第29話 ギャップ(仮想と現実)

 足掛け5日間の“浜辺の蟹狩りツアー・ポロリもあるよ(ハサミが)!”のおかげで、どうにか上級狩猟士としてカッコがつくくらいの資金と素材を得たおれ達。

 カクシジカに戻ってすぐに、その足で支援役アシスタント用武具の鍛冶屋に発注をかけて、ケロとカラバの装備を整えた。

 余った素材&資金で、ハンマー以外の得意武器──拘束鞭バインドウィップ長弓ロングボウ片手剣グラディウスの、できる限り高品質な代物も揃えることはできたんだが……。

 結果、意外な問題も発覚したんだな、これが。


  * * *  


 さて、この『HMFL(ハンティングモンスター・フロントライン)』を模した世界──面倒なので、以下HMFL世界と呼称しましょう──における武具や防具に関しては、元のゲームに倣って、攻撃力・防御力以外にもふたつの数値が設定されています。


 ひとつは「耐久値」。これは、堅い対象に攻撃を仕掛けたり、あるいは防具が強烈な攻撃を受け止めたりすることで、少しずつ(ときには大幅に)減少していきます。

 もっとも、一番安い店売りのレザーアーマーセットですらおおよそ耐久値100で、ランプヘアの頭突きをまともにくらっても1~2減る程度なので、新米から下級なりたてくらいの頃は、キチンと狩りのあとに手入れや修繕していれれば、あまり気にする必要はありません(より正確に言えば、1回の狩猟でレザーアーマーの耐久値が半分を割るくらい頭突きを受け続けたなら、たとえ素質タレント持ちでも普通は死にます)。

 耐久値が元の5分の1以下の状態でなければ、相応の設備のある武具店で修繕することが可能です(無論、耐久値の減り具合、つまり破損状況によって、修繕費は変わりますが)。5分の1以下の場合はいわゆる大破状態で、直すことも不可能ではないものの新品を買い直すのに近い修繕費がかかりますし、なにより完全に元の耐久値まで戻せるわけでもありません。巧くいっても本来の7割強ぐらいでしょうか。素直に買い替えをオススメします。

 また、耐久値が減ると攻撃力や防御力もそれに応じて減少します。減少具合は武具によってまちまちですが、たとえばリーヴが以前購入した片手剣・錬鋼製剣鉈ならば、耐久値が半減すると攻撃力はおおよそ4分の1程度にまで下がるでしょう。

 ちなみに、一般的な傾向として、耐久値減少による攻撃力の低下は飛道具>刃物>刺突武器>鈍器の順に高いとされています。鈍器の場合、要するに「硬くて重たい物で殴りつける」ワケですから、多少歪んでいようが欠けていようが何とかなるのです。逆に弓・弩系武器は、フレームが歪んだり弦などが伸びたり緩んだりしたら格段に命中率や攻撃力が落ちるというのも、想像がつくでしょう。

 なお、防具については、金属系のものより生物素材系のもののほうが、耐久値の影響を受けやすいようです。


 そしてもうひとつ重要な数値として「属性値」と呼ばれるものも存在します。これは、一般的なものは炎熱・氷冷・雷電・酸蝕・切断・打撃・貫通の7つで、限られた特殊なものとして害毒・催眠・麻痺などがあります。

 炎熱を例にとれば、炎熱属性の武器は通常の攻撃力によるダメージに加えて、高熱による追加ダメージを与えられます。炎熱属性の防具の場合は逆に高熱によるダメージをある程度防ぐ耐熱性を持つことになります。

 また、防具に関しては属性値がマイナスになることもあります。その場合は、マイナスになった属性がその防具の“弱点”であり、通常より大きなダメージを食らうことになるのです。


 そして当然のことながら、普通種・大型獣・巨獣・怪獣を問わず獲物となる動物たちの牙や爪、鱗や甲羅などにも属性値は存在します。ドラゴン系怪獣たちが吐く各種ブレスなどは、属性攻撃の最たるものと言ってよいでしょう。

 一方で耐久値も存在し、獲物の特定部位(角・牙・尻尾など)の耐久値を0にすることで、その部分を“壊す(切り落とす?)”ことができます。もっとも、HMFL(ゲーム)ならいざ知らず、“現実”のHMFL世界で、ソレを狙う狩猟士は稀です──そもそも大抵の場合、部位破壊する前に獲物を狩れますし、部位破壊したからといってボーナスが出るわけでもありませんから(むしろ素材獲得の面から見ればマイナスです)。

 強いて言えば「角による突進攻撃が恐いので優先的にソレを折る」とか「片翼をズタズタにして飛行能力を奪う」といった、対象の行動選択幅を狭めるために狙うケースくらいでしょうか。それにしたって、生半可な技量で為せる業ではありませんから、やはり少数派ですが。


 実は、リーヴ一行に降りかかった“問題”のひとつには、この属性値が関連しているのです。


  * * *  


 ゲーム(HMFL)内では、ステータス画面を見ればすぐにわかった各武具の攻撃力・防御力・耐久値・属性値だが、“現実”たるこの世界ではそんな便利なモノはない。

 それらの数値を知りたければ、大きめの武具店や狩猟士協会に置いてある測定用の錬金機構マシンを借りる必要があるのだ。

 HMFL歴7年のベテランプレイヤーだったとは言え、さすがに全武器防具の4数値を記憶しているはずもないので、幾許かの使用料と引き換えに、協会で新たに入手した武器防具の性能を判別してもらったんだが……。

 「半水棲生物の蟹素材ベースなせいか、見事にどの防具も炎熱属性にマイナスがついてるな」

 「わたくしたちの装備だけじゃニャくて、御主人様の武器も、見事に炎熱マイナスですわね」

 武器のマイナス属性は、直接的に与ダメージが減るわけじゃないが、炎熱属性の獲物に使うと、耐久値の減りが大きくなるというデメリットがある。

 「で、でも、当面は獄炎竜フラムカンヘルとかと戦う予定はないんデスよね? だったら、気にする必要はないんじゃあ……」

 ケロの言う通りで、炎熱属性攻撃が強力な巨獣モンスターというのはほとんどおらず、たいていは怪獣デーモンだ。あんな“歩く死亡フラグ”どもに今すぐ挑もうなんて気はさらさらない。

 「そうだな。現時点では心の片隅に留めておく程度でよいだろう。それより問題なのは……」

 おれは、大型台車の上にゴチャッと積まれた真新しい武器&支援役向け防具の山を見て、軽く溜息を漏らした。

 「これをしまっておく場所を考えないといかぬか」


 私たち(私&支援役2名)が住んでいるのは、カクシジカの中心部から少し離れた場所にある長屋だ。狩猟士向けの物件だけあって天井は高めだし、備え付け家具のなかに武器防具収納用の保管箱もあるにはあるんだが……。

 「まったくもってスペースが足りないデスね」

 この縦横2プロト、高さ1プロトあまりの大きさの保管箱はこに、武器と防具合わせて20個近くを収納するのは、奇術師でも収納の達人でも到底無理な話だ。

 かと言って、ご存じの通り上級狩猟士用の武具というのはかなり高価なので、適当に放り出しておくというのは少々不安だ。

 一応、この長屋自体、きちんと鍵はかかるようになってはいるが、家の鍵そのものは比較的原始的な南京錠なので、ちょっと手先の器用な泥棒ものなら、さしたる苦も無く開けられるだろう。

 その点、武具収納用保管箱というのは、金属と堅い樫材の組み合わせでできているうえ床に固定、錠前部分もかなり複雑な構造なので、簡単には中身を盗まれないようになっているのだ。

 朝出・夕方帰宅のペースで日中だけ留守にするなら多少はマシだが、依頼内容によっては泊りがけで出かけて、夜間に家を空けることもある。

 そうなると万一空き巣に入られたら、鍵をかけた保管箱にしまってある武具もの以外は、盗み放題ということになってしまう。


 「“あちら”の世界にいた頃は、これよりちっちゃニャ保管箱ひとつですべてこと足りたのですけれど」

 だな。まぁ、アレはゲーム的なお約束というヤツだから、現実には魔法でもない限り、長持ちひとつに100個近い武器防具をすべてしまっておけるなんて無理に決まってるんだが。

 「致し方あるまい。新しい保管箱を調達して来よう。この台車は運搬用に持っていくので、降ろした武器防具はとりあえず寝室に積む。カラバはここに残って留守番していてくれ」


 ──結局、家主の了解を得たうえで、元の保管箱を下取りに出し、代りに縦横2.5プロト、高さ2プロトの大型保管箱を据え付けることになり、残り少ない蓄えの大半が飛んでいくハメになったのだった。

 「ふぅ……よもや金策ツアーから帰ってきて早々、次の金策を考える必要があるとはな」


 (──あれって、多彩な武器を使い分けるマスターならではの悩みデスよね? 普通、1種類か2種類ぐらいしか武器使いマセんし)

 (しーっ、それは言わニャい約束ですわよ、ケロさん)

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