静かな湖畔の陽の光の下(5/8)

ガガ丸の指揮で、まず、役割を終えたテントの解体を全員で行った。

作る・体験する・片づける……野外キャンプはその繰り返しだ。

それから、自由時間を30分ほど挟み、「せんせ」であり、「いっちゃん」の松本は、次のプログラムの「いかだ作り」に子供たちと取りかかった。班に配布された「作り方の手順」をもとに、段取りよく指示を与えていく。

勤務先の中学校で、松本は黒板に数式を書くばかりで、生徒たちと一緒に汗をかくことはほとんどない。昨日の登山といい、バーベキューといい、何もかもが新鮮な体験だが、ひとつひとつのイベントを楽しむまでの余裕はなかった。他のリーダーたちの見よう見まねで子供たちに向き合っている。なにしろ、自分は失敗の許されない「せんせ」なのだ。

最初に、大きなビニールシートの上に、ヒロキとコウタが6個のタイヤチューブを縦3個×横2個の形状で並べた。上から見れば、真っ黒なドーナツを、巨大な箱に詰めた感じだ。次に、結束したロープをカナとミツキがほどき、シンタロウと松本が、それらをタイヤチューブに巻きつけていく。そして、再び、ヒロキとコウタのコンビが次の行程を担った。

テント作りよりも力のいる作業だが、陽射しがほとんどないせいか、子供たちの体力はそれほど消耗せず、むしろ、自分たちの乗り物が少しずつかたちになっていくことにテンションを上げていった。

「じゃ、次は木を付けよう」

マニュアルを手に松本が言い、5人はテントや焼きそば作りで発揮したチームワークで、角材とタイヤチューブをひとつずつ接合していった。

ほどなくして、いかだの骨格が完成し、最後に幅20センチの平板を角材と垂直の向きで横たえる。腰かけ部分となる3枚を等間隔に並べ、角材と交差する箇所を松本とシンタロウがロープで頑丈に結んでいく。

「よっしゃ、完成~!」

大声で、ヒロキが別の班にメッセージした。

しかし、すでに作り終えた班がほとんどで、多くの子供たちが、出来上がったいかだの周りで休息を取っている。


サンドイッチとジュースの昼食を挟んで、子供たちは湖岸に出た。

空からの放熱は朝と同じ程度で、地表に影を作るほどではない。さまざまな雲が絶え間なく太陽に重なりながら、西から東へ移動していた。

湖面を撫でる風は、普段は平らな水に不規則な凹凸を作り、大河のような流れをもたらしている。雲の行き先と同じ方向に、静かにゆっくり。

天候と波の具合で、スケジュールを短縮する可能性があること、いつも以上に子供たちの顔色を注視することをガガ丸がリーダーに伝え、湖上に浮かぶブイとともに、いかだを進めるルートを確認した。

そうして、全員がオレンジ色のライフジャケットを付け、ガガ丸の号令で、1班と2班のいかだが横並びで進水する。

3班は、縦に女子ふたりを挟むかたちで、松本とシンタロウが前列に、ヒロキとコウタが後列にポジションを取り、6本のオールが動きを併せると、「いっちゃん丸」も難なく水上を滑り出した。

膝から下を水に浸し、子供たちがそれぞれの力でオールを漕ぐ。

前から後ろに向けて、いち・に・さん。一呼吸置いて、また、いち・に・さん。

松本たちの右側を4班のプーコ挺が進み、8人のリーダーと40人の子供の「オーエス!」が湖上にこだましていく。

隊列を組む8つのいかだを、一人乗りのガガ丸号が追尾し、ときどきメガホンを使って声をかけていった。

薄い陽射しが水のグラデーションを変えている。

先頭のふたつの班が30メートルほど沖に出たところで、すべてのいかだがいったん動きを止めた。

そして、ちょうどその時、北北西の方角から強風が吹き、すべてのいかだがゆらりと揺れた。

水が三角波になってエネルギーを集め、寝返りを打つみたいに左から右へ大きく動く。

灰色の雲が光を遮り、ふくらはぎに纏う水の重たい感触から、その場所がかなりの深さだということをリーダーたちは認識した。

空模様を観ていたガガ丸が、胸に下げたホイッスルを唇にあて、息を二度吹き込んだ。進路を変える合図だ。

先頭のいかだのうち、左側の班が南に、右側の班が北に舵を取る。

松本のいかだも、ブイの手前まで前進し、そこで方向を変えた。

奇数班と偶数班がそれぞれの進路を取り、ガガ丸号はブイの浮かぶ場所で向きを180度変え、双方の一団を見守るかたちで留まった。

広い範囲で水が音を立て、オールの入れ方と力加減の不具合で上手くカーブを切れない班もある。

隊列が一気に乱れた。

「いっちゃん、曲がってるよぉ」

コウタが不安な声をあげると、「お前の漕ぎ方が弱いんだよ!」とヒロキが怒鳴った。

泣きべそ顔の最年少を上級生がにらんでいる。

女子ふたりは、余裕のない表情でオールを握り、松本の右側に座るシンタロウは、進行方向を見つめて、自分の仕事だけに集中していた。

「このままで大丈夫だよ。ゆっくり落ち着いて!」

松本は子供たちを鼓舞し、気勢を上げるポーズでオールを頭の上に掲げた。



(6/8へ続く)

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