第28話 プリパレーション(下準備)
「──というワケで、愛と美と強さの化身たるわたくしも、
「フシャーッ」と背中の毛を逆立てながら、鼻息荒く宣言するカラバ(立猫族・♀)。
そりゃまぁ、長年の付き合いで呼吸の合った(そして戦闘向け、というかソレのみに特化した)支援役が同行してくれるのは、実際助かるのは確かなんだけど……。
「ふーむ、お主の同行は有り難いが、装備の問題がなぁ」
そう。
そもそも、上級狩猟士がそれ相応の
むしろ、戦闘技術と武具と知恵の限りを尽くして、ようやく手が届くくらいの、本来生物としての格が違う存在なのだ。
わかりやすい例を挙げるなら、「等身大ヒーローの仮〇ライダーがいかに強いとは言え、パンチやキックだけで、はたしてウ〇トラマンの巨大怪獣たちを倒せるのか?」とでも言おうか。
怪獣に倒されないよう立ち回ることはできるだろうし、あるいは時間さえかければ倒すことも不可能ではないのかもしれないが、やはりリボルケ〇ンやオートバ〇ンなどの装備類があれば、戦いが格段に楽になるはずだ。
──まぁ、前者のような「相手は死ぬ!」級の
おっと、話が逸れた。
「いずれにせよ、カラバだけじゃなくてケロの分の武器防具も作るための素材集めと資金稼ぎをしないワケにもいかないだろう」
「デスね」
「むぅ、仕方ありませんわね」
そもそも私がこちらで月月火水木金金の勢いで働いていた(ケロに怒られて止めたが)のは、上級(ホントは超級)狩猟士と名乗るにはあまりにお粗末な懐具合(金だけじゃなく保有素材や装備品も含む)を、少しでも改善しようという意図もあってのことなのだ。
その甲斐あって、武器はともかく自分の防具に関しては何とかカッコがつく程度の
ここからさらにケロやカラバの分の装備も揃えるとなると……。
「…………“カニ”、か」
「それがいちばん早そうデスね」
「ぐぬぬ、水辺はあまり好きではニャいのですけれど」
約1名は気が進まないようだが、積極的に反対するワケでもなさそうだ。
私達は“四泊五日カニハンティングツアー”に出かけるため、今週の新人向け講義を休む旨を伝えようと、まずは協会支部へと向かった。
* * *
『HMFL』の世界に於いて“カニ”と呼称される巨獣は、何種類か存在します。
プレイヤーがおそらく一番最初に出会うであろう相手は、巨化蟹マグニキャンサルでしょう。イワガニに似た水陸棲甲殻類であるキャンサルを、甲羅の横幅が2.8プロト(=3メートル弱)ぐらいになるまで巨大化し、さらに足をタカアシガニの如く長くして全高が4.5プロトほどになった
攻撃手段は、
さすがにまともに圧し潰されたら、いかに素質持ちでも圧死しかねませんが、幸いにして動きは速くない(※あくまで狩猟士基準の話です)ため、油断したり不意をつかれたりしない限り、避けるのは難しくありません。
その他の攻撃方法も、この大きさの巨獣としてはさほど恐いものではない(※繰り返しますがあくまで狩猟士基準の話で、一般人にとっては一段階下のメガキャンサルの攻撃でも十分脅威です)ため、駆け出しを卒業してそれなりに武器防具を整えたくらいの下級狩猟士にとっては手ごろな相手と言えるでしょう。
素材としても食材としても常時一定の需要があるので、金策のために狩るにもなかなか良い相手です。もっとも、一定以上の攻撃力(できれば打撃系武器)がないと、その堅い殻に阻まれて倒せないという落とし穴もありますが……。
そんな中下級者向けのマグニキャンサルよりも格上で、下級狩猟士の上限ないし上級狩猟士に上がったばかりの徒党にとって狙い目の“カニ”が、ギガルカータ(別名・豪鋏蟹)です。
この巨獣の外見を一言で言い表すなら、「ヤドカリとシオマネキの特徴を兼ね備えたカニを幅5プロト、高さ7プロト弱にまで巨大化させた
攻撃方法自体はマグニキャンサルと大差ないのですが、全体に大きさ&質量が増加した(そしてその割に動作スピードは大差ない)ことで、危険度は大幅に上がっています。特にその大きな方の左ハサミが脅威で、「殴打力は4トントラックの衝突に比肩し、挟まれれば防具を装備した狩猟士の胴体もたやすく捩じ切れる」……と、HMFL内の巨獣図鑑では説明されています。
ただし、それだけの危険度を持つだけあって、素材の希少度(≒価格)は段違いですし、食材としての格(そして値段)も数段上です。しかも、ギカルカータが雌であった場合に採れる卵巣(というか卵そのもの)は、錬金術でスタミナ強化薬を作り出すための主原料にもなるのです。
総合的に見て、ギガルカータ1頭狩ればマグニキャンサル7~8頭分の報酬が得られると考えて間違いありません。このため、下級を卒業したものの、上級向け武器防具がまだ揃っていないくらいのプレイヤーが、ギガルカータを連続狩猟して金銭と素材を稼ぐ……という
実は、これよりさらに格上の“カニ”として、城塞蟹ミルレパグスと呼ばれる生物もいるのですが、こちらはその和名にふさわしく全高30プロトにも達する大きさのため、
そんなこんなを考え合わせ、リーヴ一行は豪鋏蟹討伐の
* * *
横幅5プロト、貝殻部も含めた縦幅8プロト、高さ7プロトというサイズは、もはや小さめのビルがそのまま動いているようなモノだ。
当然のことながらその見かけに見合うだけの重量もあるから、
跳ね上がった際に、その下にいれば圧死はほぼ確定。巧く避けても近すぎると
かといって、
何しろギガルカータの出現場所は海に面した広い砂浜(鳥取砂丘のような場所を思い浮かべていただきたい)であることが多く、身を隠せる場所があまりに少ない。砂丘の窪みなどに隠れようにも、4プロト近い高さから見下ろされて見つからない場所というのは稀だし、そもそもこの巨獣は視覚よりも嗅覚や聴覚の方が優れているので、どこぞの盲目のスタ〇ド使いの如く居場所を誤魔化すのは非常に困難だ。
「──つまり、
カラバの言う通り、隙を見ては攻撃を当て、即座に離れるというやり方しか、今の
実際、HMFLのゲーム内でも、ソロの際は同様のやり方で何度もこの
最初のうちはソレで上手くいくと思ってたんだが……。
「くっ、このやり方、思った以上にキツいな」
何度も繰り返した言葉だが、
HMFL内では慣れれば15分足らずで狩れた
しかも……。
──轟ッ!!
目の前ほんの十数センチの場所を、この化物ガニの巨大な左のハサミが薙いでいく。
本能的な恐怖に硬直しそうになる体を無理やり動かしてバックステップ……というか、ほとんどよろけるような形で後ろに下がり、武器を構え直すと目の前にさらされた弱点──左ハサミの付け根部分に目がけてハンマーを振り下ろす。
岩を叩いたような「ガギンッ!」という鈍い衝撃音とともに、こちらの手にも確かな反動が伝わってくるが……これではダメだ。
我知らず及び腰になっていたせいか、会心の一撃というにはほど遠い当たりで、“そこそこ”程度のダメージしか与えられていない。
転がるようにして身を翻し、相手の攻撃圏内から抜け出す。
幸い、ケロが
「くぅー、このっ、ちょっとは痛がりニャさい!!」
攻撃型支援役のカラバも奮戦してはいるのだが、いかんせん店売りの武器(鋼鉄製刺突剣だ)では、さしたるダメージは与えられていないようだ。
手際がよいとはお世辞にも言えない状態での戦いだったが、それでも相応にダメージはくらっていたのか、しばらくすると巨獣は私達に背を向けて、一目散に逃げていった。
これ幸いと、私達も小休止することにする。
「ケロ、跡は追えるな?」
「もちろんデス!」
「カラバ、
「文字通り掠り傷ですわ!」
支援役二人は問題ないか。
だとすると残った問題は
──正直、舐めていた部分があったことは確かだ。
この世界に来て半年あまりの間に、数えきれないほどの獲物や大型獣を狩ったし、下級向けとは言え巨獣だって両手で足りないほどの数、討伐している。
その“御蔭”というか“せい”と言うべきかは微妙だが、私自身、狩猟士としての暮らしに完全に適応したと思っていたんだが……甘かった。
「本物の命の危険」にさらされたことなど一度もなかった──いや、先日、ヴェスパのご両親と同行した際のギガントアショトルとの遭遇が初めてだろうか。アレに危機感を覚えて鍛え直しをはかったことは、結果的に正解だったとは思うが、それでもまだ見通しが甘過ぎたのだろう。
ひとつは時間感覚。HMFLは1クエストにつき50分の時間制限があり、当然プレイヤーもそれに合わせて“狩り”の組み立てを行う必要があった。しかし、この“現実”においてはそんな短時間で強力な巨獣を狩れるものではないし、それに応じて気力というか集中力も分配する必要がある。
たとえるなら、スプリンター的ダッシュ力よりもマラソンランナー的な持久力が求められると言うべきか。それに気づいてなかった私は、たちまち集中力が切れて危地に陥った、というわけだ。
そして、それと同じくらい重要なのが恐怖心。無論、巨獣と対峙してまったく恐怖心を持たないでいられる人材は稀だろうが、狩猟士である以上、恐怖心に負けてはいけない。
さっきの私は、完全な“負け”ではないにせよ、恐怖心の影響で動き全体に精彩を欠いていたことは、紛れもない事実だろう。
恐れで固まっているからワンテンポ行動が遅く、ビビっているから踏み込みが甘い。それらは意識して見なければわからない程度の微妙な違いだが、何十回、何百回と武器を振るう必要のある
(とは言っても、コレばっかりは慣れだからな)
これまで下級狩猟士用の巨獣を狩っている時は、そういう
「克服するには……実戦あるのみか」
意を決して立ち上がると、すぐそばに私を心配げに見守る支援役たちの姿があった。
「御主人様……」「大丈夫デスか?」
そうだ。徒党を組んでいなくとも私は
ソレを自覚するだけで、幾分、気持ちが楽になった。
私は、籠手に覆われた武骨な手で、
「あぁ、もう大丈夫。さぁ、行こう!」
* * *
その後、気合を入れ直したリーヴ一行は、誰も大きな怪我をすることもなく、無事に豪鋏蟹ギガルカータの狩猟に成功したのですが……。
「えぇっ? ギガルカータ討伐の
ハルメンの狩猟士協会支部で、リーヴが素っ頓狂な声をあげて驚いていますが、残念でもなく当然の話です。
いかに“この世界”とは言え、
同主旨のことをリーヴたちも協会の受付嬢に説明されています。
「言われてみれば、確かに盲点でしたわね」
「どうするんデスか、マスター?」
HMFLの世界から“来た”カラバとケロにとっても、「依頼切れ」というのは意外過ぎる事態ですが、なんとか納得したようです。
「ふぅむ。そうなると……マグニキャンサル狩りでもするしかないか」
「あ、マグニキャンサル討伐関連の依頼でしたら5件ほどご用意しておりますよ!」
親切にも受付嬢はそう教えてくれたのですが、リーヴは内心で頭を抱えています。
(こ、こっちも数に制限があるのか。いや、まぁ、協会が生態系バランスの維持も視野に入れている以上、仕方ない話なんだろうが)
どうやら、リーヴ一行の金策ツアーは、いましばらくかかりそうです。
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