愛は繋がり
愛は繋がり1
「今回はまぁ、平均的な依頼よ」
そうリバーブに言われながらホレイショを残して朝早くから向かったのは、都心に程近い、閑静な住宅街だった。石畳に垣根に、小さな一軒家が並んでいた。綺麗で眩しい街並みが広がっていた。
そんな中の一件、赤い屋根の家が目的地らしかった。
お庭は無くて、その分、他よりも大きめな作りの建物だ。まだ新築みたいで、真っ白なドアの横には鉢植えが並んでいて、そこには小さなピンク色の花が咲いていた。
都心に住む少しリッチな家、という感じだった。
ここが、今回の依頼主の家らしい。
それで今回、あたしはこれといって指示を受けてない。先ず見て覚えてどういうものか理解して、とはリバーブに言われている。
だけど、そんなことよりも、あたしの頭の中はブラーの言葉が何度もこだましていた。
▼
「ちょっといいかな」
家を出る時、レットとリバーブがなんかで揉めてる間にブラーに呼びとめられた。
そして手招きに導かれて食堂に入って、他の二人がいないのを確認すると、ブラーは話始めた。
「実は、リバーブの事なんだ」
そのトーンから、シリアスな話だと感じられた。
「これから一緒に仕事をする上で、いつかはわかることだから、早めに伝えておこうと思うんだ」
ブラーは言いにくそうに言う。
「落ち着いて聞いてね。……リバーブはね。その、見た目とか、心とかは女の子なんだ。だけどその、何て言うか、そのさ、神様が間違えちゃったんだ」
「間違えた、ですか?」
何を言ってるのか、その時はピンとこなかった。それが顔に出てたのか、ブラーは続けた。
「その、アレなんだよ。心は君に近いんだけど、体は僕やレットに近いんだ」
……そう言われて、それでやっとわかった。
「それって、リバーブが男の人って、ことですか?」
ブラーはゆっくりと頷いた。
信じられなかった。
▼
今でも信じられてない。
男だなんて、これがレットでなくても、本人から聞かされても冗談だと思っただろう。だけど、ブラーが言うと、説得力が違った。
ブラーはこういう冗談は言えないだろう。つまりは、真実なんだろう。
そのブラーは、その後も色々と話続けてたけど、そのどれも頭の中に入ってこなかった。
ただボンヤリと、普通に接してあげてね、とブラーが言ってたのは覚えている。
だけど、どうしたらいいかまでは、覚えてなかった。
……別に、そういう人がいるのは知ってるし、悪いことだとは思わない。リバーブはいい人だし、それは男でも女でも関係ない。
ただ、傷つけたくはなかった。
だけど、そういう人に、どう接したら良いのか、想像もつかなかった。
「あ、忘れてた」
急なリバーブの声にビクッとなる。
「私たちは仕事を引き受けた時に何するか聞いたけど、いなかったトルートは説明まだだったよね?」
「いーだろリバーブ、大した仕事でもないんだし」
あたしが答える前にレットが割り込んでくる。
レットは、リバーブのことを知ってるのかな?
知ってたらおちょくるネタにしそうだけど、そうしないぐらいには気を使っているってことなんだろう。
なら、あたしも、考えないように、普通に今まで通りに接しよう。
「だいたいよー。どーせ俺らの後をついてくるだけだしー時間の無駄だろが」
「うるさいレット、その時いなかったトルートがいるんだから説明いるでしょう
が、何かあるかわかんないんだし」
「何かあったってこんな新入りなんざいてもいなくてもいないようなもんだから無駄なことすんなと俺は親切でな」
「おはよーございまーす! インボルブメンツでーす!」
いつの間にかブラーは玄関前に立って、拳でガンガンノックし始めた。
「「ブラー」」
「いやほら、時間無いでしょ?」
言われて、リバーブは時計を取り出して見る。
「続けてブラー」
リバーブに言われてなお一層、強くノックし続ける。
「簡単に説明するわね」
リバーブが早口に言う。
「今回は高校の入試日で、依頼主はその受験生なの。その送り迎えが依頼よ」
「兵役逃れのモラトリアム」
「黙ってレット、戦争終わった今の進学は大事なの」
「一人で試験も受けらんねーのがモラトリアムでなきゃ何がモラトリアムだよ? つーかモラトリアムって何だよ」
「モラトリアムは猶予期間みたいな意味で」
「話を変な方向に持ってかないでブラー、それにレットも、私たちの仕事の大半がスケジュール管理なんだと忘れたの? それにそれだけじゃないし」
「……何だよ」
「ほらやっぱり寝てたんじゃない」
「違いますー、起きてましたー。これは新人への熱いフォローだよ」
「だったらあんたから言ってみなさいよ」
「はーい」
中から女性の声がして、それでもブラーはノックを止めなかった。
「ブラー!」
「あ、そうか」
リバーブに言われてやっとブラーがノックを止めると、ドアが開いた。
そして道を開けると、中から三人が出てきた。
人のよさそうな中年の男性と人のよさそうな中年の女性と、そして中年女性に似た黒髪ショートカットの少女だった。
三人は家族だろう、とわかった。
「インボルブメンツです。お迎えに上がりました」
リバーブが進み出て身分証を取り出して見せる。
「自己紹介をもう一度、私がマスターのリバーブ、後ろのヤギがブラーで、爆発してるのがレットです」
二人は名前を呼ばれる度に手を上げた。
「それともう一人、初対面になりますが、新入りのトルートです」
名前を呼ばれて手を上げる……のは違う気がしたので代わりにお辞儀した。
それに三人もお辞儀を返してくれた。
「それでは最後の確認です。今回のご依頼は、こちらのバヨットさんをイクスクルード高校の入試試験会場までの送迎、ですね」
「このタイミングで確認とか」
「黙りなさいレット、確認は色々大事でしょうが」
色々に、あたしへの説明も含まれている。それぐらいはわかった。
「失礼、続けます。それで、考えられる驚異ですが、正体不明のストーカーから脅迫を受けている、と」
最後の一言、ストーカーという単語に三人が緊張したのがわかった。
そいつがあたしたちが呼ばれた理由らしい。
「それで間違いありません。お伝えした通り、嫁入り修行せずに進学するなら危害を加える、と」
父親らしい男性が答えた。
「本来なら、親であるわたしたちが着いていくべきなんでしょうが、今日は家内共々どうしても外せない用事がありまして」
「お任せください。ではこちらにサインを」
そう言って差し出したリバーブの書類とペンを受けとると、男性はサラサラとサインして返した。
これは必要な手続きらしい。
「はい確かに、問題ありません。それでは時間もありませんし、出発しましょう」
「あの」
「はい?」
声をかけてきた女性の方にリバーブが向く。
「その、うちの子を、宜しくお願いします」
深々と頭を下げられてしまった。
「安心してください。私たちはプロですから」
そう答えてリバーブが手を上げ合図すると、ブラーとレット、二人は迅速に動いた。
先ずブラーは道に出て辺りを見回す。
「じゃあ斥候は俺だな」
言って真っ直ぐ小走りで行くレットの眼差しは鋭かった。キビキビとした無駄のない動き、流石と言うべきか、プロらしかった。
レットも仕事は真面目らしい。
それを追ってリバーブが慌てて飛び出す。
「レット! 逆よ!」
リバーブの声は絶対に聞こえてるのに、レットの足は止まらない。
「レット! あーもう時間無いのに! ブラー、悪いんだけど連れ戻してきて」
「あーーーうん、わかった」
走って追いかけるブラーに、レットは明らかに加速して遠ざかっていく。
所詮レットは、レットだった。
ため息をついて依頼主のバヨットさんを見ると、目があった。
不安そうな表情、その顔は可愛かった。
ショートカットの黒髪に黒い瞳の大きな目、肌は透き通るように白くて、ベージュのゆったりとした服装で、襟口に半ば口を埋めて隠している。背は低くて胸はない。
可愛らしい美少女で、ストーカーが沸くのも納得だった。
この娘を守るのが、今回の、あたしたちの仕事だ。
もしも失敗すれば、それは彼女を傷つける。だから失敗はできない。
意識すると急に緊張が滲み出てきた。胸が高鳴り汗が吹き出てくる。
だけど、これが仕事なんだ。
気取られないよう小さく深呼吸する。
「安心して下さい。必ず守りますから」
リバーブを真似て言ってみた。
それで、バヨットさんの表情が若干和らいだ気がした。
絶対に守るんだ。
それがあたしの、あたしたちの仕事なんだ。
ブラーに羽交い締めにされ、リバーブにドロップキックをぶちこまれるレットを見ながら、あたしは人知れず心に誓っていた。
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