箱の中身はなんだろな

箱の中身はなんだろな1

  結局、ナニが何を指してるのかはわからなかったけど、ホレイショは大きな栗毛の馬だった。なら何でも馬並だろう。


 立派な体に綺麗な毛並み、なのに眼差しは優しげで、詳しくないあたしでも、ホレイショが名馬なのだとわかった。


 そんなホレイショが牽引するのは不釣り合いなボロい荷車だった。メンテもろくにしてないみたいで、こうして歩いてる間も軋んでうるさいぐらいだった。


 それを引く三人はそれに負けないぐらいに盛り上がってて、賑やかだった。 特にうるさいのは、レットだった。


「止めろリバーブ! 考え直せ!」


 足早く前に出ては器用に膝ま付いてはホレイショを引くリバーブにすがり付いていた。


「謝る! 今回のことは全面的に俺が悪かった! このとーり! だから考え直そ? な? な?」


「うるさいレット、ちゃんと歩きなさい」


 リバーブはレットを蹴りやりながら先を進む。その声は怒っていた。


 その原因は、あたしだ。


 手違いとはいえ契約してしまった手前、置いていく訳にもいかない。だから連れて行く。


 そうせざるを得ない、仕方がない、というのが本音だろう。


 いわばお情けだ。いや、お荷物の方が正しい。


 あたしは……ここでは必要とされてなかった。


 賑やかなのを見ながらあたしの気分は沈んでいた。


「大丈夫?」


「え?」


 声をかけてきたのはブラーだった。いつの間にか横にいて、あたしの顔を覗きこんでいた。


「平気です」


 と、反射的に答えてはいるけど、あたしは平気ではなかった。


「なんか、色々引っ掻き回しちゃってごめんね」


 ブラーの声は、そんなのお見通しだったと言っていた。


「ただ、今二人が揉めてるのは、君についてじゃないから」


「そうなんですか?」


「正確には関係あるけど、うーん、何て言うかな」


 少し考えてから、ブラーは続けた。


「実はさ、今週末に、大きなチェスの大会があるんだ」


「チェス? ゲームですか?」


「そうそれ。それにレットは出たがってて、それに合わせて休日がとれるように仕事を入れてたんだ。だけど今回の件で取り止めに、って話をしてるんだ」


「それで、あれですか」


 レットは子供みたいに駄々をこねていた。地面に寝そべって手足をばたつかせて、それをリバーブは無言でまたいで通る。


「まぁ、あれはいつものことなんだから、気にしないでいいよ」


「はぁ」


 と、しか答えようがなかった。


「……一つ、いいかな?」


「何です?」


「いや、答えたくないなら別にいいんだけど、何でこの仕事を選んだのかなって。正直君は、そんな戦闘向きな感じがしないからさ」


 ブラーの眼差しは、嘘を見通せると描いてあった。


「それは、人を守る仕事に就きたかったんです」


 これも、嘘偽りはない。でも足りてないと思う。


「そっか」


 ブラーはそれだけ答えた。真意なんかわかるわけなかった。


「いぎゃあああああああ!」


 突然の悲鳴、見ればレットが、ホレイショにモジャモジャごと頭をかじられてた。


「あぁまただ、止めないと、ホレイショお腹壊しちゃう」


 ブラーはうんざりといった感じで前に駆けていった。


 ▼


 そうこうしながらたどり着いたのは国境の町、パーミットだった。


 この町と国境向こうのアドミットの境界にはずらりと高い石壁がそびえていて、抜けるには検問所で許可がいるのだと、リバーブが教えてくれた。だからその許可が出るのを待つために宿屋や倉庫がたくさんあるらしい。


 その為か、人の流れはフローリッシュにも負けてはないほど沢山だった。むしろ荷馬車の数はこっちの方が多いだろう。


 そんな町の、宿屋のある表側でなく、倉庫のある裏側を進んでいく。


 倉庫はどれも大きくて、なのに荷物はそれ以上みたいで、外の道ギリギリまで沢山の木箱が積み置かれていた。その木箱が荷車に乗せられたり運ばれたり下ろされたり乗せられたりしてる。


 木箱は大半はただの木箱だけど、中には金属製や植木鉢から生える植物なんかも見える。それらを運ぶ人たちはみんな半裸でマッチョだった。


 そんな中の倉庫の一つの前にて、あたしたちは大きな木箱を受け渡された。


 大きさは、正に人一人が入れるぐらいで、まるで棺桶だった。白木の表面はささくれていて、太い鎖を巻き付け、蓋の上のゴツい錠前で封じてあった。


 そんな木箱が倉庫の人四人の手によって、ホレイショの荷車に乗せられた。


 その横でリバーブが何かの書類にサインして、運び終わった四人の中の一人に渡した。


「これで正式にウチの仕事になったわ。で、レットはどこよブラー?」


 リバーブに言われて初めてあたしはレットがいないのに気がついた。


「あーーうん。頭洗いに行ったよ」


「ったく。何やってんのよあいつは。今回のは迅速にってのに」


「しょうがないよ。ヨダレまみれでついてこられても、臭いし」


「……臭い方が見つけやすくていいわ」


「それは……可愛そうだよ」


「何だよこの棺桶」


「やっと戻ってきたわねレット」


 リバーブの目線を辿ると、シャツをビチャビチャにしたレットがいた。でも頭は綺麗に乾いてボリュームを保っているのを見ると、どうやらそのシャツで拭いたらしい。


「……なぁお前ら、今俺の悪口言ってたろ」


「被害妄想よ。それより今回の依頼ね」


 リバーブは胸の鎧の中から別の書類を引っ張り出して広げる。


「今回の護衛対象はこの木箱ね。中身は弦楽器とあるわ。これをディスゲイズまで無事に届けることが仕事よ」


「おいリバーブ、ウチはいつから輸送ギルドに鞍替えしたんだよ」


「依頼主が輸送ギルドなのよレット。そのギルドが手続きミスって荷物は国境越えられたのに運ぶ人員が引っ掛かってアドミット、国境向こうの町で足止めされて、急遽代わりが必要に、が今回の仕事よ」


「つまり尻拭いか」


「輸送依頼の引き継ぎよ。それで時間制限ありで、最悪でも日が沈む前に届けないと」


「あーーじゃあ、急がないと」


「そうよブラー。だからさっさと出るわ……何やってんのよ?」


 リバーブの見る箱の上にレットが登っていた。


 そして無言で錠前を踏みつけた。それも強く、何度も、蹴りつけるように繰り返し、鎖も蓋もその度に喧しく軋んだ。


「「レット!」」


 リバーブとブラー、同時に叫んで飛びかかり、手を伸ばしてレットの足首を捕らえた。


「放せてめーら! あれだよあれ、中から女の子の声がすんだよ!」


「それはあなたの頭の中だけの存在よレット!」


「それに危ないよ降りよう。ね? 良い子だからさ」


「やだい! 俺は中を見るんだい!」


 ムカツク声のレットを、ブラーは力任せに引きずり下ろして地面に落とした。


 そこから立ち上がろうとするレット。


 そのお尻をリバーブがガンガン蹴りつける。


 止まらないリバーブをブラーが止めに入って、その隙にまた登ろうとするレット、そんな三人に周囲の視線が集まる。


 三人は、まるでドタバタ劇を演じてるみたいだった。


 ▼


 パーミットから出たら、すぐに森に入った。


 踏み固められた道は緩く右に曲がっていて、先の方はよくは見えない。左右は生えてる木々が密集していて、まるで壁みたいになっていた。


 ここは正規のルートではなくて、近道できるかわりに巡回も無いから治安は悪いんだ、とブラーは言っていた。


 そのせいか、ここを進むのはあたしらだけだった。


 先頭を行くリバーブに続くブラーとホレイショ、その後ろをレットと並んでついて行く。


 あのドタバタ劇にかなり時間を盗られてしまっていて、それを取り戻すために進むペースは若干速めだった。


「なー、想像してみなよー。中に女の子が閉じ込められてんだよ? 小ちゃい子だよ? 助けるだろー普通ならよー」


 ……変わらずレットはやかましいかった。


 ただ、絡む相手はあたしに替わっていた。


「ほら、耳を澄ませば聴こえるだろ?」


「……開けて、ですか?」


 無視しよう、と思っても思わず答えてしまう。


 答えられたレットは、ニヤリと笑って続ける。


「いやいやいやいや、今はシクシクと泣いてるよ。疲労と恐怖の中でさ。まー心のないダークエルフや動物のヤギには聴こえないみたいだけどよー!」


 わざとらしく大きな声をレットは出したけど、先行く二人には届かなかったみたいだ。


「な? でもお前なら聞こえるだろ?」


「聞こえません。どうやらあたしにも心がないみたいですね」


「大丈夫。その心はあの箱の中に隠されてるんだよ」


 うっとおしい。


「さー、一緒にれっつおーぷん」


「あの、真面目にやって休みを取り戻そうとは思わないんですか?」


「知るかよ。いざとなりゃー、当日サボるに決まってんだろ?」


 ダメだこいつ。


 こうして話して、わかったのは、あたしはレットが嫌いだと言うことだけだ。


「なーなーなーなー」


 ……疲れる。


 二人は、よくこんなのと仕事できるな。


 と、いきなりレットが立ち止まった。


「今度は何です」


 あたしを無視してレットは来た道を振り返ってる。


「……レット?」


「呼び捨てかよ。まーいー、新入り、前の二人呼んでこい」


「新入り、あたしですか?」


「お前以外誰がいるんだよ。いーから呼んでこい」


 急に真面目な顔で言われて、あたしは従って二人まで走る、その直前に、地響きが始まった。


「……だから、何ですか?」


 思わず立ち止まって振り向いて訪ねて……答えは返ってこなかった。


 だけど、答えは向こうからやって来た。


 バカランバカランと音がする。


「ヒャッハー!」


 奇声と共に現れたのは、モヒカン頭の男達だった。裸の上半身に直に鎖を巻き付けて、棘付きのこん棒を振り上げていた。その下半身は馬だった。


 ケンタウロス、ダークエルフよりかはマイナーで、ヤギ頭よりかはかなりメジャーな種族だ。


 それが少なくとも十は超えてる集団は、もう見るからにもう完全な山賊だった。


 まだ距離があるけど追い付かれるのは時間の問題だ。


「お前ら後方! 敵襲だ!」


 レットの声で我に帰れた。


 敵襲、護衛、戦闘だ!


 拳を握り、正面に構える。


「よし任せた!」


 レットは背中を見せて逃げ出した。


 レット、最低だとは知ってたけどここまで最低だとは思わなかった。


 先の荷車に追い付いたレットはそのまま飛び乗って木箱に這い上がる。


 それを戻ってきたブラーの長い腕がまたも足を掴んで引き摺り下ろした。


「何すんだブラー! 冥土の土産に中身見んだからじゃますんな!」


 ジタバタするレットとは対称的に、ブラーは冷静だった。


「レット、リバーブからの伝言だけど、殿しんがりを頼みたいって」


「しんがりってなーに?」


「足止めだよ。知ってるよね? ケンタウロス相手だといくらホレイショでも逃げ切れないだろうし」


「そんな敵を目の前に逃げるんですか?」


 思わず出してしまったあたしの声に、ブラーが向けた無表情は冷たく見えた。


「逃げるよ。護衛対象を守るのが仕事だからね。戦って相手倒して、でも守れなかったじゃ駄目でしょ?」


「それは、そうですけど」


 ピシャリとブラーに言われてしまった。


「だからレットには足止めして時間を稼いで欲しいんだ。できるよね?」


「え、無理」


 レットは鼻くそをほじってた。


「闘る気まんまんなケンタウロス十三人を一人で相手しろって? 無様に囚われてえっろーい目に会う以外に何があんだよ? 嫌だよそんなの。需要もないし」


 言いながら、鼻くそのついた手をこっちに伸ばしてくる。


 確かに、あの人数を一人では無理だ、と鼻くそをかわしながら思う。


「リバーブから伝言。上手くいったら来週の休み考えるって」


「よしやろう!」


「え!」


 即答したレットは腕捲りする。それで鼻くそが服について慌てて拭ってた。


 だけど今は鼻くそなんてどうでもいい。


「そんな一人じゃ無茶ですよ! ならあたしも」


 残ります、と言う前に肩をブラーに叩かれた。


「心配しなくてもレットなら一人で大丈夫だよ」


「でも」


「むしろ足手まといになるから、判るよね?」


 ブラーはあくまで優しい声色で、だけど中身は叱るものだ。


 ……ここまで言われたら従うしかない。


「じゃあ任せたよレット。目的地はわかるね?」


「わかんにゃい」


「それじゃあ、トルート急いで」


「いやわかんないっておい」


 レットを無視してブラーに促され前を見れば、リバーブもホレイショもかなり先に行っていた。


 ブラーに続いて走り出す。その速度がすごく速くて、全力でないと追い付けない。


「あーーやっぱ無理! 多い! でかい! どっちか残って助けて! ちょっと!」


「無視していいから」


 ブラーに言われたが走るのに精一杯で、振り返るどころか返事もできない。


「待て! 待ってくれ! 俺は敵じゃないんだ! 助けて!」


 レットの叫ぶ声を背後に、全力で走り続けた。

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