第19話 クローズコンバット(近接戦)

 カクシジカに戻り、【メガボアズ5頭分の肉】の納品依頼をキチンと片付けた後、リーヴたち4人は再び町を出て半時間ほど歩き、一昨日ランプヘアを狩った草原の近くまでやって来ました。


 「ふむ、あまり日暮れまで時間もないことだし、知識うんちく面の講義は、帰ってから食堂ででもすることにしようか」

 夕刻が迫り、そろそろ日が傾きかけた草原の端っこで、独り言のようにそう呟くと、リーヴは台車(まだ引っ張って来たようです)から背丈より少し短いくらいの長さの丈夫な木製の棒──“ロッド”を手に取りました。

 「初日だから基本的な動作のみ教えるぞ?」

 棍の下端近くを左手で握り、そこから肩幅より心持ち広い程度の間隔を開けた位置を右手で軽く掴んで、剣術で言う正眼に近い体勢に構えます。

 「基本の構えはこう。ここから……」

 そのままごく自然な動作で両手を上げて、棍の半分が頭の後ろに来るような位置に振りかぶり──ビュンッと音をさせて素早く縦に振り下ろします。

 「これが根の基本中の基本であり、かつ一番効果的な攻撃でもある。さ、やってみようか」

 リーヴから棍を渡されて、ほんの一瞬あわあわしていたロォズでしたが、すぐに覚悟を決めたのか、ブンブンッと先程のリーヴの動作を見様見真似して素振りを始めました。

 「そうそう、そんな感じ。あ、足はもう少し前後に開いたほうがいいな。振りかぶった時は左足に、振り下ろす時には右足に、心持ち重心を移動させるような感じで。そのまま素振り200回!」

 「う、うん、わかった。1……2……3……」

 口に出して数えながらロォズが素振りを始めたのを見届けると、リーヴは今度はヴェスパに向き直りました。

 「ヴェスパは打槌メイスだったな。まずは盾は持たずに右手で打槌を振り回す練習から始めようか」

 半プロトほどの長さの鉄製の棒の片端に鉄のおもりを付けたような形状の鈍器を台車から選び出します。

 「打槌の基本も振り下ろしによる攻撃だが、こちらは真上に大きく振りかぶることはあまりない。こんな風に……」

 リーヴは、柄の端を右手で握った打槌を、右肩の斜め上、頭より少し高いくらいの位置まで振りかぶると、あまり力を入れた風もなく、そのまま腰の位置まで振り下ろします。

 「右から真ん中が基本だな。で、もうひとつが……」

 高さは先程と同様ですが、今度は左肩の上に持ちあげた打槌を右腰のあたりまで振り下ろしました。

 「左上から右下のパターン。こちらは腰の捻りを意識してやってみるといい。左右交互に100ずつ素振りだ」

 「了解であります!」

 しばしの間、ブンブンブンッと武器が空を切る音が草原に響きわたります。


 「そうそう、ふたりとも武器を振る時は、できるだけ肩や腕の力を抜いて……そうだな、最初は武器の重さで自然に上から下に“落ちる”ような感じでやると、わかりやすいか。それができるようになったら、今度は可能な限り素早く振り抜くことを意識してみろ」

 ややへっびり腰ながらも多少ふたりの動作がサマになってきたところで、リーヴが新たな注文を付け加えました。

 「こ、こう……かな?」「な、なかなか難しいであります」


 ふたりが規定の回数素振りを終えた時、少なからず息が乱れていましたが、リーヴはそれにはあえて言及せず、今度は「明日のためにその弐」を実演して見せます。

 「棍のもうひとつの使い方が“突き”だ。「振りかぶって、振り下ろして、突く」この3動作を適切なタイミングで獲物に繰り返し当てていけば、極論すればそのうち獲物は倒れる」

 「打槌の場合は、右振り下ろしから左振り下ろし、さらに右……と∞の字を描くように連続して攻撃するパターン以外に、右・右・右、左・左・左と同じ動作を連続するパターンもできるように体を慣らしておくこと」


 先程と同じく200回素振りをさせ、そろそろふたりの少女の腕が上がらなくなってきたところで、リーヴはまずはロォズから棍を受け取りました。

 「今回は、見本ということで縦振りと突きのふたつの基本だけで獲物を仕留めて見せる。よく見ておくように。そうそう、こちらに追い込んでトドメを刺すから、念のためノブは盾でガードする心構えはしておいてくれ」

 そう言い残すと、気配を殺してリーヴは草原に足を踏み入れます。

 すでに標的──ランプヘアの位置は“斥候”のスキルで把握しているため、相手に気付かれないよう大きく回り込み、自分とロォズたちで兎を挟み込むような場所に陣取ってから、おもむろに気配を戻して獲物に自分の姿を見せました。

 「!」

 背後に殺気を感じた瘤兎は振り返り、突然武器を構えた人間が現れたのを見て、まさに“脱兎の如く”逃げ出します──が、そのあたりもすべて計算尽くのリーヴによって、巧い具合に草原の端、ロォズたちが待機している場所まで追い込まれてしまいます。

 前方にも人間が3人もいると見たランプヘアは、まだしもひとりの方が相手にしやすいと見たのか、器用にターンしてリーヴに突進してきました。

 おそらく、体当たりでリーヴを転ばせ、その隙に再び草原に逃げ込む算段だったのでしょうが……その程度の単純な動きを狩猟師ハントマイスターが見きれないワケもなく。

 「突進してきた相手は、最初に頭を打って動きを止める」

 その言葉通り、リーヴの振り下ろした棍がランプヘアの瘤のきわ、弱点のひとつと言われている部位にクリーンヒットします。

 一撃で殺さないよう手加減はしたのでしょうが、それでもすでにランプヘアはフラフラです。

 「で、獲物が脳震盪起こしたらシメたもので、任意の場所を迅速に突く」

 ビリヤードのキューの如く(もっとも持つ手は逆ですが)掌中を滑らせた棍による突きが、吸い込まれるように自然な動きで瘤兎の頭蓋を砕きました。

 続いて、リーヴは得物を打槌に持ち替えても、あっさり同様の手際の良さを見せます。

 「──と、まぁ、こんな感じだ」

 「ね、簡単でしょう?」と言わんばかりのリーヴの手際の良さに感動しつつも、「それ、簡単じゃないよ~」と内心でボヤくロォズとヴェスパなのでした。


 * * *  


 ランプヘア2頭を斃したところで、そろそろ暗くなり始めていたのと、ちょうどよい区切りだったので、私たちは町に戻った。

 狩ったウサギは解体して、毛皮と骨は協会に卸し、肉は全部“釣り人の憩い亭”に渡すことで、そのぶん今夜の飯代をマケてもらうことにした。

 「今日の仕事はあの子たちにはちょっとハードだったので、できれば精のつく料理にしてもらえると有り難い」

 その際、こっそり女将さんにそう囁いておく。

 「まかしときな! 肉マシマシでがっつり食べられもの持ってったげるよ!」


 4人で食堂のテーブルにつき、料理が来る前に軽いツマミ(親指ほどの大きさのカシューナッツみたいな木の実)を肴にエールで口を湿しながら、新米たちに対して、先刻の約束通り授業めいた話を始めてみた。


 「さて、まずロォズからだ。キミには近接武器としてロッドをススメたが、棍の特長は何だと思う?」

 「えーっと、片手剣とかより長いぶん、間合いが長いこと?」

 ちょっと自信なさげに答えたロォズに対して、大きく頷く。

 「それも大きなメリットのひとつだ。大型獣や巨獣を相手にする際、どんな武器でも危険はつきものだが、相対する距離が近ければ近いほど、やはり危険度も跳ね上がる。

 さらに、同様の間合いを持つ軽槍スピアが切断武器故に獲物を切るために刃を当てることを意識しないといけないのに対して、棍は打撃武器なのでそういった面を気にしなくてよい、比較的扱いやすい武器だというのも利点だな」

 「同様の理由でヴェスパには片手剣ではなく打槌メイスを勧めたのだ」と付け加える。

 「なるほど~、ですが、何故、自分は打槌&小盾で、ロォズさんが棍なのでありますか?」

 「それについては、さっき挙げた以外の棍の特徴を考えれば、自ずと理解できるだろう。

 棍は、一撃ごとの攻撃力という観点から言えば、あまり優秀な武器とは言えない。鈍器、打撃武器とは言え、打槌や大槌のように破壊力を増す構造がないぶん、振り回しやすい反面、与ダメージは劣っている。両手で扱う武器なのに、威力は打槌と同等以下だからな。

 しかし、軽量かつ両手武器だからこそ、素質持ちでないロォズにも使いこなせる余地が十分あるし、それなりに間合いが取れるのも耐久力に不安が残るロォズ向けだ」

 それに、まだ防御は教えていないが、棍は敵側えものからの攻撃をさばくのも比較的やりやすいのだ。

 「対して、純粋に攻撃力と防御力を求めるなら──そしてそれを扱えるだけの膂力があるなら、ヴェスパの打槌&小盾というスタイルも正解というわけだ」

 近接攻撃に不慣れな人間には、切断系より打撃系の武器のほうが扱いやすいし、武器の手入れも楽だからな。

 無論、打槌は棍よりも間合いが短いので、防御面での不安を解消するために小盾バックラーを十全に使いこなすことも必要となってくるわけだが、ヴェスパが素質持ちである以上、大型獣までならさほど問題にならないだろうし。

 「自分たちのことを、色々考えてもらったのでありますな。感激であります!」

 ま、私とっては(この世界での)最初の弟子おしえごみたいなものだからな。立派と言わないまでも近接戦でも一人前と言えるレベルには育ってほしい。

 と、ちょうどそこまで話した時点で、厨房から料理が届いたので、この講義はなしはいったんここまでとなった。


 「やー、それにしても、やっぱり弓と棍って使う筋肉が違うんだね。短時間の素振りしかしてないのに、明日は筋肉痛になってる気がするよ」

 「自分もであります。軽弩の重さと大差はないはずですが、結構疲労してる感覚があるのでありますよ」

 夕飯(約束どおり肉マシマシだった!)を食べるかたわら、そんな愚痴(?)をこぼしつつも、新しい(しかも役立つ)知識を得られてうれしそうなロォズとヴェスパなんだが……気の毒だがひとつ付け加えておかねばならない。

 「そうそう。今回の一連の教導が終わるまで、ふたりとも毎朝、ちょっと早起きして、今日教えた動作の素振りを100回する習慣をつけるように」

 「え!?」「な!?」

 愕然とした表情になったふたりにトドメをさす。

 「無論、無理強いはできんが──ソレをしなかったのに、教導についてこれなくても、自己責任わたしはしらんだぞ?」

 「「!!」」

 ここまで言えば、なんだかんだで根がマジメなこのふたりは、やらざるを得ないだろう。

 「り、リーヴさんて、案外、スパルタですね」

 否定はしない。「痛くなければ覚えませぬ」は、ある意味真理だと思ってるし。それはそれとして……。

 「ノブ、心配せずともキミに槍術を教える場合ときはマンツーマンだから、よりいっそう懇切丁寧に指導してやろう」

 「あっ!」

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