第6話.黒い家

「もう一つ聞いてもいいか?」

「なんだい?」

「この家、なんでこんなに真っ黒なんだ?まだ明るいのにカーテンも閉まってるし」


恐る恐る聞いてみれば、笑い声が返ってくる。


「あはは、初めて見たら驚くだろうね」

「実は私達、吸血鬼なんです。陽の光が苦手なタイプの。だからこうして家の中はずっと夜みたいに…それから、黒の貴族様を支持しているって表明にもなって丁度いいかな、って」


驚いた。いや、ここまで来れば大した驚きではなかったけれど。

改めて彼等を見ると、普通の人間とは違う部分がある事に気づく。耳の先が軽く尖っているのだ。待てよ、と有磨は思う。これでは自分は格好の餌ではないだろうか。まさか血を吸われてしまったり、とか。


「吸血鬼だったのか…なるほどなあ」

「ふふっ、吸血鬼といっても、誰彼構わず血を吸う訳じゃないんですよ。双方の合意の元、ちゃんと血を提供して下さっている方が居るんです」


心の内の不安を読んだかのようにローズがくすりと笑って言う。それならば良かった、有磨は安堵の息を吐いた。


「おっと、立ち話をさせてすまないね。お茶でも飲んでゆっくり話すつもりが」

「気ィ遣わなくて大丈夫だぜ、世話になる身なんだしな」

「そう言ってもらえると助かるよ。そうだ、早速君の部屋に案内しようと思うんだけれど」

「お、俺の部屋があんのか?すげぇな」


こんな豪邸ならば部屋の一つや二つ余っていてもおかしくはないだろう、とは思う。そういえば、兄妹は彼ら二人だけでこの大きな家に住んでいるのだろうか。他に誰かが出てくる気配もないから、そうなのかもしれない。両親は一体どうしているのか。気になりはしたけれども、有磨は他人の事情に無遠慮に踏み込んでいくほど愚かではない。


「あっ、それならジョセフ兄さん、案内はお願いするね!私はちょっと部屋に戻るわ」

「わかったよ、ローズ。有磨くん、行こうか」

「おー」


ローズはぱたぱたと駆けていく。後ろ姿を見送って、彼女の耳が赤く染まっていたような気がして小さく首をかしげた。

ジョセフと共に廊下を少し歩けば、その途中に階段があった。矢張り黒い。


「君の部屋は二階の、右の突き当たりにある部屋だよ」


言いながら階段を先導して上るジョセフの背を追う。言われた通り、ドアの幾つか並ぶ廊下を通り過ぎると突き当たりに扉を見つける。

きい、微かに軋む音を立ててジョセフがその扉を開いた。


「ひ、広い…」


その内へ広がった部屋に、有磨は思わず呟く。一人で過ごすには十分すぎる広さだ。

天井の照明からはきらりと光る装飾が垂れ下がっている。隅に置かれた重厚感のある黒いベッドは柔らかそうだ。その側には大きな窓、ここだけはカーテンが開き陽光が淡く差し込んでいる。複雑な模様の装飾が施された臙脂の絨毯、その上にはアンティーク調の机と、椅子が二つ、それから身長と同じくらいの高さの箪笥。クローゼットだろうか、美しい模様が掘られたそれには金のドアノブが付いている。


「暫くここで寝起きすることになるだろうからね。ゆっくりくつろげたらいいのだけれど。お気に召したかな」

「いや、その、お気に召したというか……俺がこんな部屋借りちまっていいのか?」

「はは、いいんだよ。僕達は迷い子を歓迎しているんだから。君はこの家のお客様だ、最善のもてなしを、ね」


そう言うとジョセフは片目を閉じてウインクをした。随分と様になっている。この美形め。


「そういえば君、ここに来てから何か食べたかい?丁度お昼時だし、ご飯にしようか」

「確かに腹が減ったな…」


慣れてきたとはいってもやはり緊張していたのだろうか、言われた途端に己の空腹に気づく。ここは有難く頂くとしようか。


「食事の準備をしてくるよ。出来たら呼びにくるから、それまでここでのんびりするといいよ」

「了解。何から何までホントありがとな」

「いいんだよ。…あっ、そうだ有磨くん」


去っていこうとしたジョセフが、思い出したようにくるりと有磨の方へ振り返った。どうしたのだろうかと思っていれば、彼は声を潜めて囁く。


「僕の可愛いローズに手を出したら、ただじゃおかないからね」

「……」


吸血鬼の兄ジョセフは、シスコンだった。



机に並んだ料理に有磨はごくりと唾を飲む。異世界という事だから、どんな料理が出てくるか些か不安だったけれど、どれも見たことのある食材で安心した。

湯気を立てる白米に野菜のスープ、大皿には緑鮮やかなサラダ、からりと揚がった唐揚げ、煮込んだ肉の塊、それにロールキャベツ。デザートだろう、苺のムースらしきものまで添えられている。


「さあ、食べて食べて。僕の渾身の料理達だよ。いただきます」

「ジョセフ兄さんの料理、本当に美味しいんですよ!いただきます!」

「お、おう、いただきます」


全員で食卓を囲み手を合わせる。有磨は夢中で料理に手を付けた。


「うまあ……」

「はは、いい食べっぷりだね。口に合ったようでよかった」


食事を進める中、有磨はローズがぼうっとこちらを見ている事に気が付いた。一体どうしたのだろう、自分の顔に何かついているのか。視線を合わせて問うように小さく首を傾げてみせれば、彼女はぼふ、と勢いよく顔を赤く染めた。そのままはっとして下を向き慌てたように食事に戻る。なぜだ。

彼女の態度が気になるが、今は腹を満たすのが先決だと有磨は再び手を動かした。

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天使は冥界で嗤う 紫月ちゆ @shiduki

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