第9話 リターンパス(帰路)
油断していたところに
狩った獲物はすべてロォズに解体を任せる。今回は自力での運搬となるので、あらかじめ協会から貸与されたふたつの運搬用ズダ袋に、解体した毛皮と肉に分けて入れ、やや重い毛皮の方を自分が、肉の方をロォズが持つことになった。
迅速な血抜きと袋の密閉性のおかげか、思ったほど血の匂いは濃くないが、さすがに無臭というわけにはいかない。
顔をしかめそうになるのを懸命に堪え(さすがに上級狩猟士が血臭くらいで動じていたら不自然だろう)、瘤兎10頭分の毛皮を背負い、カクシジカの町へと戻る。
(これがファンタジー系RPGとかなら、無限に物が入るアイテムボックスとか魔法の袋とかがあるから、楽なんだろうけど)
いや、まぁ、大災害以前はこの世界にも魔法はあったみたいだし、もしかしたら古代遺跡あたりからそういう系のアイテムが発見されないと決まったものではないけどな。
その帰路で、多少寄り道しながら
ちなみに、汎用雑草とは、その名の通り食用から薬用、さらに繊維を抽出して布にすることまでもできる、まさに“さまざまなことに使える”草だ。葉っぱの見掛けは日本で言う青紫蘇に近いが、葉の大きさはふた回りほど大きく、茎の高さも大人の胸のあたりまで来る。
紫蘇と同様に刻んで料理の香りつけに使われたり、大きな葉が包み焼きなどに用いられるほか、弱い毒消し・整胃効果があるため、これを干してから煮出した液体は、簡易な消毒薬・酔い覚ましとしても使用される。また、茎部分をよく乾燥させ、叩いてほぐしたものは、麻のような繊維として
さりげなくロォズに聞いてみたところでは、間違っていないようではある。
「便利な草だけど、畑で栽培できないってのが
「それは初耳だ」
「あ、リーヴさん、知らないの? 昔、お爺ちゃんに聞いた話だけど、フラックスって、人の手の入った畑だと巧く育たないんだって」
ちょっぴり得意げに蘊蓄を披露する様がなかなか微笑ましい。
「正確には、育つことは育つんだけど、葉っぱが小さくなって、香りも薬効成分も薄くなっちゃうから、商品価値がなくなるんだってさ」
「まぁ、割といろんなところに生えてるから、わざわざ畑に植える必要もあんまりないと思うけど」と、ロォズは肩をすくめた。
「
「それは同感! 狩猟士になったばかりの頃は、よくこの依頼にお世話になったよ~」
そんなことを話しているうちに、町の門が見える場所まで来た。
おなじみの(と言っても昨日と今日、挨拶した程度だけど)衛兵に挨拶して門をくぐる。
「まずは協会に行って依頼対象を納品してから、その足で雑貨屋に案内してもらっていいか?」
「わざわざ着替えるのも面倒だもんね。わかった!」
ロォズの了解も得られたので、そのまま狩猟士協会の受付……の隣にある納品カウンターへと向かう。
「【ランプヘアの毛皮10頭分】と【フラックスの葉3束】の納品だ」
袋から出した毛皮と葉っぱの束をカウンター──と言うよりテーブルと言ったほうが良さそうな広さと幅の台に置くと、その向こうに座っていた30代初めとおぼしきチョビ髭&73ヘアの中年男性が即座に立ち上がって、すぐさま検品・査定し始める。
「──はい、ランプヘアの毛皮とフラックスの葉、確かに。毛皮は5つは美品ですが、残る5つは背の真ん中に穴があるので一級下げさせてもらいます。フラックスの方は問題ありません」
さすがプロ、査定早いな! というか、穴空き傷モノのうちのひとつは、自分がロォズに見せるために最初に射たヤツだな。短弓を扱うのは久しぶり(しかも“実際に体を動かして使う”のは初めて)だったので、念のため外しにくい場所を狙ったのが
と言うか、高校時代に弓道部の友人に和弓を手に取らせてもらったことくらいならあるが、そもそも短弓の実物なんて生まれて初めて触るのに、狙い通りの場所に射た矢が刺さったこと自体が驚愕モノだ。まぁ、“
単純に安全マージンだけを考えるなら、実はロォズがやってた、「弓の有効射程ギリギリからの全力ショット1、2発で倒す」という方法は、必ずしも悪手とは言えないんだが、同時にそれに慣れ切ってしまうと“その先”がない。
故に、“短弓のオーソドックスな使用方法”という観点から、「獲物を追いかけつつ、矢継ぎ早に射る」というスタイルの見本を提示したワケだが、さすがにランプヘア相手でソレをやるのはいささか過剰だったか。ハニーベアは無茶にしても、メガバフズぐらいには挑戦させた方がよかったかもしれん。
「そっか。こういう細かい気遣いでも、稼ぎが変わってくるんだね」
此方のそんな思惑も露知らず、ロォズは感心してるみたいだが、ソコは実は結果論だ。自分としては、単に「まず獲物の足を殺す」ことを心掛けてほしかっただけだし。
「うむ」
ただ、馬鹿正直にそれを言うのははばかられたので、もっともらしく頷いておいた。
(大人って汚いなぁ)
まぁ、その“汚い大人”がほかならぬ今の自分なわけだが。
「肉の方もお持ちのようですが、どうされます? 全部買い取りましょうか?」
査定担当の職員が、もうひとつのずだ袋を見てそう聞いてくる。
肉も含めて、狩猟士は建前上、獲物の素材を勝手に協会以外に売却できないことになっている。ただし、“他者に売却”しなければいいので、武具の作成・強化のための素材を鍛冶屋に持ち込んだり、自宅で肉を調理して食べたりするくらいなら問題ない。
「2頭分だけ残してあとは売っちゃおうよ。残ったお肉は、“釣り人の憩い亭”の女将さんに渡して焼いてもらえばいいし」
「ほぅ、あの宿、そういうサービスもやってるのか」
「うん。だからあそこの食堂、いつも肉料理がすごく安いんだよ。泊まってる狩猟士のお客さんからいっぱい持ち込みがあるから」
値段的にも味的にもお得なので、近所の集合住宅に住んでいるロォズも、時々あそこに食べに来ているらしい。
ロォズの提案に従って、8頭分の兎肉は売り払い、その代金と今回請けたふたつの依頼の報酬を足して、ふたりで山分けにする。
「今回は教導目的だったから、稼ぎがシブいのは勘弁してくれ」
「ううん、ぜんっぜん問題ないよ。こんな短時間でふたつの依頼を片付けられるなんて思ってもみなかったし」
聞くところによると、普段はもっと──それこそ半日近くかけて依頼をひとつ片付けるのがやっとだったらしい。
(そりゃまぁ、この子ひとりで索敵・戦闘・周囲を警戒しつつ解体・苦労して運搬なんてやってたら、べらぼうに時間がかかるわな。気力集中力も消耗するし)
そのあたりを分担できるのも複数での狩猟のメリットだ。
「もしかして、これまで
「ぎっくーん! そ、それは、えーと……」
視線をあちこちに彷徨わせているが、無言で見つめ続けていると、ロォズは早々に白旗を揚げた。
「──ほんとに駆け出しのころに1回だけ」
だが、どうやらタチのよろしくない相手に当たったらしく、あまりにヒドいこと言われた(そして稼ぎの分配も不公平だった)ため、それ以来、徒党を組むことが軽いトラウマになったらしい。
(ま、『HMFL』のゲーム内でさえ“イタい”プレイヤーはたまにいたし、これが現実ならもっとクズい狩猟士がいてもおかしくないか)
「それで、よく私に声をかけたな」
「うん、自分でも不思議なんだけど、リーヴさんて、見た目はちょっと……というかだいぶコワいけど、話してて何か信頼できそうな気がしたんだ」
あれか。周囲から恐れられてる強面の不良が、いざ話してみたら案外普通で、イメージとのギャップで余計に親しみが増すとかそういう感じか。
「ふむ。では、明日は私とお主以外の人員も交えた臨時徒党を組んで出かけてみようか」
武器の使い方云々よりも、この子にはそちら方面のフォローをしてやる方がいいかもしれんな。
「えっ!? リーヴさん、明日もつきあってくれるの?」
「なに、乗りかかった船だ。縁のできた後輩の面倒を見るのも、先輩格の狩猟士の義務だろう」
ノブレス・オブリージュ……なんて言うほどたいしたモンでもないけど、自分も『HMFL』始めたばかりの頃は、いろいろベテランプレイヤーに世話になったし。
「わーーん、リーヴさん、ありがとーー!!」
感激してちょっぴり涙ぐんだロォズが抱きついてきたのは、
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