第21話 フィニッシングタッチ(仕上げの一手)

 午前中いっぱいかけて、ロォズ、ヴェスパ、ノブの3人に近接武器での防御と回避について教導し、なんとか他所は様になってきたところで、リーヴは新米狩猟士たちを、カクシジカ近くの草原にまで連れて来ました。

 ここで、実際に獲物相手に防御の実践をさせようというのです。

 標的はおなじみの瘤兎ランプヘア。この生物なら、素質無しのロォズが多少ミスっても、ギリギリ致命的な事態にまではならないでしょう。

 「ルールは簡単だ。ランプヘアの注意をひいて、相手が攻撃を仕掛けてきたら3度までは回避か受け流しで防御すること。そして、そのあと独力で撃破してみろ」

 リーヴはこともなげに言いますが、いかに大型獣ではないにせよ、はたして昨日今日初めて手にしたばかりの武器で、それなりの大きさの野生の獣を仕留められるものなのでしょうか。


 「最初は……」

 「ボクから行くよ」

 リーヴがひとりを指名する前に、ロォズが名乗りをあげました。

 「──大丈夫か?」

 「少なくとも、何をどうするべきかは、ちゃんと理解してるつもり。

 それに──一日差とは言え、これでもリーヴさんの一番弟子のつもりだからネ♪」

 「(弟子をとったつもりはないんだが……まぁ、いいか)わかった。ただし、慢心はするなよ」

 「もちろん! ボクは素質タレント持ちじゃあないし」

 ここ数日間のリーヴの教導によって、多少なりとも自信がついたのか、かつてのような屈折した感情の色は見えません。その反面、競走馬で言う“入れ込み”に近い状態になっている感もあります。


 「いいだろう。では、獲物の気を引くのに、コレを使え」

 リーヴが何か秘密兵器的なものを渡してくれたのか、と期待したロォズでしたが……。

 「こ、これ、ただの石じゃん!」

 そう。何の変哲もない、それこそ河原などに行けばいくつでも拾えそうな、ただの小石です。

 「そうそう馬鹿にしたものでもないぞ。確かに、石なんてどこでも拾えると思うかもしれないが、こんな風に“手ごろな大きさの投げやすい丸石”が、いつでも手に入ると思うな」

 確かに、ロォズのやや小さめの掌でちょうど握り込めるほどの大きさで、かつ碁石のような形状なので、投げやすそうではあります。

 「この石なら、狩猟士の力で軽く50プロト程度は投げられるし、狙いもつけやすい。獲物の警戒範囲外から気を引いたり、逆に意識を逸らさせたりするのに使えるから、ポーチに空きがあれば2、3個常備しておくといい。それに……」

 リーヴは掌中の小石に粘着質の液体を塗り、その上からさらに何やら刺激臭のする蛍光色の塗料のようなものをべったり塗りつけます。

 ちょうど手ごろな位置にあった汎用雑草フラックの葉を一枚採り、平らな地面に置いて軽く叩いて伸ばすと、それで塗料まみれの丸石を包み込みました。

 「こんな風に巨獣追跡用のマーキング玉や煙幕玉などを簡易自作する際の“芯”に使うこともできるからな」

 「なので非戦闘時によさげな小石を見つけたら、拾っておくのをオススメする」と言葉を続けて、リーヴはワンポイントレッスンを〆ました。


 さて、ちょっと意気込みを逸らされた感のあるロォズの挑戦ですが、逆にそのおかげで適度に肩の力が抜けたのが結果的には良かったのでしょう。

 「アレがいいかな。せーのッ!!」

 ロォズが水切りの要領でサイドスロー気味に投げた小石は、30プロトほど離れた位置にいたランプヘアの背中に見事に当たりました。

 不意打ちとは言え、所詮、小石で、しかも当たったのが毛皮の厚い背中ですからたいしたダメージはなかったようですが、それでもランプヘアの気を引く……というか怒らせる目的は十分果たせたようです。

 ランプヘアは、本来、大きさの割にはユーモラスでそれほど凶暴な生物ではないのですが、ロォズが投げた石がよほど痛かったのか、殺気じみた気配を発しながら、ロォズの方へぐんぐん疾走してきます。

 質量と速度の乗算が運動量いりょくに直結するのは、この世界でも変わらない物理学的な真理です。中型犬以上大型犬未満の体格&体重を持つ瘤兎のタックルは、不用意に受ければ、たとえ素質持ちの男性であっても転倒し、相応のダメージを食らうことになるでしょう。

 その勢いを殺さないまま、ロォズの手前3プロトほどの位置からランプヘアは跳躍し、彼女の下腹部辺り目がけて頭突きを仕掛けました。


 しかし。

 「おっと、そんな見え見えの突進、かわせないワケないよ!」

 リーヴに教えられ、その後のヴェスパとの“組手稽古”によって、最低限の足さばきは身に着けたロォズにとっては、まさに“跳んだ兎が焚火に落ちた(この世界での鴨葱に相当する言い回しです)”とも言える状況で、キチンとその軌道を見極め、最小限の動きで身体をズラしてかわしつつ、手にしたロッドをランプヘアに振り下ろす余裕さえありました。


 『hGyann!』


 ちょうどお尻の上あたりを打ち据えられたランプヘアは、形容し難い啼き声をあげて地面に転がります。

 「あ、ごめん、リーヴさん。絶好のチャンスだったんで、つい一撃入れちゃった」

 「それくらいは、構わんよ。攻撃するなとは言ってないしな」

 もっとも、体勢が崩れ気味かつ腕の力だけで放たれた攻撃だったためか、ランプヘアもさほど痛手を受けたわけではないようです。むしろ中途半端な痛みに、よりいっそう猛っているようにも見えます。

 とは言え、結局のところランプヘアという動物の攻撃手段は、頭突きか噛みつきかの二択しかありません。

 リーヴと出会う前にも何十匹も兎を狩り、動きの数々を熟知しているロォズにとっては、そのふたつのいずれを仕掛けてくるのか判別することは容易で、それを回避し、隙を見つけて打撃を叩き込むことも、決して難しいことではないのです。

 ロォズは狩猟士としてはあまり腕力のないほうですが、それでもその棍による突きや振り下ろし攻撃を数回受けた結果、目に見えてランプヘアの動きが精彩を欠くようになります。

 ダメージの蓄積に逃げ出すか否か迷ったのでしょうが、その躊躇故に一瞬動きが止まり──結果的に大きな隙になりました。

 「これで──ラストっ!」

 横向きに薙ぎ払われた棍の先端が兎の右頭部に吸い込まれるように当たり、頸椎が折れたのか、ランプヘアは白目を剥いて動かなくなりました。

 「ふぃ~、これでよし……だよね?」

 手の甲で汗を拭いつつ、問い掛けるような視線を向けるロォズに、リーヴは大きく頷きました。

 「うむ。問題ない。むしろ、完封といってよい見事な攻防だった」

 「ホント!? やったー!」

 棍を握ったまま、ロォズは思わず両手を頭上に突き上げてガッツポーズをとりました。

 喜ぶ“一番弟子”の様子を微笑ましげに眺めた後、リーヴは残るふたりに視線を向けます。

 「さて、お次はどちらから行く?」

 「では、自分が挑戦するであります!」

 友人ロォズの奮闘に触発されたのか、ヴェスパが手を挙げました。


  * * *  


 あとのふたりについては、正直言うべきことはほとんどない。

 そもそも一般人と違って素質持ちなら、ランプヘアのタックルくらいなら、2、3度くらっても体力的にはまだ余裕はあるし、近接武器の攻撃力自体も、棍より打槌メイス軽槍スピアの方が高いのだ。

 ヴェスパもノブも、向かってくるランプヘアの攻撃をかわし、あるいは受け流し・受け止め、そのうえで何度かの攻撃で危なげなく瘤兎を仕留めている。

 ロォズと比べて「一撃たりとも当たるわけにはいかない」という緊張感に欠けるせいか、ヴェスパが1回、ノブが2回ほど相手の攻撃をいなしきれずに受けはしたが、それくらいで大きな問題は発生していない。


 3人が近接戦の攻防の基礎を身に着けたことを確認できたので、休憩を兼ねて昼食の用意に入る。

 焚火を起こし、大きめの石を積んで三方を囲ったかまど風にしてから、今日もレンタルした台車に積んで持って来ておいた金網を載せる。

 その上で、解体したランプヘアから取れた肉の一部を炙れば、ちょっとした焼肉パーティの開始だ。

 背や脇腹、腿などの部位の肉だけでなく、心臓、肝臓などもよく焼けば食べられるだろう。食べられる野草の類いもいくつか摘んで、小川の水で洗ってから適当な大きさに切り、肉と一緒に並べて焼く。

 味付けは塩のみだが、焼き野草も一緒に食べれば適度な風味が味わえるはずだ。

 解体したての新鮮な肉や内臓が、金網越しに直火にあぶられ、じゅうじゅうという音と共に、肉と脂の焦げるたまらない匂いが立ち昇っていく。

 期せずして私達4人の喉がグビリと鳴った。

 (普通の肉の部位は、本来はもうちょっと時間をおいて熟成させた方が美味しいんだろうけどな)

 しかし、その分を差し引いても、なかなか豪勢なランチだ。できればエールが欲しいところだが、さすがに“狩猟しごと”中はアウトだし、そもそも持って来ていない。


 「仕事かりの最中なのに、こんなのんびり美味しいご飯食べてていいんですかね」

 生真面目なノブがそんな台詞をポツリと漏らしたが、あっさり笑い飛ばしてやる。

 「問題ない。そもそも、狩りに出た狩猟士は普通の生活している人間より大量のエネルギーが必要になるからな。そこで食事をケチるなんて愚の骨頂だ」

 あぐあぐとランプヘアのレバー焼きを頬張るロォズに視線を向けると視線が合ったので、「うむうむ」と頷いて見せる(深い意味はない)。

 「これは、素質持ちでなくとも当て嵌まることだからな。俺が以前、ひと月ばかり指導を請け負った貴族の坊ちゃんは、会った当初は貧弱モヤシ体型だったが、1ヵ月の特訓が終わる頃は同世代の若手狩猟士に混じってもさほど見劣りしない体格にまで成長したぞ」

 無論、ゲーム内での依頼クエストでの話なので、現実のこの世界でも同様のことが起こるかは不明だが、希望を持たせておくのは悪くないだろう。

 「そ、そうなんだ。わかった、ボク、頑張っていっぱい食べる」

 素直にロォズは決意の表情を浮かべているが、まぁ、この子の歳なら、まだまだ成長の余地はあるし、ハードな運動とタンパク質てんこ盛りのドカ飯の両方が合わされば、それなりに成長はするだろ……きっと、たぶん、メイビー。

 「そう言えば、父者も叔父貴も「狩猟士とは食うことと見つけたり」って言って、いつも驚くくらい大量のご飯を食べていたであります」

 「あれって単に食い意地が張ってただけではなかったのでありますな」と、呟くヴェスパ。

 あー、そりゃ極論すれば、その言葉にも一理はあるが、さすがに成人した人間が普段からそんなに大量の栄養カロリーは必要としないだろ。たぶん食い意地の方が正解だ。


 半時間ほどで用意した肉&食材は私達4人の胃袋にあっさり消え去った。

 念入りに火を消し、竹(この世界では“バムバス”と呼ぶが)でできた水筒から、柑橘果汁を垂らした水を呑んで口中をさっぱりさせる。

 そのまますぐに動くと体に悪いので、午前中の反省会めいた雑談などをしながら、適度に食休みをとった後──午後から、いよいよ最後の“仕上げ”に取り掛かることにした。


 例によって色々積んで引っ張って来た運搬用台車から、俺が持ち出した“モノ”を見て、新米3人は目を丸くしている。

 「リーヴ殿、それは……」

 3人に手渡したのは、狩猟士協会御用達の短弓ショートボウ軽弩クロスボウ重槍ランス大盾スクトゥム。この3人が普段使用しているのと同じ武器種(ちなみに初心者向けの平均的な性能のもの)だ。

 「午後からは、3人で組んで、ある獲物を一体倒してもらう」

 「新しく習った方じゃなく、いつもの方の武器で、ですか?」

 「何を狩るのでありますか? まさか巨獣……いや、それはないでありますな」

 武器を手渡しながら、念のため3人の表情をそれとなく伺ったが、いきなり持ち掛けた話にも特に怖気づいている様子などは見えない。これなら大丈夫だろう。

 「──ランプヘアの一段上の大型獣、有角兎ホーンドバニーだ」

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