プロローグ2
呆然としながらも、あたしは促されるままに椅子に座って、用意してあった履歴書を取り出し、向かいに座るリバーブさんに渡した。
受け取るリバーブさん、それを横からブラーさんとレットが覗きこんでる。
一応、面接をしてくれるみたいだけど、頭の中は沈んでいた。
「それでお名前が、トルート・ミナミスナマチ?」
「はい」
「やっぱクビにしよう」
「黙りなさいレット。それで年齢が、推定十六才? 推定とは?」
「はいその、あたしは孤児、で、赤ん坊の頃に拾われたので、正確な誕生日がわからないんです」
「そう……それじゃあ現住所の鉄拳園は?」
「拾ってくれた孤児院です」
「そう、わかりました。次に、職歴なし、学歴は中学を今年卒業」
「何だよ中卒かよ。んなやつ入れんなよ」
「うるさいレット。高校なんてもんは徴兵逃れの為だけにできた何の役にもたたないモラトリアム制度なんだから、行っても行かなくても大差ないわ」
「あーあーこれだから学歴にコンプレックスあるやつは」
「……何か、言った?」
リバーブさんに睨まれて、レットは肩をすくめた。
「……次に、資格がスナモ流拳術?」
「あ、リバーブはスナモ知らないのか」
「知ってるわよブラー。かの有名な魔王封印の七勇者の一人ですもの、知らない方がおかしいわ。そんな彼が、戦後に開いたのがスナモ流拳術、その段位は確かに資格として認められてる。だけど、この特別段なんて知らないのよ。これ、説明してもらえるかしら?」
「はい」
訊かれるのはわかってた。だから用意してあった答えを答える。
「鉄拳園はそのスナモ流の系列で、あたし達は幼少の頃から道場に通ってました。それで、中学卒業を機会にみんな段位を取るのですが、あたしは、測定困難と義父に言われて、代わりにとこの特別段を頂いたんです」
「んだよ身内の大甘査定じゃねーか」
「違います!」
言われるのは覚悟してた。けど、それがレットだったので、思わず声を荒げてた。
これじゃあダメだ。落ち着け、あたし。
「あのこれ」
「ひゃが!」
あたしが段位証明書を取り出す前に、レットが奇声を上げた。その目は驚きか何か、見開かれていた。
「……私は黙ってなさいって、言ったわよね?」
「いやリバーブ今のほらよ。話に出てたスナモって、フルネームが確か、スナモ・ミナミスナマチ」
……レットに指摘され、リバーブさんはあたしを見返した。
その顔に、あたしは頷いて返す。
「あ、でも、孤児院の皆が養子なんで、言うほどのことじゃないです」
「そーゆー問題じゃねーんだよ」
レットが投げやりに言う。
「つまりは、だ。件のスナモ様がお墨付きになられた特別段、それをくそ雑魚ギルドが生意気にも無下に扱えばどうなるか。ましてや娘となりゃ、下手すりゃ冗談抜きにぶっ潰されんだよ」
「そんな、義父は優しい人ですよ」
「どこをどー見りゃあのハゲが優しくなんだよ」
「……あの、義父を、知ってるんですか?」
ピクリと、レットが反応したような気がした。
「ダメよトルート、レットの言うことの七割は嘘っぱちなんだから」
「おーおーそーかそーかリバーブさんよーじゃーどーすんだよ。見ろよこいつ、武器どころか鎧もなしで、そのくせダボダボのズボンに赤シャツ上まで止めやがって、身だしなみとか考えろよ」
「考えてますよ。これ最新のデニムですよ?」
「そーゆー問題じゃない。俺が言いたいのは上までボタン止めてたらせっかくの谷間がだな」
「黙れレット。それに実力なら、あの咄嗟の動きで最低限はクリアしてるわ。少なくともあの拳は、防御するしかなかったし、威力も、痛かった」
そう言ってリバーブさんは左手を、あたしの拳を受けた方の手を握ったり開いたりした。
「最低限動けるなら問題ないでしょう。それにそんな言うほど戦闘有るわけでもないのは、働いているレットにわざわざ言うまでもないでしょ」
「あーー、僕からも一つ訊いてもいいかな?」
「何でしょうかブラーさん?」
「ブラーでいいよ。気になったんだけど、備考欄に種族不明ってあるけど」
……訊かれるだろうとは思った。けど、やっぱり訊かれて、思わず唾を飲む。
「……あたしは、孤児で親を知らないんです。それに加えてこんな髪ですから」
用意してあった無難な答えと一緒に、あたしは銀色の髪をつまんで見せる。
「ひょっとして、それで私たちのギルドに?」
まっすぐあたしを見るリバーブさんの眼差しが痛い。
「はいその、あたしを雇うには特別な資格が必要らしいので」
「そっか、リバーブはそっち系の資格だいたい持ってるからね」
「だいたいじゃないわブラー、あるの全部よ」
「は? 危険生物鑑定士取るなって、俺言ったよな?」
「言ったから何よレット。資格は無いより有った方が仕事が増えるでしょうが」
「危険な生物の鑑定やらかす資格なんぞろーくな仕事来るわけねーだろが、少しは学習しろよ資格バカ」
「何だと?」
「キャ怖い!」
「喧嘩しないでよ二人とも」
なんやかんややってる三人を、私は黙って見ていた。
……あたしは、嘘はついてない。ただ、言葉が足りてないだけだ。
それでも、痛いのは罪悪感からだろう。
「それで話は戻るんだけど」
なんやかんやを区切ったのはブラーだった。
「差別とかじゃなくて、純粋にヒーラーとして、君の体のことは訊いておきたいんだ」
「はい。大丈夫です。調べてもらったら、普通の人とほぼ同じで、それより頑丈なぐらいなんだそうです。だから特別な処置とかは考えなくても結構です」
スラスラと答えながらも罪悪感が息を詰まらせる。
「飽きた」
人の気も知らないで、レットは大あくびをした。
「んなのどんな経歴だろーが雇うとサインはしてあんだ。諦めろ」
「……レット、あなた反省してないみたいだけど?」
「してるさリバーブ、ただこんな髪だと誤解されやすいんだ」
答えながらレットは頭のモジャモジャを左右に揺らす。
「……あらそう、あなたがそういう態度なら、こっちにも考えがあるからね。覚えておきなさいよ」
レットに言い放ってからリバーブさんは真面目な顔になってあたしを見た。
「トルート、あなたを私たちインボルブメンツの見習いとして試験的に向かい入れます。期間は一週間、その間は給料は発生しませんが、食事等は必要経費として出ます。ただ、経緯が経緯だけなので、あまり期待しないで下さい」
事務的にリバーブさんに言われて、頷くしかなかった。
それでリバーブさんは立ち上がった。
「それで早速なんだけど、実はこの後にもう仕事が入ってるの。すぐに出られる?」
「はい、すぐ出れますリバーブさん」
「リバーブでいいわ。それじゃあ荷物を二階に置いてきて、一番奥の部屋が空いてるから。それとブラーとレットは机と椅子とで裏口塞いどいて。私はホレイショの準備してくるから」
「ホレイショ?」
「インボルブメンツの最後のメンバーよ」
「うちのギルドで一番ナニがでかい」
「ナニ、ですか?」
「「レット!」」
「なーに見ればわかるさ。なにせあいつは馬並だからな」
そう言ってレットはゲスく笑った。
よくはわからないけど、所詮はレットの言うことだ。気にするだけ無駄だろう。そう切り替えて、あたしは立ち上がった。
こうしてあたしは、護衛ギルド『インボルブメンツ』の新入りになれた。
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