第10話 トリック・リヴィーリング(種明かし)
新米狩猟士の少女と初めての狩りに出た日の夜、“釣り人の憩い亭”2階の一室で眠るリーヴ嬢は、不思議な夢を見ました。
「なんだ、ここは?」
白に限りなく近いグレーの、リノリウムのような質感の材質で四方と床を覆われた、窓のない5メートル四方の部屋……という表現が、彼女の脳裏に浮かびます。
天井だけは、少し透明度の低いアクリル樹脂に似た素材で覆われていて、天井全体が淡く光っているため、新聞は厳しくても絵本なら読める程度の
全体に生活感のない無機質な印象の部屋なのですが、中央に置かれている安物のパイプ椅子だけが異彩を放っています。
手持ち無沙汰に周囲をキョロキョロ見回していたリーヴ嬢は、特にめぼしいものも見つからないため、あきらめてパイプ椅子に腰かけました。
「どうしてこんなところに……いや、待てよ。確か以前にも、ここに来たことが……ある?」
──どうやら“条件”をクリアーされたようなので、こちらからもコンタクトを取りましょう。
『お久しぶりですね、牧瀬双葉さん──いえ、もうリーヴさんと呼ぶ方がよいのでしょうか』
「! あ、アンタは──あの時の神様!?」
ようやく思い出してくださいましたか。
そう、“あの事故”に巻き込まれた「死ぬ
え? “あの事故”って何か、ですか?
それ自体はありふれた(と言うには、少々規模が大きめ)電車の脱線事故でした。
重軽傷者会わせて100人を越えるものの、奇跡的に死者は0──そうなるはずだったのですが、残念なことに
普通なら、そのような方は、病院で奇跡的に息を吹き返すか、よりよい来世を与えるかという選択肢があるのですが、蘇生させるには少々難しい(詳細な言及は避けますが“ハンバーグ”とだけ)状態であり、また事故の原因が“他の世界からの介入”だったため、“特殊転生選択”の機会を与えることになりました。
──まぁ、介入と言ってもこの
「その
『ええ、それはわかります』
わたくしどもとしましても、現在はほぼ不干渉を貫いているとは言え、被造物兼被保護者であるこの世界の住人を、他の世界の者によって殺害されるという事件に対しては、遺憾の意を表せざるを得ません。
ですから、特例として、極めて特殊な転生の機会を提供させていただいたのですよ。
向こうの神が恐縮して、慰謝料ならぬ慰謝神力をたくさん渡してくださったので、かなりの大盤振る舞いが可能でしたからね。
それが──。
「対象者ひとりひとりの希望を聞いて、可能な限りその希望に沿った環境に転生させる“特殊転生選択”──か」
『はい』
お年を召した方や、逆に年若い小学生くらいの方は、比較的簡単だったのですが、中高生以上中年未満の方のご要望は多種多様にして無茶振りも多くて、苦労しました──主に上の者が。
わたくしですか? わたくしは、言うならば現場のお客様対応係のオペレーターみたいな立場ですから。(エネルギー的な意味の)“予算”や技術的な可否については、もっと上の方々が色々話し合って決められたようです。
「そういえば、俺は『HMFL』っぽい世界への転生を希望したけど、ファンタジーRPGとか乙女ゲーの世界を希望した人もいたよな。ちょっと疑問なんだけど、そんなにたくさんのゲームやラノベに似た異世界が本当にあるのか?」
おや、いいところに気づかれましたね。結論から言えば……。
『そんなのありませんよ、ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから』
「おいぃぃっっ!? 今、自分たちの存在を否定するようなコト言わなかったか?」
いえ、別に?
たとえば、中世ヨーロッパの人々に細菌やウィルスの存在を教えても「はは、何を夢みたいに馬鹿なことを言ってるんだ」と一笑に付されるでしょう。
同様に21世紀の人間は、一般的にわたくしたち──いわゆる“神”の存在を科学的に知覚できませんが、それと神が存在するかしないかは、また別の問題ですし。
ここにこうして実在する以上、
「じゃあ、さっきの言葉の意味は何……ん? 俺たちは自分が望む異世界に転生したと思っているが、そんな都合のいい異世界は存在しない…………」
リーヴさんは考え込み、すぐ何かに思い至ったようです。
「! もしかして、超高度な幻覚を見せられて、そう思い込んでいるだけなんてオチなんじゃ」
『なかなかいいトコロを突いてきましたね』
ちょっと惜しいですが、ハズレです。
『そうですね。現在のみなさんの状況を端的に示すとしたら、“大規模テーマパークのゲスト”というべきでしょうか』
「まさか……作ったのか、テーマパークみたく世界丸々ひとつ!?」
ほぼ正解です。もっとも、さすがに17個もの“世界”をまるごと作るには
『銀河大戦争』のようなスペースオペラ的な世界を希望される方がいなかったのは幸いでした。
「いや、惑星ひとつでも十分過ぎるだろ……」
先程テーマパークに例えましたけど、各世界の“住人”の人たちは、別段、遊園地の従業員みたく“演じて”いるわけではありませんから、その点はご安心を。どちらかと言えば、某都市育成シミュレーションゲームのアルコロジーを極限まで大きくしたもの、と考えた方がいいかもしれません。
「閉鎖されているがその内部で独自に循環・成立している生環境空間、か。なるほど」
ちなみに、似たような環境を希望された場合、同じ
『HMFL』世界への転生も、リーヴさん以外にふたり希望されました。現在はそれぞれ別の地方にいらっしゃいますが、どちらもゲームでは上級狩猟士でしたし、今後遭う機会があるかもしれませんね。
「それは朗報、なのかなぁ……」
『異郷において同じ故郷を持つ
さて、前振りはこれくらいにして、今回の主目的をお伝えしましょう。
「?? 何か問題でもあるのか?」
いえ、その前に念のためにお訊きしますが、現在とは別の世界に再転生なさりたいですか?
今なら、一度だけ変更が可能です。これほど生物環境的にきびしくない、もっと文明化された平和な世界を選ぶこともできなくはないですが。
「う……また、悩ましい話を。これでまったく人と接触してなかったらYESを選んだろうけど、すでに何人か顔見知りもできちゃったからなぁ」
でしょうね。元の“牧瀬三郎”としても現在の“リーヴ”としても、生きるか死ぬかという極限状況でもない限り、貴方は情にほだされるタイプですから。
「──神様相手に取り繕っても仕方ないんだろうけど、暗に“甘ちゃん”呼ばわりされてる気がする」
別に情に厚いことは、現在の世界では欠点ではないと思いますよ? これが『シノビスラッシャー』や『シェイドランニング』みたいな別の意味でサツバツとした世界なら、大きな弱みになるかもしれませんが。
『それでは、このまま継続ということで、リーヴさんに朗報です』
わたくしは、天井から降り注ぐ照明光の一部に高密度に圧縮した“それ”を付加し、1分ほどかけてリーヴさんの脳内に
「ぐっ……なんか、情報の波みたいなものが、頭ン中にあふれ返ってるんですけど……」
『それは、監査官としてのわたくしからの“
と言っても大したものではありません。
この地方の上級狩猟士なら知っていて当然の狩りに関する記憶の数々と、偽造された“リーヴとしての過去の記憶”(他人に語るときに便利です)、そして人間の成人女性なら当然知っているべき日常的常識、くらいでしょうか。
願わくば、貴方の新たな人生が実り多きものでありますように。
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