第42話 混沌の焱


「それでは、ノーブル君。私たちも失礼するよ」


「ノーブル様、また後ほど」


「…」


【論功式典】は終わりを告げ、国王ライトは頭を抱えながら玉座を後にした。それに続いて王族が退出する頃にエンヴァーンとフィオの剣王親子はノーブルに声をかけた。


ノーブルは跪いたまま、二人を見る。何やら満足気な顔の二人に溜息を吐く。


「はぁ…………ええ、後ほど」


剣王は頷くとノーブルに背を向けて歩いて行く。フィオも軽くお辞儀をするとトコトコと剣王の後を追い歩いて行く。


王族が退出すると各国の来賓にガルダ王国貴族や騎士達が【謁見の間】から急ぎ足で退出する。この後に王城にある別の会場で行われる【祝賀会】【懇親会】【晩餐会】の準備に入るためでもあるが、今回の式典で投下された爆弾にどう対応するかだろう身内や各派閥で話し合うためである。


ノーブルも立ち上がり【謁見の間】を見渡すと、値踏みするような視線と好奇なものを見る視線に晒される。怒りや嫉妬に哀れみなど様々な感情をぶつけられたノーブルは怒りのボルテージを1つ上げた。


ノーブルの怒りのボルテージは10段階くらいあるのだが現在はフィオと剣王に騙され4つ程上がっている。それから1つ上がった。


つまり半ギレしている。


【謁見の間】の左右の列にいたハーディス家の面々を見つけるとノーブルは真っ直ぐ向かい合流した。外面は微笑んでいるが家族だけは何となく分かった。どう話しかけたら良いか迷う一同。


(((滅茶苦茶、不機嫌だ…)))


「…父上はどこまで?」


「…【冥王の爪】を持ち帰ったノーブルが剣王様と同行し貢献した報酬は出るとは聞いていたな」


ノーブルの持つ【冥王剣ケロベロス】は冥王の能力を宿した死体の管理者であるノーブルから離れると【冥王剣】ではなく【冥王の爪】と化す。


「それは僕も聞いています、ただ式典とは別の機会だと僕は聞いていましたが…ッ!」


ノーブルは会話の最中に視界に入った人物に思わず口を噤む。


ハーディス家一同の前に現れたの小太りな老人カピストラーノ=ロッソ=プレッチャ侯爵。

【大法官】という国の法令を作成し、発給を行う行政の大黒柱的な役職を兼任する大物である。


背後の書記官らしき人物たちはハーディス家に怯えているのか足取りが重い様であった。


「…やぁ、災難だったなノーブル君、いや始めましてが先かな?」


疲れているのか笑顔であるが力が感じられない印象を受けるノーブル。


「はっ、お初にお目にかかります。プレッチャ侯爵様。兄の妻、ベルリーノ義姉様からお噂はかねがね…」


ベルリーノはジャンテの第一夫人でプレッチャ侯爵の孫娘でおっとりとした女性である。


「おお、ハーディス辺境伯にも聞いたがベルリーノは元気にしてるかね?」


「はい、鳥がお好きな様でグリフォンの羽根をお土産に持って行ったら喜んでいましたね」


ノーブルの発言に目をカッと光らせるプレッチャ侯爵。


「グリフォン…!?【鷲と獅子の魔獣】か!?君が倒したのか?目撃情報も少なくBランクのパーティーが連合を組んで挑むものと聞いていたが…」


「い…いえ、私が未熟な為…倒し切ることまでは、いつか再戦したいものです」


プレッチャ侯爵の変貌にたじろぐノーブル。


「ふむ…にわかに信じ難いが剣王様が認めた程だしな…」


「あっ、あとベルリーノ様から侯爵様も鳥が好きとお聞きしたのでグリフォンの羽根ペンを王都に職人に頼んで作成し、後ほど献上しようかと」


「むむ!…そっ、それは欲しいな、グリフォンが馬と交配して生まれた【鷲と馬の魔獣ヒッポグリフ】もギルドに依頼は出しているのだが見つからなくてな、まさか上位のグリフォンの羽根が手に入るとは…」


「では羽根ペンだけでなく加工前の物を合わせて送らせて頂きますね」


「おお、本当か!?いやぁ、最近仕事漬けで部屋の骨董品やら調度品を見て楽しむくらいしか娯楽が無くてな、ふむ報酬も出そう!」


「いえ、兄がお世話になった方なので、これくらいはお土産として受け取って下さると、私は冒険者ではありませんので素材の売買の許可が頂けませんから…」


「ああ、冒険者ギルドの登録は成人してからか…そうだな…うむ!おい書記長官」


「はっ、はい」


書記長官と呼ばれた男性が慌てて侯爵の背後から顔を出した。


「【剣王十字勲章】に冒険者ギルドBランクの権限を与えると追記しておけ、ギルド長とは来年の【武芸大会】のことで打ち合わせするから、そこで確認を取る」


「はっ?えっ…はい分かりました」


書記長官と呼ばれた男性は他の書記官と共に大急ぎでこの場を後にした。


「だっ、大丈夫なんですか?」


ノーブルは突然のことに慌てる。


「んん?いや、逆に助かったぞ?名誉は大事だが【付加価値】も大事なのだ。【剣王大十字勲章】のオマケに作った勲章で内容はまだ白紙に等しいの状態でこれから詰める予定だったのだ」


「え?あっ【神信魔法】の確認は?身分を明るくするのに必要だと聞いた覚えが」


「賢い子だな、保護者の確認が取れているのだから身分は問題ない。【神信魔法】も人を雇うんだ安くない金を払うしな…【剣王十字勲章】は現在は君一人だからな偽証の心配はないだろう」


「あっ…」


シベックは他国の元スパイだと言っていたことを思い出すノーブル。


「…分かりました、私としても一足早く一人前になれた気持ちで嬉しく思います…!」



「はっはっはっ、そうか?こう素直にお礼をされると嬉しいな」


「ええ、今ならヒッポグリフでも捕まえられそうです」


「ほう、では期待して待っていよう……ん?…勲章?勲章…ああ、そうだった本来の目的を忘れていた」


「?」


「君に授与される勲章のメダルとリボン、あと報酬内容が記載した目録だか、後日使いの者にハーディス家の屋敷に届けさせよう。急に決まったこともあって対応しきれんかったからな」


「はっ、ありがたく!…あと恐れ多くも1つ気になることが」


「む?何かな?」


「はっ、今回の勲章授与と剣王親子の暴走は何処まで侯爵様はお知りになっていたのかと…」


「…ふはっ、ふふふ、暴走とはな…くくっ、他では使うなよ?無礼な発言だ、気をつけたまえよ」


「はい…」


「ふぅ…君も大分振り回されたみたいだな…済んだ後に言うのも何だが今回の事は剣王様から直々に相談があってな私も断れなかった…」


遠い目をする侯爵に同情するノーブル。


「うっ…」


「王族には睨まれるだろうが、【引退寸前の国王様】と【国の伝説となる剣王様】を天秤にかけるとな…」


「あの…それも結構危ない発言かと…」


「むっ、そうだな。式典が終わって少々気が抜けているようだ。これから今回の件について緊急会議で呼ばれるだろうしな…はぁ…」


「いえ、ご多忙のこと心中お察しします」


ノーブルは侯爵に対して深く頭を下げる。


「ふむ、グリス君もジャンテ君も優秀な逸材を手に入れた様で頼もしいな」


ノーブルを見た後、グルリとハーディス家の面々と顔を合わせる。


「ふふ、お褒め頂きありがたき幸せ」


「弟に負けぬ様、精進する次第です」


グリスとジャンテは胸を張り答える。力があり、爵位に差が無くても国の権力はプレッチャ侯爵は段違いで持っている。


王族が無ければ国のトップはこの侯爵であると分かっているから一同は敬意を崩さない。


「ではな、ボロが出ないうちに私は退散するよ。ジャンテ君、ベルリーノのこと宜しくな」


「はっ、お任せを」


その言葉を最後に【謁見の間】の大扉に向かっていくプレッチャ侯爵。


「「「ふぅぅ…」」」


「お疲れ様ですお父様、お兄様方」


後ろで控えていたニコがドレス姿でハーディス家の男性陣に声をかける。ノルベとフィレットは式典には参加せず、外で他の婦人たちのお茶会に参加している。


「やぁ、ニコ素敵なドレスだね」


ノーブルはニコを見ると青いドレスに白いフリルが肩と腰に装飾されたデザインであった。


「ありがとうございますノーブルお兄様、えとご婚約おめでとうござ…い…」


ニコの後半の発言にノーブルの顔が顔がみるみるウンザリした顔になる。


「ノーブル、兄として妹に向ける顔ではないと思うぞ」


「兄上は気楽ですけどね、僕と父上は明らかに面倒ごと背負わされましたよ!」


「えっ?勲章貰ってフィオ様とご婚約…したから良いことなのでは?」


ニコはノーブルに不安そうな表情で聞く。


「ん〜例えばさニコやフィレットに婚約者が出来たとするだろ?」


「う…うん」


「婚約相手がハーディス家に利も無く父上や兄上が嫌いな奴だったらどうします?」


「枕元に抜き身のナイフ置くかなぁ」


「男同士でお茶しに行くかなぁ、まぁお茶飲める状態かは分からないが」


「まぁ、僕だったら玄関に魔王の死体置いておくんだけど」


「あわわわわわ…」


男性陣の意味不明な発言に狂気と殺気が混じっていることに恐怖するニコ。


「我が弟を狙う刺客か腕が鳴るな!」


「兄上が脳筋思考になってて弟は大変不安です」


「まぁ、大事な息子だからな。牽制くらいはしとかないとね」


ハーディス家の【冥神の恩恵】を使った【隠の兜】という【技】がある。


【兜】という名が自分が被るのではなく【被せる】。視覚、聴覚、嗅覚の五感の内の3つを【被せた】瞬間から【不変】させる。


場によってすぐに見破られるが、例えば深夜の見張り。広い大地に住む野生動物。【不変】に気付きにくい場所では大きな効果を生む。


もちろん見破られても、兜の魔力が解けないと時が止まった世界で自分だけ動いていると勘違いする挙動不審な人になる。


因みにニコは【冥神の加護】持ちのため、【隠の兜】を使うと【不変】が全身に渡る【隠の鎧】となる。この【技】でひと騒ぎ起こすことになるが、まだ先の話である。


そんなこんなで対人戦には自信のあるハーディス家。


「恐らく、今日は確実に1回は喧嘩売られるだろうな」


ジャンテはノーブルを見ながら物騒な事を口にする。


「はっ?何でですか?」


「今が1番、王族や貴族が強い時だからだよ」


グリスは苦笑しながら疑問に答えるがノーブルは首をかしげる。


「?…分かりません?」


「【炎神の恩恵】は人が多いほど強くなる…」


ジャンテはポツリと語る。


「【炎神】って最弱の?他の【恩恵】に喰われてしまうから、【山神の恩恵】や【冥神の恩恵】持ちには宿らないって剣王様から聞いていますが」


ノーブルの答えにジャンテはニヤリと笑う。


「ふふふ、式典で王都中に人が集まってる今、オレ…私でも勝てるか分からんぞ?」


「……………………………………へぇぇ?」


ジャンテにつられてノーブルも笑う。


【炎神】が【海神】【冥神】【龍神】に土下座してる気がしたが気にしないことにした。



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