第4話.村長の笑み
「迷い子が帰る方法は見つかっていない」
答えたのは蒐だ。
「…っ」
暫くの間。有磨は何も言葉を発せないでいた。どくどくと心音が煩いけれど、どうしてか頭の中は酷く冷静だった。
何処かで気付いていたのかもしれない。簡単には戻る事が出来ないと。
――戻れなくても構わないだろう、と、心の片隅が囁いている事に。
「……そっか。わかった、ありがとうな」
何事も無かったかのようにそう口にした有磨の表情は、既に常のものに戻っていた。
「…驚いたなあ。大抵の迷い子はそれを聞くと怒ったり、泣き喚いたりするというのに。そなたは不思議だ」
翔二郎が瞳を細める。その言葉に軽く笑みを零しながら、有磨は自分をじっと見つめる蒐の視線に気付くことはなかった。
「さて、これからどうするかだが…蒐」
「ああ」
翔二郎の言葉に、蒐は置いてある机の方へ向かう。その引き出しから厚い紙の束を取り出したようだ。それを手渡すと、翔二郎は横たわったまま慣れた手つきで紙をめくっていく。
やがてぴたりとその手が止まった。
「迷い子を受け入れている家があってね、そなたにはしばらくの間そこで暮らしてもらおうと思うのだが」
「監視も兼ねて、ね」
「蒐、少しは言葉を選ばんか」
「えっ、監視…?」
出てきた少々怖いワードに有磨は瞳を瞬かせる。
「迷い子は外から来た者、もしかすればこの世界にとって、危険分子となる可能性があるのだよ。それを見極める為、迷い子は暫くこの世界の者と行動を共にしなければならないという訳でね」
なるほど、それで監視か。確かに他所からやってきた者がこの世界にどんな影響を及ぼすかわからないだろう。納得して有磨は頷く。
「そういう事なら了解。村長さんの言葉に従うぜ」
「素直に受け入れてくれて有難い、恐らく大丈夫だとは思うが、この世界の方針には従わなければなあ」
翔二郎は眉を下げて笑んでいる。有磨はその笑みの中に、またあの寂しそうな色が混じっていることに気付く。それはもうその命が長くない事への苦しさなのか、それとも。
「蒐よ、彼に案内をしてはくれないか。地図ならここに」
「当たり前。じいさんはそこで休んでな」
蒐が翔二郎の言葉を遮るように答えると、その手から紙の束の中の一枚を受け取る。先程から思ってはいたが、彼等はかなり昔からの付き合いがあるような、そんな何かを感じていた。村人と村長というのはこんなものなのだろうか。「じいさん」という呼び方からも、親しみを感じる。
「それじゃあ…有磨。行くよ、僕が案内するからちゃんと付いてきて」
「お、おう。あっ、村長さん、色々とありがとうございました!」
「ああ、そなたの幸運を祈るぞ」
身を翻す蒐に慌てて自分も歩き出しながら、扉の前で翔二郎へ礼を告げる。瞳を細めて優しげに笑う彼に見送られ、有磨は村長宅から出ていった。
■
「…村長も、元は迷い子なんだ」
「えっ?」
並んで歩む中、蒐がふと口にした。有磨は驚きに思わず声を上げる。まさかあの翔二郎が、自分と同じであるなど思いもしていなかったからだ。
「随分前にこの世界にやって来て、その時のことを僕は知らないけど。村で過ごす内にその人柄が支持されて、村長になることを認められたって聞いた」
「そうだったのか…」
翔二郎は、元の世界に戻ることが出来ないと知ってどう思ったのだろう。あの何処か寂しげな笑顔の理由が、少し分かった気がした。
苦悩することも多かっただろう、と思う。それでも村の長という役を担い、村人を愛し、死ぬまでその責務を全うしようとしている。
「すげえなあ」
口をついて出たのは素直な感想だった。きっと自分には出来ないだろう。
村を出て暫く歩くと、今まで静かであった道に人通りが増えてきた。有磨は思わずきょろきょろと辺りを見渡してしまう。
獣の耳が生えている者、角のある者、尾がある者、妙な格好をしている者。そんな人々がちらほら視界に飛び込んでくる。
もう驚くことはなかったけれど、なんだか漫画やゲームの世界へ飛び込んでしまったようだ。
「はえ〜…」
「前を見て歩け、はぐれても知らないからな」
じろりと蒐に睨まれる。この少年の瞳は本当に怖い。少し睨まれるだけでもかなりの迫力だ。
その後、蒐は特に言葉を発する事は無かった。元々無口な性質なのだろう、有磨も特に無理矢理何かを話そうとは思わなかった。無言の間でも、別段気を遣わなければとか、そんな事も思わない。どうしてか知らないが会ったばかりだというのに、蒐と接するのは楽、なのだ。
気が付けば更に人通りが増えていた。どうやら商店街のようで、白い石畳の道の両脇には店が立ち並んでいる。服屋、飲食店、宝石店など様々だ。
「もうすぐみたいだ、この商店街を抜けてすぐの住宅地にあるらしい」
地図を見ながら蒐が言った。
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