
「だが間に何かを介する分、絶対にロスが産まれる。だから俺は介さずにダイレクトに魔力を撃ち出してんだ。だから強いんだよ」
「……そんなこと、できるんですか?」
「おいまじか、こいつ信じたよ」
っとに、この男は!
「睨むなよ。次こそ本当のことを教えるって」
「どうだか」
「また魔法の話に戻るがよ。精霊を介する場合は精霊に、具体的に何をしてもらうか伝える必要がある。それがやつらの言葉、言語、いわゆる呪文ってやつだ。文法も単語もニュアンスも異なるのを覚えて伝えて、違う世界にいる相手と信頼関係築いて契約してやっと魔法につながる。だが相手が何者でも言語は言語、ならば当然文字も存在する。それが魔方陣だ」
「そのテストに出そうな知識がなんだってんですか」
「俺はな、体に魔方陣を彫りこんであるんだよ。この入れ墨がそうだ」
「またそんな」
「本当本当、全部じゃないがな。内容は空気の召喚、魔力を集めた肌上に召喚、呼び出せるんだよ。しかもすっげーことに手ぶらで呪文詠唱含めた予備動作全部カットだ。まぁー言うのは簡単だが、使いこなしのが難しいんだぜ……その目は信じてないな」
「信じてないです。訊きますけど、そうなら触媒は何なんですか?」
「しょくばい?」
「触媒ですよ。杖とか、ブラーはペンダントで、ほら精霊に魔力を受け渡す時に必要なんでしょ? 確か魔力を精霊に渡すための伝導体とかで」
「あぁーうんアレね、知ってる。食べものではない。アレはほら、入れ墨の墨に含まれてんじゃないかなぁ?」
「……へぇ」
「本当だってば、入れ墨詳しくないからよくわかんないけどさ」
「じゃあ、そうなんでしょうね」
「いや、信じてよ」
「あ」
道の向こうにまた、見覚えのあるシルエットが見えた。
大きな体に二本の角、ブラーだ。
向こうもこちらに気がついたみたいで、大きく手を振っている。
「バカな! 奴は死んだはず!」
……もう、レットは無視することにした。
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