ー辺境貴族の聞かん坊ー

第46話 プロローグ


私は生まれました。


さぁ、私が隠しましょう。


この呪いの青いダイヤを。


ああ、そうだ穴を掘って埋めて隠しましょう。


それで救われる。


きっと家族も友達も国の皆。


元どおりに仲良くなるから。


皆が穴を掘っている。粉骨砕身で掘っている。


隠さなきゃ隠さなきゃ隠さなきゃ。


ああ、そうだ飲み込んで隠しましょう。


これで皆は安心でしょう?


だから、早く皆も私を安心させて?


皆が私を探してる。一心不乱で探してる。


隠れなきゃ隠れなきゃ隠れなきゃ。


ああ、そうだ門を閉じて閉めて隠れて隠しましょう。


ねぇ、何で開けてしまったの?


せっかく私が隠れて隠したのに?


ねぇ、何で切るの?


せっかく私が飲み込んだのに?


ねぇ、何で私を埋めるの?


せっかく私が掘ったのに?


私は生まれました。


さぁ、私が隠しましょう。


穴に落ち、腹に飲み込み、門を閉ざして、隠しましょう。


ケール(神々)をエレボス(冥界)に隠しましょう。


ケール=エレボス。


それが【冥神を祀る聖女】の使命と名前。


ーーーーーーーーーーーーーー


【主】となる貴方が言いました。


「ワニってさ、石を食べて自分の体を沈めるんだって」


そうなんですか?


私も石も食べましたよ?


頑張って隠しましたよ?


けれど、あの剣士さんに切られて出てきてしまいました。


頑張って集めて隠したのに。


貴方が眠らせた剣士さんは酷いです。


ああ、爪も手も足もボロボロになってしまった。


隠さなきゃいけないのに困りました。


けれど新しい私がきっと隠してくれます。


「さぁ、僕と一緒に沈もうか」


貴方と一緒に?


ああ、貴方は私の一部を隠してましたね?


大変でしょう?


隠すのは大変なんですよ?


でも貴方では私を受け止め切れないわよ?


だから貸すわね。


新しい私がこの力を欲するまで。


「深い深い海の底で眠ろうよ」


はい。貴方と一緒なら。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


そうね、隠しましょう。あの【竜】から隠しましょう。


そうね、隠しましょう。あの【樹】から隠しましょう。


【主】を隠しましょう。


新しい私は小さくて綺麗で可愛いの。


石ではなく【主】の子をお腹に宿したい。


きっと小さくて綺麗で可愛い子が産まれるわ。


知られない【穴】に隠しましょう。


切られない【腹】に隠しましょう。


開かれない【門】に隠しましょう。


私はケール=エレボス。


【冥神を祀る聖女】の成れの果て。


【海神を祀る勇者】を抱き眠り沈む誘惑に負けた者。


私はケロベロス。


【主】を守り、尽くし、耐える尊さを知ってしまった【番犬】。


【主】に守られ、与えられ、甘える喜びを知ってしまった【犬】。


海を知った【犬】は【鰐】と共に沈む。


ーーーーーーーーーーーーーー


「…変な夢」


ふと目を開ければ、辺りは暗闇に覆われた木造の部屋。窓から差し込む月夜の光だけが僅かに視界を灯す。


大きな木製ベッドの上には上質な白いシーツ。


そのシーツを纏う女性がいた。


白い布地から隙間から見え隠れする白い肌と薄桃色の髪が妖しく煌めく。


隣を見れば燃え尽きた炭の様な灰色の髪を持った【愛する主】。


自分の柔らかい肌と手とは違う。筋肉に覆われた張りのある硬さを持った肌、太い骨と血管が見える荒々しい手。


数刻前にあの肌と手を何度も重ね合わせた。


誰にも見つからないこの場所で。


【門】を閉め。


【腹】を晒し。


【穴】を埋め。


「犬みたいだったな、私」


彼女は自身に注がれた彼の愛を思い出し、顔を赤らめる。


顔の赤みを隠すため、彼女は彼の胸に顔を埋めた。


「ねぇ、私で満足出来た?【あの子】も悔しがってたくらいだもん、私じゃ無理かな」


再び、抱き眠り沈むため。


「ふふ、それでも私は…」


愛を知った【彼女】は【彼】と共に沈む。


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