第8話 プラクティス(実戦にして実践)
ひと張り1500ジェニの安価な短弓と木製矢を10本ばかり購入して店を出たところで私が告げた言葉に、新米狩猟士の少女は驚いたようだった。
「え!? 今から? 他にも防具屋とか雑貨屋とかは行かなくていいの?」
「そちらは仕事帰りでも問題ない。それに“指導”するならこのくらいの時間からが丁度いい」
時刻はおそらく午前の4点鐘半(9時)を少しまわったあたり。協会に行っても割のいい目玉依頼は残っていないだろうが、教導を兼ねた実戦のためには、むしろ弱めの敵を相手にする方が好都合だ。
「20分後、装備を整えてから協会の受付前に集合としたい。できるか?」
「あ、うん。ボクの家もここから遠くはないから、大丈夫」
「よし。では、解散、そしてかけあーし!」
最後の方をちょっぴり鬼軍曹を意識して微かに威圧を込めて言ってやると、ビクッと背筋を震わせてロォズははじかれたように走り出した。
「足が遅い……というワケではないか」
(日本にいた頃の自分と駆けっこしたら絶対負けるな)
そこそこ込み合った商店街の中を、それなりに巧みに人を避けて走り続けている。まがりなりにも“独力で狩猟士になった”だけあって、元々の運動神経自体、かなりいいのだろう。
(だからこそ、いろいろ問題もある──なぁんて、偉そうなこと言える立場じゃないか)
今の自分は“上級狩猟士リーヴ”となっているが、どう考えてもこれは棚ボタで、この世界で真っ当に努力し、時には死の危険と背中合わせでランクを上げている他の狩猟士と比べると、「ズルい」としか言いようがないだろう。
(ま、なっちまったモンは仕方ない。何を手にするかより手にしたもので何をするかを考える方が建設的か)
思考を切り替えて、自分も借りている部屋に戻る。
ちなみに狩猟士協会推薦の宿だけあって、この部屋の隅には貴重品をしまう大型チェストボックス(鍵付き)が備わっていた。さすがに両手剣や槍は入らないが、大槌くらいならギリギリ1個は収納できる大きさなのが有難い。
同じくチェストボックスにしまっておいた、さっき脱いだばかりの革鎧に着替え直す。
「銃装兼用のハイレザーで助かったな」
本来、狩猟士の防具というのは、武器(というか狩猟スタイル)に合わせて3つに分けられるのだ。
ひとつは重装。主に両手剣や斧、重槍、大槌などの重量級武器を使う際に装備するもの。これは機敏な動きをあきらめ、巨獣の攻撃を回避するのではなく受け止め軽減することに重点を置いたスタイルで、その名の通り、装甲が厚くてその分重いが、防御力が非常に高い。
もうひとつが軽装。前述の4種類以外の近接武器の使い手が主に愛用するもので、重装ほどの装甲の厚みはないものの、そのぶん滑らかな動きができるよう工夫されていて、相手の攻撃を回避することに重点がおくと同時に、ある程度の防御力も確保されている。
最後が銃装。これは弓や弩などの遠隔武器を使う狩猟士向けに製作されていて、徹底して動きやすさ最優先。一応、心臓や頭部などの急所には最低限の防御力は割り振られているが、敵の攻撃は避けるもの、むしろ攻撃されないよう努めろ──というスタイルだ。
本来、ハンマーを愛用している自分は重装を使っているんだけど、例外的に“クロス”系と“レザー”系、そして“チェーン”系装備だけはこの3つの区分が曖昧で、いずれのスタイルにも流用できるようになっている。
ただし、そもそもの防御力自体がさほど高くない(平均的な軽装以下)というデメリットもあるんだが、今日は巨獣……どころか大型とも言えない普通の獣を狩るつもりなのでそれほど問題はないだろう。
(もっとも、コレは上級狩猟対象の素材で強化しまくった“ハイレザー”だから、下級巨獣くらいなら十分近接戦でも相手どれる防御力があるんだけどな)
パッと見はただのレザー系装備と似ているが、見る者が見れば一発でわかる程度の差異はある。だからこそ、門番の衛兵や狩猟士協会の受付がひと目で自分をそれなりの腕の狩猟士だと見抜いたんだろう。
とは言え、この知識はあくまでゲーム由来のものだし、過信するのはやめておこう。
防具の着付けにやや手間取ったせいで20分の時限ぎりぎりで狩猟士協会の建物に入ると、すでにロォズは受付前で待っていた。
「待たせたか?」
「ううん、ボクも今来たところ」
──と、今朝のやりとりを立場を換えて繰り返したのち、そのまま受付窓口に並ぶ。
時間的に中途半端だったせいか、ふた組の先客に続いて3番目には受付嬢と話すことができた。
「おはようございます、リーヴさん。今日からお仕事ですか?」
幸か不幸か昨日と同じ受付嬢が応対してくれるらしい。
「おはよう。今朝は休みだとか言ってなかったか?」
昨日、確かそのようなことを言ってたと思ったんだけど。
「そのはずだったんですけど、交代の子が二日酔いでダウンしてまして……」
「仕方ないので、連続勤務です」と苦笑するリコッタ嬢。
「急病や事故なら仕方ないが、二日酔いとは、自己管理がなってないな」
眉を寄せてそう呟いたものの、だからと言って何かできるわけでもない。
話題を切り替え、早速仕事の話に移った。
「今日はこのロォズと組んで新米向けの依頼を引き受けようと思う」
私のセリフに続いて、傍らにいたロォズも口を開く。
「リーヴさんに、ボク、弓の使い方を教えてもらうんだ」
少女の言葉を聞いて、リコッタ嬢は笑顔になった。
「それは助かります。わたしどもでは、ホントの初心者向けの簡単な基礎知識の青空教室を開くのが精一杯でして、大きな街みたいな戦闘訓練所はとてもとても……」
狩猟士協会側としても、これから狩猟士になろう・なりたいという人材の教育はできるものならしたいというのが本音なんだろう。
それはそうだ。“使える”狩猟士が増えることは、協会にとってプラスになりこそすれ、マイナスにはならない。
「この町の規模なら、ニアーロみたいな大きなものはともかく、小さめの訓練所くらいあってもよさそうなものだが」
別の地方にあるここよりひと回り小さな港町ハルメンにも、(少なくとも『HMFL』のゲームでは)小規模だが訓練所はあった。
「! もしかして、リーヴさん、ニアーロの訓練所の出身なんですか!?」
しまったヤブヘビか。やはり沈黙は金だな。
とは言え、ここで無理に否定するのも不自然だろう。
「ああ──それはともかく、この町に訓練所がないのは何か複雑な事情でもあるのか?」
「いえ、それほど複雑な理由ではなくて、単純に教官のなり手がいないというだけです」
あぁ、なるほど。
訓練所の教官ともなれば、
無論、教官が複数いるなら、そのあいだで分担することもできるが、この町の規模から逆算すれば、雇える教官もひとりかせいぜいふたりくらいだろうし。
さらに言うと、狩猟士というのは脳筋というか感覚派というか、自分がやってることを筋道立てて説明できない人間も多い(少なくともゲームのNPCはそうだった)。某ミスターGじゃないが「そこはぐっとふんばってガッと打ってそのあとダダッと走れ」と言われても、教わる方は困るだろう。
「能力面もそうですけど、お給料的にも引き受けてくださる方がなかなかいなくて……」
具体的にいくらで雇うつもりなのかは知らないが、協会職員の常識の範囲内だとすると、教官が務まるほどの腕利きなら、普通に狩猟士やってるほうが儲かるだろうしなぁ。
「すまない。悪いことを聞いたな」
「いえ、お気になさらず……それでは、このあたりの依頼などで如何でしょう?」
リコッタ嬢が提示してくれた数枚の依頼票(ゲームで言うクエストの内容を簡潔にまとめた書類)の中から、2枚を抜き取って、受付嬢に見せる。
「これとこれを同時に請けることは可能だろうか?」
「はい、もちろんです」
ニッコリ微笑むリコッタ嬢と、「あれ?」と面食らった顔つきをしているロォズが対照的だ。
「依頼って、複数同時に請けることとできたんだ……」
「目的地が同じで、条件が相反しない依頼なら、一緒に請けたほうが効率がよいからな」
『HMFL』の熟練者なら常識の小技なんだが、この世界でも通用するようでひと安心だ。
とは言え、依頼を請ける際には、小銭程度だが担保金を取られるし、請けた依頼(それも特別難しくないもの)を達成できないというのは信用に関わるから、幾つも欲張って同時に請けるのも考え物だ。
普通はふたつ、多くても三つくらいに留めておくのが賢明だろう。
今回選んだのは【ランプヘアの毛皮10頭分の納品】と【フラックスの葉3束ねの納品】のふたつだ。
依頼票を受け取り、綺麗に畳んでウエストポーチに入れてから、ロォズに声をかける。
「それでは、出発だ」
* * *
火薬の爆発によって弾丸を射出する“銃器”の発達があまり進んでいないこの世界において、飛び道具の主力となっているのは“弓”と“弩”です。
狩猟士の扱うそれらに関しては、長弓と短弓、軽弩と弩砲の分類され、それぞれ異なる特性を持ち、当然運用方法も異なります。
たとえば弩砲は、現代地球でなぞらえるなら重機関銃、あるいはスナイパーライフルが近いでしょうか。
高台や遮蔽物の影に位置取りして射線を確保し、対象に気付かれないほどの遠距離から一方的に強力な攻撃を加える、という意味で。
その反面、地球の前近代史においては攻城兵器や船の固定武器に用いられたような巨きな代物ですから、携行時の運動性は最悪で連射にも難があるため、近づかれたら負けを意味します。なので、弩砲使いは銃装による回避をあきらめ、最初から打たれ強い重装防具を装備する者もいるくらいです。
拘束鞭以上に
それに対して、アサルトライフル的な立ち回りが要求されるのが長弓と軽弩でしょう。巧みに動き回り、獲物からある程度以上の距離を保ちつつ、それなりに強力な矢や
では、ロォズが使用している短弓はと言えば……。
「──ふむ。大体わかった」
カクシジカから徒歩で1時間あまりの距離にある草原地帯に、ロォズと共に来たリーヴは、まずは彼女に3頭ばかりランプヘアを狩らせてみるようです。
ランプヘア(瘤兎)とは、その名の通り頭部──額のやや上くらいに堅いコブのような突起を持つ、ウサギに近い姿の動物です。体長は1ロルトを越え、体重も平均して50ブレド(1ブレドはおよそ500グラムです)と、中型犬くらいの大きさまで成長します。
一般的にウサギは臆病な生物と言われていますし、ランプヘアも決して勇敢とか凶暴と表現されるような性質ではないのですが、外敵に襲われた際などには、頭のコブで頭突きを仕掛けてくることがあります。
犬を飼っている人ならご存じかもしれませんが、動物のタックル(体当たり)というのは、存外威力があります。このランプヘアの場合も、ウサギの優れた脚力の急加速による25キロもの体重がのった突進と考えると、それだけでも相応の脅威です。ランプヘアの場合はその堅いコブによってさらにダメージが大きくなり、非武装の一般人が腹部にこの頭突きを受けた場合、悶絶・気絶あるいは当たり所が悪いと死亡することも考えられます。
「──なので、できるだけ遠くから最大限に引き絞った弓で一撃ないし二撃で倒そうとしている。そうだろう?」
「うん。そう心がけているつもりだけど……」
リーヴの問いに、新米狩猟士の少女は素直に頷きます。
「結論から言うと、そのやり方は短弓では非効率だ。どちらかと言うと長弓でとるべき戦法だな」
「えっ、そう、なの?」
「うむ。見ていろ」
歴戦(!)の上級狩猟士は、買ったばかりの真新しい短弓を携え、少し離れた繁みの奥に見えるランプヘアの方へと背後から忍び寄っていきます。
その足取りは無造作に見えてまったく音を立てていません。そして、並の男性をはるかに超える巨体でありながら、強く意識しないとそれとわからないほど見事に気配を殺しているため、警戒心の強いはずのランプヘアにさえ、気づかれていないのです。
「こ、これが、上級狩猟士の動き!」
ゴクリと唾を飲んでロォズはその様子を見つめていますが、リーヴの方は内心気楽なものです。
(フフフ、風上に立ったがうぬが不覚よ! なんてな)
それを言うなら風下……いえ、確かに匂いを獲物に気取られないという点では、この場合正しいのですが。
そうやって、リーヴは高さ1プロトほどの繁みを挟んでランプヘアからおよそ5プロトほどの位置にまで接近したところで、手にした短弓に矢を番えます。
さすがに一抹の殺気が籠ったのか、ランプヘアがピクリと耳を震わせ、不安そうに後ろ足で立ち上がろう……としたところで。
──ブスッ、ブスッ、ブスッ!
リーヴの弓から文字通り“矢継ぎ早”に連続して放たれた3本の矢が、ランプヘアの背、臀部、そして後肢に突き刺さり、悲鳴のような短い啼き声とともにランプヘアは絶命しました。
「ふむ。こんなものか。ロォズ、見ていてどう思う?」
ランプヘアの死骸を拾い上げ、両耳を持ってぶら下げながら、リーヴは同行者の方を振り返りました。
「えーっと……背後から接近する技術がすごいのはわかったよ」
「いや、それはそれで狩猟士に必要なテクだが、注目すべきはそこじゃない」
リーヴに否定されて、ロォズは落胆した表情を見せます。
「ごめん。わかんない」
「私が見てほしかったのは、短弓の使い方だ」
この世界における短弓は有効射程距離は長弓の半分程度ながら、長弓よりさらに素早く連続して射ることができるのが特徴です。長弓ほど引くのに力はいりませんが、同時に威力もそのぶん低めです。
「効果的な運用としては、獲物の攻撃を受けない程度に近づいて、連射するというのが、その特性を活かす運用方法となる」
強いてたとえるならサブマシンガンに近い運用方法でしょうか。
「もちろん、たかがランプヘア1頭に、あえてそこまで徹底する必要はない。今私が使っている程度の短弓でも、ギリギリまで引き絞れば、ランプヘアは一撃で倒すことは可能だからな」
「ただ、もっと手ごわい獲物を狩るためには、こういうスタイルを心がけておくといい」──そう言って、リーヴは
「なるほどー、でもそうすると獲物の反撃にも気をつけないといけないよね」
「まぁ、そうなるな。だから、ロォズももう少し防具に金をかけるべきだ」
ロォズが着用しているのは、店売り品とおぼしきクロスメイルとレザーメイルの組み合わせで、胴と頭だけレザー系を着け、手足はクロス系で済ませているようです。
リーヴが装備しているハイレザーメイルと異なり、これでは本当に気休め程度の防御力でしょう。
「うー、やっぱり? でも、チェーンメイルとか高いし重そうなんだけど……」
「着慣れればそうでもない。値段は──まぁ、がんばれ」
あっさりそう返して、リーヴは手にした獲物をロォズに差し出します。
「解体を頼む」
大きな図体した“彼女”が、ちょっとバツの悪そうな表情でそう頼んでくるのが、どこかのツボをヒットしたのでしょう。
少女狩猟士はクスリと笑ってランプヘアを受け取りました。
「はいはい……でも、マスタークラスのリーヴさんが、まさか解体が苦手なんてね」
「──訓練所を出てから、そのあたりはずっと組んだ仲間に任せっきりだったからな」
無論、これは“彼女”の考えた言い訳です。
弓の運用はともかく、リアルで生物の腹をかっさばくのは、現代日本のサラリーマンだった彼にはさすがにちょっとキビしかった様子。
「それにしても、ロォズはずいぶん解体が巧いな」
これは満更おべんちゃというわけでもなく、確かに少女の手際は熟練の領域を感じさせます。
「そう? 協会の方で新人向けの解体講座をやってて、狩猟士になる時、受けただけなんだけど」
先ほど受付嬢が言っていた青空教室の一環でしょうか。
「そうか。私も改めて受講した方がいいのかもしれんな」
後日、普通は新人狩猟士や狩猟士志望者しかいないであろうその青空教室に、まさかの上級狩猟士(かなり強面)が参加することで、ちょっとした
「では、残る6頭もさっさと倒して、町に帰るとしよう」
「りょーかーい!」
その騒動の中心も、“彼女”にその存在を教えた元凶も、そんな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます