箱の中身はなんだろな4

 当たり前だけど、だれ一人としてレットの言うことのなんて信じてなかった。


「んだよ。俺の予想だと金髪碧眼のロリッ娘で、ここから始まるアバンチュールに胸をときめかしてたのによー」


 一転して元に戻ったレットの愚痴をグダグダと聞き流しながら夕暮れ、たどり着いたのは、最寄りの警察署だった。


 箱の中身が王子様であろうと誰であろうと、現状からは誘拐事件にしか見えない、とリバーブは判断して、警察に丸投げすることとなったのだ。


 警察署は田舎も都会もだいたい一緒で、元々有った砦を改良した建物にバケツメットを被った警察騎士さんたちが駐在していた。


 その敷地へ一歩踏み込んだ。


「あ」


 声を出して立ち止まる先頭のレット、邪魔だ。


「……まー、大丈夫か?」


「何よレット、まだ王子様だと言いはるわけ?」


「だってリバーブ、そーなんだもーーん。仕方ないもーん。で、その身柄を貴族に渡すの抵抗あんだけどー」


「心配ないでしょ。王子様でもないし、だったとしても警察騎士団は独立機関、いくら貴族様でも何もできないわよ」


「バカがリバーブ、独立機関っつっても建前だけで、結局個々に予算卸してんのはそこの貴族だろーが。金握んのは金たま握んのと一緒だろが」


「うるさいレット、だいたい全部あなたの言う通りだと仮定して、今の警察がそんな仕事熱心だと思ってるわけ?」


「あ、そーいやそーだな。んな面倒な案件、グータラなバケツどもが、揉み消しはしても積極的には動かねーか」


「あの、二人ともここどこか考えながら話してね」


 ブラーに注意されながら、あたしたちは警察署の敷地に入っていった。



 警察騎士さんに事情を話すと初めは半信半疑だったけど、蓋を開けて見せてると大爆笑された。


 それであたしたち四人は別室に案内されて、そこで事情聴取を受けることになった。


 担当の人二人に話すのは主にリバーブとブラーで、うるさいはずのレットは寝息をたてて眠ってた。そのお陰もあって、話は順調に見えた。


 だけどミノタウロスにケンタウロスが突っ込んだ辺りから、雲行きが怪しくなった。


 更にそこに他の騎士さんが入ってきて、何やら耳打ちをすると、一気に空気が変わった。


 そこから話は個別にすることに急遽なった。


 それはあたしも例外でなくて、狭い部屋に三人の騎士さんが担当だった。


 何だかものものしい雰囲気けど、あたしが新人だと話すとそれも和らいだ。


 聴取にあたしは、知らない、わからない、全部レットが悪いんだ、と正直に答え

た。


 そんな感じで長々とした聴取が終わって、牢屋に通された。


 と言っても、鉄格子以外は普通の部屋みたいで、簡単な二段ベットに机と椅子が四人分、そこにリバーブとブラーが先にいた。レットはいない。まぁレットだから長引いてるんだろう。


 それよりも机に、オートミールが見えた。それだけで、他におかずもないけど、そんなんでも食事があるのは嬉しかった。


「一応、今の私たちは通報しただけってことにはなってるけど、事実確認が済むまでは拘束されるって。まぁ、一晩泊まるだけだから」


 リバーブの話を聞きながらも視線は食事から外せなかった。


「あ、僕たちは先に頂いたから、遠慮なく食べちゃっていいよ」


「そうですか? なら遠慮なく」


 ブラーに答えながら早速頂く。


 不味い。


 冷めてたり味が薄かったりはまだしも、何とも言えない植物系の嫌なと臭みが鼻をつく。舌触りは鼻水だ。


 これぞ臭い飯と言うことか。


 それでも空腹に負けて食べてしまう。


「食べながらでいいから、聞いてちょうだい」


 正面に座るリバーブ、そのオートミールは空だった。


「今後の話よ」


 その一言に気が重くなる。一週間、間違い、レット、オートミール、嫌なことばかりが頭に浮かぶ。


 それでも噛むのは止められなかった。


「私は、よければだけど、正式にあなたを雇おうかと思うの」


「……え?」


 ……それは、想定外の言葉だった。


「お給料は、そんなには出せないけど、最低限の生活は保証できるわ。住む部屋はあのギルドの二階のあの部屋を貸せるし、食費なんかは経費にできるしね。それでよかったら」


 口の中身を飲み込む。


「よろしくお願いします!」


 思わず椅子を押し退けて立ち上がってた。


「あーー、本気なの?」


 ブラーの問いかけには、驚きが感じられた。


「ブラーは、反対?」


 リバーブの言葉にブラーは唸る。


「うーん。正直、お勧めできる仕事じゃないからさ。だけどそれで反対ならリバーブにも反対しなきゃだから」


「なら大丈夫ね?」


「大丈夫です」


 あたしが答える。


「本当に大丈夫? きつい仕事だよ?」


「大丈夫です!」


 もう一度答えた。嬉しさのあまり声が上ずってる。それを隠さないぐらいに嬉しかった。


「それでね、後だしになって悪いんだけど、業務内容なんだけど」


「何でもやります!」


 ハキハキ答えると、リバーブは申し訳なさそうな顔をした。


「……あなたにお願いしたいのは、レットの面倒を見て貰いたいの」


 ……それって逆なんじゃ、と言いかけて止めた。


 レットなら面倒が必要だと十分に見せつけられたのだ。そして、それがきついのも、わかった。


「正直、初めはあなたを雇うつもりは無かったの。どんなに優秀でも雇えばレットがつけあがるからね。だけど、移動中にあなたがレットの相手をしてくれてた間、その凄く、解放されて、安心できたの」


 ……言葉の端々から、なんかもう、リバーブの苦労が伝わってくる。


 そりゃそうだ。あのレットだ。きついだろうし、やりたいとも思えない。


 だけど、これが唯一の夢への道なんだ。


「やらせてください」


 嘘偽りない、覚悟からあたしは答えた。


 それが伝わったのか、リバーブは微笑んだ。


 ブラーも、心持ち嬉しそうに見えなくもない気がする。


「あーー、だったら、ギリギリまでレットにその棟は話さない方がいいね」


「そうねブラー、あいつのことだから、こっちの意図がバレたら絶対逆のことするからね」


「それは、そうですね」


 まだ一日経ってないのに、みんなと共通の認識が持てたのが嬉しかった。


「また俺の悪口かよ」


 いつの間にかレットが入ってきた。顔は流石に笑みはなく、疲れが見えた。


「そんなことないよ。レットの悪口なんて言うわけないじゃないか」


「……ブラー、お前嘘つくときに鼻にシワよるの知ってるか?」


「……そんな手にはひっかからないよ」


 それにレットが切り返す前に、急に沢山の人が入ってきた。


 みんな金ぴか鎧で、ビシッと左右に隊列を組む。


 それにリバーブやブラーは咄嗟に立ち上がり構える。だけど二人は非武装だった。


「落ち着けお前ら」


 レットは諭しながらも背筋を正していた。


「こちらは王下近衛騎士団だ」


 レットの言葉を肯定するかのように、ラッパが鳴り響いた。


 それに合わせて、黒傘をかざすゴージャスな女性たちが入ってくる。みんな美人でスタイルが良くて、殆ど裸だった。


 そんな彼女らに囲まれ、独りの男が悠々と現れた。


 赤い服に宝石が散りばめられ、手にしてる杖は黄金色をしていた。


「む! よい、楽にせよ。余はただ一言、礼を言いにきただけじゃ」

 

 声は、あのオマージュのものだった。


「よくぞ余を救ってくれた。礼を言うぞ。まさかカクレンボがかような陰謀だとはの」


「いえ、もったいなきお言葉、我々は職務を全うしたまでです」


 応対してるのは、よりにもよってレットだった。


「む。余は今宵の事を生涯忘れぬぞ」


 そう言い残して、オマージュ、さまは部屋を出て行き、お着きもまた出ていった。


 ……開いた口が塞がらなかった。


「本物、かな?」


「本物、でしょうね」


 ブラーもリバーブも信じられないみたいに固まっていた。


 ただ一人、レットだけが腰を振って踊ってた。


「俺、合ってる。俺、正しい。お前ら、違ってる。お前ら、合ってなーーぃ」


 リズムを刻みながら更に激しく腰を前後に揺らすレット、これの面倒が、あたしに与えられた仕事だった。

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