迷宮街

 走る、走る、走る。土がむき出しになった地面を蹴り出して前へ進む。腕を振り、足を運び、息絶え絶えになりつつも獲物を追う。どのくらい走っているのか、もう覚えていない。


「おいこら待てっての!」

「誰が待つか、誰が!」


 クラウの前を走るのは金髪の男。いつかの銀行強盗を指揮していた――デュナリオとかいったか。


「――止まれ」


 クラウの横から、薙ぎ払うような水流が繰り出される。シルヴィアが業を煮やしたのだ。


 しかし、


「うひゃあ!?」

「……また外した」


 水撃が後頭部を強打するというところで、逃亡者は危うく身をかがめる。意識を奪うはずの一撃は、髪をいくらか散らしただけに終わった。背中に目がついているような挙動――さっきから、これの繰り返しだ。


 いぶかしみながらもとにかく走る。奴は角を曲がって大きめの通りに出た。周囲の被害を考えてクラウたちは派手な攻撃ができない。


「ああくそ!」


 疾走するクラウの罵声にぎょっとする通行人は皆、どこか荒事慣れした雰囲気。四六時中灯る街灯がありながらどこか薄暗い木組みの街。それは多分、ここには太陽・・がない・・・からだ。


 天を覆うのはむき出しの岩盤。中天には上層へ続く鋼鉄の筒。ここは迷宮街アンダー。ロンドニドムスの地下に存在する、無法の街だ。




「結局、警部からは何の情報も得られなかった」


 警察署に行ってから翌日。ランドッグ邸に帰って早々、クラウはそう告げた。そろそろ自分の事務所の様子が見たいが、あの大男が見張っていないとも限らない。


 クラウは警察で、シルヴィアは自分の情報網で、それぞれ分担して調査をした形だ。


「そうか。私も諜報の者を出して貴族方面を調査させているが、今のところ特に不審な動きはない」


 打つ手がなくなってきたか、とシルヴィアは嘆息。


「かくなる上は、あの大男をおびき寄せて締め上げるしか」

「待て待て待て」


 危険すぎる。というか、囮役になるの俺ですよね?


 不穏な気配を醸し出すシルヴィアをなんとか別の方向に誘導せねば。クラウの望みは、さっさと事件を解決して平穏な生活を取り戻すことなのだから。――そう、あんな怪しいフード野郎が何を企んでいようと、知ったこっちゃない。


「その前に、今ある情報の整理をしよう」


 シルヴィアが頷く。


「確かに、敵を知れば百戦危うからずとも言う」

「……戦うのは前提なのか」


 まあいい。


「あの大男と銀行強盗がなんらかの関係にあることは事実だな」


 獣化術式の魔術師はクラウを『目撃者』として消しに来たのだろう。一方でシルヴィアという貴族の後ろ盾のある者に対しては、交渉で臨むと。


「……私のところに別の者をやると言っていたが、来たという連絡はないな」

「ここの存在を特に隠してるってわけでもないんだろ?」

「ああ」


 それはおかしい。奴はシルヴィアのフルネームを把握していた。ならば当然、その屋敷ぐらいはすぐに探し当てることができるだろうに。


「あの戦闘で私も抹殺リストに入ったか」


 まさか、という表情をするクラウに対し、シルヴィアが笑ってみせる。それはどこか自嘲的で、彼女にはあまり似合っていない。


「ランドッグの家は傾きかけだからな。大貴族というのも、名前だけ」

「……そういうもんか」


 貴族とは関わったこともないので、クラウはその方面の事情がまったくわからない。だが、当の本人が言うのだからそういうことなのだろう。


 というか、それをクラウなどに言っていいのかとすら思うが。


「だからこそ、私は勇者になって――いや、いい。忘れろ」


 その言葉は魔術の詠唱のろいにも似て耳にこびりついた。そうか、彼女が頑なに勇者になろうとするのは、それをもって家を救うためなのか。


「……本当に?」


 そんなもの・・・・・だろうか、彼女の願いは。クラウには、むしろ――


「何だ」

「いや、なんでもない」


 クラウは頭を振って忘れることにした。シルヴィアは才に恵まれた魔術師だ。死にさえしなければ、きっと勇者にだってなれるだろう。


 木端魔術屋であるクラウが気にかけることではない。おなじみの劣等感が胸を苛む。稀代の魔術師は無才の助けなど必要としないのだから。


「話を戻すぞ。あちらに何の動きもないのが気になるが、ともかく。あいつは俺を消しに来た。奴自身の考えは知らんが、あんたに対しては話し合いで解決するらしい」


 言葉にしてみると、上部組織の存在――それも多分公的な組織だ――を感じる。市長か企業連合か教会かその他かは不明だが、どこか後ろ暗いものを隠そうとしているのではないか。


「で、事の発端らしい強盗事件だが」

「事件事態は第一級封印。犯人たちは謎の人狼化で死亡。その原因と思しき男は正体不明のまま逃亡中」


 すらすらとした言葉は、逆説的に手の付けようがないのを示している。


 このままでは本当に、クラウを囮にして大男を釣るとかいうふざけた作戦が決定してしまう。命の危機を前に頭脳が大回転。必死に記憶を手繰って情報を絞り出す。


 魔獣化術式――人狼化――だめだ、関係はありそうだけどさらに話が危険な方向に進む――フードの男、相殺術式――唯一人型を保っていた男――だが死んでいた――首の青白さが生気のなさと刺青タトゥーを際立たせて――


刺青タトゥー?」


 ちょっと待て。いくら犯罪者だからって、刺青タトゥー


「……タトゥーがどうかしたか?」


 シルヴィアはやや眉をひそめている。マフィアの連想が強いタトゥーは、あまり好かないのだろう。思わぬところで育ちの良さを見た。


「いや、フード野郎に殺されたあの男。首筋からタトゥーが見えてたんだ。くそ、なんですぐに気づかなかったのか……」


 タトゥーは所属するマフィアを表すものとして普通刻まれる。その全貌を記録しておけば、大きな手がかりとなったはずだ。


「だが、あの犯罪集団の中にマフィアがいたということはわかる」


 シルヴィアがやや興奮した面持ちで椅子から立ち上がる。


「ああ。むしろ、マフィアの性質からすると、あの強盗集団が一マフィアから構成されてたって考えた方が自然だ」


 クラウも合わせて立つ。行先は決まったようなものだ。マフィアに探りを入れるのは危険ではあるが、あの男と対面するよりかはましだ。


「よぅし、行くか、迷宮街アンダー!」




 ロンドニドムスには二面性がある、というのはよく言われる話だ。魔術先端都市という煌びやかな面と諸勢力が利権を奪い合うパワーゲームの盤という暗い面――何もそういう話ではなく、もっと実際的な話である。


 地上――魔術インフラが発展した現代都市ロンドニドムス

 地下――非合法な物資がやりとりされる迷宮街アンダー


 その二つが合わさってこその先端都市という向きさえある。



 そもそも、迷宮という名の通り、元々ロンドニドムスの地下にはダンジョンがあった。地上から追放された邪悪な魔術師が造ったとも、吸血鬼の寝床だとも言われているが、真相は神のみぞ知る。

「確か、深層に行けば行くほど凶悪な魔獣がいるのだったな」

「知らなかったか? あんたなら真っ先に飛び込んでそうだが」

「そうしたいのは山々だが、勇者として名を馳せることには劣る」


 自然発生なのか人為的なものか、迷宮には魔獣が跳梁跋扈している。魔獣の素材は現代魔術では『ワンド』を始めとする増幅器や霊薬の材料としての需要がある。一攫千金を狙う魔術師たちが建設した、浅層部の共同野営地――それが迷宮街の基となった。


 始まりからして無法者どもの集まりである迷宮街は、今日に至っても非合法のグレーゾーン。違法薬物やら魔導条約違反の超出力『杖』、その他諸々の闇取引なんかが主にマフィアによって行われている。反面、地上では手に入りにくいような技術や物資を見つけられることもあるのだが。


「一に物騒、二に物騒って感じの場所だからなぁ」

「望むところだ」


 そういうとこが心配なんだよっとクラウが言い返す直前、二人が乗っていた車が止まる。


 広大な面積を誇る先端都市を移動する際は、基本的に内呪機関を搭載した車を使う。超庶民たるクラウは自家用車など持っていないので、タクシーに乗っている。シルヴィアはそもそも免許を取れる歳ではない。


 太陽印のタクシードアを閉めて辺りを見渡す。目の前には巨大な『ターミナル』、道路は広く、様々な自動車が駆動している。都心部なだけあって、コンクリの街並みは活気にあふれている。


「……今更ながら、やっぱすげえなロンドニドムス」


 ぽつりと感嘆のため息がもれた。会計を済ませて車から降り立った靴が踏みしめるのは、アスファルトに舗装された道だ。この街のほぼ全域、クラウが事務所を構える貧困街に近い地域でさえこうしたインフラが整っている。現代魔術の一端だ。


 ふと自分の故郷を思い出す。山間部の農村では勿論道はむき出しの土で、道の形をした道というのも本当に少なかった。水道なんてもってのほかで、毎朝井戸から水を汲んで――


「やめやめ、田舎者っぽい」


 ぶんぶんと左右に首を振る。そんなクラウを不思議そうに眺めているシルヴィアだった。




「……おお」


 今度はシルヴィアがおのぼりさん的リアクションをする番だった。彼女が見上げているのは鋼鉄製の箱。どんな技術を使っているのか、鋼が滑らかな円筒形状を形作っている。少女の矮躯と比較すると、ざっと百倍ぐらいの体積がある。


 きらきらと目を輝かせるシルヴィアに苦笑しつつ、扉横の係員に二人分の料金を払う。そういえば、クラウも始めてこれを目の当たりにしたときはしばらく眺め回してたっけ。


「これは、一体……」

魔導昇降機エレベーターとか言ってたっけな。この箱をケーブルで上下に繋いで、魔術で巻き取ったり下ろしたりするんだと」

「なるほど……」


 そうして待つこと数分、他の乗客が集まってきたところで箱の扉が開いた。等級の低い乗合昇降機は最低人数を満たすまで動かないのだが、今回は比較的運が良い。簡素な外見と裏腹に、内装は白を基調にしてどこか華やかだ。音声がスポンサー企業の宣伝を流す中、下へと運ばれていく。



 ……『太陽神の加護をあなたに』をモットーに。サンコーポは今日も……



 サンコーポ。

 企業連合を形成する大企業の一角の名だ。熱系統の製品を主に扱っていて、ロンドニドムスの台所には必ずここのロゴ――太陽のマークが入っている。クラウも毎朝珈琲を作るときなどにお世話になっている。魔術大企業様々だ。


 他にも企業連合らしく魔術師用の魔杖ワンドも製作していて、クラウの使う魔導拳銃マギカショットにもその部品は使われている。


 シルヴィアがきょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見渡している。それが年相応の少女といった感じがして、なんとなくクラウの肩の力が抜けた。この少女は、こんな表情もできるのか。






 現代的な地上と違い、迷宮街は一世紀前の開拓地のような趣がある。地面は土がむき出し、建物はほとんどが木組みでできている。街の人間も物騒な人相が多い。


 ロンドニドムスのような魔術の恩恵はここでは薄い。それが、どこか寂しさを感じさせる。町の雰囲気に応じてか治安も相応に悪い。マフィアが物流の多くを取り仕切っているのだから当然ではあるが。


 シルヴィアのような(傍目には)見目麗しい少女は隙を見せると路地裏に連れ込まれてしまうものだが、魔術師だと主張するように帯剣しているためか近寄ってくる悪漢もいない。


 人さらいにとって魔術師はリスクが高すぎるのだ。それでも、脳と下半身が直結している上に腕っぷしを過信して絡んでくる馬鹿はいるのだが。変に目立って手間取ることは避けたいクラウとしては、そういう輩はご遠慮願いたい。




 というわけで、手近な酒場に行ってひとまず話を聞くことにした。自治都市という性質ゆえかロンドニドムスは課税が緩いものの、密造酒には一定のシェアが存在する。迷宮街アンダーの酒場ではそうした密造酒が当然のごとく提供されているし、店によっては違法霊薬なんかも取り扱っている。


「そして、そういうのは大抵マフィアのシノギだからな」


 薄橙の照明。店内は最低限の清掃はしてあるという感じで、あまり繁盛はしていない。客は数人程度。他の酒場の情報を訊いてそこで本格的に情報収集をした方がいいか。


「〈ビースト〉なら、うちは置いてないよ」

「〈ビースト〉? なんだそれ」

「いや、知らないならいいんだがね。最近ここらで流行ってる違法霊薬ドラッグなんだけど、ひどい副作用持ちらしい」


 クラウは一瞬不審に思ったが、すぐに思い直す。霊薬の流行は迷宮街アンダーならではだ。


「なんだ、化け物になるとか?」


 クラウのつまらない冗談に、店員は肩をすくめた。


 老バーテンに適当な蒸留酒を頼んでカウンター席に座る。出されたグラスを一呷りする。久しぶりのアルコールが胃に収まっていく感覚。それに倣うようにしたシルヴィアは顔をしかめた。


「……強い」

「まあ、そりゃあな」


 見る見るうちに白磁の頬が赤くなっていく。どうやら酒は弱いらしかった。無理して飲もうとするのを制してグラスを手に取り飲み干す。


「あ……」


 おもちゃを取り上げられたような顔に噴き出しそうになる。


「あんたに酒はまだ早いな」


 もう一杯注文する素振りを見せてバーテンダーを呼ぶ。


「さっきのをもう一杯。それと、少し訊きたいことがあってな」

「はっ」


 と、クラウが本題に入ろうとしたそのとき、シルヴィアとは反対側の席から鼻で笑う声がした。明らかな挑発の色に、そちらを向く。どこかで見たような、金髪の優男が座っている。


「恰好つけたいなら余所でやればいい。ここは酒を飲む場であって、おまえが女を落とすための場じゃない」

「……はあ」


 さいですか、としか言いようがない。別にいいとこ見せたいとかそういうことではなく、単純な会話だったのだが。




 が、ふと思い当たる節があった。そのときは確か、偽善者だなんだと言われたのだったか。


 当時のクラウにとっては魔術屋として依頼を受けた程度の認識だったが、今にして思えば他人の目にはそういう風に映るのかもしれない。幼い子供から料金を取るのは、気が引けるだろうに。


 ――しかし、偽善だなんだと考える者もいる。クラウにとって魔術は魔術屋として生きる上で必要不可欠なものだが、



『魔術なんてものは屑にも劣る』



 その言葉を思い出す。怨嗟と憤怒に満ちた烈火を、そうではない、と否定せねばならない。そうでなければ、クラウという心の在り方は破綻する。



 ……自省はともかく。いちゃもんをつけてくる酔漢というのは酒場に付き物だ。穏便にことを済ませようとしてクラウは口を開いたが、


「いや、すまんすま――」

「恰好をつけて何が悪い」


 気づけばシルヴィアが席から立っていた。その目は不思議と据わっていて、何やら全身に不穏な気配を纏っている。


「あのー、シルヴィアさん?」

「勇者であろうとすることの何が悪いと言うんだ、ええ?」

「もしかして酔ってらっしゃる?」


 もしかしても何も、そういうことだった。しかも絡み酒とかの面倒な部類である。


 彼女の不興を買った男とは言えば、余裕の表情で首を振る。


「やれやれ、これだから馬鹿で頭の軽いガキというのは――」


 そして停止した。ギギギ、と錆まみれの歯車めいた動きでシルヴィアの顔を直視し、


「お、お、おまえ!?」


 後退しようとして椅子から転げ落ちた。尻もちつきながらも逃げようとするその姿にはただならぬものを感じる。


「なあ、あいつ知り合いか?」

「そういえば、あの銀行強盗事件のときに取り逃がした、頭領の顔に似ているな」


 なるほど、確かにそうだ。髪形と髪色が変わっていたので気づかなかったが、確かにあんな優男面をしていたな、うん。じゃあ捕まえて尋問すれば色々情報が引き出せそうだなーあっはっは。


「――早く言え馬鹿!」


 叫んだときにはもう遅い。男――確かデュナリオとか名乗っていた男は、酒場のドアを蹴破って外に逃亡していた。マフィアの用心棒がいない寂れた酒場にいた理由がわかる。


「失礼する!」


 代金を放り投げるようにマスターに渡して奴を追う。シルヴィアはまだ店内に突っ立って「馬鹿とはなんだ」とか言っていたので「急げ」と怒鳴って駆け出した。


 思ったよりも逃げ足が速い。なんとか小さな路地を曲がる姿を捉えて後を追う。ちらりと背後を確認すると、シルヴィアが追いついてきていた。さすがに酔いも抜けたのか真面目な顔をしている。


「今度こそ奴を勇者的に爆散させればいいのか?」

「するな馬鹿」


 長い追走劇になりそうな予感がした。


「……的中して、はあ、欲しく、はあ、なかったな」


 息絶え絶えになりながらも迷宮街を駆け抜ける。単純に走り続ける疲労に加えて、やたらと大火力をぶちかまそうとするシルヴィアを押し留める心労も、確実にクラウの体力を削っていた。


 しかし、逃げるデュナリオもまた疲労困憊といった様子。シルヴィアだけが元気に走っているので、彼女に任せてさっさと捕まえさせようと指示を出した。直後、忽然と男の姿が消え失せる。


「あの男、建物に入ったな」


 シルヴィアが指差すのはやや大きい以外には何の変哲もない建物だった。クラウが突入しようと決める前に、ドアが開き現れる影。


「うちの馬鹿が世話になったようだね」


 人影は女だった。身の丈ほどもある片刃の剣を肩に担いでいる。しっかりした身体つきを簡素なシャツとジーンズで包んでいる。その背後に続くのは二人組の巨漢。


「姐さん! 俺らで充分でさあ!」


 やたらと筋肉の盛った体つきから顔までそっくりだった。双子だろうか。拳闘士らしく、武装は見当たらない。


「あたしらのノートス魔術屋事務所に用があるみたいだが――」


 と、姐さんと呼ばれていた女とクラウの目があった。


「アンタ、クラウじゃないかい」

「そういうあんたは、アニス」


 彼女はアニス・リストール。仕事で何度か組んだことのある、女だてらに腕利きの魔術屋だ。竹を割ったような性格で付き合いやすく、何度か手を組んだこともある。


 迷宮街アンダーに事務所を置いているとは聞いていたが、まさかこのタイミングで遭遇することになるとは。


「助けて、と言われたもんでまた阿呆な喧嘩を売ったのかと思ったけど、どうやら何か事情があるらしいね、これは」

「あいつの知り合いなのか」


 クラウの言葉にアニスは肩をすくめる。


「同じ人に師事した腐れ縁さね。師匠の教えがなくちゃ即行で追い出してるよ」

「姐さん、お知り合いですか」


 仕事でね、と素っ気なく答えるアニス。すると、あの筋肉ダルマは弟弟子あたりだろうか。


 基本的にアニスは人柄もいいし、話せばわかる部類の人間だ。話し合いで済む公算ができてクラウはほっと胸をなでおろした。


 と、そのときシルヴィアが前に出た。


「御託はいい。とにかく、あの男をこちらに渡してもらおうか」


 その目つきは鋭い。酒が入っているからなのか、それとも他の理由があるのか。いつにもまして喧嘩っ早い。


 知り合いか、と目で問うアニスに首肯してみせる。暴れ馬のようなシルヴィアを止めようとその肩に触れる。


「おい、いい加減にしろ。わざわざ事を荒立てる必要は――」

「犯罪者を庇いだてる人間など、その同類に決まっている」


 何故話し合いなどする必要がある、とその目が語っていた。いくらなんでも乱暴過ぎる。アニスという人間を知らないシルヴィアからすればそうなのかもしれないが、ここまで話を聞かないやつだったろうか。


 アニスの目が細まる。肩の上の大剣がかちゃりと動いた。


「犯罪者、ねえ。あのバカはどうしようもない屑だが、致命的なミスをするほど阿呆でもないが」

「それはあなたの目が節穴だからなのではないか」

「おいおい」


 何が何でも戦う気らしい。いつもの勇者主義――にしてはシルヴィアの表情は何か違うものを感じる。焦り、だろうか。確かにデュナリオは運良く現れた、大きな手掛かりではあるが。


「はっ、どうあってもやりあわなきゃいけないらしいね」


 階段を一っ跳びに超えてアニスが着地する。その色は既に剣戟を期待するもの。シルヴィアの挑発が、彼女の剣士としての矜持をくすぐったのだろう。


 まずい――。ああなったアニスは止められない。


 基本的に・・・・話の分かる魔術屋ではあるが、彼女はそれ以前に剣客なのだ。勝負から尻尾を巻いて逃げる、なんてことはありえない。


 クラウが口を挟む余地などなく、二人の激突が始まった。

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