愛は繋がり2
結局、ブラーが斥候として先行して、少し離れてからレット、バヨットさん、後ろにあたしとリバーブが並ぶ、このフォーメーションで進むことになった。
進む道にはそこそこの人が歩いていた。みんな同じ方向に黙々と歩いているので混雑はなかった。その中には同じような、受験生らしい姿も見えた。
そんな中、先に行くブラーは、曲がり角や物陰を一々確認して回っている。そうして安全だとわかったらこちらに手招きして、確認してから、あたしたちは進んだ。
地道な作業をしながら歩いているのに、移動はそれほど遅くはなかった。やることは多いのに、その一つ一つが手早いのだ。
やはりプロということなんだろう。
ただやっぱり、レットはレットだった。
「あーいてーよー。アバラの二、三本はいっちゃったよー。それでも働かせるとかどんだけブラックだよー」
喚くレットにバヨットさんは若干引いている。
「うるさい黙れレット」
「痛いんだよリバーブー。だいたいよー。道間違えたぐらいで飛び蹴りとかパワハラだろーが」
「こんな真っ直ぐ行って四つ目の角を右に、なんて単純すぎる道順を間違えてる方が問題だわ」
「現に間違えた。ミスぐらい俺にもある」
「じゃあミス指摘されて息が切れるまで逃げるのは何よ」
「あ、次の十字路を左な」
「右よレット」
リバーブは冷たく指摘しながらチラチラと後ろを伺っていた。
そうだ、後ろから襲われることもあり得るんだ。
なら、注意しないと。過ぎた後の道からも、壁の向こうからも、何処からでもあり得る。それ全てに対して絶え間なく警戒するのは、素人同然のあたしにも、大変なのはわかった。
これを、できるようにする。
考えただけでしんどかった。
でもやれるようにならなきゃ。
と、先を行くブラーが十字路に差し掛かったその時、通りに甲高い声が響いた。
「キャー遅刻遅刻!」
ベタな台詞、そして十字路の左の方から飛び出してきたのは、まるで熊のような巨体だった。
……大男だった。
スキンヘッドで、太い手足にデップりとしたお腹、着ている紺色のピッチリとした服装は今にもはち切れそうだった。そしてその口には何故か食パンをくわえていた。
そんなのが突進する熊みたいな前屈みの姿勢で、飛び出して、真っ直ぐブラーに激突した。
バチン、と肉の打つ音が響く。
激突されたブラーも負けじと大きい。それに鎧と大剣もある。なのにその体が、まるで紙屑のように軽々と吹っ飛ばされていた。
そして十字路の反対側へと消えて、僅かに遅れてグシャリと音が聞こえた。
途端に悲鳴と混乱、突如として発生したぶちかましに街行く人々は逃げ出した。
その中でスキンヘッドがゆっくりと体を起こした。口から食パンを手にとりながら辺りを見回して、こっちを向いた。
「そうか、素敵な出会いはそっちだったか」
そう呟いてスキンヘッドは食パンをくわえなおし、身を屈め、左足を引いて両手の指を地面につけた。
知ってる。名前は忘れたけど短距離を走るときのスタートの構えだ。
その向かう先には、あたしたちがいた。
やばい。逃げなきゃ。逃がさなきゃ。
思ってる前に、レットが進み出た。
そして両手を上げて、道の端に避けた。それはまるで、スキンヘッドに道を譲るかのようだった。
「レット!」
「なーに?」
抜剣して殺気だつリバーブとは対照的にレットはのほほんとしている。
「俺らの仕事はストーカー対策だ。食パンタックルは管轄外だろが」
「だろがじゃない! そいつがストーカーに決まってんでしょうが!」
「ちーがーうーねー。ストーカーってのはもっと裏方なんだよ。脅迫状送りつけたり留守の家に忍び込んだりゴミ漁ったり。あーーんな日の当たるアグレッシブなストーカーいるかよ」
「ならあれは偶然現れたって? 冗談は髪型だけにしなさい!」
「ふざけんなてめーリバーブ! これはな!」
「髪なんてどうでもいいの!」
早口な二人が怒鳴りあってる間に、スキンヘッドは尻を高々と上げた。まるで力を溜めるようだった。
「純愛は、最悪の出会いから生まれいずる。激突こそ初恋なり」
文言と共にスキンヘッドはスタートした。
「キャー遅刻遅刻!」
絶叫しながら疾走するスキンヘッド、あっという間にレットの前を駆け抜ける。
その刹那、スキンヘッドの横っ面が叩かれた。
乾いた音に頬の肉が波打って、スキンヘッドはバランスを崩して派手に転んだ。波打つ腹の肉、その拍子に口からこぼれた食パンが跳ねて地面に落ちた。
その動き、全てに瞬きはしてない。見えてるはずだった。
なのに何が殴ったのか、見えなかった。だけど誰がやったのかは一目瞭然だった。
レットだ。
レットは、スキンヘッドが殴られた瞬間、自白同然の笑みを浮かべていた。それは見れた。
だけども攻撃自体は見えなかった。
またあの、正体不明の技を使ったんだろう。
スキンヘッドが勢いよく上体を起こすそれと同時にレットの笑みは消えていた。
それでもスキンヘッドは打撃の飛んできた方向のレットを睨む。
「いやまて、俺は手を上げたぞほら」
言ってレットは上げたままの両手を揺らして見せる。
「今よバヨットさん走って!」
謎を疑問に思う間もなく、弾けるようにリバーブは走り出した。左手で引かれてるバヨットさんも続いて走る。
そうだ今は兎に角逃げるんだ。
思い気がついてあたしも続いて走りだした。
スキンヘッドは手を伸ばしてきたけどそれをかわして横を駆け抜けた。
「レット 足止めして!」
「えー」
リバーブの声にレットは気のない返事を返した。
相手をしてる暇はない。全力で走る。
そしてリバーブとバヨットさんが右の角の向こうに消え、続いて曲がろうと減速した時に、後ろからまた聞こえた。
「キャー遅刻遅刻!」
恐怖の文言に思わず振り返る。振り返ってしまった。
致命的な減速に迫るスキンヘッドは速かった。
巨体とは思えない加速に、こっちの減速が重なって、距離はすぐに縮まる。
必殺の間合い、手を伸ばせば届く距離、絶望的に近い。そして伸ばされるその指先があたしの髪を掠めた時、彼は颯爽と現れた。
大きな背中、二本の角、それはブラーだった。
曲がり角から飛び出してスキンヘッド立ちふさがって今度は真っ正面からスキンヘッドにぶち当たった。
肉と肉の打つ音、そして靴が引き押される音、圧倒的質量からなる激突にしかしブラーは今度こそ止めきった。そのまま力任せにスキンヘッドを投げて押さえ込む。
その背中は正にヒーローだった。
「ここは僕たちが押さえるから早く行って!」
「任せたわブラー!」
短いブラーとリバーブの会話、信頼がそこにあった。その証にリバーブは振り返らなかった。
これぞプロという感じだ。
ただ遠くで見てるだけのレットとは大違いだ。
…………でも、あたしもおんなじだった。
何もしてない。 できてない。
後ろ向きの考えを抱えながらバヨットの後ろを走り続けた。
それしか、今のあたしにはできなかった。
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