第3話.いろは
『アンダーワールド』。
それが、この世界の名。
『今から5000年以上も昔の事。天使であった少女は独りぼっちを嘆き悲しみ、堕ちて悪魔と成った。堕ちた彼女は己の身と引き換えに「ひと」を創り出したのだ。それが我々である。身体を失った彼女の魂はこの国で一番高い塔に宿り、今も尚其処で眠っている』
長きに渡り存在する言い伝えだ。有磨が先程目にした白塗りの塔は、まさに彼女の眠るとされる場所である。住民はこの世界の中心に聳え立つ塔に眠っている彼女の事を『女王』と呼び、神のように信仰しているのだ。
そして、古来より女王を守りし存在として成り立つ組織がある。それが、『銀灰ノ騎士団』。
彼等は女王を深く信仰し、何者かが塔への侵入を試みれば阻止し、塔へ何らかの影響を及ぼす者達を排除する為に存在する。
紺色の軍服に身を包み、武器を掲げる者達の姿が、一瞬だけ脳裏へちらついた。
流れる情報は止まらない。
アンダーワールドの住人は、四つに分かれているようだ。「天兵族」「番犬」「妖精族」そして「迷い子」。
天兵族とは、この世界の頂点に立つ者達だ。貴族とも呼ばれる。彼等は女王の血を強く引いていると言われており、取り決めなどは彼等に任される。
番犬とは、天兵族に仕え彼らを守る為に存在する者達の事を指す。武力に秀でている者が多く、騎士団員には番犬が多い。
妖精族は一般の住人であり、村を作り一所に集まって生活をしている。翔二郎や蒐も妖精族に当たり、この月村は四つある村の一つ。
「げほっ!ぐう……」
「!」
ばちん、小さな衝撃と共に視界が晴れる。唐突に有磨の意識は引き戻された。いつの間にか俯いていた頭をはっとして上げると、視界には咳き込む翔二郎の姿。
「じいさん、それ以上は無理だよ」
相変わらずの無表情ながら近寄ってきた蒐がその背中を摩る。荒い息を吐きながらもどうにか落ち着いたらしい翔二郎は「すまないね」と絞り出すように声を出した。
「今、のは」
「村長の持つ能力。記憶している情報を一部、触れた相手に見せることができるんだ」
「能力?そんなもんがあるのか」
にわかには信じ難い話だ。けれども有磨は既に非現実的な世界の中に居る。そのようなものが存在していても可笑しくはない。
それに頭の中へ勝手に流れ込んで来るようなあの感覚は、確かにそういうもの、が起こしたのでなければ説明がつかない。
とすると。有磨の中にある可能性が浮かび上がった。
「なあ…もしかして、俺にもあるのか?」
「ああ。あんたにも何かしらあるだろうね。どうしてかはわからないけど、迷い子でもこの世界に入れば能力を手にするらしい」
蒐が小さく頷いて答える。
「能力を続けて使うには精神力と体力がいる。村長の身体は弱っているから、能力も長くはもたない」
「…なるほどな。悪い、俺の為に」
「構わんよ。それが私の仕事でもあるのだからね」
落ち着いた呼吸を取り戻したらしい翔二郎は矢張り柔らかな笑みを浮かべている。その表情に嘘は見えない。この人柄があってこそ、村を支えてこれたのだろう、とぼんやり考えた。きっと心から村人を大切に思っているのだ。
「全てを伝え切るには私の力が足りなかったらしい。すまないね、この世界で過ごす内にわかってくることもあるだろう」
有磨ははっとした。肝心な事を聞いていない。
「あの!迷い子が、帰る方法はないんですか。元の世界に帰る方法は」
「…………」
問えば、広がったのは沈黙だった。翔二郎は笑みを潜ませ、瞼を伏せてしまう。
「ない。迷い子が帰る方法は見つかっていない」
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