第51話 四角い池


ガルダ王国南部辺境・プルー湖南部


プルー湖にある東南と西南の森を抜けた先にある魔境。


広大な湿地帯と海に繋がる幾つもの河。湿地帯と河に点在する【森の島】。プルー湖南部全体を見渡せる程の高い山は無い。


森の中の小さな山は鉱山としての利用されていたのか、人工的な形の湿地があり、崩れた崖を見れば、蜂の巣の様に坑口がある。

草木で覆われた坑口、水没した坑口、泥に使った坑口。

坑口というよりも大きな蛇や熊の巣と言われても納得してしまう不気味な雰囲気である。


冒険者たちは【廃坑】と呼び、どれか坑口の先にある迷宮ダンジョン【冥王の洞窟】を目指している。


そんな【森の島】の一つにある【廃坑】の前。


「元々は鉱水処理用の人工湿地だったのかねぇ」


四角い形の池に糸を垂らした小枝を手に持ち胡座をかいている青年がいた。


「んっ?」


トストストスッと背後から草木を踏みつける音が聞こえて来る事に気付く。


「ノーブル様〜、【セロリ】と【ヘンルーダ】摘んできましたよぉ」

鷲と馬の魔獣ヒッポグリフに跨った金髪くせっ毛ハーフエルフのアディがやってくる。


「えっ…アディちゃん本当に摘んできたの?」


「えっ…?だって南西の村クンビーラはオピオゲネス族って魅了魔法を使う部族がいるから気つけの薬草を欲しいって…」

ヒッポグリフから下りて、ノーブルの疑問に返答するアディ。


「サボる為の口実です!」


「はぅう!?騙されましたッ!」

バシーンッと持っていた緑の小さな花と黄色い花を叩きつける。


「…一応、エルフなんだし植物は大切に扱おうよ」

小枝をくるくる回しながら苦笑するノーブル。


「ええー、私も【炭の従士】ができてからずっといるんですよ?ノーブル様が伐採した木を燃やして作った炭でお風呂入ってるんですよ?エルフなんて知りませんよ」


「ふーん、じゃあ僕は【宿り木】しなくて良いよね?」


「あっ、ごめんなさい私はエルフです!さっき【アーヴァンク】に襲われて魔法使って喉カラカラなんです魔力下さいぃ!」

意見を180度変えてノーブルに抱きつくアディ。


「ん?【アーヴァンク】ってあの魔法使えるでっかいモコモコだよね?女性は襲わないんじゃ…あっ大人の女性だけか」


「ああああ!?ノーブル様、今の傷つきましたよ私!良いでしょう、私の口づけでメロメロにして差し上げます!んちゅ」

ノーブルの頬に吸い付く様に口づけをするアディにノーブルは顔を顰める。


「…たまに思うんだけどさ、なんで僕から魔力吸うのさ」


「ちゅぅ…プハッ、え〜ノーブル様の魔力じゃないと私、まともに戦えませんから!」


「ふーん…でも【炭の従士】って僕がハーディス家と協力する為に作っただけの【クラン】だし、無理して戦う事はないよ?【監視】ならそこら辺にある【森神の魔力】吸えば良いでしょ?」


「【監視】とは失礼ですね!私は【護衛】です!ノーブル様を守るんです!まぁ、結局はノーブル様の【竜神の魔力】と【塩っ辛い魔力】が無いと戦えませんが…」


「【塩っ辛い魔力】ねぇ…」


「【竜神の魔力】の強化もですが、1番はノーブル様の魔力使えば【呼吸しないで動ける】のが良いんですよ」


「んー?でも、疲れるでしょ?アレ、短時間はいいけど」


「あー、全然疲れてないのに体が痺れたように動かなくなりましたね【筋肉や血も呼吸してるんだな】って理解したら、動ける時間増えましたけど」


「はぁ、今度何か医学書でも貸そうか?体の仕組みが分かれば【理力】も増えるし、もっと長い時間使える様になるから」


「ううー、本はなぁ、ノーブル様が読んでくれるなら…」


「うん?いいよ、それくらい」


「やったぁ!!デートの約束取れたぁ!」


「はい?そんなん【ブローチェの店】でいいだろ?」


「えー、あそこノーブル様が持ってきた紅茶の評判良くて人が結構来るんですもん、こう、静かな森で2人っきりで…」


「虫いそうだから嫌だな、シート持ってくの面倒」

「うわぁあ!エルフっぽいこと言ったのにッ!否定されましたッ!」


「あははっ、…ん?おっ釣れた」

「?、なんです、うっわ、変なザリガニ?」


「テナガエビ」


【テナガエビ】

テナガエビである。汽水域でも淡水域何でもござれの大型のエビである。現代日本で知らない少年がいたら、その父親が失格なくらい昔から伝わるアウトドアのスターである。


魚釣りは知識と運ゲー、1匹釣れたら良い日だねくらいの精神が求められるものに対し、テナガエビは春になれば糸に何か巻いて垂らせば釣れてしまう爆釣確定の生物である。


「まぁ、今日は食べないけどね」

そういって小枝ごと糸に着いたミミズを挟むテナガエビを池に放り込むノーブル。


「美味しんですかアレ?」

「ザリガニより釣れるし美味いよ」


ザリガニは身が殆ど無い上に泥の味、貧乏であっても食べる事は無い。釣ったザリガニを潰して、その身を使ってザリガニを釣るという狂気に近い田舎のわんぱく小僧の遊びくらいでしか出会う事無い。


テナガエビはザリガニとは違い、長い手以外は薄い皮で覆われて、中はプリプリとした身。春に釣れるのは産卵で気が立っているため、メスの子持ちなどはサイズが大きい。むしろ可哀想になってキャッチ&リリースしてしまうほど卵を持っている。


「魔王のせいで強制サバイバルしてた僕と違って水中生物食べる文化あんまり無いからなぁ、プルー湖の人たちって…」


「ノーブル様は何でも美味しそうに食べますよね?好物ってあるんですか?」

「んー?特には無いな、牛肉は美味いけどあんまり進んで食べたく無いな、脂が多くて腹壊した」

お腹を摩りながら答えるノーブル。


「あー、私も一度食べたけどダメでした、というか南部辺境の人って脂っこいものに弱いですよね」

「…っていうかエルフが肉食べるってイメージ崩れるなぁ」


「いえ、ノーブル様が何でも食べるんで見習おうと思って」

「ふーん、ん?じゃあ結局、肉は平気なの?」

「平気ですね、母も少量なら、父とお出掛けした時くらいしか食べませんよ?アレ?ノーブル様とご飯食べると野菜ばっかり出てくるのって…」


ノーブルはアディが叩き落とした【セロリ】【ヘンルーダ】を拾い上げる。


「ふむ、アディとデートしても野菜ばっか食わしておけば良いやと思ってた」

【セロリ】をクルクル回しながら告白する。


「今までのお出掛け全てが何か損した気分です!!」

両手を振り上げてプンプン起こるアディ。


「はっはっはっ、さてとアディ」

【セロリ】と【ヘンルーダ】をしまったノーブルはアディに問いかける。

「はい?」

「さっき言ってた【アーヴァンク】は倒したかい?アディも【索敵魔法】使ってみて」

「……………あっ、ちょっと待って下さい、あっー【来てますね】」


「戦闘態勢、数が多いな…」


「!、はいー、…あのホラ、やっぱり私の大人の女性の魅力が…」


「…」


「せめて、何か言って下さいよ」


ガサササササッと草木を分ける音が聞こえ、徐々に大きくなる。


「あっ、武器無い、ナイフ…しか無い。今日アイザラのおっさんから受け取る予定だったの忘れてた、戦闘は無理無理、逃げるよアディ」

【魔獣ヒッポグリフ】のアヒルに取り付けた荷物を漁っていたノーブルがそう言って急いでアヒルに跨る。


「ええ〜!文句言いたいけど私もなので何も言えない!」

喋りながら、アディもアヒルに跨る。


「行くぞアヒル!」『ピィールルルルルル!』


ノーブルの声に応えダダダダダッと走り出すアヒル。


『ギギィー』っと草木を飛び出して現れたアーヴァンクの群れは警戒の声を上げるが既に遅く。


『ピィールルルッカプッ』

『ギギィ!?』

勢いをつけて走るアヒルは1匹のアーヴァンクを加えた。


「あっ」「あっ」

ノーブルとアディはそのまま間抜けな声を上げるがアヒルはそのまま走り出す。


『ギッ!?』『ギギィ!?』『ギュイ!?』『ギギィ!?』

通り過ぎた群れから驚きの声が上がる。


『ギギィーギギィーギッギィー…キュー…』

咥えられたアーヴァンクは死んだフリを使うが恐らく未来は変わらないだろう。


「…そういえばアヒル隊長の朝ご飯まだでしたね」

「…やっぱ、馬みたいに扱うのは難しいなぁ」


冒険者クラン【炭の従士】のパーティ戦闘はまだまだ上手く行かない様である。


【戦闘結果】

アーヴァンク一体討伐。


ーGETー

アーヴァンクの前歯

アーヴァンクの毛皮

アーヴァンクの尻尾

ーLOSTー

アーヴァンクの肉

その他もアヒルが消化。

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