第39話 論功式典



その日の夜、ハーディス家の夕食の食卓では笑い声が響き渡っていた。


「あっはっはっはっは!!なんだそりゃ!浴室でそんな面白いことになってたのか!オレ…じゃない私も行けば兄弟全員揃ったのにな!今度はみんなで入らないか!?」


ハーディス家の次期当主である長男のジャンテは笑いながら兄弟に提案する。


「お断りします兄上」


「…申し訳ありませんジャンテお兄様」


「ヘンタイさんですか?ジャンテお兄様」


次男ノーブル、養子ではあるが長女ニコ、次女フィレットから容赦なく断られる。


「ぐおぉぅ…!?何故だ…愛する弟と妹たちが冷たい…」


食卓を両手でダンッと叩き本気で悔しがるジャンテ。


「ジャン…貴方ってノーブル君が来てから本当に形無しね」


ジャンテの第二夫人であるロザートが笑いを堪えながら話す。


「止めてくれ…ロザにまで乏しめられると本気で立ち直れなくなる…」


ガクリと肩を落とし落ち込むジャンテ。


「だらしの無い兄上ですね…あっこのデザートのパイ美味いですね…ん?赤いジャム?何ですコレ?」


「あら、ノーブル君は【ルバーブ】のジャムは初めて?」


ノーブルの疑問に反応したのはロザート。


「【ルバーブ】?果物なんですか?ロザ義姉さん」


「違うわ、フキに似た多年草よ」


「フキって…ハスの葉っぽいアレですか?それをジャムに?」


「そ、茎が赤く染まった【ルバーブ】を砂糖漬けのジャムにするのよ。果物のジャムよりアッサリした後味で美味しいでしょ?」


「はい、気に入りました。明日、友人と食べに行って来ま…す?」


ガタン!とノーブルの発言の直後に音が鳴る。


音の発生源は3つ。


「ノッ…ノーブル!あっ…えっと…ノーブルお兄様?明日は私と王都を回りませんか?…そのぉ…美味しいお店の噂がいくつかあってお茶でも…」


ニコが顔を赤く染めながらノーブルに提案する。


「ちょっと待てニコ、オレ…じゃない私が明日は王都を案内してやろう。俺のおごりで美味いもん食わしてやるぞ!肉だ!王都に来たんだ牛肉とか珍しいだろ?食べに行こう!」


自分だけ仲間外れにされそうなジャンテは慌てて声を張り上げる。


「ちょっと、私もノーブルと遊びたいのよ?屋敷でゆっくりお茶でもしましょ?あと竜のお話しとか、竜体魔法なんかも教えてくれると…」


何故か手をワキワキさせながらノーブルを見つめてくるノルベ。


「はぁ…とは言われましてもねぇ父上?」


「「「父上?」」」


「あぁ、明日からノーブルは僕と一緒に行動するから…あの…ちょっとみんな目が怖いよ…いや、別に独り占めとかじゃなくてね、来週の論功式典の打ち合わせなんか…あっ!怖いよ!詰め寄らないで!あっわぁあアア!!!」


「全く…ノーブルお兄様が来てから騒がしいですわ!」


兄弟と母に揉みくちゃにされる父親を見てプンプンと怒るフィレット。


「そうね、でも楽しそうだわ」


ロザートは賑やかな光景をニヤニヤと見守っている。


「…むぅ、それはそうですが…」


「ふふふ…」


「お父様!ノーブルと一緒にオシャレなお店でお茶したいの!」


「父上!兄弟の4年振りの再会に水を差すつもりか!?」


「グリス!ノーブルの竜体魔法凄いのよ!じっくり見たいの!」


「ちょっみんな!落ち着いてぇ落ち着いてぇえええええええ!!?」


「………はぁ」


ノーブルは思う、再来週の誕生日はこれ以上に忙しくなるのだろうなと。


ルバーブのパイを一切れ口に入れる。

果物には無い、野菜に近い透明感のある苦味と酸味。それによって砂糖漬けのしつこい甘さがアッサリとしたものに変わり食べやすい。


「うん、美味しい」


ノーブルは後で知ったのだがルバーブには花言葉がある。


【忠告】


この時にその花言葉を知っていたとしても未来が変わる訳でも無く、ノーブルは赤いルバーブのジャムパイを綺麗に平らげるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー



【剣王エンヴァーン=ヒノ=ガルダ】の冥王討伐の論功行賞が授与される【論功式典】が執り行われる。


その情報が広まってから、王都には多くの人々が集まっている。


【論考式典】当日が近づくにつれて、王都はいつも以上に賑わい、前々日からはすでにお祭り状態になっていた。


【剣王】の姿を一目見ようと列を為し、王城へと続く【アガディール凱旋門】がある王都の大通りは大変な賑わいで平民は勿論、貴族も一緒に熱狂している。


 注目は、【冥王トーン】を討ち【冥王の爪】という証拠品まで用意したエンヴァーン=ヒノ=ガルダであることは言うまでもないだろう。


 王都に集まった者たちの殆どは、彼がお目当てである。

元から貴族、平民問わず多くの人気を集める人物が魔王討伐という夢物語を実現する功績を挙げたのだから、無理もないことだった。


吟遊詩人や旅役者と呼ばれる大衆劇団は早くも漏れ聞こえた【剣王】の活躍を歌や舞台の脚本にし、街のあちこちで披露している。


 そして【論考式典・当日】


太陽が真上に登る昼過ぎ、王城の入口から剣王が率いる行列の姿を見せた時、周囲からは大きな歓声が湧き上がった。

 列の先頭に立つのは、【剣王】とその側近や護衛、続いて王国騎士団の行列だ。

 続いて、【双翼の二公】の公爵家の面々に貴族がその後に続く。【剣王】の人気に便乗したいのだろうが周囲は【剣王】しか見ていない。


そんな王都の中央区にある大通りの盛り上がりを王城の一室から冷めた視線で見下ろす者がいた。


「何というか…完全にお祭りの神輿ですね、論考式典って毎回こんなに盛り上がるんですか?」


燃えるような赤い豪華なマントと礼服に身を包んだ灰色の髪の少年ノーブルは眼下に広がる大通りを見て複雑そうな顔をする。


王城の一室、豪華な赤い絨毯にソファー、テーブルも赤い大理石といった国色へのこだわりに目が痛くなるノーブル。


(自分の服も赤いから保護色で隠れやすそう…なんてな)


「ガルダ王国は隣国の【東の大公国】とも【西の帝国】とも100年以上前から友好を保っているからね。隣国に応援で派遣した軍が凱旋しても【自国 勝利】という認識は薄いし、ここまで盛り上がることは私も生まれて初めて見たね」


ノーブルの父親であり、ハーディス辺境伯爵家の当主であるグリスも赤い礼服を装い柔和な笑みを浮かべる。


「そうですか、【剣王】様の熱狂は一年くらいじゃ治りそうもないですねフィオルデペスコ様」


「その様ですねノーブル様」


鮮やかな赤いドレスに身を包み、赤い宝石を散りばめたティアラに黒いフェイスベールで顔を隠した褐色の少女フィオ。その上から大きな不透明な赤いロングベールを被っており竜人の角は見えない。


赤いウエディングドレスの様な出で立ちと言えば良いのだろうか。


「何度見てもお美しい…赤い薔薇の花園に佇む赤竜の様だ…お似合いですフィオルデペスコ様」


実際そんな所に竜がいたら花園が大炎上だなとノーブルは頭で考える。


「ありがとうございますノーブル様。貴方も赤い溶岩から生まれ出た赤竜の姿を思わせる猛々しさ備えていらっしゃいますよ」


「はっはっはっ…フィオルデペスコ様は口がお上手ですな!はっはっはっ…はぁ…飽きたね【貴族ごっこ】」


「はい、喋るだけで肩凝る気がしますねノーブル様」


ヘニョリと効果音が付きそうな程に一気に力を抜く2人、【論考式典】の後に開かれる【祝賀会】【懇親会】【晩餐会】など今日、社交デビューする2人は【貴族ごっこ】という変な遊びを開発して緊張をほぐしていた。特にルールは無く、思いつく限り固っ苦しい喋り方をするだけである。


「緊張感が無いな、二人とも」


「…そう言っても、謁見の間で剣王様に呼ばれたらフィオさんを剣王様の元に連れて行くだけのエスコート役ですよ?何か授与される訳でも無いので…僕は特に…フィオさんは?」


「グリス様に教えられた通りに動けば良いんですよね?しっかり覚えて来たので大丈夫ですよ」


「はっはっはっ、フィオ様は5年前から逞しく成長された様で…ノーブルは成長し過ぎな気がするが、まったく頼もしい子供達だよ…おっ、大通りのパレードが終わって城に帰って来るみたいだね」


グリスは窓の外を見ながら身だしなみを整える。


「ふぅ、いよいよですか」


「ふふ…何だいノーブル、やっぱり緊張してるじゃないか」


「…まぁ、それなりには、一応これが社交デビューですから」


「ああ、そうだな。我が家の自慢の秘蔵っ子をやっとお披露目できるよ。さて私はそろそろ【謁見の間】に向かうよ。家の者たちも恐らく到着してるだろうし合流するよ」


「はい」


「君たちは時間になればこの部屋に剣王様の使いが呼びに来るから、打ち合わせ通りに頼むよ」


窓際から部屋の扉に向かって歩くグリス。


「分かりました」


「はい、グリス様」


「うむ…あっ、あと君たちを公表するとなると部屋で2人一緒なんて気軽に出来なくなるから、式典後もドタバタするし気をつけてくれよ」


扉の取っ手に手を掛けながら思い出した様に語るグリス。その言葉にノーブルとフィオは苦笑する。


「ええ、肝に銘じます」


「そうか…ではまた後でノーブル、フィオ様」


「はい」


「お父様の無理難題を聞いて下さってありがとうございます。グリス様」


ドレスの裾を摘み、頭を上げるフィオ。


「ふふ、そう何度も頭を簡単に下げるものではありませんよフィオ様、では」


そう言って部屋の扉を開け、部屋の外に待機している召使いに軽く声をかけ去っていくグリス。


バタンという音と共に訪れる静寂。


「…」


「…」


ノーブルとフィオは無言でグリスの去って行った扉を見つめる。


「ノーブル様」


ソファから立ち上がるフィオはノーブルに声をかける。


「ん?」


「ちょっと社交ダンスの足運び確認したいのですか」


「いいよ」


ノーブルもソファから立ち上がると肩を下げ肘を張った。それだけで首と背筋がピン伸びる。


フィオはノーブルに近づく、密着しお互い骨盤辺りの服の布地が擦れる。


「…」


「あれ?フィオさんは」


ノーブルはリードしようとしてフィオの腕に添えた手に軽く力を入れたのだが反応がないことに訝しむ。


「あの、やっぱり抱き締めて下さい」


「…はい」


フィオの希望に答え、腕をフィオの肩から抱え込む様に抱きしめる


「もっと強く」


「うん」


ギュッと布が擦れる音。


「もっと」


「…」


ギュッギュッと二人にだけ聞こえる音。


「あっ…」


フィオから漏れる吐息。

ノーブルは顔をフィオの首筋に顔を埋める。

石鹸の様な柑橘系の爽やかで清潔感のある香りに寝オチ手前の不安定な思考に陥るが額にコツンとフィオの竜人の角が当たり我に帰る。


「ノーブル様」


「…うん?」


「竜峰神殿の温泉で抱きしめてくれた時に、口にしてくれたアレもう一度お願い出来ませんか…」


ビクッと硬直するノーブル。


「あっ…あの時は…その…色々とね、自分の中で盛り上がってしまっていて……おっ、覚えてないかなぁ…」


しどろもどろになるノーブルは自然とフィオを抱き締める腕の力を緩める。


ノーブルに油断した、腕を緩めなければ回避出来たのだ。


「…そうですか」


「…う、うん、そうなんだ…んっ」


フィオは足先に力を入れた。


それだけでフィオの唇はノーブルの唇に届いた。


部屋の窓から漏れるパレードの微かな音。


夜想曲の空しさ知らぬ未熟な少年少女には心地良い行進曲であった。

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