てがみ

青狸

てがみ

サーバルちゃんへ


手が止まる。まだ名前しか書けていないのに。

……どうしよう。『てがみ』って難しい。


始まりは、いつものように博士たちの所で料理をしたときだった。


「そういえば、かばん」

「はい。おかわりですか?」

「そうです……いや違うのです。かばんは『てがみ』を書かないのですか」


「てがみ……って何ですか?」

「ヒトはかつて、大切に思う相手にてがみを出したそうなのです」

「『らぶれたー』なのです」


『てがみ』?『らぶれたー』?よくわからないけど、ヒトがやっていたことなら、僕もやってみたい。


「面白そうですけど僕、てがみってどんなものなのか知らないです」

「かばんなら難しくはないのです。まっさらな『かみ』に、ヒトが使う『もじ』を書き込んで、相手に渡すだけなのです」

「なるほど」


料理の作り方が書いてある、『これ』みたいなものだろうか。


「『それ』はみんなが見られるようにこのとしょかんに置いてあるのですが、

てがみは誰かひとり、渡す相手だけが見ることができるのです」

「おんりーわん、なのです」


ひとりだけ。


それなら、まずは……

「サーバルちゃんに、書いてみたいな」

「そういうと思ったのです」

「ま、頑張るのです」


「ありがとうございます!頑張ってみます」

「それはそれとして、かばん」

「はい?」


「とっととおかわりを出すのです」

「我々は知的労働の正当な対価を要求するのです」


サーバルちゃんへ


こんにちは。かばんです。

手が止まる。もう日が傾きかけているのに、全然進んでいない。

てがみの送り先、当のサーバルちゃんとは例の巨大セルリアンをやっつけてから、毎日のように顔を合わせている。


「言いたいことは直接会って話せば良いからなあ……。ヒトはてがみで何を伝えたんだろう?『もじ』がわかるのもヒトだけなら、サーバルちゃんに渡しても……あっ!」


閃いた。

『もじ』は、僕にしかわからない。それなら、恥ずかしくて直接彼女には言えないことをてがみにすれば良いんだ。


本当に彼女に渡すかどうかは、後で考えよう。『てがみ』に残しておけば、もし忘れてしまっても、思い出すこともできる。よーし。


大好きなサーバルちゃんへ


こんにちは。かばんです。元気ですか?……ってさっきも会ったよね。

サーバルちゃんはいつも元気で明るくて。一緒にいると、僕まで元気になってくるみたい。


『元気』のほかにも、サーバルちゃんはたくさんのものを僕にくれたね。


『木登り』教えてくれて、ありがとう。最初は、低い木しか登れなかったけど……。今は、もっと高い所にも登れるよ。今度見せるから、見ててね。さばんなで一番大きな木にも、一緒に登りたいな。


どんなときも諦めないことと、友達のために頑張る勇気も、サーバルちゃんに教えてもらったよ。あのセルリアンに僕が捕まったとき、誰よりも頑張っていたのはサーバルちゃんだったって、後でヒグマさんがおしえてくれたよ。


あのときのことは、ほとんど覚えていないけど……サーバルちゃんの声がしたのは、覚えているよ。本当に、ありがとう。


さばんな、じゃんぐる、こうざん。さばくにこはん、へいげん。料理したり、ライブを観たり、温泉に入ったり、ろっじにも泊まったね。


足も遅いし、空も飛べないし、力が強くもない。こんなにダメダメな僕と、ここまで一緒に来てくれて、本当に、本当にありがとう。


『大丈夫』『きっとすぐ、何が得意かわかるよ』


サーバルちゃんがそう言ってくれたから、一緒にいてくれたから、ここまで頑張れたんだって、そう、思ってるよ。僕の得意は、まだよくわかってないけど……。サーバルちゃんの良いところは、たくさんたくさん見つけたよ。


これからも、一緒に色んなところにいこう。たくさんお話ししよう。

お互いの良いところ、もっともっともーーっと、見つけあおう。


大好きだよ、サーバルちゃん。最初で最高の、僕の友達。


かばんより


顔が、熱い。

思いを込めすぎてしまった。書けはしたが、これがそのまま伝わった日には、彼女の顔を見られなくなりそう。


「これは、渡さないでとっておこう……」


そのとき。


「なになにー?かばんちゃん何してるの?」


「うわああーっ!食べないでください!」

「たべないよ!」

「サーバル タベチャ ダメダヨ」


てがみを慌てて後ろ手に隠し、声の主であるサーバルちゃんの方を向く。すっかり小さくなってしまったラッキーさんも一緒のようだ。

あたりはとっぷりと暗くなっており、夜行性の彼女はますます元気を増している。


「ねえねえ。何してたの?かみひこうき?」

「い、いやこの紙はてがみを」

「てがみ?てがみ、ってなに?」


よくわかっていない様子のサーバルちゃん。

どうしよう。正直に言って中身を知られるのは、恥ずかしいなんてもんじゃない。

何とか、上手くごまかして


「ボス、『てがみ』って知ってる?」

「テガミ ヨウジナドヲ カイテ タニンニオクル ブンショ。

 タイセツナアイテニ オクル メッセージ」

「ラッキーさああああああああああああん」


こんなときだけサーバルちゃんのいうことを聞く、ラッキーさん。

さっき話してたから、続きだと思ったのかな……。


「大切な相手!かばんちゃん、だれに書いたの!?もしかして、わたし!?」

「そうだよ、サーバルちゃん」


諦めて、白状する。


「わーい!あっ、でもわたし、『もじ』わからないよ?」

「うん。だから、ただ持っていてくれれば、良いかなって」


「かばんちゃんが教えてくれれば良いのに。気になるー!」

「今日はちょっと疲れちゃったから、今度にしよう、ね?」


サーバルちゃんが持っている分には、中身を知られることはおそらくないだろう。

何とか、この場を乗り切


「じゃあボス、おしえて。じゃないとかばんちゃんを食べちゃうかも!」

「タベチャ ダメダヨ。 コホン。『ダイスk』」


「うわああああああああああああーーーーーーっ!」

「ど、どうしたのかばんちゃん!?」


小休止。


「……ごめんね、突然叫んだりして」

「ううん。びっくりしただけ。……でも、この『てがみ』は返すね」


「何て書いてあるか、知りたかったんじゃ……?」

「知りたいけど……かばんちゃんが嫌がることなら、わたしもやらないよ」


ああ。

サーバルちゃん。やっぱり君は、僕の最高の友達だ。

そんな君に僕は、もう少しでウソを付くところだった。


「サーバルちゃん。てがみに書いたこと、いつか必ず話すから。

 少しだけ、待っててもらっても良いかな」


「えへへ……もちろん!『やくそく』だよ!」

「うん。『やくそく』するよ」


部屋から出ていくサーバルちゃん(とラッキーさん)。

なんだか、どっと疲れてしまった。


『てがみ』、まだちょっと僕には使いこなせそうにないな。

まどろみの中で、小さく呟く。てがみに記した想いを忘れないように。


――だいすきなサーバルちゃんへ

翌日。


「一体サーバルにどんなてがみを出したのですかっ!?」

「ええっ?」


博士たちに詰め寄られる。


「朝からボーっとして、ますます使い物にならなくなったのです!」

「優しい我々は心配して、かばんからてがみを貰ったか聞いたのです。そしたら、顔を真っ赤にして突然どこかへ走っていってしまったのです!」


瞬間、理解した。


「き、聞こえてたんだ……!ま、まさか全部……!?」


どんどん顔が赤くなるのを感じる。頭から湯気が出そうだ。


「か、かばんまでサーバルみたいになったのです……」

「『てがみ』、ヒトはなんと危険なものを……」



-おしまい-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

てがみ 青狸 @aotanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ