第20話 ディフェンス・メソッド(守勢の心得)

 翌日は、約束通りノブに軽槍スピアの使い方を指南した。

 斬り・払い・突きの3つの基本動作を教えたうえで、それぞれの動作をスムーズに連携できるように、ひたすら素振りを繰り返させる。

 その合間に、ロォズとヴェスパに、それぞれの武器に見合った防御についても教えておく。

 「まず、ヴェスパの方は、左手に持った小盾バックラーで“受け止める”か“受け流す”かの二択だ。基本的には後者を心がけておくように。理由はわかるな?」

 「えーと……小盾はノブが普段使ってるような大盾ほどの防御力がないからでありますか?」

 しばし考え込んだのち、ヴェスパから返って来た答えは60点といったところだな。

 「加えて、盾自体の耐久力も低めだからだ。多少品質のいい小盾でも、巨獣どころか下手したら大型獣の攻撃でも、まともに受け止めたら破損するおそれがある」

 「なるほどー」

 それに、ヴェスパの体格では、下手に受け止めてもフッ飛ばされる可能性も高いだろう。

 「ロッドを使うロォズの方は、ほぼ“受け流し”一択だと言っていい。盾に比べると棍は圧倒的に頑丈さが足りないからな」

 「そう言われても、具体的にどうすればいいかわからないんだけど……」

 眉をハの字にして困った表情になるロォズ。

 そりゃそうか。ふむ……。

 「ノブ、そろそろ素振りの方は規定回数こなせそうか?」

 少し離れた空き地で槍を振っている少年に声をかける。

 「185、186……あと、ちょっとです……187!」

 「よし。どうせならノブと一緒に教えよう。攻撃はともかく、防御に関しては棍と槍は比較的似通っているからな」


 ノブが各動作200回の素振りを終えたところで手招きし、長物を用いての防御の基本について簡単に講義する。

 「と言っても、こちらも基本は3つだ。相手に半身で構えて、突き攻撃や突進に対しては、バックステップで後ろに動いてかわす。上から下、あるいは下から上への縦方向の攻撃は、軽く左右に身体を捻ってかわしつつ、得物を同じ方向──振り下ろし攻撃ならこちらも振り下ろし、打ち上げ攻撃ならこちらも下から上に振るって、敵の攻撃の矛先を逸らす。最初は避けるので精いっぱいだろうが、これが巧くいけば、相手の体勢を崩させることができるから、次の行動が俄然有利になる」

 言葉だけではわかりづらいだろうから、実際にノブに軽槍で突かせたり、ヴェスパに片手剣で切りつけさせたりして、それを棍を持って受け流してみせる。

 我々狩猟士の相手は人ではなく獣だが、槍を角に、剣を爪に置き換えれば、どう対処すればいいか、おおよそは理解できるだろう。


 「残るひとつは?」

 「横薙ぎタイプの攻撃への対処だ。正直、これが一番難しい」

 常人離れした身体能力を持つ狩猟士と言えど、それでもあくまで人間なので、基本的には前後左右のXY軸方向にしか動けない。

 そう、Z軸──垂直方向の移動は無理なのだ。

 「大きくジャンプすればいい」? うん、でもいったん跳んでしまえば人間は空中で自在に動けないよな?

 そもそもそれ以前に、巨獣の前肢の薙ぎ払い攻撃などを跳躍でかわすのは、高さ的にほとんど不可能だ。かろうじて、私が以前見せたような“棒高跳び”方式ならできなくもないが、アレはアレで隙が大きい行動アクションなので素人にはオススメできない。

 「横薙ぎ攻撃への対処は、相手が高い位置──胸より上の場所を狙っているなら、しゃがむ。それより低ければ、思い切り飛び退く。この時、“攻撃が来る方向の外側に回り込む”ような形で避けるのがベストだな」

 「? どうしてですか?」

 ノブが不思議そうに聞いてきた。

 「たとえば、右腕を右から左に振るとしよう。その際に、相手が自分の右側に回り込んで来たら、反撃するのに僅かながらタイムラグができると思わないか?」

 「────あっ!」

 無論、その時、左腕がフリーならそちらを使うという可能性もあるが、どの道、右腕のスイングで重心が移動しているぶん、引き戻すには時間がかかる。

 「この場合、さらに相手を右に傾くようにタックルなどで衝撃を与えて転ばすという手もあるが、そちらは応用編の高等技術だな。とりあえずは、相手の動きをよく見て、読んで、予測するというのが防御にあたって基本にして最重要課題になるわけだ」


 * * * 


 棍を持ったロォズと打槌&小盾のヴェスパを組ませ、自分も片手剣と小盾を持って、リーヴはノブと対峙します。

 「それじゃあ、各自20回ずつ攻撃側と防御側を担当してみようか。攻撃側は最初は“振り下ろし”、“突き”などの攻撃の予告をしてから、ある程度手加減して攻撃すること。防御側は無論、それを受け流すなり受け止めるなりして対処してみよう」

 女子組にそう告げてから、リーヴも目の前の少年に向き直りました。

 「まずは、私が防御側に回ろう。予告はなしでいいから、適当に攻撃してみろ」

 「え!? い、いいんですか、この槍、木製の練習用とかじゃなく、真剣ほんみですけど……」

 躊躇いを見せるノブに向かってリーヴは苦笑します。

 「おいおい、ギガマーントの鎌とかオメガトロスの翼刃とかは、下手な鋼鉄の刃物よりよっぽど切れ味がいいんだぞ。今日初めて軽槍を握ったばかりのヒヨッコの攻撃がそう簡単に当てられると思うか? いいからかかってきな」

 そこまで言われると、さすがにちょっとムッとしたようで、少年狩猟士は槍を握り直して「いきます」と短く声をかけてから、打ちかかっていきました。

 元々、才能センスがあったのか、その様子は意外に様になっています。特に突きに関しては、重槍ランスである程度慣れているせいもあってか、なかなか侮れないスピードと的確さで、リーヴの隙(と思われる部位)に半ば本気で当てにきているのがわかります。

 「うん、悪くない攻撃だ。ノブの場合、本気でこちらを主武器にすることを考えてもよさそうだな」

 そんな風に称賛しつつも、リーヴは涼しい表情でその“悪くない攻撃”をたやすく剣で受け流し、あるいは盾で逸らし、さらには身ごなしだけでかわしたりしているワケですが。

 何らかの武術や格闘技をやったことのある人間ならわかるでしょうが、攻撃を相手にスカされるというのは、想像以上に体力を消耗します。

 たった20合足らずの攻防(というか一方的に攻めていただけなのですが)を経ただけだというのに、ノブの顔には汗まみれで精神的なものだけではない疲労の色がにじんでいます。

 「ま、こんな感じだ。それじゃあ、今度は攻守交替だな」

 さすがに刃引きしてない実剣はヤバいと思ったのか、リーヴは近くに落ちていた太めの木の枝を剣で適当に叩き切り、片手剣と同じくらいの棒を作って代わりに右手に構えました。

 「ではいくぞ。何とか凌いでみろ」

 「え……わわっ!」

 上段からの縦方向の振り下ろしを、かろうじて両手に持った槍の柄で防……ごうとしたノブですが、あっさりバランスを崩して尻もちをつきます。

 「棍を使うロォズにも言ったが、その防ぎ方は特に巨獣相手だと今みたいに押し負けることが多い。仮に防げても、槍の柄が折れたり曲がったりすると、攻撃にも支障が出るから、極力避けるように」

 「は、はい」

 「どうしても避けられない時は仕方ないが、それでも巨獣の攻撃は重くて強い。大楯を装備している時以外は、できる限り回避するよう心がけるべきだろう」

 「わかるな?」と眼で問われて、コクコクと首を縦に振る少年狩猟士。

 彼の目に怯えや弱気の色が浮かんでいないことを見てとったリーヴは、こっそり、心中で安堵溜息を漏らしました。

 (別にここで心をへし折るのが目的じゃないからなー)

 むしろ彼女としては、少しでも近接戦の技術を身に着けて、生存性サバイバビリティを上げたいと言うのが本音のようです。

 いかつい見た目に反して、実はリーヴは(ゲーム時代は)非常に後輩や初心者の面倒見がよいことでも有名だったりします。

 「よし。では、立って構えろ。攻撃は極論、素振りなんかの型稽古でもある程度補えるが、防御だけは場数を踏まないとなかなか伸びないからな」

 「はいっ!」


 ──ただし、その修練シゴキはかなりハードで、「鬼軍曹の姐御」と呼ばれていたのも事実なのですが。

 「へ、へへ……やり遂げた、よ」 バタン!

 「の、ノブー!」

 「さすがにやり過ぎだと思うよ、リーヴさん」

 「すまん。つい、興が乗って……」

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