第16話 インストラクション(教導請負)
翌朝。協会の受付前に現れた私の姿を見たロォズたち3人は一様に驚きの表情を見せた。
「え!? り、リーヴさん、それって……」
ロォズが指さす先には、幅0.5プロト弱、台部の長さ1.5プロトくらいの小型の大八車みたいな木製の道具が置かれている──まぁ、私が持って来たんだが。
「うむ。レンタルした
主に狩猟の成果や採集物を運ぶためのもので、獣人のアシスタントが引くことが多いが、狩猟士が自分で引いていけないという法はない。
「いや、それは分かりますけど……」
「どうして、いろんな武器が載せてあるのでありますか?」
ロォズが言うとおり、台車には、一昨日購入したばかりの短弓に加えて、重槍&大盾や軽弩、さらには片手剣や打槌、棍などが積んであった。ちなみに、短弓以外は、台車同様、協会でのレンタル品だ。
「昨日言った通り、今日は3人に個別に指導する積もりだからな。それぞれの得物がなければ話にならんだろう」
「え!? もしかして、リーヴさん、
「まぁ、これでも一応、ニアーロの訓練所卒業生だからな。得手不得手や好みの差はあるが、一通り扱うことは可能だ」
ガタッ!「それ、ホントですか!?」
私の答えに食い気味にカブセるように聞いてきたのは、臨時徒党の3人の仲間ではなく、受付カウンターの向こうに座っていたはずのリコッタ嬢だ。
「う、うむ。あくまで“一通り扱える”という
微妙に嫌な予感はするが、この受付嬢には、宿の紹介などでいろいろ世話になっているので、正直に答える。
「リーヴさん!」
いつの間にか立ち上がってカウンターのこちら側、私のすぐ前まで来ていたリコッタさんは、ガシッと私の手を握り、潤んだ目でこちらの顔を見つめてきた。
率直に言って、リコッタさんはかなり美人だ。背は高からず低からず、容姿端麗にして知的かつ温和で気配りもできる。この支部に来る男性狩猟士達の憧れの的であろうことは想像に難くない。
私が
“そういうシュミ”がある女性以外とカップリングは成立しないだろうことは重々承知していたので、冷静に事態を把握&推測することができた。
「訓練所の指導教官にならないか、というお誘いなら、丁重に辞退させてもらうが」
「……リーヴさんの、いけず」
拗ねたような目つきでプイッと顔をそむけるリコッタさんの様子は、
「ふぅ~仕方ありません。新米のお三方を指導していただけるだけでも、十分有り難いことですし。それで、本日どのような依頼をお望みですか?」
渋々といった風情でカウンターの向こうに戻った彼女は、それでもすぐさま“有能な受付嬢”のペルソナをかぶり直して聞いてきた。
「そうだな……メガボアズかメガバフズあたりを狩る依頼があれば頼みたい」
「それでしたら、こちらは如何でしょう?」
リコッタさんから提示された依頼票には【メガボアズ5頭分の肉の納品】と記されている。
「では、これ……と、時間的余裕があればバクレツダケの採集も行うので、そちらは此処に戻ってから数に合わせて選ばせてもらおう」
「了解致しました」
私たちのやりとりを目にしたロォズが当惑したような声をあげる。
「──へ? 採集してから依頼を請けるって……そんなコトできるの!?」
「問題ない。協会側としては、“依頼を請けた狩猟士が入手した対象物を納品した”という事実さえあればよいのだからな。依頼達成まであと1個なのにどうしても目標物が見つからないという時は、自腹で店から買って済ませるという手もあるぞ」
「「「えぇっ!?」」」
今度はロォズばかりでなく、ヴェスパやノブまでも大声をあげて、受付嬢の方にもの問いたげな視線を向けている。
HMFLプレイヤーとしては小技というか常識に近いんだが。
「まぁ、それは極論ではありますが……同時に事実でもありますね」
リコッタさんは、苦笑しつつも私の
「もっとも、1個くらいならともかく全部買って賄うと、金銭的に赤字になるから、やらない方がいいのは確かだがね」
と、一応フォローめいたことを言ってから、改めて私は依頼を請け、3人を引き連れて町の外へと出向いたのだった。
* * *
カクシジカの町の北側には、歩いて半点鐘(≒1時間)あまりの場所に「カクリヨン山」と呼ばれる険しい山地への登り口があります。
その少し手前、そろそろ山の裾野が始まるかという場所にリーヴと3人の新米狩猟士は来ていました。
「さて、バフズやメガバフズが平地の草原を好むのに対して、ボアズやメガボアズはこういった山地のとば口から低めの山の中腹にかけていることが多い。すでに私の“斥候”でも、それらしき相手がいるのを見つけてあるから、気配を殺して慎重に進むぞ」
リーヴは、運搬用台車から重槍と
「まずは、楯の使い方から教えよう。ノブはもちろん、他のふたりもキチンと動きを見ておくように」
そう言うと、リーヴは
「す、すごい……」
自分も同様の
「そうだ。重槍使いだからって、いつもガチャガチャ音をさせてるのは甘えだ。ちゃんと気を配れば、音や気配を殺せるし、獲物に奇襲をかけることだって可能なんだからな」
ノブが四苦八苦している様子を理解しているのか、振り返って小声でそう伝えるとリーヴ再び歩き始めました。
「あ、リーヴ殿、台車はここに置いていくのでありますか?」
「ああ、ここはちょっとした窪地になっていて周囲からも見つかりづらいからな。もっとも、人間以外の者が食糧ならともかく狩猟士用の武器に興味を示すとは思えないが」
確かに一理あります。もっとも、ひとつ見落としもあるのですが……。
ともあれ、その“見落とし”には気づくことなく、一行はメガボアズがいるとおぼしきポイントへと移動を開始します。ヴェスパやロォズも、リーヴとノブの会話で、自分が(というか狩猟士なら当然の)やるべきことに気づいたようで、極力静かに動……こうとしている努力のあとは見られます──それが実を結んでいるかはまた別の話ですが。
むしろ、重装備であるはずのノブの方が徐々に静かに動けてるようになりつつあるというあたり、適性の差もあるのかもしれません。
2分足らず歩いたところで、リーヴがハンドサインで「待て」の合図を出しました。
よく見れば、200プロトほど先で、メガボアズがこちらに背を向けて地面を掘り返しているようです。
「重槍での突撃による奇襲……というのも有効だが、今回は事前に話した通り、大盾を中心にした立ち回りを見せよう。ノブだけ同行、ロォズとヴェスパはここで待機だ。周囲の警戒は怠らないように」
囁くような声で3人に指示してから、リーヴは小走りに走り出し、メガボアズまでの距離が半分を切ったところで素早く背中から下ろした槍と盾を構えます。
そのまま、獲物に向かって今度は悠然と歩き始めました。
さて、メガボアズは、地球で言うイノシシを巨大化したような動物です。平均体長は3プロト強とメガバフズよりはやや小柄ですが、そのぶん幾らか小回りが効き、しかも大柄な成人でも軽く跳ね飛ばせるだけの
また、同系下位種のボアズは体長1.5プロトと普通種の動物としてはかなり大きいにも関わらず臆病(もしくは慎重)で、人間を見ると一目散に逃げ出すのですが、メガボアズは大型獣の
ですが、その性質を逆に利用することも可能で……。
「よッ!」
ゆらりと動いたリーヴが右手に持った大きな鉄製の盾を目の前に迫る大猪に向かって軽く突き出した──それだけのように見えましたが、その途端、メガボアズはまるで見えない壁を避けるかのようにリーヴの右斜め後ろへと走り去っていきます。
「えっ? 何? どうしたの!?」
少し離れた位置から見ているロォズは、何が起こったのかわからず、目をパチクリとさせています。
「う、うーん、リーヴ殿が盾で殴って、強引に進行方向を変えさせた? いや、それにしてはあまり力を入れてたようにも見えなかったでありますが……」
ロォズの隣りのヴェスパも困惑しています。
「もしかして……」
一方、ふたりより近くにいて自分も大盾を使うだけあって、ノブにはリーヴのしたことが──その非常識さが理解できたようです。
「ふむ、何をしたかはわかったか。では、今度は少し違った方法を見せよう」
その言葉とともに、慌ててUターンして突進きたメガボアズの鼻柱に、リーヴは今度は下からすくい上げるような形で盾で殴りかかります。
「ブゴッホワ!」と声にならない悲鳴を上げるメガボアズですが、次の瞬間、まるで横綱に投げられた幕下力士のようにあっけなく転倒し、無様に腹をさらしていました。
「なっ…!?」
「そして隙を見せたら素早くトドメを差す!」
振り上げたられた盾の下辺の縁が、力いっぱいメガボアズの首筋に叩き込まれ、猪の首から大量の血が噴き出します。どうやら頸動脈を傷つけたようです。
──ブギャーーーーーー!!!!
断末魔とおぼしき鳴き声をあげながら、なおも暴れようとする大猪の頭部を、あろうことかリーヴは、ステップインからサッカーボールキックの要領で蹴り上げます。
堅いブーツの爪先が眼窩にめり込むに至って、ついにメガボアズは動きを止め──数秒後どうやら絶命したようです。
「こんなところか。修練次第では盾の振り下ろしだけで大型獣の首を撥ねることも不可能じゃないから、最後のキックは不要になるな」
なんでもないことのように(事実、息も切らしていません)リーヴは言っていますが、新米狩猟士にとっては衝撃的な光景でしょう。
最初のすれ違い時の動きは、合気道で言う入り身投げに近いものです。突っかかって来る相手に対して、身体を半身にして斜めに相手の死角に入るような動きで移動しつつ、相手の体勢を崩して投げる──のですが、この場合は楯による殴打で代用しています。
次の攻防(というか一方的にメガボアズがやられていますが)は、柔道の出足払い、もしくは相撲の蹴手繰りに近い技と言えるでしょうか。最初のアッパー気味の
「ランスは、少し離れた位置を保って鈍重な敵をつつき回すのには向いてるが、大型獣以下の獲物や、素早い動きの相手には不向きだからな。ならば、どう戦うべきか、たとえ
「はい……」
「では、次はノブにも挑戦してもらおう。こういうのは習うより慣れろだからな」
「え!? い、いきなり、ですか?」
「?? だから今、お手本を見せたし、原理も説明しただろう?」
確かにリーヴの言う通りです。実際、細かい理屈はともかく、ノブもリーヴが何を狙ってどんなことをしたのかについては“頭では”理解しています。
となると、確かに残るは実践だけなのですが……。
(ぜんぜんできる気がしない……)
困り顔になった少年に、上級狩猟士はニコッと笑いかけます。
「大丈夫だ。最初から巧くいくとは思っていない。何度も
──いいことを言ってるようにも聞こえますが、裏を返せば「体がタイミングその他を覚えるまでやれ」という意味にもとれます。
「心配無用。私の“斥候”スキルで、すでに何頭かは
(は、はは……僕、今日の帰り、自分の足で歩いて帰れるのかなぁ)
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