第49話 南部開拓


日が昇り、赤レンガの村から見える湖の水面が白く輝いている。そんな時間。


「2人揃って遅刻ギリギリですか…というかこんな事でヒッポグリフに乗って来ないで下さいよ…」


クセ毛を後ろで纏めた男性、ハーディス辺境伯・私兵団団長シベックが呆れた顔で目の前の青年と少女の2人を見る。


団長シベックの背後には頭髪が薄い紳士服の男性と若い兵士が数人待機している。


「「あっ…危なかった…」」『ピュルル…』

慌てて来たのか、寝グセだらけで服も乱れた2人。そして鷲の頭に馬の体を持つ【魔獣】。


場所はセベク村にある石畳の道と赤レンガの建物が並ぶ場所。周りには木箱が並び、箱の中は木炭が大量に積まれ、一際大きな建物から黙々と煙が吹き上げている。


煙の正体は箱馬車を何台も取り付けた様な不恰好な【トロッコ列車】。その先頭にある蒸気機関の炉で燃やした炭から発せられるものであった。


その煙が空に溶けていくのを見ながらノーブルはため息を吐く。


「はぁっ…何とか間に合いましたね…アディちゃんが起こしてくれるかと思ったら、僕が起こす事になるとは…」

ノーブルは気持ちを切り替えて口調を敬語に戻す。相手によって砕けてしまうが、信頼度などは余り関係ない。


今のノーブルは仕事着、灰色のロングコートに勲章のクロスが2つ付いている。コートの下は紳士服、脚部に蛇対策のゲートルを付けているためロングブーツを履いている様な出で立ちである。


「うう、すっ…すみません、あっパパ!違うの!きっとノーブル様の魔法で眠った所為なの!」


アディは灰色のフード付きローブ。短パンに黒のレギンス、ノーブルと同じくゲートルを付けたブーツを履いている。


その2人の間には鷲の頭と羽根を生やした馬。前脚には鉤爪が生えている【魔獣ヒッポグリフ】。


「【アディティ隊長】…今は仕事ですよ?団長と呼んで下さい」


「はーい」


「はぁ…しかし本当に2人に懐いてますよねこのヒッポグリフ…」

私兵団シベックは【魔獣】ヒッポグリフを警戒しながらノーブルに問いかける。


「【アヒル隊長】は馬の血が入ってるからですかね?」

ノーブルは気の抜けた声でヒッポグリフを撫でる。


「はぁ、前から気になってたんですけど、何ですかその名前?」


「アディちゃんが付けた名前ですよ?湖で水浴びしてるアヒルを食べてたからかな?」

同じくヒッポグリフを撫でるアディを見ながらノーブルは語る。


「ああ、肉食なんですね…しかし【魔獣】なんて良く使役しようと思いましたね」

引き攣った笑みを浮かべるシベック。


「いや雑食、肉も草も食べます。まぁグリフォンみたいに敵意剥き出しじゃないし、ただ甘噛みや突っ突かれるだけで大怪我する危険ありますけどね」


「あ〜ノーブル様それでこの前、頭から血の噴水出てたもんね〜」


「いやいやいや、アディ…いや、アディ隊長も【炭の従士(ブラーチェ)】筆頭補佐として、ノーブル様の御身を守る様に努めて下さいね…」


「はーい、パパ…じゃないシベック団長」

ビシッと胸に手を当て頭を下げるアディ。


「はぁ…ともかくノーブル様は王都で行われる【武芸大会】と【剣王舞踏会】に行く予定もありますし、それまで出来る仕事は進めてしまいましょう」


「はいはい、今日の予定は詳しく聞いても?」

ノーブルが既に疲れたという表情を見せる。


「食事は列車の中で済ませますか…今日は伐採と干拓堤防を建設して干上がらせた沼地の埋め立てですね。アイザラさんも南西に住まいを移せましたし工房を早く建てたいそうですよ」


「ああ、あのクソオヤジが言ってましたね。足が無くなっても鍛治するとかドワーフには驚かされますよ」


ドワーフのアイザラは元【牛殺しの槌】というAランクの冒険者であったが10年前に両足を失う大怪我をし、移動が困難という状態であった。

今現在は本人の希望もあり故郷には帰らずプルー湖に滞在している。


「アイザラさんの故郷の方にも面会の目処が立ちましたし、その打ち合わせでもあります」


「ふーん、ん?いや、結局、埋め立てばっかじゃないですか…【魔獣狩り】でもしてた方がまだ楽しいですよね?アディちゃん、アヒル隊ちぉ…痛い!やめて!突っつかないで!」

『ピィイルルルッ!!!(アディお母様の為に働けぇ!!!)』


「ノーブル様は【剣王十字勲章】を授与されたおかげで未成年の頃からBランク冒険者として活動している実力者ですから。定期的な魔獣狩りもアリですね」


「おっ?でしょ?こう、のんびり静かに獲獣を待つ仕事をしても…」

ヒッポグリフに突かれるノーブルはシベックの同意に笑顔になる。


「逆に言えば、【成人の儀】を行っていないノーブル様はBランクから上がることも無いですし、【魔獣】や【魔物】の狩猟や採集しても意味無いでしょ」


「お金は稼げますよ!?ッ痛い!」『ピィッピィッ!(お母様を危険に晒す気か!)』

攻撃を受けながら必死に反論するノーブル。


「まぁ、王都に行くついで1年遅れの【成人の儀】して来たら良いじゃないですか」


「いやぁ、【神信魔法】使われると困るんですよね…流石に大人数で儀式されると僕の【情報】伝わっちゃうし…」


「…いい加減、僕らも覚悟してますけどね。貴方が何を隠したいのか…【あの子】も【成人の儀】を嫌がってるせいで王都の学校で話題になってますよ」


「はぁ、このままだと【あの子】も開拓組に加わって【レール運び】と【駅作り】の貧乏生活ですか…」


「何言ってんですか、【トロッコ列車】の駅を増やすと儲かりますよ。プルー湖の西部と南西の2つの駅と南部からの資源で利益出してるじゃない【パパイア】と【グァバ】でしたっけ?あれの発見は大きかったですね」


「いや、開拓の工事費や【炭の従士】の給料は僕の勲章のお金や魔獣狩りの報酬から吹っ飛んでますからね!パパイア売れても僕の手元に残んないですよ!」


「それは言い出しっぺのノーブル様が悪いんですよ。ねぇカプノス工場長」

シベックは隣に控えていた頭髪が薄い青年に声をかける。


「ええ!?いやいやいや、ノーブル様には南部辺境での工場の立ち上げだけでなく奴隷身分も解放して頂いてた身なので…恐れ多くて私からは何も…」


頭がハゲかけた青年カプノスはノーブルが王都の倒産寸前の工場から労働力として引っ張ってきた人材である。


主にプルー湖西部に新設した木炭工場【カプノス】で開拓中に伐採した材木の加工を任せている。セベク村で唯一の事業者のため、他にも商会の会長や隣接した共同浴場の管理なども兼任して大忙しであった。


「いや、いいですよ…お礼なんて、南部の坑道にあったトロッコと古いレールを再利用して運用する…何とかそれっぽい形にはなりましたね」


「ええ、【トロッコ列車】の燃料として私の工場を利用して下さって私どもは安定した収入を…それだけでなく町や開拓の護衛も6年間ずっと続けて来られて…ノーブル様ならきっと他にも…」


「だから、大丈夫ですって、列車を牽引する為の蒸気機関の原型と燃料が必要だったから協力したワケですし、ここまで早く形になったのはカプノスさんたちが頑張ったおかげです」


水の貴重な王都では廃れた【蒸気機関】であったが、プルー湖では存分に力を発揮した。冷却や補給といった問題はプルー湖、プルー湖に繋がる川の水資源が解決した。


燃料も開拓で有り余るほどの材木があり困らない。

蒸気機関の燃料は【石炭】のイメージが強いが燃えれば何でもいいのである。


「ううう、私の頑張りなんて…ノーブル様の提案と投資があってこそで…」


「あーもー、会う度に泣かないで下さいよ、トロッコ列車の運用問題はまだまだあるんですから…」


町とは人の少ない開拓地。乗客などで収入は取れないため、資材の運搬用、ノーブル一行の少人数しか利用していない。


「申し訳ありません…あっ、そういえば!ウチの男の子たちはノーブル様の【炭の従士】に、女の子たちは妾になろうと自分を磨いております次第で…!」


セベク村の工場や商会にはカプノスと一緒に連れてきた解放奴隷の子供達がいる。カプノス同様、前の雇い主に失踪されて行く宛の無くなった者たちである。


「おぃい!?何?妾??普通に働いてくれるだけで良いですよ?【炭の従士】だってアディちゃんだけ十分ですから、これ以上の【監視】は要らないですから!?」


「いや、でもノーブル様もお年頃ですし、婚約者様とは遠距離何ですから、たまには気晴らしでもと…」


「やめて!?そういう事、言わないで恥ずかしい!婚約者とか面倒なだけですから!最近、王都から【あの子】が暴れてるって僕に苦情が来るくらい厄介なんですよ!」


ノーブルが思い浮かべる【あの子】たちは現在、王都の学校に通っている。


ノーブルは【6年前】に王都で起きた【暗殺未遂事件】を理由に王都の【学校】にも通わず、【成人の儀】にも参加せず南部開拓に勤しんでいたのだが今年、王都から招集がかかった。


無視しようにも義姉の祖父であるプレッチャ侯爵とブラウン伯爵からの頼みもあり、湖周辺から動かなかったノーブルは重い腰を上げた。


「あー!他の女の子と遊ぶなんて許しませんよ〜!ノーブル様は私の玉の輿ですから!」

アディが頬を膨らませてノーブルに抗議する。


「アディが玉の輿にのるなら僕の老後は安泰ですねー…はぁぁ…ノーブル様、休日くらいアディを返して下さいね」

シベックはアディの顔を見て薄く苦笑する。


「だぁああああ!もぉおおおッ!?ッ!」


カァアアアンッ!カァアアアンッ!カァアアアンッ!


ノーブルの叫びに遮るかのように【トロッコ列車】の乗組員から出発準備完了の知らせの鐘が鳴る。


「………はぁぁ」

鐘の音の余韻を聞き終えた後、ノーブルは諦めた様に肩を落とした。


ハーディス辺境伯爵・直属冒険者クラン【炭の従士】の長である【大鰐】ノーブル=ロッソ=ハーディス。


今年で16歳を迎えるノーブルの【静穏】を手に入れる日はまだまだ先の様である。

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