第44話 鉛の舞踏


ガルダ王国・王都アガディール・王城


昼過ぎに行われた式典の騒ぎの熱は冷めぬものの幾分か落ち着きを取り戻した王城。


しかし式典後の大祝宴はこれからが本番である。


昼から夕方にかけて行われた【祝賀会】は終わりを告げ、【晩餐会】に向けた紳士淑女の新たな舞踏が始まろうとしていた。


舞踏が行われる大広間に隣接した広間では式典後からに顔を出さなかった面々も現れる。


【北の共和国】ラサーヤナの元老院。

【東の大公国】ヴァイナテーヤの高官。

【西の帝国 】ラクトバクシャの護国卿。


各国の来賓が互いの情報を引き出そうと外面の作り笑顔で牽制し合う中、離れた場所から観察するガルダ王国の王族や貴族。


彼らのお目当ては【剣王】と【竜の姫】、そして【竜の姫の婚約者】。


そんな注目の的の一人がいる【南の辺境】ハーディス辺境伯家の控え室の1つ。


【晩餐会】に向けて着替える少年と青年、二人はワイシャツ姿で騎士から飲料水を貰っていた。


「どうぞジャンテ様」


「ああ、ありがとう。後はいいから、水差しだけ置いていってくれ」


ハーディス家長男ジャンテは落ち着いた口調で騎士に返事をする。


「はい、何かご用意があれば何なりとジャンテ様、ノーブル様、それでは失礼致します」


「…ああ」


ギィと開けたドアの先から令嬢達がパタパタと逃げて行く。


「…」


「「…」」


「…そ、それでは」


我に返った騎士は慌てて部屋を出ると、バタンとドアを閉めた。


「…」


「何か…凄い色目で見られてた気がしますね」


嫌そうな顔をするハーディス家次男ノーブル。


「そうだな…やたらと若い子がいたな、しかも大勢」


「決闘が難しくなったから、女性を差し向けて来たか」


「はぁ…暇人だなぁ、【祝賀会】の方も行ったけど質問責めでニコと踊ろうと思ったのに踊れなかったし…僕なんか放って置けば良いのに」


顔も名前も覚え切れず、ただひたすら言葉を繰り返す人形となっていた出来事を思い出して顔を顰める。


「話題のネタが無理言うなよ…しかしニコが落ち込んでたな…お前と踊るの楽しみにしてたし」


「…」


ノーブルもそれは知っており踊る約束をしていたために表情が曇る。


「まぁ、逆にオレはロザを連れてなかったからニコが相手してくれて助かったよ」


「…晩餐会でも踊る機会あるし、その時にでも埋め合わせしますよ」


「お前の踊り相手はフィオ様だろ?どう考えても」


「ぐっ…ずっと付き合うわけでは無いハズ」


「そりゃあ、まぁ、そうだが今回の式典の祝宴は朝まで続くぞ?」


「ハァ!?そんな時間まで騒ぐんですか!?祝宴って!?」


【青い血】の遊びっぷりにドン引きするノーブル。


「祝賀会の舞踏なんて序の口だよ、晩餐会後の舞踏なんて阿鼻叫喚の図になるぞ?」


「じゃあ、僕は良い子なのでさっさと帰りますね…ぐぇっ」


現在、夜の8時。ここから本番と言われても困るノーブル。部屋から逃げ出そうとしてジャンテに首根っこを掴まれる。


「まぁな、フィレットは流石に母上が帰らせたが…それに言っただろ?今日はお前の見張りなんだ私は」


「うぇえ…」


迫る喧騒から逃げられないと宣告されたノーブルは肩を落とす。諦めて【晩餐会】への着替えを始める。


「兄上、この時計巻いても良いですか?剣王様から貰った腕時計型の日時計持ってるんですけど、流石に礼服と合わないので」


ジャンテの衣装が入った鞄を覗いたノーブルが高級そうな時計を手に取る。


「日時計?そんな骨董品使っていたのか?ああ、それは【アレキサンドリア工房】の型だな、帝国の護国卿も愛用してる腕時計だ、我が弟ながらセンスが良いな…てかその日時計!【オベリスク】だろ!?」


ノーブルの日時計を見たジャンテが驚愕する。


「【オベリスク】?」


「西の帝国にあるダンジョン【時の針オベリスク】、塔の階層ダンジョンだが仕掛けが複雑で時間毎に階段と通路が動いてるって話だな」


「登らせる気あるんですか、その塔?」


面倒臭そうな顔をするノーブル。


「さぁ?そこで手に入る【時を記す道具】は【オベリスク】って名前が付けられて、多くは神の祝福を受けた【魔道具】で貴重なんだぞ?」


鼻息荒く興奮して語るジャンテにノーブルは顔を引き攣らせた。


「ああ〜、王都で作られた物と思ってましたが魔道具だったんですね…しかしダンジョンですか、ちょっと憧れますね」


「何言ってんだ【竜の住処】も迷宮ダンジョンとして認定されてるぞ」


「へー………えっ?」


通り道程度の認識だった場所がダンジョンと呼ばれてポカンと気の抜けた表情を見せる。


「おいおい、知っておけよ…プルー湖西部の【世界樹】に行くための通り道【世界樹の根】も迷宮ダンジョン認定されるらしいし、冒険者の人入りがまた多くなりそうだな」


「【プルー湖西部】ですか行って見たいですね【世界樹】も気になりますし」


「オレ…じゃなくて私も父上も行ったことないぞ?エルフとは西部の開拓村で年に数回顔を合わせて近況報告するくらいで、シベックが一度だけ妻と行ったくらいじゃないか?」


「へぇ、シベックは何と」


「妻の両親とあった記憶以外は消されたらしいな!」


「怖っ!!」


しかし、二人はシベックの発言を信用していない。ただ【口封じ】をされたのは確かであると二人は【世界樹】に対し畏怖の念を込めるのであった。


ーーーーーーーーーーーー


着替えを終えた2人は部屋の外に出て騎士に軽く挨拶すると舞踏が行われる大広間に向かう。


途中、何人かの貴族が話しかけたそうにチラチラと視線を寄越してきたが無視して進む。


絨毯を敷き詰めた廊下を渡り階段を登っていく二人。


「あっ、ノーブルお兄様にジャンテお兄様」


聞き覚えのある声に反応し、振り返るとニコとロザートが2人に向かって歩いてくる。


「やぁ、ニコ、ロザ義姉さん」


「ちょうど良いな、みんなで行こうか?父上はブラウン伯爵閣下と先に行っているから」


「あら、お義父様とお爺様が?」


「まぁ、話したいことは一杯あるんだろう、式典がアレでは」


「フフ、それもそうね」


「あの〜」


談話する4人の横から申し訳なさそうな声が流れてくる。


「「「「?」」」」


一同が振り向いた先には一般の兵士より煌びやかな鎧と装飾を身にまとった騎士かいた。


「ハーディス辺境伯爵様の皆様でしょうか?」


「ええ」「そうだが?」


ノーブルとジャンテが返事をする。


「失礼致します。私、メラハ=ヒノ=ガルダ様の近衛騎士を務めさせて頂いています。スクロペェトム=ロッソ=スワードであります。ノーブル=ロッソ=ハーディスにご用件が」


「僕がノーブルです。ご用件とは?」


自己紹介した近衛騎士へ一歩前に出るノーブル。


「はい、剣王エンヴァーン様とフィオルデペスコ様がお呼びしてるので案内せよとのことで」


「それを…そのメラハ様の近衛騎士が?」


ノーブルが眉を寄せると、騎士スクロペェトムは苦笑する。


「近衛騎士と言っても一人ではありません。王族の方の命ではあれば従うものです。その代表として私が」


「…分かりました。では兄上のエスコートを頼みますよ、ロザ義姉さん、ニコ、私は一旦ここで」


「ふむ、剣王様とフィオ様に宜しくと」

「後でねノーブル君」

「ノーブル…お兄様それでは」


「では、ノーブル様ご案内致します」


ハーディス家の3人は舞踏が行われる大広間へ歩き出し、騎士スクロペェトムはノーブルの前に出ると反対方向を歩き始める。


騎士に連れられて引き返して行くノーブルに気付いた貴族たちは訝しげな表情を見せるがすぐに大広間へと足を向けた。


(…何の匂いだ、多分、知ってる匂いだけど…)


鼻をスンスンと鳴らしながらノーブルは眉を寄せる。


周りを見渡すが目立ったもの無い。気になるのはカチャカチャと音を鳴らす目前にいる騎士スクロペェトムの剣くらいであった。


「随分と趣向の凝らした剣ですね」


「えっ?あっはい、あっメラハ様から頂いた剣ですね。儀礼用なので飾りは派手なんですか実戦ではちょっと…」


鳥の羽と尾が細かく表現された仰々しい金の装飾が剣の握りとガード(刀でいう鍔の部分)にされており、実戦で使ったら簡単にボロボロになりそうである。


「あっ、こっちを角を曲がるともうスグですね」


「はっ?」

「えっ?」


案内をする騎士スクロペェトムに対して急に立ち止まるノーブル。


「如何致しました?」


「…………いえ、行きましょうか」


(探知魔法をフィオさんにかけてあるんだけど…そっちは反対、どうしようかなぁ…)


取り敢えず騎士スクロペェトムついて行くことにしたノーブル。


大広間から離れ、静かな別館へと足を進めて行く。


(あっこれ、ダメだわ【ヴァルサルヴァ】……………あれ?【海神の精霊の魔力】が弱い?)


【冥神の恩恵】を使って魔力を隠しながら【海神の魔法】を使おうとして上手くいかないノーブルは焦る。


(えっ…【広範囲】に発動出来ないんだけど…!?あっ【炎神】の力が強いって…そういうこと!?)


父グリスと兄ジャンテの忠告を思い出して更に焦る。


(自分以外に魔法は無理か…それか近距離…無理だな逃げるか…)


「あっ…!」


何かを思い出した様に声を上げるノーブル。


「?…どうかなさいました?」


「申し訳ありません。スクロペェトム殿、私はフィオルデペスコ様とは成人までお会いもお話も出来ないお約束しておりました!今回の件は何かの間違いでは?」


「!………いえ、今回は国王陛下のお許しを得ていますので…お気になさらず」


「いえいえ、きっと何かの間違いかと…私はこれにて」


「いえいえいえ…そんなご遠慮など」


「…チッ【帰還せよ】」


「なっ!?」


【冥王剣】の【黒い石の棒】がノーブルの手から生み出される光景にギョッと目を見開くスクロペェトム。


「ふっ!」

ブォンと【冥王剣】振るう。


「うおっ!?何すんッ!…なっ…何を!?」

スクロペェトムは慌てて躱すと叫び声を上げる。


「避けんなよ!フィオルデペスコ様なら【探知魔法】で何処にいるか知ってるからな!」


「なっ!この年で【広範囲の探知】!?ガキの癖に!?」

「やっぱ【黒】か!ガキは余計っだっ!」


確信したことで【冥王剣】を振り下ろす。スクロペェトムは横に飛んで躱す。

ガコンッと大理石の床に打ち付けた。


「!?…てめぇ!カマかけやがっ…ッぬおっ!ははっ!剣の振りは素人だな!やっぱガキっが!?」


更に【冥王剣】横に振るったが簡単に避けられる。


「チィ!」

(探知魔法は本当だって…クソッ!当たらん!)


「貴様ら何もしているッ!」

「キャッ!!えっ…喧嘩!?!」


「「!?」」

ノーブルが振り返ると貴族の夫妻が驚愕し此方を見ていた。


「ふっ!」

スクロペェトムがノーブルが振り向いた隙に派手な儀礼剣を抜いてノーブルを突いた。


「おっと遅っ」

上半身を曲げて難なく躱すノーブル。【剣王】の剣で慣れている眼には大した事は無い様だ。


「はぁ?!何で躱せっ!?うおっ!」

【冥王剣】でやり合うのは無理だと判断したノーブルは【冥王剣】を離し回し蹴りを放つが体格差もあり、一歩引いただけで躱される。


もうすぐ9歳で身長は140センチも間近と順調に成長してはいるものの魔法無しの戦闘に関しては不利であった。


「だぁー!【ヴァルサ…」

至近距離で【海】の魔法を使おうと気持ちを静め、魔力を取り込もうとするノーブル。


「らぁッ!!」

スクロペェトムの剣を握り突進する。


「ぬおっッ!?ッラ!」

タタンッと飛び上がると回し蹴りを放つ。


「ぶふぉ!てめっ!?」

スクロペェトムの突進と合わせた刺突を横へステップして躱し、すれ違う様に回し蹴りを腹に当てたが効果が薄い。


(蹴りも効かない!ッ魔法を…使う暇ッがっ)


「死ねぇぁっあ!!!」

完全にキレたのか休む間も無く剣を振るうスクロペェトム。


それをヒョイヒョイと危なげなく躱すノーブル。

「いや、だから…【ヴァ…うおっ!?」

(ああもう!!集中できん!?)


「やめろ!!!」

「喧嘩よぉ!」

「キャァアア!!!」

「止まれぇ!」

「なっ何だ何だ!?」


背後から聞こえる野次馬の声にノーブルは気付く。


(相手が逃げられないけど、俺も逃げられない…人質とか取られると困る!)


何処かに誘導される前に事を起こしたが自分以外の被害や人質の可能性に気づいたノーブル。


相手を無力化するのも体格差があって無理なノーブルは歯噛みした。

(逃げるのが正解だったかッ)


「てめぁ!素人なのか!ゼッっ…素人じゃないかっ…ハァッ…分かっんねぇッ!」

ヒュンッヒュンッとノーブルの顔を狙って突きが飛んでくる。ノーブルの赤い礼服を翻し、タタンッと石の床を軽く蹴る。


「ちょっッ!待っ!くっそ!」

(どっちも当たんないとか!…ん?また【匂い】が?)


「オラァッ!」

ノーブルの顔を狙った突きを放つ。


首を捻って躱すと、風が鼻を撫でる。

「よっッ…と!」


(嗅いだことのある鉄と【何か】が混じった油と…炭?)

剣を一度じっくり観察したノーブルは気づいた。


「マジかぁい!?」


「ハァッ…むッ?」

ノーブルは【察した】故に【冥王剣】拾い上げると力任せに垂直に降った。相手の【剣】を狙って。


しかし、剣術ではスクロペェトムが上である。垂直に降った剣はバックステップで躱される。


剣と腕は振り切った無防備のノーブル。

「はっ!死ねッ!」


バックステップで距離を取ってからの素早い突進。


「おっと」

ペタンッと開脚するとノーブルか穴に落ちかの様に沈む。

「!?」


幼少期から続けている【怪我を抑える為】に受け身と同じく重視した柔軟体操。


確信した一撃が決まらなかった事に驚愕する騎士スクロペェトムに冷や汗が噴き出す。


「潰れろ!!」

ノーブルは振り切った手首を反転させ剣を握り直し再び剣を振るう。狙うは剣を握る右手。外しても右腕に当たる好機。


ゴギンッ!


「ぐぅ!?」

「なっ…!チィッ!」


スクロペェトムは剣を握っていない左手を伸ばして止めた。


コレで勝負はついたと思ったノーブルは目を見開く。ミシミシと骨が軋む音と手応えを感じたノーブルは開脚した足を戻す。


スクロペェトムの剣を握る右手が動いた。


ノーブルは屈伸から体を持ち上げる勢いで後ろに飛び、スクロペェトムと距離を取る。


相手の足は動いていない。距離を稼いで一息つけるとノーブルは確信した。


(これで魔法を…!?)


「ッ!?」


ノーブルは思いっきり仰け反った。


ドゥンッ!


響いたのは発砲音。


ノーブルは仰け反りから体を横に捻り、床に倒れる様に転がった。


そしてすぐに立ち上がり、音の先を確認する。


剣のガードと握りから漏れる煙。金の鳥の装飾は火薬で黒く染まっていた。


(クソッ!やっぱり火薬の匂い!剣の握りと鍔の装飾がやけに凝ってると思ったら銃の構造を隠す為か!?)


そして躱されると思っていなかったため、悔しがる表情のスクロペェトム。


「チィ!」


「はっ!初見殺しがっ!」


ノーブルが悪態をつきながら再び突っ込もうとした。魔法より即効性のある【冥王剣】による打撃を選んだ。


「馬鹿が!」


カチンッと硬い音。

「!?」


ノーブルは腕を上げた。


パゥンッ!


ベルトの【バックル】から火花が散った。


「ひっ!?」

「何だっっ!」

「キャアア!?」

「ノーブル!?」

「うわぁああああ!」


一発目の発砲音に気づき集まって来た者たち、先にいた野次馬の悲鳴が響く。


ノーブルは立ち上がりかけた体勢から後ろに頭から吹っ飛ぶ。


大理石の床に血が飛び散る。


「ゴホッゴホッ…はっ、はははッ、ヒヒヒヒッ!コレで私は…」


「ッざっけんなゴラァアあああ!!」

背後からゼロ距離でいきなり響く咆哮。足音は無かった。


「あっ?」

スクロペェトムにその咆哮は何も聞こえない。

身の前にいるノーブルが倒れかける光景。倒れかけるが倒れない。

時が止まった様にスクロペェトムの世界は【不変】した。


【隠の兜】


ただ痛みと衝撃が彼を襲う。


「あ?ばっガハッ!?」

ジャンテがスクロペェトムの頭を掴むと壁に側頭部を叩きつけた。ゴンッと鈍い音の後にブチブチと何かの繊維が切れる音。


「らぁアア!!!」

更に壁に叩きつけたスクロペェトムの脇腹を潰す様に膝を叩き込む。


「ブオッエっ!?」

内臓が押し潰される痛みに悶絶するが、意識はまだある様だ。


「ィッいッ加減に落ッちッろ!!!」

ガゴッとジャンテの肘がスクロペェトムの顎に突き込まれる。

「ァバッ!?…ッガ!?」


顎が折れる程の衝撃で脳を揺らされたスクロペェトムは失神するとそのまま床に崩れ落ちた。


「ハッ…ハッ…ハァッ…、チッ【炎神の恩恵】で無駄にタフになりやがって…ノーブル無事か!?」

スクロペェトムを無力化したジャンテは一瞥した後ノーブルに視線をを向ける。


其処には。


「の…ノーブル!?、血ッ血がっ!?」

淡い紫のドレスと両手を赤に染めてノーブルを抱くニコ。


顔を血で赤に染めた弟ノーブルの姿。鼻の凹凸が滅茶苦茶だった。


「…ぁ」

言葉の出ないジャンテ。


「あっ…ぁあ」

護衛を引き受けて、この体たらく。

嫌な予感がして妻ロザートを父グリスに任せた後、同じく不安がるニコと追いかけてみれば、発砲音と吹き飛び弟の姿。


「ノーブルぅ!!」

叫ぶジャンテ。


「ん?…いやぁ、弾が鼻に刺ひゃって止まんひゃいはら布はひて」

ひょいと起き上がるノーブル。息が漏れる様な声で話す。


「「えっ!?」」


「いひゃ、だかりゃ、布」

鼻を手で抑えるノーブル。まるで何時もの事のように軽い雰囲気。トラウマものの惨状でも彼は【普通】だった。


「えっ…いや、布でどうにかなるとか…違くて!、布布布、はいぃ!」

ニコは混乱しながらもハンカチを取り出しノーブルの鼻に当てる。


「…大丈夫…なのか?」

恐る恐る聞くジャンテ。


「はーっ、ひょう鼻吹っ飛ばひゃれへも、熱いひゃへで痛いとかあんまりひゃいなー」


「の、ノーブル、喉にも弾が刺さって…ち、血が止まりっあれ?硬い?固まって…」


「…おっおい本当に大丈夫なのか!?」

ノーブルの顔が真っ赤に染まり眼球の白さだけが不気味に際立つ。


「はっ、喉ひゃ…上手ひゅ喋れひゃいわへだ、あっ、手ェ離して血の固まひゅの早いひゃら」


「はっ、はいっ」

ニコは言われるがままに手を離す。


「はぁー、っ…とりあえひゅ僕はぁひゃえるへょ」


「帰る?そ、そうだな、王城は胡散臭いことになってそうだし、お前が動けるなら、この場は離れるか…人が来ると通路じゃ動けなくなるし、処置も遅れる…」


「まぁ、出血なひゃ大丈夫、水と食べ物なら、あるでひょ?」


「分かった、用意する…この状況をオレが説明しておく…と言ってもお前が襲われたということしか分からん、後で詳しく聞くが…」


「ひゃい、あにうふぇ…あっ後、あんひゃり騒ぎ立てひゃい様にしへ」


「無理して喋るなよ…返事だけで良い…ニコとりあえずお前もノーブルと行け、俺とノーブルが使ってる控え室は分かるだろ?そこで休ませろ」


「わっ、分かりました…【輝きにて溶けて消えろオプスクーリタース】」


ノーブルとニコが魔力の光に包まれると2人の姿が城の通路に混ざる様に歪む。


「…」

「…」


歪んだ2人が何かを喋っているのだろうが聞こえない。その歪みも意識しなければ分からない程に景色に溶け込んでいく。


「ほらっ道を開けろ!その内、騎士や王族が大勢来るぞ!面倒なことに巻き込まれたく無いならここから離れろ!容疑者扱いされたいのか!?」


ニコの魔法に呆気に取られていた野次馬が我に帰ると多くが慌てて散っていく、残っているのは混乱している騎士たちだ。

貴族と騎士の乱闘にどう止めに入って良いのか分からなかったのだろう。


(恐らく、この騎士は首が飛ぶかも知れないな)


ジャンテは冷めた視線を送る。


(ノーブルとニコは…離れたな、クソッ、面倒だな。これってプレッチャ侯爵が言ってた【バックル型】の【小型銃】だろ?【西の帝国】貴族が使ってるっていう…あれ?)


「あのド派手な剣どこ行った?」


ーーーーーーーーーー


「ノーブルぅ…血だらけでニヤニヤしないでぇ怖い…」


「えっ?いひぁ…迷惑料にもらっひぇおこうかひゃと」


人にぶつからない様にニコに支えられ歩くノーブルの手には煤けた儀礼用の派手な剣が握られていた。

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