第40話 混沌の火


 朝から王都アガディールはお祭り騒ぎである。


昼過ぎに行われた【剣王】エンヴァーンの顔見せを兼ねたパレードの【熱狂】は剣王を率いる行列が王城へと近づくにつれて静まったものの、酒と共に夢を語る若者、熱中症で倒れる病人、騒ぎに乗じた盗難、ここぞとばかりに稼ぐ商会や劇団、良い悪いも人の世であると混沌の火が渦巻く王都。


その混沌の火を喜ぶ神がいる。


人々が作り出した文化の神【炎神】。遠い昔【火の鳥】たちからヒノ大陸の支配権を手に入れた人々が祀る神。


ガルダ王国だけでなく、ヒノ大陸に住む国の王は皆【炎王】という称号を神から与えられる。王だけでなく、鍛冶、料理、科学、賭博、火災防止など人々の暮らしに関係したもの神として認知されている。


【炎神】にとって【人】は【薪】。多ければ多い程、力が増す。


【炎神の恩恵】も人の多い場所や、軍を率いることで力を増す。


しかし、それでも【最弱の神】。


神々の、世界の恵みのおこぼれを貰って生きる【炎神】は人々が他の神々に喧嘩を売らない様にと静かに願うのである。


そんな【炎神】が見守る王都中央区の王城入口。


パレードは貴族や騎士を含めた行列に王都の兵士や民衆が行進に付随する形で行っていたが、王城に入ることが許されるのは貴族の身分か申請を許可されたものだけである。


兵士や民衆は王城入り口に続く、凱旋門のある広場に留まって、王城に入っていく剣王の行列を歓声と共に見送った。


 王城の入口で馬車や馬を厩に預け、城内へ入る剣王は入り口で待機していた案内の者に従い【謁見の間】へ続く大扉へと足を進めた。


 剣王を率いる行列が【謁見の間】に入る。

【謁見の間】では先に来ていた貴族と騎士が左右に列を作っており、正面の壇上に設けられた玉座の横には王妃と王太子の姿がある。


剣王は赤い礼装の上に今まで手に入れた勲章のメダルやリボンが輝かせながら大広間の中央へ玉座のある壇上の手前まで足を進める。


後ろに付いてきた貴族と騎士は左右の列に紛れていった。


宰相と呼ばれることを嫌がるプレッチャ侯爵は式典の場が整ったことを確認すると剣王の隣に歩み寄る。


「剣王様、国王陛下から貴方がお戻り次第、式典を始めて良いと…」


「そうですか、私は大丈夫です。宰相」


「あの…宰相は勘弁して下さい…式典の招待状やら挨拶回りと準備だけで春からずっと働き詰めなんですよ…孫の娘も見る前にお迎えがきそうですよ…」


「孫の娘ですか羨ましい限りですな…兄上はこの式典が終われば王太子に玉座を譲るでしょう、ここでプレッチャ侯爵に抜けられると大変そうですな」


「うっ…想像しただけで胃が…と、とにかく本日は【色々】と立て込んでますし、国王陛下を待たせる訳にもいきません、式典を始めさせて頂きます」


「ええ」


剣王の了承を得たプレッチャ侯爵は頷くと剣王から離れていく。玉座に近い列の先頭に立つと近くにいる近衛騎士に手を振った。


近衛騎士は頷くと深く息を吸った。


「国王陛下、御入来!」


近衛騎士が声を張り上げると大広間の玉座の右側の大扉が開く。


 響き渡る声に合わせて、大広間に居る者全てがその場で跪き頭を垂れた。


 平伏した王族・貴族・騎士の一同を前にし、大扉から現れるのは赤い下地に金の刺繍という煌びやかな衣装に赤い宝石と金の宝冠を被った白髪の国王が入室し、玉座へと腰掛けた。


「…皆の者、表を上げよ」


 玉座に座るガルダ王国の最高権力者【炎王】の称号を引き継いだ国王ライト=ヒノ=ガルダ。


その国王ライトの声に、顔を上げる一同。剣王エンヴァーンと国王ライトの2人に視線で集中する。


「ふぅ…早いものだな…魔王と思しき【冥王トーン】の出現報告から4年…我が弟エンヴァーン…我が片腕である王国騎士団の勇敢なる騎士たちを失ったあの日から、我が元に生還するだけでなく、魔王討伐というそなたの活躍、まことに大義であった」


「…はっ、偉大なる兄上に御心労お掛けしたこと…私エンヴァーンは深くお詫び申し上げいたします」


「よいよい、そなたの武勇によって、この国…いや…この大陸の安寧と平和は保たれたのだ」


「兄上、私には勿体無きお言葉、恐悦至極に御座います」


「はっはっはっ、謙遜するでない、勇者の弟を持てたことは余も嬉しい」


 国王ライトの労いの言葉に、エンヴァーンが礼を述べる。国王ライトはその様子に満足そうに頷くと、深く息を吸う。


「ふぅ…しかしな、本来であればそなたの功績の報酬に領地に爵位、金銭で報いたいところなのだが…おぬしは我が弟であり王族だ」


「はっ、仰る通りです」


「困ったことにな…与える立場の者の活躍に報いる報酬が思いつかぬ、心苦しいがそなたへの報償も栄誉と称号によって為さざるを得ん。それについては容認して貰いたい」


「我が身に余るお心遣い、有り難く」


お互い苦笑混じりの顔で受け答えを続けていく。


今回の論功行賞は侵略や防衛といった戦争の活躍を讃えるためものではない為、例外な点が多い。

 本来であれば、領地や勲章、金銭など与えられるが年老いた王族である【剣王エンヴァーン】に何も与えるか、王を含めた権力者たちは大いに悩んだ。


政(まつりごと)に尽くした【炎王】

武に尽くした【剣王】


2人の王のやり取りに長年ガルダ王国に仕えてる貴族は感極まったのか涙する者もいた。


「…では、これより論功行賞の移りたいと思います!」


 プレッチャ侯爵の宣言に、穏やかな空気は一変し大広間の緊張感が高まった。


 本来の論功行賞であれば戦攻者に国王自らの手で表彰と恩賞が授与され、国王から名を読み上げられれば名誉となる式典。


「エンヴァーン=ヒノ=ガルダよ」


「…ハッ」


 呼ばれた剣王エンヴァーンは短く返事をすると玉座のある壇上の前に進み出て跪いた。それに続いて国王ライトは玉座から立ち上がる。ゆっくりと玉座の壇上を降り、剣王エンヴァーンが平伏す姿を見下ろす位置までくると、深く息を吸った。



「…ガルダ王国を恐怖に陥れた【無声と無彩の魔王・冥王トーン】の討伐、見事なり!その功績を称え、そなたに【勲一等紅翼勲章】【冥王大十字勲章】【剣王大十字勲章】を授与する!」


「「「「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」


大広間は拍手喝采の嵐に包まれる。


「【勲一等】の授与を私の代で見られるとは!」


「しかし【冥王大十字勲章】と【剣王大十字勲章】はなんだ?」


 【紅翼勲章】それはガルダ王国において国家的あるいは文化的な功績を残した者だけに与えられる勲章であり、【勲一等】から【勲十二等】まである。剣王が授与した勲一等が最上位である。


【十字勲章】その上位の【大十字勲章】は縦線は神性、水平線は世界といった意を持ち、全人類に等しく与えられる機会のある勲章である。


しかし今まで存在しなかった2つの十字勲章の名に一同は首をかしげる。


「…ありがたき幸せ」


 一同の反応に我関せずと畏まるエンヴァーンに国王ライトは侍従から受け取った勲章の証であるメダルとリボンに目録を剣王エンヴァーンへと渡した。


ここでプレッチャ侯爵が前に出てきた。


「えー【勲一等紅翼勲章】についてはご存知かと思います。後の2つの【大十字勲章】は今回の論功行賞にて新しく追加した勲章になります」


おおお〜とざわめきが起こる。


「【冥王大十字勲章】は冥王トーンという脅威から帰還した者に授与される名誉ある勲章になります。授与する基準として【冥王の爪】といった冥王の一部を持ち帰り、神信魔法で確認が取れた者に与える勲章として定めました」


プレッチャ侯爵の説明に一同が納得をした様に頷いた。一部悔しがってるのは未だ行方不明となっている騎士の親族である。


「【剣王大十字勲章】はガルダ王国に武を知らしめた者に授与する勲章になります。この【剣王大十字勲章】は【剣王】様もしくは【剣王】様に匹敵する功績を国王様に認められた者に授与する【勇者の勲章】として定めました」


「「「「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」


これには貴族の若者たちは声を張り上げた。


「更に【剣王大十字勲章】の下位として【剣王十字勲章】を追加しました。この勲章は今回の【剣王】様の活躍を忘れない為、年に一度の武芸大会を開き、最も活躍した者に与える勲章とします」


「「「「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」


戦争などで功績を上げるのが難しい時代で、貴族や騎士が名誉を得る機会が生まれた事に若者だけでなく、大人も盛り上がる。


「静粛に!静粛に!」


(盛り上げたの私なんだがな…!)


プレッチャ侯爵が内心でノリツッコミ入れながら声を張り上げる。その様子を国王ライトは微笑みながら見渡す。


国王の視線に気付き、慌てて冷静さを取り戻す一同。


「ふむ、盛り上がってる所で申し訳ないがな…ゴホン」


わざとらしい咳をして、大広間の空気を切り替える。


「続いて…エンヴァーン=ヒノ=ガルダに【トーン】の称号を与える」


 述べられた国王ライトの言葉に、全員が眉を寄せ怪訝な表情を見せた。


「故に【エンヴァーン=トーン=ガルダ】を名乗ることを許す」


この称号の意味を把握できない一同は混乱し、ざわめきが起こる。


「えー…それでは【トーン】の称号の説明について私から…」


再びプレッチャ侯爵が前に出る。


「今回は【トーン】という剣王エンヴァーン様が帯びうる称号について【冥王を打ち倒した勇者】の称号として授与されるものである」


オオオ〜と小さなどよめきが起こる。


「【剣王】様はお年を召していて政(まつりごと)には関わらず静かに暮らす事を望まれています。国王様は剣王様の希望を叶える為に【トーン】という称号を与え、ガルダ王国において尊い存在である証明と致しました」


一同は静かに聞き入り、称号の意味を噛み砕いている様だ。


「【トーン】はガルダ王国に置いて【ヒノ】の称号を持つ王族と同等であり、貴族の称号である【ロッソ】の上位として、政(まつりごと)への参加の有無の決定権を個人で持つものとする」


この説明に一同の反応は2つに割れた。


夢が破れ落ち込む【ロッソ】を持つ者と、冷めぬ夢に歓喜する【ヒノ】を持つ者が対極の反応は示す。


「【トーン】の称号については、継承者第一位となった時点で継承されます。また称号を持つ君主、この場合【剣王様】の子、もしくは君主と【継承者】の一存によって選定された法定推定相続人である【男子】に称号を【遺贈】するものとします」


そしてまた硬直する一同。


「どういうことだ?」


「剣王様に気に入られて養子縁組になれば【剣王】【勇者】の称号と王族の地位が手に入るという事だろう…しかし」


「剣王様の妻か妾に【息子】を産ませればいいのか…流石にあのお歳では難しいか…【男子】と限定されると剣王がお隠れになっても妻や妾は【トーン】を受け継げない…」


「【ヒノ】という大陸の【王族】である称号捨てる…つまりは【臣籍降下】?【降嫁】のような【王族離脱】じゃないのか?」


「となると【剣王】様は【侯爵】に格落ちするのか!?」


「いや、伯爵でも元が王族なら王族公爵と席次は同等ですよ。【新たな公爵家】と考えるべきでしょう」


「結局は【トーン】と同等の【ヒノ】を持つ【王族と公爵】にしか養子になるチャンスがないではないか…まぁ、そんなポンポンと王族や公爵家が生まれても困りますしな…」


ざわつく大広間。


【ロッソ】の貴族は落ち込む。王族と公爵を敵に回して【剣王】の養子に滑り込む度胸はない。


万が一にでも養子に取り入れたとしても古株からの圧力で生き辛い生活が待ってるのは眼に見えているからだ。


【ヒノ】を持つ【王族】【双翼の二公】、各国の【ヒノ】だけは今後どう【剣王】に接触しようか考えを巡らせている。


「さて、これで論功行賞を終えるが、エンヴァーンよ。おぬしから何かあるか?」



「ハッ…そうですなぁ、実は前々から私も兄上を見習い、王族として世話になった臣下の者に褒美を与えたいと具申しておりましてな」


「おっ…?なんだ?おぬしがそんな事を考えておるとは知らなんだ…そうかそうか、して、その臣下とやら此処におるのか?」


「はい、お呼びして私から褒美を授与しても?もちろん【王剣カークス】や【剣王】の肩書きといった私の一存では決めかねるものは与えませんが」


周りは歓喜したり落ち込んだりと【剣王】の言葉に振り回される。


「ふむ、確かにその2つは我がガルダ王国の武の象徴となる存在だ。それにしてもお主が認めた者か…儂も気になるぞ。呼ぶが良い!」


「はっ…ありがたく…」


国王ライトの了承を聞くとスッ立ち上がる剣王エンヴァーン。そして背後に振り向き出入り口の大扉に顔を向ける。


「入って来なさい!!」


「「「「!?」」」」


【剣王】の大声の迫力に全員が身を強張らせる。中には「ヒッ!?」という悲鳴も混じっていた。


剣王の大声に答える様にギィイイと謁見の間の出入り口の大扉が開く。


音に反応し大広間のいた一同全員の大扉に視線を集中させる。


そこにいたの2人。


1人は黒い石の棒を背に乗せた、赤い礼服に灰色の髪、聡明な顔立ち。貴族の息子、令嬢たちは記憶を探るが見覚えがない。【貴族狩り】のジャンテを連想した者だけは顔を真っ青にした。


1人は白い木の棒を腰に差した、赤いドレスに黒のフェイスベールと赤のロングベールを身につけ顔の詳細が分からない。


国王含めて多くの者が2人にポカンとした間抜けな表情を見せる。


「フィオ、ノーブル君、兄上に紹介しますので此方に来てください」


「はっ…フィオルデペスコ様、どうぞお手を」


少年はさり気なく少女半歩前に出る。肘を曲げ脇にスペースを作った。


「はい」


少女はそのスペースに手をいれ、少年の手と肘を間に自身の手を添えた。


お互い背筋を正し、剣王の背後まで歩いていく。


その光景はまるで結婚式のバージンロードを歩く新郎新婦のような緊張感を周囲に与え、一同は沈黙しその歩みを見つめた。


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