第15話 レビュー・ミーティング(反省会)
「うむ、いい湯だった」
今、私とふたりの連れの女の子は、公衆浴場の風呂場から出て、脱衣場兼用の休憩所で籐の長椅子に座り、イドゥン(例のリンゴっぽい果物だ)ジュースを飲みながら、長湯で火照った体を冷ましている。
──なに? 「せっかくの女の子との入浴なのにサービスシーンはないのか」?
フッ……確かに、私も(少なくとも心は)男のはしくれ、“おっぱいがぷるぷるお湯に浮かぶ”とか“うれし恥ずかしお互い背中の流しっこ”といった萌えイベントを全く期待しなかったと言ったら嘘になる。
なるんだが……。
まず、その1。女性の乳房は脂肪分なので普通は水に浮く──はずなんだが、あいにく連れのふたりは未成年のチッパイ(A)と無乳(AA)、私自身はそれなりの大きさ(推定D)だが、どうやら狩猟士として鍛え抜かれたこの体は胸まで筋肉が詰まっているのか、とてもふよふよ浮くような軽さや柔らかさはないらしい。
その2の方も、
いや、まぁ、年端もいかない少女ふたりに洗われるって言うのも、なんか羞恥プレイっぽくて遠慮したいのも確かなんだが。無論、こちらから申し出るなんて無理むりのカタツムリ。そもそも“リーヴ”のキャラじゃないし。
そんなワケで、湯船での雑談のあとは、ほどほどに手早く髪と身体を洗ってから、
──そう言えば、今更ながらノブくんには悪いことをしたな。いや、“した”というか“何もしなかった”のが悪いと言うか……。あの年頃の少年なら、風呂なんかさっさと済ませてとっくに上がってるだろうし、待ちくたびれているだろう。
まぁ、その辺りのフォローは、この後の反省会を兼ねた食事会の場でしてあげることにしようか。
「ふぅ……ふたりとも、そろそろいいか?」
「ん、ボクはオッケーだよ」
「あ、今、髪をまとめるので、ちょっとだけ待ってほしいであります!」
ヴェスパは、
(確か、シニョン、とか言うんだっけか)
我々の中では最年少のはずのヴェスパだが、服もキチンと浴衣のようなものに着替えている。風呂屋に着替えも持たずに来た我々(私だけじゃなくロォズもだ!)は、彼女の爪の垢でも煎じて飲むべきかもしれない。
(まぁ、現実ではアラサーのおっさん、こちらでも武骨な女狩猟士に、女子力の類いを期待されても正直困るけどな!)
ともあれ、彼女も身支度できたようなので、番台(?)の前を通って風呂屋の玄関に出ると、案の定、手持無沙汰な様子のノブ少年が人待ち顔でたたずんでいた。
「ヴェスパ~、遅いよ……って、あ!」
どうやらいつもの相方だけでなく、私達がいることも思い出したようだ。
「す、すみません、その……」
うんうん、女の長風呂だの買い物だのに付き合わされる男の悲哀は理解できるぞ、ノブくん──その相手が恋人や妻でなく母親だった記憶しかないというのが、元アラサー男子としては微妙に凹むが。
ともあれ、この気のいい少年を必要以上に恐縮させるのは本意じゃない。
「気にするな。私達も、君がひとりで待っていることを考慮すべきだった」
「い、いえ。僕もいつもの調子で、つい」
互いに謝罪したことで手打ちとして、夕食を食べるために私の泊まっている宿“釣り人の憩い亭”の食堂に向かう。
「そう言えば、この宿の名前に何か由来があるのでありますかね? こんな内陸部で“釣り人”というのが不思議なのですが……」
注文した食事が来るのを待つあいだの雑談で、ヴェスパがふとそんなことを呟いた。
「ああ、それなら、この町の北塀の裏手の用水路で、色々魚が釣れるらしいよ?」
「ほぅ、それはいいことを聞いた」
私達も自由に釣ってよいのか、明日、狩猟士協会で確認しておこう。
と、その時ちょうど注文した品の数々──ローストバフズのベリーソース掛けやフナっぽい魚のハーブ焼き、軽くボイルした緑黄野菜のマリネなどなどが、テーブルに届いた。
「──では、本日も無事に
他の三人の無意識の視線に促されてやむなく私は音頭をとる。まぁ、こういうのは年長者の役目と言えないこともないしな。
「「「かんぱーーい!」」」
テーブル中央近くにデンッと置かれた大きめのピッチャー(ただしガラスではなく陶製だ)から、よく冷えたエールをジョッキに注いでゴクゴク飲む。
(うんうん、やっぱここのエールは美味いっ!)
そこからしばらくは、4人(無論、私も含む)が、夢中で次々に皿の中身を平らげる作業が続いた。
「へぇ、
「バフズの焼き具合も絶妙でありますよー!」
他の地方から来たらしいノブとヴェスパも料理を堪能しているようだ。
「ふっふーん、ここの女将さんの料理の腕前は、カクシジカでも有数だからね。なんでも、王都の方で修行してたこともあるらしいよ」
なぜかロォズが得意げなのは、
私としても、元水産加工会社社員として、こんな風にフナを巧く料理できるというのは意外だったし、野菜のマリネなんかは以前著名なイタリアンの店で食べた同様の料理に劣らない(むしろ勝る?)味わいだ。
(この店に宿を取ったのは、ほんと正解だったなぁ)
協会受付嬢のリコッタ嬢には感謝の念が絶えない。
と、そんな調子の欠食児童様御一行の食事が一段落した段階で、いい具合にピッチャーも空になったので、私は頃合いと見て酔い醒ましのハーブティーを淹れてもらい、今日の反省会を開始することにした。
「さて、それでは教導役としての観点から、今日の狩猟の様子について、気が付いたことを述べようと思う」
テーブルについたロォズたち3人の顔を見回すと、いずれも姿勢を正し真剣な表情になっている。
「──かなりきびしい話もするが、私の
3つの頭がそれぞれ縦に振られたことを確認して、話を始める。
「まずは、今回の
少年に向かってそう告げると、なぜかビックリしたような顔をしている。
「えっ!? でも、僕、ロクなダメージを与えてませんよ? 10頭のうち自力で1頭も撃破していませんし……」
「しかし、その10頭のすべてを自分のもとに引き付けて、1頭たりともフリーにしなかった。それだけで
弓や弩などの銃装使用者は、どうしても鎧が薄いぶん、大型獣程度の攻撃でも大ダメージを受ける可能性がある。遠距離からの
「ただし、タンクとしては良くても、一人前の狩猟士としては、まだまだ未熟な部分も目立つ。具体的には盾の使い方だな。これに関してはせいぜい
いったん上げて落とすのが、叱咤する際の基本だとか。ソースはウチの会社の部長。ちなみに褒めるときは、逆に落としてから上げるほうが吉らしい。
「盾の使い方……」
「? ノブ殿の盾使いは、それなりの域に達していると思うでありますが……」
言われた本人は心当たりがあるのかショックを受けつつもどこか納得した顔をしていたが、相方を批判されて黙っていられなかったのか、珍しく口を尖らせてヴェスパが反論してくる。
「“敵の攻撃を受け止める”その一点に限れば、な。だが、盾にできることはそれだけではない。攻撃や牽制などのさまざまなことも可能で、それができればタンクとしても狩猟士としても格段に幅が広がる」
長年『HMFL』をプレイしてきた人間としては、個人的はむしろソッチの方が主体だと思うんだよなー。正直、重槍の利点って「近接武器にしてはリーチが長い」と「近接武器なのに貫通属性を持つ」ことぐらいだし、そのふたつは別の武器や戦法で十分補えるし。
もちろん、このテのゲームでよく見る“変態的なまでに巧い特定の武器使い”は、『HMFL』にもいる。
それはともかく、そういう“頭おかしい勢”を除けば、
「こればかりは口で説明はしづらいから、実際に重槍と大盾を装備して、実演して見せよう」
「! あ、ありがとうございます」
ノブ少年にお手本を見せる約束をしてから、今度はヴェスパの方へと向き直る。
「次にヴェスパ。立ち回り自体に大きな瑕疵はなく、命中率も合格点ではある──が、それ以上でもそれ以下でもない。70点、「普通です」ってところだな」
「ふつう、でありますか……」
あまり肯定的な
「うむ。新米狩猟士として、危険度D以下の動物や大型獣を狩るだけなら、まったく問題はない。そのままでもやっていけるだろう。だが、この先、下級狩猟士に昇格する気があるなら、不足している部分もある」
(……なーんて、偉そうなこと言ってるけど、
その点、“
「キミが注意しないといけないのは、前衛の動きとそれに付随する位置取りだな。
と、説明しても「?《はてな》」という顔をしているので、軽く溜息をついて説明を重ねる。
「単に味方を誤射しないというだけじゃない。後衛、とくに
「! ほ、ホントでありますか!?」
ヴェスパ本人もノブに危険なタンク役をやらせている(本人主観)ことに、幾らか引けめはあったのか、途端に食いつきがよくなる。
「ああ、無論だ」
ま、3割って数字は、単なる私の主観だがね。
「これについても、現場で逐一説明する方がわかりやすいな。差し支えないならまた依頼に同行してくれ」
「了解であります!」
さて、何だかんだ言って一応合格点レベルのノブとヴェスパへの講評は終わったが、本命であるロォズの分がまだ残ってる。
「あのふたりでああなら、ボクは何言われるんだろう、ぅぅ……」
先ほどまでのふたりに対する歯に衣着せない言葉を聞いていたせいか、心なしか顔色が悪かったが、それでも覚悟を決めたようだ。
「うん、お願い、リーヴさん」
いや、そこまで悲壮な顔されると、逆にコッチが引くんだが。
「わかった。一言で言うなら65点。「もうちょっとがんばりましょう」だ」
「え……?」
「それでいいの?」という顔してるのは、ヴェスパと5点しか差がなかったからだろう。
「勘違いするな。ヴェスパの70点は及第点だが、逆にロォズはそこから明確に足りてないものがある、劣っているということだからな」
「うっ……はい」
シュンとしている様子に罪悪感を覚えなではないが、ここは心を鬼にしよう。
「まず、短弓に関しては、軽弩に比べると搦め手で前衛を援護するという側面は元々低いが、その分、攻撃に専念できる──「攻撃しかできない」とも言えるが」
その意味では、軽弩の方が短弓よりテクニカルな武器なのだ。これが
「だからこそ、短弓の速射性と立ち回りの良さを生かさないと、現状ヴェスパの下位互換でしかないと言える」
狩りにまったく貢献してないわけではないが、それでもヴェスパとのキルスコア比が4:1というのはいただけない。むしろ、ほぼ直線的にしかボルトを撃てない軽弩に比べて、矢の動きをある程度撃ち分けでき、しかも番えるのが早い弓の方が、明らかに攻撃できるチャンスは多いはずなのだ。
「指導すべき内容自体は、ヴェスパのそれと重複しているな。狩猟士としての練度がさらに低いという点を除けば」
「あぅぅ~」と凹んでいるが、あえてその様子は無視する。この程度の指摘を受けたくらいで落ち込むなら、到底この先、狩猟士として身を立てていくことは難しいだろうからな。
「で、だ。好き放題言わせてもらったが、そのまんま放り出すのはあまりに寝覚めが悪い。なので、3人に異論がなければ、もう一度徒党を組んで依頼を請け、今度は個別に指導をさせてもらおうと思うんだが、どうだろう?」
ただし、と付け加える。
「ロォズは初日の件で知ってるだろうが、万一のことを考えて弱めの獲物を狙うからな。正直たいした稼ぎにはならない。それでもいいと言うなら……」
「「「ぜひ、お願いします!!」」」
ぅおっと! 間髪を入れずに揃って頭を下げられるとは思わなかった。
「あー、うん、キミ達がいいと言うなら、私としても異論はない。では、明日の朝5点鐘に協会の受付前に集合とする。私は、これから行く場所ができたので席を外すが、皆は食事を終えたら、早めに休むように……っと、食事代は払っておくから、心配は無用だ」
そう言い残して、私はテーブルから立ち上がった。
さーて、本格的に“指導”するとなると、色々揃えないといけないモノがあるな。今ならまだ店は開いてると思うんだが……。
* * *
さて、リーヴが席を立った後、残された3人──ロォズ、ヴェスパ、ノブの新米狩猟士たちは顔を見合わせました。
「い、いいのかなぁ、こんな御馳走の料金丸ごと払ってもらって……」
控えめな苦労人気質の少年・ノブは少なからぬ罪悪感を感じているようです。
現代日本で言うなら、某高級焼肉店のコースを昨日会ったばかりの年長者に奢ってもらうような感覚でしょうか。
もっとも、精神年齢アラサーの
「上級狩猟士にとっては、この程度のお金は苦にならないのかもしれませんが……それよりも、つきっきりで指導してもらえることの方が気が引けるでありますよ~」
確かに、上級(実は超級)狩猟士のリーヴが、本来のランク相応の依頼をこなせば、ここの料理を100人に振る舞ってもお釣りが出るだけの金銭を簡単に稼げるでしょう。その意味では、“時間”を使わせるというのが一番贅沢かもしれません。
「時間もそうだけど、わざわざ上級の人に懇切丁寧に指導してもらえるなんて……」
「おや? 指導の件はロォズ殿から言い出したと聞いているでありますが」
「町を案内するのと
どうやらリーヴの世話焼き気質を甘く見ていたようですね。
「それにしても……今日もほぼ丸一日、依頼をこなしたのに、早速明日でありますか」
そう、この世界における狩猟士は、仕事と休養を一日おきに繰り返すのが普通です。大きな
「やっぱり、あの歳で上級にまで上がるには、人と同じことしてたら無理なのかな」
いえ、ノブくん。単に
「スパルタだよねぇ。でも、そのぶん、ついていけば確実に強くなれる気がするけど」
しみじみと呟くロォズの言葉に「うんうん」と頷くふたり。どうやら、この3人の親睦と共感を深めるという意味では、今日の依頼と食事会は大成功だったようです。
(──そうだよ。このままあの人に鍛えてもらえば、ボクだって……)
約1名思い詰めている様子ですが、何かのフラグにならないといいのですけどね。
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