第50話 炭の従士


キキィイイイイイイイイイイッとトロッコ列車のブレーキとレールから鳴り響く音。


【トロッコ列車・セベク号】

先頭に【上り用・牽引機関車】【貨物車】【客車】【貨物車】【下り用・牽引機関車】の計5両編成からなる列車である。


やがて音は止むと【客車】からカツカツと足音を鳴らし降りてくる者たち。

客車から出ると不揃いな石畳、木造の屋根と柱だけの簡素な駅に出迎えられる。


「ようッ!」


駅の木製ベンチの並ぶ場所から声が掛かる。


「お久しぶりです、お加減は如何ですかアイザラさん」

シベックは声の方向を見るとベンチ座った厳つい男性と黒髪の女性がいた。


「はっはぁ!相変わらず腑抜けたツラァしてんなぁシベック団長ぉ!相変わらずノーブル坊の子守かいィ!?」

アイザラと呼ばれた、背が低くも腕や胸の筋肉が逞しい髭の濃い男性。

両足が膝下から欠損しているが元気な声でシベックに問いかける。


「まぁ、そんな所です。ハーディス辺境伯爵家当主グリス様も、次期当主ジャンテ様からも私兵団の半分近くは使っても守れと言われてるので」


私兵団といえ仕事である。団長であるシベックは管理職、フラフラ出来る立場では無い。


しかし、当主であるグリスはまだまだ現役、引き継ぎもまだ先で割と暇してる次期当主であるジャンテと仕事を分担し、シベック団長は兵を率いてノーブルの開拓事業について回っている。


「はっはぁッ!一応、お貴族様だもんなぁ!ノーブル坊はぁ!」

「まぁ、ノーブル様は貴族と言うより不良って言った方が近い気がしますね」


ノーブルは次男、【成人の儀】もすっぽかす不良貴族として【爵位】は無いに等しく、親の権力で【騎士】より少し上くらい偉い立場である。


「そんなこと言ったらクラン【炭の従士】は不良集団だなぁッ!!」

「ウチの子は不良になってしまった訳ですか…はぁぁ…」


ノーブルに自分の兵などはいない。その為、冒険者同士で気軽に組んでは離れるパーティとは違い、堅い誓いが結び、誓いを守って活動する【クラン】として【炭の従士(ブローチェ)】を設立した。

【炭の従士】の仕事として【ハーディス辺境伯家】の依頼を通し【ハーディス辺境伯家の私兵団】とノーブルは共にする事が出来るのだ。


こういう建前が無いと私兵団が便利屋だと勘違いされてしまうこと、ノーブルだけを特別視し、私兵団の主である当主や次期当主が軽視されてしまうのを防ぐ意味もある。


「アディ嬢ちゃんかぁ!?はっはぁ!御転婆に育ったもんだなぁ!つっても家には帰ってんだろ!?」

「帰って来ますよ、まぁ【ブローチェの店】でノーブル様とベッタリですが」


団長シベックのマイホームはプルー湖西部のセベク村に建てられいる。

シベックの妻がプルー湖西部にある樹海の迷宮ダンジョン【世界樹の根】の先にある【世界樹】出身の【妖精族(エルフ)】であるため、故郷に近い村を選んだ。


本来なら領主のいるプルー湖北部の北にあるハーディス家本邸に近い町で仕事しているだが、本家の屋敷にいる次期当主ジャンテに任せて、自宅通いで仕事している。


「そんで?ノーブル坊とアディ嬢ちゃんはどうしたぁ?見かけないがぁ?駆け落ちでもしたかぁ!」

「止めて下さいよ、もうすぐ来ますから」

「もうすぐぅ?一緒じゃないのかぁ!」

「【オピオゲネス族の眼】に耐えれないかも知れないので【薬草】を取ってから来るそうです」

シベックはそう言ってアイザラの隣に座る黒髪の女性を見る。


「あらあら、申し訳ありません、私たちの一族がご迷惑を…」

「あっ、いえ、アリアさんの所為ではありません。ノーブル様は女性事情は複雑なのが行けないので」


「はっはぁ!童貞と生娘には【宝石の瞳】は辛いんだっけかぁ?」

交互に謝る2人を見てアイザラが笑う。


「ウチの娘はまだそういう年頃ではありませんが、ノーブル様にはちょっと…簡単に魅了にかかるかも知れないので用心を…」


「あら、おかしいですね?ノーブル様は【ハーディス】の方です。【オピオゲネス】の私たちと同じ【冥神の一族】なので効果は薄いはずですが?」


「えっ…?」

固まるシベックと驚く兵士一同。


「はっはぁ!騙されたなぁ?シベック団長ぉ!ノーブル坊にしてやられたなぁ!」

腹を抱えて笑いだしたアイザラ。


「はぁ、またですか…まぁ、魔獣狩りにでも行ったんでしょうね」


「なんだ怒らんのかぁ?」


「埋め立て作業が嫌でというより、作業の邪魔になるものを先に排除しに行ったんでしょう」


「兵士の実戦訓練を兼ねて、魔獣狩りは私たちがやりたいんですけどねぇ…ノーブル様とアディティ隊長には大人しくしててくれると私も安心なのですが」


そう言って湖の方に顔を向けるシベック。背中から哀愁が漂っている。


「なんかよぉ…シベック団長ぉ、会うたびに老けてくよなぁ」

「それは自分が1番分かってますよ、はぁあぁ…」


ノーブルの周りは本人の思想とは裏腹に毎日が騒がしい、それに付き添う自分も忙しくなって行くことに慣れてしまったシベックは深くため息を吐くのだった。


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