外伝その2.そして彼らは途方に暮れる

 さて、いきなり異世界に放り込まれた割には(細かい戸惑いや凡ミスはあったにせよ)、牧瀬双葉ことリーヴは、なかなか巧く適応しているほうだと言えるだろう。

 そう、「巧く適応している“方”」──誰と比べて?

 当然、「双葉リーヴ以外の転生者と比較すると」だ。

 彼女かれ以外でこの『HMFL』を模した世界に転生した人間は、3人いる。

 ──なに? 「ふたりではないのか」?

 “直接この世界に転生することを希望した”のはふたりだが、転生先に関して漠然とした条件を列挙した結果、此処に送り込まれた者がもうひとりいるからな。

 え? 「そんなコトを知ってるお前は何者か」?

 そうだな。非常に大雑把なたとえになるが、わしは双葉と夢の中で会話している“神”の直属の上司のようなものだと思ってくれ。


 まぁ、それはともかく、だ。

 今回は、その3人の『HMFL』世界における活動の一端を紹介しよう。



【CASE1.元・男子高校生の場合】


 MMOアクションゲームである『HMFL(ハンティングモンスター・フロントライン)』をプレイする際、昨日今日始めたばかりの初心者ならいざ知らず、ある程度ランクを上げ、上級マスターの域にまで達したプレイヤーの場合、大概は何らかの“拘り”をもってプレイするようになるものだ。

 その拘りの例には、「すべての巨獣を特定の武器種のみかつソロで打倒する」とか「4人の徒党パーティで常に討伐最短記録を目指す」などといったものが挙げられるだろう。

 ちなみに、双葉リーヴの場合は、「初心者っぽいプレイヤーを教え導く師匠/先輩格ムーブをする」という、拘りというか演技スタイルっぽいものがソレに当たるだろうか。これはかつて別のオンラインゲームを始めたばかりの頃、親切に面倒をみてくれた先人に感動し、自分もそれに続こうと決意したことが原因らしい。

 そんな様々な拘りの中でも「すべての武器防具を集める」というモノは、そこそこポピュラーながら、RPGならともかくこの種の素材収集系ハンティングゲームではかなり茨の道とならざるを得ない──おもに、物欲センサーとかリアルラックとかが天敵である。


 しかしながら、関東のとある地方都市に住む、県立高校の2年生・鈴木健吾すずき けんごは、HMFL歴3年余にして、その“偉業”を成し遂げていた──もっとも、その陰には、平日の自由時間と休日の大半の時間の消費と、3年間で通信簿の平均値が2近く下がった成績という尊い犠牲があったのだが。

 そんな彼が、たまたま都内へ刊行されたばかりの『HMFL』の武具図鑑を買いに出かけ、その帰路、あの“不幸な事故”に巻き込まれてしまったことは、同情に堪えない。

 だからこそ、HMFL的世界への転生にあたって、鈴木少年の「現地では、自分がゲームで持っていたすべての武器防具を使える状態にしてくれ」というかなりインチキな希望も、それらの武具を自在に保管&出し入れできる“アイテムボックス”というオマケ付きで叶えてやったのだ。


 「くくく……『HMFL』は、いわゆるRPGなんかと違って、レベルアップによって大幅に身体能力が成長したりしない。攻撃力や防御力を上げるには、強力な武器や防具が不可欠! しかも、ランクによって装備が制限されることもない!!」

 せやな。

 「僕が持っている最強の両手剣「灰燼剣ダークフレイム」の攻撃力は250(+炎属性)! 無属性ながらいちばん防御力の高い防具「アークライト」シリーズを頭・胴・腕・下半身・足の5ヵ所揃えれば総計750! これだけの攻撃力&防御力なら、大型獣はおろか巨獣さえ恐れるに足りん。規格外の怪獣さえ相手にしなければ、この世界では勝ち組確定だな!!」

 ──はたして、せやろか?


 ティナミン村(コンシューマ版『ハンティングモンスター・フロンティア』でプレイヤーの拠点のひとつとなる山村)近くの山道に、無事転生した鈴木少年の身体が出現する。

 雪に覆われた山道と遠くに見えるティナミン村という、ゲームのオープニングムービーとそっくりの光景に、しばし感動&興奮してはしゃぎ回る鈴木少年だったが、すぐにその寒さでテンションが下がる。死亡する直前と同じコットンの半袖開襟シャツとジーパン&スニーカーという格好なんだから当然だな。

 「うぅっ、寒い。耐寒飲料は……あるワケないか。どうせなら、道具箱の中身も全部持たせてくれって頼むべきだったか」

 さすがに、そこまで優遇するつもりはないぞ?

 「そうだ! 「雪羊」シリーズの防具は、デフォルトで耐寒機能がついてたはずだよな。アレを装備すればいいんじゃん」

 善は急げと、“アイテムボックス”から「雪羊」シリーズ一式を引っ張り出した鈴木少年だったが……。

 「う……軽装備のはずの「雪羊」でも、こんな重いのかよ」

 そりゃ、上着アノラック洋袴ズボンだけでも10キロ近くあるからな。それに小手やら長靴ブーツやら頭巾フードを足せば、さらに倍!

 なぁに、鎖帷子チェーンメイルなら、頭部+胴体だけで15キロ以上あるし、それに比べれば、まだしも軽いほうだ。

 「も、もしかして……」

 恐る恐る“アイテムボックス”に手を突っ込む鈴木少年。

 どうやら“自分がやらかした失敗ミス”に気が付いたようだな。

 「ぐぁあ、お、重たい……」

 そりゃ、ごく普通の日本人の男子高校生が、自分と同じくらいの長さと重さの両手剣を自在に振り回せるはずがなかろう。

 「そんなバカなーーーーー!」


 ──結局、鈴木少年は、なんとか村にはたどり着いたものの、数日後の夜の夢の中での“(我の部下の)神”との会合で、『HMFL』世界での生活をあきらめ、現実の地球に近い世界に優遇チートなしで再転生することを選んだ。



【CASE2.元・女子大生の場合】


 都内のごく平均的な私立大学の文学部に通う19歳の女性、田中史花たなか ふみか

 絶世の美女というほどではないものの、中学高校で言えば地味ながらクラスで3番目か4番目くらいには可愛い。スレンダー体型に黒髪のお下げがよく似合うな彼女の趣味は、いかにも文学少女風なその見た目通り“読書”……と“ゲーム”だったりする。

 無論、彼女もまた、“例の電車事故”に巻き込まれ、身罷った者のひとりだ。

 彼女が転生に際して希望したのは、「どんな強大な敵の攻撃でもダメージを受けない文字通り“無敵”の防御能力」だった。どうやら某ライトノベルの黒幕騎士団長のチートスキルをイメージしたらしい。恐がり&痛がりな彼女らしい、文字通りの“予防策”とも言えるが……あれ、作中で主人公に打ち破られてたけど、いいのだろうか。

 対して、転生先の希望は「自然と緑が多くて、ドラゴンとか人に友好的な亜人とかもいる世界」という割合ふわっとした代物だったので、しばしの検討の末、すでに他者の願いで形成されていたHMFL世界に送らせてもらった。

 あるいは本人は某錬金術士ゲーや国民的RPGの世界をイメージしていたのかもしれん。せめて“魔法”とか“錬金術”とかの単語ワードが混じっていたら、それも有り得たのだが。

 ──決して、新たな箱庭世界を作る神力てまをケチったわけでも、「そんな戦闘向きの特技チートを取得したんだから、もっとサツバツとした世界で頑張れよ!」という愉悦めいた思惑があったわけでもない……本当だぞ?


 もっとも、鈴木少年ほど英雄志向ちゅうにびょうにカブれてはいなかったとは言え、彼女もそれなりにゲーム(&ラノベ)を好むだけあって、HMFL世界での暮らしに慣れるにつれ、少しずつ行動的アクティブにはなっていったようだ。

 狩猟士協会でキチンと初心者講習を受けた後、新米狩猟士として登録(ちなみに非力なロォズ同様に主武器には短弓を選んでいる)し、『HMFL』のゲームで言う☆1から☆2の簡単な依頼クエストを堅実にこなして、新米ノービスから下級アプレンティスへと昇格……した直後に、悲劇が彼女を襲った。


 その日、田中嬢は「沼地でオニオドリタケ(キノコの一種)を10束分採取して納品せよ」という採集系の依頼を請けていた。

 本来はランク7~8前後の新米狩猟士複数向けの依頼だが、少々懐がさびしかったのと、最近徒党を組むことが多くなった(コミュ障気味な彼女にとってそれは大きな前進だった!)面々が、全員折悪しく手が離せなかったこともあり、彼女はひとりで沼地へと向かうことになったのだ。

 いかに討伐目的ではないとは言え、普通なら相応の防具に身を固め、ポーチにも回復薬などをいくつか詰め込んでいくものだが、田中嬢は普通の衣服に毛が生えた程度の装備(革ベスト+デニムの短パン+ショートブーツ)と最小限の携帯食料くらいしか持って行かなかった。

 手ぶらに近く身軽であればあるほど、たくさんのキノコを運べるという思惑があったからだ。彼女が授かった「絶対防御」というチートが、その(傍から見ると)無謀な方針を可能にしていた。


 「えっと……これが目的のキノコ、なのでしょうか?」

 探す対象が初めてのモノなので最初はやや手間取ったものの、事前に協会の書庫の図鑑などでキッチリ確認しておいたため、すぐに現地で目当てのキノコを見つけ、それからはスムーズにことが運ぶ。

 7束分ほどはすぐに集まり、ベースキャンプの保管箱に入れて納品したのち、残りの3束分を集めるため、沼地の奥にまで足を伸ばした田中嬢だったが、その先でふたつの不運が重なった。


 「ふぅ……この洞窟、すごく寒いです」

 ひとつは奥地にある洞窟(図鑑にはキノコ類が豊富と記されていた)の内部がかなり低温で、軽装の彼女には少なからず厳しい環境だったこと。氷が生じるほどではないが、それでも外気とは10度以上の差があり、肌寒さに震えながら彼女は進むことになる。

 そしてもうひとつは……。

 「! あれは──オレンジラプタン!?」

 その名の通り橙色の体色を持つ大型獣の群れと出くわしたことだ。


 ラプタンとはイグアンと同様の爬虫類系生物だが、完全四足歩行のイグアンと異なり、発達した後肢と小さめの前肢を持ち、後肢で二足歩行する小型肉食恐竜と似た姿をしている(まぁ、某恐竜映画の敵がモチーフなのだから、ある意味、当然だが)。

 動きもそれなりに俊敏で、不慣れな初心者狩猟士にとっては、ややとっつきづらい。特に、間合いが短く攻撃動作が遅いハンマーやある程度の距離と予備動作を必要とする弓にとってはあまり相性の良くない相手だ。しかも3~5体程度の群れで行動していることが多く、原則的に1方向への貫通攻撃しかできない弓使いにとっては厳しい。

 この場合、田中嬢が「絶対防御」の優遇措置チートを持っていることも関係ない。確かに、敵の攻撃によってダメージを受けることはない(ゲーム風に言うならHPはまったく減らない)のだが、どこぞのベクトル操作能力者と異なり、相手の攻撃を無効化したり跳ね返したりしているわけでないため、相応の重量がある相手にぶつかられれば、普通に体勢を崩したり、吹き飛ばされたりするのだ。

 しかも、オレンジラプタンの牙には麻痺毒が含まれている。「絶対防御」でダメージは受けなくても状態異常にはなるのだ(本人は気づいていなかったが、当然、毒薬や睡眠薬なども彼女の天敵だったりする)。

 とは言え、さして強力な毒素ものではないし、そもそも十分な重装備そなえをしていれば、よほど運が悪くない限り牙が肌に食い込むこともなく、当然、麻痺したりもしないのだが……。


・本日の田中嬢の装備:肌の露出の多い軽装(←注目)


 「あっ…(察し)」案件だった。


 かくして、対峙して数分で身動きできなくなり、その状態のまま体長2メートル強の5体の爬虫類に交互に襲い掛かられて、噛みつかれ、のしかかられ続ければ、如何に負傷やダメージが無くとも、ごく最近まで現代日本で女子大生やってた女の子の心は普通に折れる。

 不幸中の幸いは、田中嬢の帰りが遅いことを心配した徒党の狩猟士仲間が、わざわざ沼地まで捜しに来てくれたことだろう。

 仲間に助けられ、拠点としているニコリの町で治療ケアを受けた彼女は、数日で心神喪失状態から復帰はしたものの、狩猟士として仕事に出られるようになるまでは、かなりの時間がかかることとなったのだった。

 いや、むしろ時間がかかっても、トラウマを克服して狩りに出られるようになっただけ、精神的には鈴木少年よりずっとタフだと言えるかもしれない。



【CASE3.元・フリーター(20代男性)の場合】


 すでにふたつのケースを見て来たことで、おおよそ理解できていると思うが、彼と彼女の最大の敗因は、「日本で暮らしていた自分の身体(と心)のまま、HMFLの(かなりシビアな)世界に来た」ことだろう。

 鈴木少年は言うに及ばず、田中嬢も「絶対防御」という優遇措置チートこそあれ、それ以外の要素はまったく素の日本人女性のままだったからこそ、“あの”悲劇が起こったのだから。

 その点、意識していたのかどうか別として「ゲーム内のアバターとしての各種能力や技能、記憶を持った身体に転生する」ことを選んだ牧瀬双葉リーヴ要望ねがいは、結果的にベストではないまでもベターな選択だったと言えるだろう。

 そして、彼女(?)ほどではないにせよ、それなりに巧く対処し、HMFL世界での狩猟士生活ハンターライフに適応している者もいる。

 それが、これから紹介する佐藤竜馬さとう たつま(27歳・フリーター)だ。


 港町ハルメンを拠点として活動する下級狩猟士、佐藤氏の朝は(現代日本に住む者からすると)早い。

 午前3点鐘(≒6時)の鐘が鳴るよりだいぶ前、朝日が水平線の向こうから顔を出したか否かという時刻に、徒党で長期賃借している宿の一室で目を覚まし、相方ルームメイト(近くの村から狩猟士になるために来た18歳の青年)を起こさないよう身支度を整えて部屋を出る。

 そのまま、まずは軽くランニングで町を1周。続いて、一度部屋にとって返し、防具(胴だけ軽鉄甲ライトスティール、それ以外は硬革ハードレザー製だ)を着けた状態で、ジョギング程度の速さで町を2周する。

 ジョギングが終わると、浜辺に出て、主武器メインウェポンである刀の素振りを300回。最初の頃は100回でもヘロヘロになったが、最近は300回振ってもそれほど苦にならなくなっている。


 そこで朝の鍛錬を終え、武器防具をいったん外して、宿の食堂へ。同室の相方(打槌+小盾)や徒党仲間の女性ふたり(軽弩&斧)とともに、朝食を摂る。

 朝食後は4点鐘(≒8時)の鐘がなるまで食休み。徒党の他のメンバーと雑談をして時間をつぶすことが多いが、こういうコミュニケーションの時間も狩りの際のスムースな連携には有用なので軽視してはならない。


 4点鐘の鐘が聞こえたら、部屋にとって返して“お仕事”用の装備に着替える。彼らの徒党の仕事ペースは1働1休、1日狩りに出たら次の日は休むというもの。狩猟士としてはかなり勤勉な方である(むしろ3働1休くらいのペースで依頼請けてるリーヴの方が頭がおかしいレベル)。

 今日の依頼は海辺特有の大型獣・飛鮫ヴォラピステスの駆除。その名の通り鮫の一種だが、胸ビレが左右共1プロト程度の長さに発達しており、それを利用してトビウオの如く高速滑空も行うのが厄介だ。全長は2.5プロト程度。

 やや季節外れなので、数はそれほど多くないが、まだ下級になってそれほど間がない佐藤氏たちの徒党にとっては、気の抜けない相手である。

 港湾内を遊泳&滑空してくるヴォラピステスたちを臨時のはしけを足場に迎撃し、討伐するのが依頼の目的だ。

 「こういう時は、大楯持ちがいると便利なんだけどなぁ」

 「ないものねだりしてもしゃーねぇだろ。ほれ、また一匹、来んぞ」

 ひと口に大型獣と言っても、大蟹メガキャンサルのようにやたら甲羅が堅いことを除けば討伐難度はそれほど高くない相手もいれば、黒鶏冠鳥クックルティモスのように下手な巨獣なみに厄介な相手まで様々で、この飛鮫の場合はピンキリのピンの方に近い難物だ。

 全長2.5プロトというのはメガバフズやメガボアズに比べると小さいように思うかもしれないが、踏ん張り利きづらい水上では十分脅威となる。しかも、平素は水中に潜っているため、滑空時以外は攻撃する機会が非常に少なく、さらに鮫なので噛みつかれたら大惨事はほぼ確定。

 幸いにして滑空時には口を閉じていることが多いが絶対ではないし、逆に叩き落して「しめた!」と油断した際にガブリとやられる……なんて例も多々ある。

 「こな、くそぉ!」

 剣術で言う八相に近いフォームに構えた佐藤氏がタイミングを見計らって、正面から飛んでくるヴォラピステスに右斜め上から刀を叩きつけ、巧みに艀の上に転がす。

 「あっ、ナイスです、タツマさん!」

 「囲め囲め!」

 「袋叩きにしちゃえー!」

 どうやら他の徒党メンバーとの連携もうまくとれているようだ。


 それにしても、この佐藤氏もリーヴと異なり、パッと見は(最近はそれなりに鍛えられつつあるとは言え)ごく普通の黒髪黒瞳黄肌の典型的な日本人に見えるのだが……素質タレント持ちの現地人ならともかく、体重500キロージは下らないだろう飛鮫を一太刀で叩き落とせるものなのだろうか?

 その答えは──無論、彼の優遇措置チートにある。

 彼が希望したチートは「『HMFL』のゲーム内で習得した技能スキルを制限なしに使用させてほしい」というものだった。

 流石に完全に無制限なのは勘弁してくれと神側から泣きが入り、「同時発動数は10個まで」という制限がついたものの、10個発動しても気力上限低下は0となっている(ちなみに普通の狩猟士は、上級マスタークラスでも気力の関係で3~4個が限界だ)。

 このチートにより、佐藤氏は“体力増加(大)”、“体力増加(中)”、“体力増加(小)”、“攻撃力増加(大)”、“防御力増加(大)”を常時デフォルトで発動しており、本来は常人並の体力(≒20)を素質持ち(≒100)に近いレベル(≒80)にまでゲタを履かせているのだ。足りない分の20は“防御力増加(大)”(防御力が1.25倍になる)で相殺。

 腕力が低いのも、かろうじて持てる武器の中で比較的攻撃力の高い刀を選び、かつ“攻撃力増加(大)”(攻撃力が1.25倍になる)で補っている。

 これに、依頼内容に応じてさらに5つの技能を適宜付け替えるのだから、素質持ちにもそうそうヒケを取らずに済んでいるのだ。ちなみに、先ほど鮫を見事に落下させたのは“崩身”(攻撃がヒットすると一定確率で敵の体勢を大きく崩す)が発動したおかげだろう。

 無論、チートに頼っているばかりでなく、毎日地道な鍛錬を積んでいる点も大きい。

 鈴木少年は「RPGじゃあるまいし、レベルアップで能力カンストとかないからw」と考えていた。

 確かにその通り。だが、別にレベルが上がらなくても、毎日キチンと訓練していれば、ちょっとずつでも筋力や技量は上がっていくのだ──これはアクションゲームではないのだから。

 その辺りを見極める前に心が折れて、この地を離れたのが鈴木少年の不運と言えるだろう。

 半日あまりを費やして、佐藤氏の徒党は無事に目標の10匹の飛鮫の討伐に成功した。

 討伐証明の尾鰭を10匹分切り取った後、比較的状態のよいものを6匹ばかり見繕って借りておいた大型台車に載せ、狩猟士協会まで運ぶ。

 状態は良品2、瑕疵有り3で買い取り金額は合計56000ジェニ、と日本円に換算するとざっと120万円弱といったところか。4人がかりで命の危険があり、かつ武器防具の補修もあることを考えると妥当な値段……なのだろうか?

 「サメの肉はあまり美味しくないって聞いてるけど……」

 「部位と調理の仕方次第ですね。絶品ってほどではありませんが、ちゃんと料理すれば、それなりに美味しいですよ?」

 査定係のアドバイスを聞き、瑕疵大扱いでロクな値がつかなかったモノから背中付近の身と背ビレをいくらか切り取って、宿で調理してもらうことになる。


 「! 意外にイケるぞ、これ」

 宿のコックが作ってくれた、タラチリならぬサメチリ風鍋料理を恐る恐る口にしてみたものの、予想以上の味に感嘆の声をあげる佐藤氏。それを見て、他の徒党メンバーも我先にと小皿に取り始める。

 そのまま酒が入り、なし崩し的に反省会という名の飲み会へ(今日はあまりミスらしいミスもなかったのでよいのだが)。

 午後5点鐘(≒10時)過ぎ、飲み会がお開きとなって解散。ぐでんぐでんに酔った相方に肩を貸しつつ自室に戻り、青年をベッドに放り出し、自分も椅子に座ってひと休み。

 簡単な刀と防具の手入れをしてから、ベッド(相方が寝ているのとは別のモノだ。念のため)に入って、今日はもう休むことにする。

 (明日は朝飯のあと、武器屋で刀研いでもらわ…ないと……な)

 心地よい疲労感とともに眠りに就く佐藤氏。


 素の体力・筋力の低さにやや不安はあれど、それなりにこの世界での暮らしを満喫していると言ってよいだろう。


  * * *  


 三者三様の狩猟士ライフ(約1名、始まる前に終わったが)を紹介してみたが、どうだろう?

 なに? 「最初のふたりが不憫過ぎる」? 「神様、ドS過ぎ」?

 そうは言うが、これは彼・彼女らが自分で“選んだ”チートの結果だからな。

 現に、双葉リーヴ竜馬タツマのように、ちゃんと現地の生活に適応してる者はいるし、史花フミカも手痛い失敗はしたものの、それに懲りて、より堅実&慎重に狩猟士としての道を歩んでいる。

 健吾くんは……運と言うより根性ガッツ工夫ちえが足りなかったな。あの状態でも、フミカやタツマのように地道に経験を積んで、少しずつステップアップしていくという方法はあったワケだし。むしろ、ある意味、いちばん大器晩成型だったと言ってもよいくらいだ。

 ──まぁ、実年齢17歳のかなり中二病気味なインドア派の少年に、それをやれというのが酷だというのは否定できないが。


 諸君も、優遇措置チートをもらって異世界に転生する機会があれば、そのチートの内容はよーーく考えた方がよいと思うぞ。

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