第14話 テイク・ア・バス(命の洗濯)
「ヒュジイグアンの革10頭分、確かに納品受領しました。4つが美品、4つが一級下げ、残るふたつが二級下げですね」
協会の建物に入り、例の受け取りカウンターに向かうと、昨日と同じ男性職員がいて、背負子から下ろした蜥蜴革を手早く査定してくれた。
「二級下げの理由は?」
「ヒュジイグアンは首の部分の鱗が細かくて需要が高いんですが、そこが大きく破損していましたので」
なるほど。いかにゲームの知識があっても、現実になるとわからないこともあるもんだなぁ。
(でも、これって、“上級狩猟士リーヴ”なら知っていてもおかしくないんじゃあ……)
と、疑問に思ったものの、どうやら“偽造された過去”における
一応、部位の破損具合によっては値段が下がるということまでは知っていても、狩りの際にそういうことを気にしたことはなかったようだ。
(まぁ、「迅速確実に獲物を狩る」という観点から見れば、あながち間違いじゃないんだがな)
如何に
傍からは楽勝に見えても、その戦いは常に紙一重、薄氷か綱上を渡るような危険に満ちた代物なのだ。獲物の損傷による値下がりを気にして、自分の身を危険にさらすのは本末転倒だろう。
──とは言え、相手が大型獣クラスまでならまだ余裕はあるから、多少は気にした方がいいかもしれない。
「ヒュジイグアンの肉は、あまり高くは買い取りできないのですが……」
職員の男性いわく、ざっと30キロほどの肉を全部売っても、6000ジェニにしかならないのだとか。
一昨日から3日間この町で生活していて、1ジェニがおおよそ20円前後に相当するんじゃないかと見当がついた。
その計算でいくと、30キロで12万円、つまり100グラムあたり400円か。ランプヘアの肉が10キロで1500ジェニ(≒100グラム300円)程度だったから、確かに討伐難度からすると割には合わないな。
あまり食べたい気もしなかったので、他の3人の同意を得たうえで、すべて売り払う。
「骨はともかく牙の状態はかなり良いですね。両方合わせて5000ジェニでどうでしょう」
その点、
結局、トータルで20000ジェニほどの対価を得た後、私たちは協会をあとにした。
頭割りで5000ジェニ(≒10万円)、一日の労働の対価としてはそれなりだが、文字通り
で。
さぁ、打ち上げを兼ねた反省会だ──と宿の食堂に向かおうとしたところで、私はロォズとヴェスパに捕まり、まずは風呂屋で汚れを
* * *
定住人口3152人(新生児含む)と、この世界の“町”としてはかなり大きなカクシジカですが、風呂屋──公衆浴場に関しては東側と西側に1ヵ所やや小さめのものがあり、それ以外にもう1ヵ所、大きめのもの(と言っても、王都の豪華巨大浴場などとは比べものになりませんが)が中央部付近で営業しています。
異世界転生物だと、お風呂がない、もしくはあってもサウナ形式で日本人はガッカリ……というケースも多々ありますが、カクシジカ(正確にはこの町が属する国ルノワガルデ)に於いては、近世以降の日本や古代ローマなどでおなじみの「浴槽にお湯を溜めて、そこに浸かる」形式のお風呂が一般的です。
これは、ルノワガルデ自体が巨大カルデラの中に築かれた国であり、国内各所で温泉が湧いているため、比較的簡単かつ安価にお湯を供給できるからでしょう。
カクシジカでも、特に薬効成分のない単純泉ではありますが、一応温泉が湧いており、高級住宅街などでは自宅に温泉を引いているところなども見受けられます。
宿の主人に聞いた時にリーヴさんは入浴料金を割高に感じたようですが、ルノワガルデ国内の水準から考えても、200ジェニという料金はむしろ安いと言ってもよい値段なのです(銭湯1回4000円となると、確かに現代日本人にはお高く感じてしまうのも無理はありませんが)。
当然、自宅に風呂の無い一般庶民にとっては、風呂屋に行くのは週に一度程度の
ただし、ランクが高い(そして狩りによるストレスも大きい)狩猟士は、少なくとも狩猟から帰った時は、血の匂いを消すことも含めて風呂屋に行ってくつろぐことが多いようですが……。
リーヴたち4人の今日の収入は各5000ジェニですから、宿代や武具のメンテナンス代などを考慮しても、風呂に入るくらいの贅沢は許されるでしょう。
リーヴとしても、そのことに異論はないのですが……。
(だからと言って、女性の知り合いふたりと一緒に風呂に入って平気なワケないだろーが!)
女風呂(ちなみに公衆浴場はすべて男女別です)に入るために料金を払いながら、この期に及んでなお、往生際悪く心の中でそう叫んでいます。
昨晩渡した“偽造記憶”のおかげで、この世界の女性としての立ち居振る舞いの基本は
(不幸中の幸いは、ふたりともまだまだお子様体型なことか……)
脱衣場でチュニックとホットパンツを脱ぎながら、なにげに失礼なことをリーヴは考えていますね。まぁ、ここで「YESロリータ、GOタッチ!」とか言ってだらしない顔でゲヘゲヘする女丈夫なんて見たくもありませんが。
日本の銭湯なら脱いだ服は脱衣籠ごとロッカーに入れたりするのですが、この町の公衆浴場では、番台に相当する受付さんに渡して預かってもらい、代わりに番号札を受け取ります。
ちなみに番台も男女別に分かれています。「男性に下着を含めた衣服を渡すのはちょっと……」と思う女性も多いでしょうから、仕方ありませんね。
リーヴが覚悟をキめ、入浴後の休憩所を兼ねた脱衣場から、木製の扉を開けて風呂場へ入ると……。
「あ、リーヴさんも来た。遅かったね!」
「はぁ~、極楽ごくらく、でありますよ~」
ロォズとヴェスパは先に湯船に入って寛いでいます。
床部分は石畳ですが、湯船は手触りを優先したのか木製のようです。
お湯はほとんど濁りもなく透明度が高いのものの、湯浴み着……というかバスタオル的な白布を胴部に巻いて入るのがこの世界の女性の公衆浴場におけるたしなみなので、際どい部分は見えないのが救いでしょう。もちろん、リーヴも巻いています。
「ああ、お邪魔する」
(日本の銭湯だと湯船にタオル浸けるほうがNGなんだけどなぁ)
微妙なカルチャーギャップを感じつつ、リーヴも同じ浴槽に身体を沈めました。
そこからは(約1名の主観を除けば)女3人のガールズトークタイムです。もっとも、リーヴは「ああ、うん」とか「そうだな」とかいった相槌を打つのみで、もっぱら話すのはロォズとヴェスパ、さらに言えばヴェスパが7にロォズが3といった割合なのですが。
「そう言えば、リーヴ殿は、上級狩猟士だと聞いておりますが、今までどちらにおられたのでありますか?」
「──色々、だな。港町ハルメンにもいたし、雪の町ポップに滞在したこともある。この国の外にあるジェニシスにも行ったが……」
「なんと! “絶対魔獣前線”でありますか!?」
何気なく出した町名のひとつにヴェスパが激しく反応します。
「? ねぇねぇ、ヴェスパ、それってそんなにスゴいトコなの?」
ロォズは知らなかったようです。いや、むしろ新米なのにジェニシスの異名を知っているヴェスパの方が珍しいのでしょう。
「スゴいなんてものじゃありませんよ! 聞いた話によると、
・町から徒歩1分の路上で上級狩猟士が頭から血を流して倒れていた
・狩猟士8人なら大丈夫だろうと町のすぐ外を歩いていたら、20体の巨獣に襲われた
・「そんな危険なわけがない」といって町を出た
・町から半径200プロトは巨獣にあう確率が150%。巨獣でなく怪獣に襲われるのがプラス50%の意味
……などなどの、すさまじい逸話をたくさん持つ、修羅の地なのでありますよ」
「──いや、さすがにそれ大半はデマだから」
形容し難い表情になっリーヴが、顔の前で掌をひらひらさせて否定してます。
「なんと!? で、では、週に一度は怪獣が現れるので、住民の8割以上が狩猟士で、その過半数が上級だというのも嘘でありますか?」
「むぅ……それは、ある意味、本当だな。定住者だけでなく私のように一時的滞在者も含めれば、の話になるが」
(ゲーム的都合かと思ってたけど、神様にもらった知識でもジェニシスってそういう、どう考えてもオカしい地域みたいなんだよなぁ)
むしろ、そんな地域に
「ふぇ~、そんな機会はないと思うけど、ボク、絶対そのジェニシスって町には近づかないよ」
ロォズもドン引きしてるようです。
そのほかにも狩猟士としての経験が豊富なリーヴによる心温まる(?)経験談を、時には期待に目を輝かせ、時には先ほど同様「ないわ~」というドン引きテンションで聞きながら、ふたりの新米狩猟士は、しばしくつろぎのバスタイムを楽しんだのでした。
「女の子は長風呂だとは言うけど、みんな遅いなぁ」
──約1名ハブにされた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます