第18話 アンビション(青雲之志)

 “この”世界の人間──正確には並人種ヒューマンの中には、全人口のおよそ10%弱の割合で、「素質持ち」あるいは「タレント」と呼ばれる、身体能力に非常に恵まれた個体が生まれる。

 身長が平均より大幅に高く、(よほど怠惰な生活をしない限り)筋肉質な体つきになり、そして外見以上に運動能力も生命力も桁外れに高い。


 これはあくまでゲームとしての『HMFL』の、しかも公式設定ではなくスタッフの個人ブログで漏らされた見解なのだが、「タレントが生まれるのは、この世界に大型獣や巨獣が存在するのと同じ理由かもしれない」というコメントがあったらしい。

 かつて魔法文明が栄え、そして“大異変”で滅びたこの地で、それらが生まれるようになったのは、大陸規模で生物を変異させる魔法的な呪詛なりナノマシン的な何かなりが充満しているからであり、それは当然、人の身にも影響を与えているのではないか。

 その証拠に“大異変”以前から残っている数少ない資料には、素質持ちについて言及されているものは見当たらず──タレントの存在が少なくとも一般的なものではなかったことが推察される。

 そう考えれば、今のリーヴも含め、タレントというのは言わば“人間の大型獣”とでもいうべき存在なのかもしれない。


 ──そんな雑学ことを頭の片隅で思い浮かべつつ、私はロォズに確認したのだ。「ロォズ、君は素質持ちではないな?」と。

 その場にいた私以外の三者からの反応は非常にわかりやすかった。


 まったくわかっていなかったらしく、純粋に驚いているヴェスパ。

 薄々察していたが触れてなかったのに、私が突っ込んだことに驚くノブ。

 そして、ロォズ本人は、彼女らしくもない昏い笑み──俗に自嘲などと呼ばれる類いの表情を浮かべていた。


 「あは、やっぱりわかっちゃうんだぁ……」

 「うむ」

 なまじ同世代(ロォズとノブが15歳、ヴェスパは14歳と聞いている)の男女3人が揃ったがゆえに、その体格の差異は傍目にも明らかになってしまっている。

 まだミドルティーンということもあってか、ヴェスパもノブもさほど筋肉質マッチョな印象はないが、それでも明らかに骨太だし、背も高い。

 対するロォズは、その年齢にしては頑張っているし、伊達にランク8まで達しているわけではなく、多少なりとも鍛えられてはいるのだろうが、生まれ持った低身長と細身の体つきだけはいかんともし難い。


 「うん、リーヴさんの言う通り、ボクは素質タレントなんて持ってない、ただの小娘さ」

 それはある意味事実だろうが、別にそれを卑下する必要はないぞ。

 「その“ただの小娘”が、狩猟士になっておそらく1年も経たずにランク8まで、しかも独力で昇って来たのだろう?」

 「なかなかできるこっちゃない」とストレートに褒めると、少女は驚いたのか俯き気味だった視線を上げる。

 「凄いでありますよ~、自分なんてノブと組んでいたからこそ、ここまで来れたのであります」

 ヴェスパもしっかり援護フォローしてくれる。いや、本人には援護という意識はなく、単にに思ったことをそのまま口にしてるんだろうけど。

 「うん、ヴェスパの言う通りだと思う。ロォズさんには、少なくとも自分が今まで狩猟士として歩んで来た道を変に貶めてほしくないな」

 「たぶんそれは、僕らがふたりで歩んで来た道とも重なるものだろうから」と付け加えるノブ。

 そういう青臭い(でもカッコいい)台詞が素で言えるのが若人の強みだよなー。

 「で、でも……ボク、これからもっとランクアップできるのかな」

 あ、ちょっとは前向きになったみたいだけど、やっぱ懸念はそこか。

 「そうだな。私の経験則からすれば……「頑張れば下級アプレンティスになるのは可能、でもさすがに上級マスターは無理」といったところか」

 思い出すのは、【僕を一人前の狩猟士にしてください】という(HMFL内で請けた)貴族からの依頼のこと。

 それまで貴族と言えば、“様々な素材の収集や敵討ち的な討伐を依頼してくるお得意様”というイメージだったんだが、その依頼はとある伯爵の三男からのもので、名前タイトル通り三男坊本人を鍛えて一人前の狩猟士にするという連続クエストだった。

 三男坊は貴族の義務として護身術レベルの剣術を身に着けてはいたものの、ごく平均的な体格の特に素質持ちというわけでもない18歳の男性だった。

 ──ええ、そりゃもう色々大変でしたとも。

 武器屋で、狩猟士の象徴とも言える両手剣グレートソードに憧れて、それを選ぼうとするボンボンを必死で止めて(あんなの常人が普通に振れるわけないし)、まだしも身に着けた剣術が活きるだろう片手剣を買わせたり……。

 防具屋ではひと足遅く、鋼鉄の全身鎧を試着したボンボンが一歩も動けなかったり……。

 自分リーヴなら大槌のワンパンで沈む大鶏グランクックに対して、ボンボンが決死の表情で死闘を挑むのを監督したり……。

 自作した回復薬がヒドい味になったので飲むのを嫌がったボンボンに対して、「生き死にがかかってる場で選り好みしてる場合か!」と無理やり口に突っ込んだり……。

 そういう気疲れする小さな依頼を複数こなした後、最後は協会からの依頼で下級への昇格試験に試験官補佐として同行し、彼がボロボロになりながらも単独で黒鶏冠鳥クックルティモス倒したのを見届けて、晴れてお役御免(=依頼完了)となった。


 「──そういうワケだから、素質がなくても下級にまで上がることは決して不可能ではない」

 「そう……なんだ」

 私が当時の思い出を語るのを聞いて、ロォズの顔に希望の光が戻って来たようだ。それ自体は歓迎すべきだと思うが、一応釘は刺しておく。

 「ただし、ロォズの場合は、その貴族の三男より条件的に厳しいということも覚悟しておけ」

 「!? な、何ででありますか?」

 ロォズではなくヴェスパが聞いてきたのは、本人やノブにはわかっているからだろう。

 「ひとつ、三男坊は“平均的な成人男子並の体格と身体能力は持っていた”こと。今15歳ならばもう少し成長する余地はあると思うが、女性で小柄なロォズは、その点で幾分不利だ。

 もうひとつは、ボンボンは一応、幼い頃からの学習で剣術の基礎は身に着けていたこと。我流が一概に悪いとは言わんが、それにしたってロォズの弓の技量はまだまだ拙い」

 まぁ、近接武器じゃなく遠隔武器を選んだのは、重装備が(重過ぎて)事実上不可能でその分接近戦の危険度が高いロォズにとっては、悪い選択じゃなかったとは思うが……。

 「以前にも言ったと思うが、昇格試験に挑むための条件となっているいくつかの依頼では、飛び道具と相性の悪い獲物もいるからな」

 「そんなぁ~」

 今笑ったカラスが再び泣きそうになる。

 なので、本格的に目からハイライトが消える前に助け舟を出してやろう。

 「だから──ここらで近接武器の扱いを覚える気はないか?」

 「へっ!?」

 まさに「小鶏クックが玩具の弩砲食らったような」表情になるロォズ。

 「そもそも、数多の大型獣や巨獣に、一種類の武器で挑み続ける狩猟士の方が稀だぞ? キャンサルには蟹の、鶏には鶏の、相性のいい武器がある。

 確かに金銭的な負担は大きくなるし覚えることも増えるが、多少のロスで身の安全が手に入るなら、それをケチるのは良い狩猟士とは言えないと私は思う」

 もっとも、HMFLの方では「ひたすら一種類の武器にこだわるのが浪漫だから」的な理由で、どんな獲物も同じ武器種で挑むプレイヤーも一定数いたが。それこそあれは「プレイヤーキャラが素質持ち」かつ「無限にチャレンジできる」からこそ許された手法だ。

 どこぞの魔術師じゃないが、足りないものがあれば「他から持ってくる」ならぬ「今あるものを組み合わせて足りるようにする」のも人間の知恵というヤツだろう。

 「無論、近接戦は今以上に危険が伴うし、負傷や消耗も不可避だろう。そこまでしたくないと言うのなら…「やる!」」

 私の言葉の途中で、ロォズは強い語調でそう断言してきた。

 「ボク、がんばって近接武器の使い方も覚えるよ。だから、リーヴさん、ボクに近接武器での戦い方を教えてください」

 深々と頭を下げた少女の背中を見下ろしつつ「この世界でも頼み事する時は頭下げるのか。ひょっとして土下座もあるのかなー」と割とどうでもいい雑念ことが脳裏に浮かんできたが、一応真面目な場面なので、振り払っておもむろに頷く。

 「わかった。最終的にはホーンドバニーを殴り殺せるのが目標だから、覚悟しておけ」


  *  *  *  


 その後、例の台車の前まで戻り、いくつかの近接武器を試しに持たせた結果、ロォズは当面はロッドを使う訓練をすることになったようです。

 また、「そういうことでしたら自分にも何かひとつ近接武器の扱いを教えてほしいであります!」とヴェスパが言い出して、彼女は打槌メイス小盾バックラーの扱いを習うことになりました。

 「僕も何か別の武器を使った方がいいんでしょうか?」

 「いや、キミの場合は、逆に防御役タンクに特化した方がいい。優秀なタンクがひとりいるだけで大型獣や巨獣との戦いの安全性が格段に跳ね上がるし、それが不要になる局面というのは、ほぼ存在しないからな」

 ノブは頷きますが、ちょっぴり残念そうです。やはり、相方や友人が新しいことに挑戦チャレンジするのが羨ましいのかもしれません。

 「ふむ。どうしてもというなら軽槍スピアの使い方を教えようか? 君達3人の組み合わせだと、切断系の攻撃が不足するからな」

 「う……興味はありますが、まずはヴェスパ達がそれなりに形になってからにします。リーヴさんもふたりを教えるので手一杯でしょうし」

 つくづく優等生できすぎくんな少年です。

 「わかった。そうだな……3日くれ。3日あれば、あのふたりに棍と打槌の基礎は叩き込んでやれる!」

 リーヴも少年の謙虚なけなげさに心を打たれたのか、何やら本気になったようです。

 こうして、翌日からのロォズとヴェスパの地獄特訓ハードモード突入が本人達の預かり知らぬところで決まっていたのでした。

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