第43話 混沌の燚
王城の【謁見の間】とは別の大広間では式典後の【祝賀会】が開かれていた。
人は多いが殆どが若者である。中央では紳士淑女が踊りつつ会話ししつつ交流を深める中、ある2人は広間の隅でグラスを片手に会話をしていた。
「アルメラー殿は何処に行かれたのだ?」
アルトゥ=ヒノ=ヒェール(19)金髪の長髪が煌めいている。グラスを片手に辺りを見渡す。
「ん?アル兄様ならブロッカート男爵家や騎士伯家の者を連れて【懇親会】の会場へ行ったみたいだな」
オラーン=ヒノ=ヴェルメリオ(20)香油で整えた赤髪のトサカを揺らしながらアルトゥの疑問に答える。
「なに?あっちの会場は年寄り共の集まりだろ?」
「さぁな、あっちに何かあるんだろ?」
「【剣王】様や【竜の姫】が顔を出すとしたら【祝賀会】、こっちの会場だろ?」
「…【竜の姫】?」
「フィ…とりあえず【竜の姫】と他の者が呼んでいたから私もな」
「…名前を覚えきれなかっただけだろうが」
「ふん、しかし2人はまだ姿を見せないな」
「お前と俺の父が血相を変えて【謁見の間】を出て行くのを見てなかったのか?」
「は?いや、見ていたとも」
「今頃、王族や高位の貴族が国王陛下と剣王様に殺到しているんじゃないか?」
「つまり…姿を見せようにも見せれないのか」
「来るとしたら夜の【晩餐会】だろうな…はぁ」
ため息を吐きながら答えるオラーンにアルトゥは舌打ちをした。
「チッ、面白くない…私の第3夫人に相応しければ声を掛けようかと」
「…婚約者がいるぞ?」
ピクリとトサカを揺らし反応するオラーン。
「ふん、公式の場であろうと所詮は口約束だ。あの親子の気が変われば簡単に取り消せる」
「気が変わればな」
「変わるさ、お前の兄であるアルメラー殿がすでに変えに行ったんだろ?こっちには【ハーディス家】がいないしな」
「…」
「くくく、ノーブルといったか?【舞踏会】【晩餐会】まで彼が【勲章】に相応しい身でいられるか見ものだな…どうだ賭けるか?」
「いいぞ、ハーディスの次男坊に金貨100枚だ。お前の【青い血】を【晩餐会】の肴にするのも一興だ」
「はっ?」
そう言ってオラーンは給仕に声をかけ新たなグラスを取る。アルトゥは口をアングリと開けたまま硬直した。
(派手に暴れろ【我が勇者】、俺の詰まらない人生を変えてくれ!)
オラーンは少年の門出を祝うかの様に一気にグラスの酒を飲み干した。
ーーーーーーーーー
「私はスワード男爵家長子クシポス=ロッソ=スワードであります!ノーブル=ロッソ=ハーディス殿!是非、一度お手合わせ願いたい!」
「ほらな?」
「ほらな?じゃないですよ…兄上、えーと?お初にお目にかかりますクシポス殿?ノーブル=ロッソ=ハーディスです。どういった御用件で?」
ノーブルはウンザリした顔で兄ジャンテを睨むと、クシポスと呼ばれた体格の良い短髪の好青年に返事をする。
場所は王城の【懇親会】の会場である大広間。【祝賀会】の会場にある豪華な食事は用意されておらず、摘む様な甘味類が立食用のテーブルに並ぶ。
若い者は少なく、年配者や【祝賀会】の賑やかな場や社交ダンスが苦手な者などが多い。その一同の視線はハーディス家の兄弟と青年クシポスに注がれていた。
「それはア…いえ、剣王様と同行し【剣王十字勲章】を受けた貴方は騎士の憧れの的であります。是非ともお手合わせをと…」
「いや、僕は剣とか振れないので」
ノーブルの発言に会場にいる一同がざわつく。
「え?あっ…え?」
「はい、なので剣も振れない子供相手と手合せするなどスワード家は名誉どころか恥をかくだけですよ」
「あっ…申し訳ない、少しお待ちを」
慌てるクシポスは後ろで様子を伺っていた赤髪の青年アルメラーとその取り巻きの元へと足を運び、何やら耳打ちしている。
「ふむ、アルメラー殿か」
ジャンテが草むらで蟻を見つけた様な感情の無い視線でクシポスとアルメラーを見遣る。
「【双翼の二公】でしたっけ?王族公爵…式典でも剣王様に食いついていましたね、もっと頑張ってくれれば婚約騒ぎは防げたかも知れないのに…」
「…そんなに嫌だったのか?フィオ様とは仲が良いんだろ?」
ジャンテは首の辺りを摩りながらノーブルに問う。
ノーブルとフィオは仲睦まじい関係であるとハーディス家の関係者に広まっているため、ノーブルは婚約を喜ぶと思うのは当然であった。
「婚約なんて一月前でもいいんですよ?それを成人まで6年間守ってみろって遊ばれてるんですよ」
「しかし守りきれたら男として格好は良いな、本や演劇の物語なら決闘して盛り上がるところだろう?」
「ああ〜王や王妃の前で決闘したりする話ですか?物語では都合よく一興みたいな感じで許される」
「そうそれ!格好いいだろ、軍法会議の余地なく首が飛ぶけどな」
決闘という言葉があっても歴史に名を残さないのは、そういう事である。ジャンテの暴力問題も未成年故に謹慎で許された。成人した今問題を起こせば容赦なく断罪されるだろう。
「じゃあ、兄上が第三夫人との結婚式があれば、余興として乱闘でもしましょうか?」
「無いと思うが嫌だな」
「決闘やら剣舞やら自分の家で始められたら嫌でしょう?やる方も馬鹿だし、止めない方も馬鹿だし、許す方も馬鹿です」
「馬鹿ばっかりだな」
「そして、今まさに馬鹿に喧嘩売られてる状況…クソッ」
「まさに【懇親会】だな」
「そういう返しは期待してませんよ、で?この状況はどう思います兄上」
「スワード男爵家の長子クシポス殿は王国騎士団の一人だ。ブロッカート家の者をいるな…アルメラー殿が騎士を連れてノーブルの鼻っ柱を折りに来たって所だな」
「なら、クシポス殿はアルメラー殿の後ろ盾があるから手合わせなんて無茶振りをしてきたと…可哀想に」
「まぁ、逆らえないし、後始末を引き受けてくれるなら大丈夫だと思っているんだろうが、所詮トカゲの尻尾だろう」
「はぁ、クシポス殿一人を相手にするだけじゃ終わりませんね」
「そうだ…」
「はっはっはっ!」
「「?」」
ノーブルとジャンテの会話を遮る様にアルメラーの笑い声が響く。
「はっはっはっ、…はぁ、ノーブル君の【勲章】はお子様故に手に入れた勲章だったと言う訳か!」
アルメラーが赤髪を掻き上げながらハーディス兄弟に近づいて来る。後ろにはクシポスもいる。
「おや、久し振りだねジャンテ君、君とはベルリーノ嬢との王都での婚約パーティー以来か?」
「ご無沙汰しております。アルメラー殿、そうですね。結婚式にはオラーン殿だけがご挨拶にいらっしゃいましたね。改めて礼をしたいものです」
「うっ…うむ…あ、あいつ、去年から出掛けることが多かった南部辺境まで行っていたのか」
「ええ、弟の身を案じてくれる数少ないお方、重ねてお礼を」
「あ、ああ…分かった私から伝えておこう。それよりノーブル君」
「はい、ノーブル=ロッソ=ハーディスです。お初にお目にかかります。アルメラー殿?」
とりあえず「挨拶もせずに気安くすんな」と脅すノーブル。
「う、アルメラー=ヒノ=ヴェルメリオだ。次期ヴェルメリオ公爵家当主として、ノーブル君の生還を嬉しく思う」
「はっ、ありがたく。ヴェルメリオ公爵家の長子様が自らご挨拶に来ていただけるとは、一人の国民を気遣うご配慮に感服するばかりです」
「う、うむ」
「はい、私が王城にいる間の安全は保障された様なものですね?いやー!有り難い!流石はヴェルメリオ公爵家!双翼の二公!いや王族!王城にいるだけでなく王都にいる間も安心して過ごせますね!」
「あっ、え?いや?」
段々と声量が大きくなるノーブルの声は会場に響き渡る。「オレに何かあったら王族の責任だからな!」と訴えられるアルメラーとその取り巻きが慌て出す。
「ふぅ、では兄上、【祝賀会】の方にでも行きましょうか。小腹が空いたので此方の会場にある甘味だけでは物足りません」
「ん?そうか、まぁノーブルの見張りみたいなものだし付いて行くがな、それではアルメラー殿、私とノーブルはお先に失礼したいと思うが宜しいか?」
「あっ、ああ…」
「失礼します。アルメラー殿、カノプス殿もまたの機会に」
「う、うむ、此方こそ失礼した」
ハーディス兄弟の二人はアルメラー達から離れて行く。
「では私もこれで、アルメラー殿?其れにブロッカート家の皆様方?」
「!?」
突然近くから響く声に驚くアルメラー。いつ間にかハーディス辺境伯グリスと聖女ニコが隣にいたのだ。
「グっ、グリス殿?」
「ふむ、私の妻の親族であるブロッカート家を騎士を連れて何かするのかと思ったが特に何も無いようだね?」
「そ、そうですな…」
震えるアルメラー。ブロッカート家の者だけでなくカノプスも硬直したまま冷や汗を流す。
「ブロッカート家と私の息子が剣でも合わせたりでもしたらお互いの家の品位が疑われてしまうからね?では失礼するよ。行こうかニコ」
「はい、お父様。皆様も御機嫌よう」
会場を離れていく二人に足音は無い。大理石の床と革靴が放つ硬い音が1つも響かない二人の歩み。一同はまるで足が無い幽霊でも見るかのように青い顔をして見送るのであった。
「あっ、あれが【王族泣かせ】…」
アルメラーは未だに足が震えて動けない。
ハーディス辺境伯グリス=ロッソ=ハーディスを知る者は彼に近づかれるだけで恐怖する。
恐怖の原因はある【魔術師】と【武術家】の死刑囚の情報である。
【恩恵】の無い魔法使いは自分の【魔法の限界】に絶望し、絶望は嫉妬へと矛先を変え、【魔法】を無効化する【魔術】を生み出し【魔術師】となった。
廃れていた道場の武術家たちを煽り【恩恵】を持つ王族に貴族や魔法使いを暗殺集団が立ち上げ裏社会で稼ぎ出した。
魔法を無力化される事に各国の王族は恐怖した。やがてハーディス辺境伯も対峙することとなるが彼とその私兵団は生き残った。
グリスは針の様な短剣【隠し剣】も常に持ち歩いているらしく、魔法を無効化されて姿を見せるという情報を魔術士と武術家は震えながら答えた。
国の恐怖を取り除いたと思ったら、新たな恐怖が生まれて王族は泣いた。
因み【魔法を無効化する魔術】は【結界魔法】として牢屋などで使われている。既に故人の【魔術師】は眼から鱗が落ちたそうだ。
王城に入る際にも荷物検査で【結界魔法】が用いられるが、グリス及びその一家から【本当の武器】を見た物はいない。本当に持って無かったとしても恐いものは恐いのだ。
「お父様の剣、何度見ても綺麗ですね」
「ん?ああ、人の隣に立つと癖で抜いてしまうな…やっぱりニコには丸見えなのかい?ジャンテにもノーブルにも見つかったことないんだが」
「そんなんですか?こんな綺麗な剣なのに」
「ふふ、嬉しいね、ニコが結婚したらあげようかな」
「お兄様たちは良いんですか?」
「ジャンテはプレッチャ公爵に結婚祝いに貰った【短銃】がお気に入りみたいだし、ノーブルは武器を持つ意味がない子だから」
「ジャンテお兄様の【ラッパ銃】カッコ良いってノーブルお兄様も欲しがってましたね…でも手入れが大変で火薬も弾もガルダ王国では輸入でしか手に入らないってロザートお姉様が呆れてましたよ」
「ああ、アレは別に鉄くずでも木片でも小石でも撃てるけど、専用の鉛玉じゃないと銃身が傷付きやすいんだよ」
「やっぱりデリケートなんですね」
「他の国では御者や商人が護身用に持つくらい普及してるんだけどね、騎士の仕事奪ってしまうしガルダ王国で普及するのはまだ先だろうね」
「でもプルー湖の冒険者の方は持ってる方多いですよ?」
「あれは威嚇用だから火薬だけで弾は入ってないよ、でもそうだね、火薬を安価に手に入れる場所があるのかも知れないね」
「【銃】が普及するのは良いんですか?」
「うーん、問題ないかな?私兵団とかすぐ剣投げるから、銃とか喜んで使いそうだしね、結局は国次第さ」
「成る程、ではノーブル様が武器いらないのは」
「竜人の持つ竜体魔法は【人種】として最強だからだよ、酒でも飲ませて泥酔でもしてくれないと竜人には勝てないよ」
ーーーーーーーーーーーー
王城の最上階の最奥の部屋である【王の間】。
歴代の【王】たちの鎧や武器が並び、国を脅かした大型の魔獣の剥製に各国から献上された品々、【王剣カークス】と【冥王の爪】もこの部屋に保管されている。
ガルダ王国の歴史が詰め込まれた仰々しい部屋の奥で3人の人物が向かい合って座っていた。
「エンヴァーンよ、私の孫に其方の娘…フィオをくれんかのう?」
現国王ライトは憔悴した顔で弟である剣王エンヴァーンに懇願した。
「デフェール君にかい?メラハ君にか?リプカ嬢の遊び相手なら喜んで、それともレド君に?」
豪華なソファに腰を沈め、調度品を観察しているフィオを眺めながら国王に返答した。
「この際だ、誰でも良い!【竜神の恩恵】の力が伝説の通りなら我が王族は安泰だ!」
「今は戦乱の時代では無いのです、要らぬ力では?」
国王ライトの顔を見ずに口だけ返す。
「しかし…各国では【魔法】を超える新たな兵器開発が行われているが、我がガルダ王国は新技術に遅れを取るばかりで何も進歩が無いと馬鹿にされておるのだぞ!?」
「まぁ、その頃には私は死んでいますがね…それまでには孫を見せてくださいねフィオ」
剣王に呼ばれたフィオはクルリと振り返る。
「はい、お父様。必ずやノーブル様と私は迫り来る障害乗り越え、元気な子を授かってお見せします!」
ニッコリと少女らしい無邪気な笑顔で答える。
「真面目に儂の話を聞いてくれぇえええええええ!?」
現国王の悲痛な叫び、楽しそうに笑う剣王の親子。
炎神の愛す者たちが放つ火を冥神の愛す者たちが軽く払い除けていく。
やがて夏の蒸し暑い熱気が止み、夜の冷たい風が肌を撫でる頃。
燃え続ける混沌の火は【晩餐会】を照らし始めた。
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