箱の中身はなんだろな2
ケンタウロスから逃げ切ってからの道中は、ケンタウロス以上のイベントはなく、お昼を食べてない以上の問題もなかった。
正確には、道中の会話もなかった、というか、先を急ぎすぎてそんな余裕もなかった。
全力疾走、息もキレギレでたどり着いたディスゲイズは河近くにある、そこそこ大きな村だった。
ブラー曰く、ここは河の船着き場から発達した村らしい。
その河の流れは緩やかで浅いらしく、そんなに大きな船は停泊してなかった。
リバーブが言うには、ここらが河の真ん中辺りにあって、潮が満ちると水が逆流して、上流にも船が上れるようになるんだそうだ。それで中継基地として出来た村だと教えてくれた。
それで今は時間が半端なのか、人の姿は疎らだった。
……お腹すいた。
見上げた空はまだ青いけど、赤く染まるまでにそんなにかからないだろう。
ホレイショと一緒に入り口近くの空き地に待たされて、まだそんなには経ってなかった。
リバーブは先に行って偵察に、ブラーは何か食べるものを買い出しに、残されたあたしはホレイショと荷物番だった。
体力に余裕をもって行動するながプロなんだ、と言われたけど、休んでるのはあたしだけで、これがあたしのためだけの休憩なのは明白だった。
なのに悔しいけど、大丈夫ですと言い返せるほどの余裕は残ってなかった。
「ただいま」
先に戻ってきたのはブラーだった。
その手には荷車に吊るしてあったバケツが二つ、吊るしてあった。
「ゴメン、水しか無いんだ。今は時間が半端らしくて、そもそも店から開いてなくてさ」
「平気です」
答えながらも、お腹は空腹で痛いぐらいだった。
「ごめんね。夜には開くお店もあるみたいだから、受け渡しが終わったら直ぐに食べに行こう。だけど今は水だけで我慢してね。あ、直ぐに済ますから」
そう言ってバケツを地面に置くと、ブラーは首からジーン教のペンダントを取り出して、水面の上に吊るし小さく何かを呟き始めた。
ペンダントから仄かな光が溢れだす。まるで水滴のような光は、音もたてずに水面へと落ちて行く。
それは魔術だった。
精霊や天使と契約し、杖やペンダント等の媒介を通して魔力を与え、その代わりに呪文通りの魔法を起こしてもらう。それが魔術だ。
今施しているのは水を綺麗にする類いのものだろう。
このくらいなら、普段でも見かけるし、学校でも習える。
今や魔術は決して手の届かない、奇跡なんかではない。むしろ使えない方がマイナーな時代になっていた。
……あたしは、使えない。
「はい。これで飲めると思うよ」
いつの間にか魔術は終わっていた。
「こっちは馬用のなんだ」
そう言ってバケツの一つを置くと、ホレイショは鼻先を突っ込んで飲み始めた。
「人間用はこっち。あーー、コップは荷車の底の箱にあるはずだからそれでね」
「底ですね」
言われた通りに底を覗くと、隠してあるみたいに引き出しがあった。
その一つを開けると木の皿やスプーン、それに小さなコップが三つずつあった。
「戻ったわ」
二つを取り出してるとリバーブが戻っていた。その後ろに三人の男らがついてきていた。
最前は眼鏡をかけた、紳士服のミノタウロスだった。
牛の頭にくすんだ赤い短い体毛がビッチリで筋肉質な巨体、そんなに珍しい種族というわけでもなく、ケンタウロスと同じぐらいには見かける。
その後ろに続く二人も同じくミノタウロスで、銀色の鎧に手にはゴツいボーガンを構えていた。
三人ともあたしからは同じ牛の顔で、正直服装以外で区別ができそうになかった。
「こちらハムタスさん。今回の荷物の受け取り先よ」
リバーブが紹介すると最前の紳士服は、お辞儀した。牛の顔なのににこやかに笑ってるのがわかる。
「ご苦労様です」
ハムタスさんに労われて、会釈で返す。
「それで目的地はすぐそこよ。急いで」
急かされて、急いでバケツからコップ二杯に水をくむ。
そして片方をブラーに渡そうと思ったら、ブラーはバケツを掴んで浴びるように飲み始めた。
ゴブッ!
そして盛大に噎せていた。
▼
にこやかなハムタスさんらに案内されたのは、河から少し離れた場所にある倉庫街だった。
周りに人気はなく、道には雑草が生えていて、建物はどれもボロい。少なくとも現役で使われているような場所には見えなかった。
ここでの受け渡しとなると、何だか犯罪の臭いがする。
「……あってるの?」
歩きながら、小さな声でブラーが訊く。
「多分ね。書類もここらっぽいわ
答えるリバーブも小声だ。
「今更だけど、ちゃんとしたところからなの?」
「少なくとも仕事下ろしたクランはそう判断してる。だから受けたの。ただ、輸送ギルドの名前は始めて見るとこだったわね。だから税関に引っ掛かったんでしょうけどね」
「確かにあそこは、初見じゃ無理だけどさ」
「あの」
あたしの声に二人がこっちを向く。
「その、もしもこれがちゃんとしてなかった場合は、どうするんですか?」
「その時はもちろん、規則に従うわ」
リバーブが答える。
「契約には、護衛の仕事をこちらから打ち切れる条件がいくつかあって、その中に非合法活動への参加があるの。つまりちゃんとしてなかったら、荷物を捨てて帰るだけよ。その場合でも報酬は前払い、つまりは全額出るしね」
答えながらリバーブは腰から銀時計を取り出して時間を見る。
「それより問題は、レットよ」
言われて存在を思い出した。思い出したくなかった。
「やっぱり、一人では無茶だったんじゃないですか?」
あたしの言葉に、リバーブは微笑み返した。
「そっちの心配はしてないわ。あれでもレットは強いから、残念だけど」
「そうなんですか?」
レットの実力とか、想像できない。戦う姿は、唯一見たのが股を押さえてもんどりうってる時だ。
……強そうではなかった。
「それより問題は、待ち合わせ場所なのよ」
「あ。あーー、そうか」
「そうなのよ」
リバーブとブラー、勝手に納得している。
「何ですか?」
「あのね。レットには、この先の待ち合わせの場所しか教えてないのよ」
リバーブの言葉に、ちょっと考えて、嫌な答えが出た。
「……つまり、来るまで待つんですか?」
リバーブは小さくうなずく。
「待つと言っても普通は食事をしながらぐらいで、だけど今からだともうすぐ日が暮れて、更に帰るならもう真夜中でしょ? 山賊怖いから手紙を残して安宿に、が安全だけど。それでも帰れるのは朝になるわね」
「朝」
「それに加えてなんだけど」
ブラーが頭をかく。
「もしも朝でも会えなかったら、色々手配して探して貰うんだ。それでなんだけど、僕はレットを信じてるけどさ、もしもレットが自分の意思で隠れたりしてたら、物凄く面倒になるんだよ」
「それは、心配で探されてるのに逃げるって、ことですか?」
「まぁ、うん」
「そんな、いくらなんでも非常識な」
「だよね。だけど、レットだから」
「レットなら、やりかねないのよ」
二人はそろってため息をつく。
レットって、まぁ、そういう奴か。
「あの」
「「「はい!」」」
いきなりの男の人の声に、三人そろってビクッとなる。
「……こちらです」
男の人、にこやかなハムタスさんが指し示した倉庫は、見るからに朽ち果てた廃墟だった。
周りは草が生い茂り、壁の漆喰は剥がれて、やっと荷車が入れるぐらいの扉は片方外れてた。
なんと言うか、犯罪よりも幽霊の方が多そうな佇まいだった。
「いやーお恥ずかしい」
あたしたちのリアクションに、ハムタスさんが語りだす。
「実は、身内に受け渡しに良い場所ないかと相談して、それで紹介してもらったのですが、まさかここまでひどいとは。ただ緊急な話なもので、勘弁してくださいね」
話ながらにこやかなハムタスさんが手で合図すると、残りの二人が片方を開いた。
そして一歩踏み入るとジットリと湿ったカビの臭いが鼻にきた。
ただ明かり取りの窓でも有るのか、中は思ったよりも明るかった。
天井は高いけどあんまり広くはなかった。床の石畳はヌメヌメして滑った。反対側にも同じぐらいの大きさの、閉じた門が見えた。ただ、その表面には立派なキノコが生えていて、長年開けてないみたいだ。
不快感しかないジメジメした空間、そこにミノタウロスの集団が待機していた。
数は十人ぐらいで、全員が赤い毛色で半裸、何故か腰に短剣を吊るしていた。
こんな所にいるからか、みんな不機嫌な感じだった。
「これでようやくオーケストラ一式が揃いましたよ」
場違いににこやかなハムタスさんが手をかざすと、ミノタウロスたちが場所を開けた。
そこには痩せた馬と空の荷車が停めてあった。促されるまま、ホレイショは進んでその隣で停まった。
ここで乗せ替えるらしい。
「……ブラー、これで今回は完了ですか?」
「ん? いやまだだよ。この後は書類にサインをもらわないといけないんだ」
あたしの質問に答えたブラーは、しきりに天井を気にしてる風だった。
つられて見ると、天井は腐っていた。広がる染みは雨漏りの通った跡が変色したのだろう。恐らくこれがこの湿気の原因なんだろう。
あんまり見続けたくはない。
「ここにサインをお願いします」
そう言ってリバーブが差し出した書類とペンを、ハムタスさんは受け取ると一読してからサラリとサインした。そして両方をリバーブに返す。
「はい確かに」
リバーブもにこやかに返事する。
これで渡して、終わりらしい。
「……思ったよりもあっさり終わるんですね」
「まぁね。トラブルが無ければこんなものだよ」
「無ければって、ケンタウロスは?」
「あれはなんだ、逃げ切れたのもあるけど、ないほうじゃないかな。少なくともあっちよりかは、ね」
あっち?
あぁ、レットか。
「あっちはね。こちらのスケジュールを知ってる分、ギリギリまで攻めてくるような邪魔してくるから」
「中から声が、みたいなですか?」
軽い会話のつもりだった。
………………ブラーの返事はなかった。
代わりに、なんか、変な空気になっていた。
ブラーが黙って見つめる先、ミノタウロスたちが無言でこちらを見ていた。
揃って向けられる眼差しに、何故か冷たいものが感じられた。
なんか、やっちゃったかな?
「……そうですか、聞いてしまいましたか」
ハムタスさんはにこやかなままだった。だけどその雰囲気は、とてもにこやかとは言いがたかった。
「極力、地味に済ませたかったんですがね」
ハムタスさんが手を上げると、囲うミノタウロスたちが次々と短剣を引き抜いた。
それはまるで、敵対するような動きだった。
それにリバーブ、ブラーも抜剣する。
敵対? 戦闘? 誤解? 失敗?
状況に頭がついていけない。
訳のわからないままにとりあえず拳を握る。
短剣、には何度か道場で戦った。だけど実戦では初めてで、というか実戦そのものが初めてだった。
恐怖は、ない。
けど、緊張する。
「手早く済ませなさい」
ハムタスさんの声、ジリジリとミノタウロスたちがにじりよる。
訳がわからない。けど、戦うしかないみたいだ。
覚悟を決めてた瞬間、足から地響きを感じた。
気のせいではなく、他のみんなも感じてるみたいだ。
それは段々と大きくなって、終いにはバカランバカランと蹄の音が加わった。
「ヒャッハー!」
奇声と共に現れたのは、見覚えのあるモヒカン頭の男達だった。裸の上半身に直に鎖を巻き付けて、棘付きのこん棒を振り上げていた。その下半身は馬だった。
ケンタウロス、その先頭は見覚えのある山賊だった。
そしてその背中には、更に見覚えのあるモジャモジャが乗っていた。
「あれだ兄弟やっちまえ!」
レットの号令を皮切りに、ケンタウロスがなだれ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます