第22話 コンビネーション(連携戦闘)
体長は1.5プロト前後。基本は四足歩行ですが、後肢が発達しており、地球で言うリスやプレーリードッグなどのように、直立状態になって周囲を見回したり前肢で物を抱えたりといった行動も普通にとります。
そんな風に立った時の身長は角を除きおよそ1.8プロト強で、体重は120~150キロージ(この世界の重さの単位で、ほぼ1キログラムと互換です)程度。現代日本で絶滅が危惧されているツキノワグマに近い大きさと言ってよいでしょう。
ツキノワグマは人間と遭遇した際の危険度は実はあまり高くないのですが、このホーンドバニーは違います。草食性に大きく傾いた雑食性でありながら、非常に気性が荒く、縄張りに侵入してきた一定の大きさを持つ動物に対して、執拗に攻撃を加えてくるのです。無論、その対象には人間も含まれます。
攻撃手段は、ランプヘア同様の体当たりに加えて、両前肢に抱え込んでからの鋭い歯による噛みつきもあります。
さらに、全力で跳躍すると体長の倍近い高さまで跳ぶことができるため、稀にジャンプからのボディプレスも仕掛けてきます。相撲取りクラスの重さの肉塊が3メートルの高さから降って来ると考えると、避け損なうと少なからぬ脅威でしょう。
そしてその巨体の割に動きは素早く、ランプヘアと同等のスピードで動き回るのですから、たかがウサギと侮ると、思わぬ被害を受けることになりかねません。
猟果としては、肉と毛皮に加えてその角も優秀な素材として相応の金額で取引されます。毛皮もランプヘアの上位互換的な素材なので、銃装をまとう駆け出しの狩猟士なら、これを防具屋に持ち込めば、なかなか良い装備を作ってもらえるでしょう。また、骨はたいした金額になりませんが、後肢の腱は弾性素材として比較的高値がつきます。
毒に対する耐性は普通ですが、肉が食べられなくなるため、致死毒を使う狩猟士は滅多にいません。せいぜい睡眠・麻酔薬か残留性の低い麻痺毒が稀に使われる程度です。
総合して見れば、「下級以上の狩猟士にとっては小遣い稼ぎできる程度の鴨、しかし新米にとってはひとつの壁」と言える獲物と言えるでしょう。
* * *
そろそろ7点鐘(14時)を回ろうかという頃合いで、ついに私たちはホーンドバニーの姿を視界にとらえた。
大型獣は、体格と餌の問題から群れる種はあまり多くなく、ホーンドバニーも、少なくとも見てわかる範囲内につがいや仔以外の他の個体がいることはほとんどない。
念のため“斥候”で探ってみたが、やはり周囲に他の大型獣の気配は感じ取れなかった。
──いや、これ自体がフラグで、気配消す特技持ちの怪獣が近くに潜んでたり、いきなり空から鳥系の巨獣が襲来したりする可能性も0じゃないけどな。
「ここからは3人でいってみろ。私は少し離れてついていくが、基本的には手も口も出さない──そんな顔をするな。キミたち3人なら、問題なく仕留められるはずだ」
今の私は、得意武器のひとつの
ホントにヤバいと感じた時は弓を射るつもりだけど、なに、多分、あの3人なら問題ないだろ。
「では……打ち合わせ通りにイクであります」
「ボクとヴェスパは、互いに別の方向から攻撃するよう努める、と」
「うん、そうやってふたりが遠距離から攻撃する一方、僕は近づいて、徹底的にホーンドバニーの攻撃をいなし続けると」
覚悟を決めたのか、改めて自分達だけで簡単なブリーフィングを行うロォズたち。
「なに、自分たちならきっとイケるでありますよ……では、狩猟開始!」
暫定リーダーのヴェスパの合図とともに、3人が動き出した。
幸い、出会い頭の遭遇ではなくある程度離れた位置から相手に気付いていたおかげで、ふたりの射手はおおよそ狙い通りの位置につけたようだ。
それを確認してから、ノブは、手早く背負っていた
(よしよし、ちゃんと教えたことを応用して工夫してるな)
大盾を効率的に使用するために、盾を持つ左手側の半身が敵の攻撃にさらされる
某RPGになぞらえてHMFLでは“半キャラずらし”と呼ばれていたテクニックだが、ネタっぽい呼び名ながら実用性は十分ある──というか、この体勢をとらないランサーの方が(ゲームでは)むしろモグリだった。
(とは言え、騎士厨な初心者とかだと、真逆のランス持った右手側を前にして獲物に突撃してくんだよなぁ)
それでどうにかなる普通種や弱い大型獣だといいんだけど、このホーンドバニーやメガマーント級の強めの大型種を相手にすると、だいたい乙る。
その挙句、「ランサーはクソ」「運営の調整ミス」とか騒ぎ出すんだから、いい加減にしろよと……おっと、ここで愚痴っても仕方ないか。
ま、ノブの場合は、元々、ヴェスパの護衛役としての意識を持ってたから、ランスでの攻撃より盾での防御を重視してたし、そういう意味でのスタイルの矯正はしなくて済んだのは幸いだった。
それに……この数日間の特訓の成果は、確実にあの3人の血肉になっているからな。
* * *
「ははっ、すごい!
薄茶色の獣──ほぼ草食性ながら下手な肉食獣以上に凶悪な面構えで突撃を繰り返すホーンドバニーを相手取りつつも、少年狩猟士は予想以上に精神的な余裕を持って、手にした大盾でその攻撃を受け流し、いなしていました。
これまでヴェスパとふたりでペアを組み、自分が壁となって獲物の攻撃を受け止め、その後ろから彼女がクロスボウで攻撃するというシフトで戦ってきましたし、その意味では今もやっていること自体は大差ないとも言えます。
ですが。
相手の動きを予見し、足さばきを駆使しつつ、攻撃を「受け止める」ことより「受け流す」ことに重点をおいた動きをするだけで、クマ並の巨体を持つ獣の体当たりや噛みつきも簡単に無効化してしまえるのです。
また、以前のように右手の重槍を無理に使おうとせず、隙を見て盾による
さらに言えば……。
──ズシュッ!
──ドン、ドン、ズドム!!
ロォズとヴェスパの遠距離からの攻撃も、ホーンドバニーの死角から発せられているため、最大限の効果を上げています。
かつてのヴェスパは、「敵の正面に立った壁役のノブ」のさらに「背後」に隠れて攻撃を仕掛けていました。
その位置取りでは、ノブの身体に当てないようにしないといけないため、攻撃する
しかし、今回のように銃装ふたりが
攻撃開始からわずか5分足らずで、3人がかりとは言え、あくまで新米狩猟士相応の装備しか身に着けていない(しかもそのうちひとりは素質持ちではない)にもかかわらず、ホーンドバニーは既に満身創痍といった風情になっていました。
さすがに不利を悟ったのか、よろけつつ逃げ出そうとするのですが……。
「させない!」
これまでとは逆に正面に回り込んだノブが、大盾を有角兎の鼻づらに突き付けて、進路を妨害しました。
鬱陶しげに顔をしかめたホーンドバニーは、一気に飛び越えようと後肢に力を溜め、大ジャンプする体勢に入ったものの、チャンスと見たロォズとヴェスパが、ここぞとばかりに矢弾を撃ち続けます。
「くっ、抜かれたッ!」
「マーキングはしてあるから焦らなくても大丈夫」
それでも、さすがに体力を削りきれず、この場は逃がしてしまいますが、抜け目なくロォズが、午前中にリーヴからもらっておいたマーキング玉を投げつけてありました。
「ノブの負担が一番大きいのですから、水と回復薬を飲んで、それから追跡に移るであります!」
呼吸を整える程度の小休止のあと、3人は匂いをたどって追跡を開始します。
実の所、“追跡”技能持ちも獣人のアシスタントもいないため、跡を追える確率は半々程度でしたが、今回彼女たちは運が良かったようで、人の背丈ほどの草が生い茂る草原の一角で、身体を休めているホーンドバニーを発見できました。
枯草を敷き詰めた寝ぐららしき場所に横たわった有角兎が、のっそり身を起こしますが、傷だらけで明らかに精彩を欠いています。
こうなると、もはや消化試合と言って良い状況です。
それでも、3人が調子に乗って雑な攻めをしてくれれば、ホーンドバニー側にもワンチャンあったかもしれませんが、3人にとって初見の大型獣ですから、どれくらいで仕留められるかの見当もついておらず、結果的にそれが最後まで攻撃の手を緩めないことにつながりました。
再発見からおよそ1分後、ロォズが引き絞った弓から放たれた矢がホーンドバニーの左目に突き刺さり、それがトドメとなって有角兎は倒れました。
「……え? やったの?」
「ノブ、そのランスで突いてみるでありますよ」
言われた通り、少年が恐る恐る動かなくなった大型獣の身体をランスで突つきましたが、反応はありません。
「「「や、やったー!」」」
その事実を理解した時、期せずして3人は飛び上がって歓声を上げました。
「一応、課題自体は合格点はやれるか」
木陰に隠れて、そんな3人の少年少女を眺めているリーヴの視線は言葉の割に優しいものです。
「──もっとも、標的を仕留めることに夢中になり過ぎて、周囲への警戒がお留守になってたのはいただけないが」
ただ、その背中の背負子に、彼女が長弓で
「なんでや! せっかく狩った獲物は、キチンと持ち帰らんともったいないやろうが!」
いきなり関西弁で
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