第38話 聖女混浴
屋敷の書斎で未だに目をグルグルさせて混乱状態のニコ。
(……えっと浴室…体を温めて…汗を流すところ…うん…えっ?そこにノーブルと?)
【ガルダ王国の浴室】
【竜峰神殿】や【獣人族の村】にある温泉による湯浴みはガルダ王国では一般的ではない。
【王都アガディール】では水は貴重。焼いた石を使ったり、外の窯で熱したお湯の蒸気を利用した【蒸し風呂】が一般的である。
【浴室】は保温の目的のため半地下に大理石などの石材で建てられ、採光、換気の為の窓は設けられていない。
外のかまどから熱せられたお湯の入れる浴槽と壁に沿って設置された階段状の腰掛け。
浴槽と言っても入ってるお湯は蒸気用で浸かるためではない。使うとしても体に何度かお湯をかける程度である。
マナーとして男性は腰にタオルを巻くくらいである。
ニコは7歳
ノーブルは再来週で9歳
兄と妹と形式上の仲だが恥ずかしいものは恥ずかしい。
ニコの顔はドンドン真っ赤になっていく。ただし入れ墨に変化はないようだ。
「ええええええええええええええええええええ!?」
(わわわ…とっ…とりあえず香水と石鹸…あとお茶の用意も?えっ?あれ?)
浴室にずっといる事はなく、時折休憩して脱衣所に出てお茶などを飲むこともある。お茶の用意などは召使いの仕事のため、用意した経験のないニコは混乱する。
(だだだ…だい…大丈夫、ノーブルと私は兄と妹…兄と…妹…妹かぁ…)
机にある本を片付け自分の部屋に走り出す。途中で召使いが変な顔で見てくるも気にせず急ぐニコ。
自分の部屋に辿り着き入るとすぐさま化粧棚から貰い物や買った物からお気に入りの香水を引っ張り出す。
(うう…ノーブル何が好きなんだろ…)
とりあえずニコは王都に来る途中に寄った【香りの町】で購入したレモングラスとハーブの香水の入った陶器の小瓶を選んだ。
その香水の瓶と着替えを持って再び走り出す。
今度は【浴室】繋がる【脱衣所】へ。
脱衣所の入り口につくと年老いた男性が立っていた。長年、王都のハーディス家の別邸を管理する執事である。
「おや、ニコ様、浴室は只今…ああ、そういえば家族が来ても止めないで良いと行っていましたな、品位ある紳士淑女としてあまり褒められたものではありませんが…」
「あ…ごめんなさい、えと…ノーブルお兄様は忙しい身なのでこういう時でもないとお話しする時間が取れなくて…」
「ああぁ、いえいえ、こちらこそ出過ぎた真似を…大変申し訳ありません。家族のふれあいに水を差すような発言を…ささ、どうぞお入りください」
「ううん、気を遣ってくれてありがとう」
頭を下げる執事を通り過ぎ、ニコは脱衣所に入る。
脱衣所は大理石の天井に床と壁、水捌けの良さそうな広間であり。棚にはバスタオルが積まれたカゴに脱いだ服を入れるカゴが収納されている。
床には色鮮やかな絨毯が敷いてありリビングと言われても納得してしまう場所だ。
実際に浴室の蒸し風呂から出て休憩する場所でもあるので間違ってはいない。
そんな脱衣所の1つの棚の前に立つニコ。まるで魔物と立ち向かう戦士のようだ。
淡い紫のドレスを脱ぐ、一瞬迷ったが下着を一気に脱ぐ、持ってきた香水の蓋を開け、手のひらに軽く振り中身の液体を乗せると、首に手首に足首を軽く、最後に髪を手櫛でとくように塗る。
「よっ…よし!」
自分でも何が良しなのか分かっていないままバスタオルを体に巻くと浴室に向かう。
脱衣所と浴室を仕切る木製の扉を開ける。モアッと浴室から白い蒸気が漏れてニコの身体を濡らす。身体に巻いたバスタオルが水分を吸い身体に張り付く。
浴室に入ると1人の少年が腰にタオルを巻いただけの姿で
座り目を瞑っていた。
「あっ…ノーブルお兄様」
「…ん?ああニコか…ふあぁ…寝てた」
「熱い浴室で?よく寝れますね…あれ?いつもより熱くない…」
「ああ…試しに今日買ってきた【炭団】を外のかまどに使ってもらうように頼んだんだけど、ちょうど良い温度のお湯になってるみたいだし成功かな?」
「【タドン】?」
ニコも浴槽のお湯を触れてみるがいつもより熱くなく、水でお湯を薄めなくても浴びるにはちょうど良いものだった。
「木炭や薪と違って低下力で長時間燃える炭の団子だってさ、良い買い物したな…ふぅぅ」
「そうなんですね………ッ!?」
グイッと体を伸ばすノーブル。蒸気の白い煙のせいで視界がハッキリとしないが、汗に濡れて輝く引き締まった身体と一緒に見えるのは大きな傷跡の数々。
「うん?…ああ?この傷か?痛む事はないし気にしなくて良いよ…隣座りなよ」
「えっ…うん…はっ…はいぃ」
ニコは浴槽の隣に置いてある木の桶にお湯を浴槽から汲む。
その桶のお湯をノーブルの隣の腰掛けに軽くかけるとペタンと座る。
「…」
(ノーブルが隣に…ノーブルが近くにいるのに…待ち望んでたのに…何か…何か…何でこうなったかな?)
温かい蒸気とは別の理由で汗がダラダラなニコ。
「…あの」
「うん」
「昨日は…その…【神信魔法】を勝手に使って申し訳ありませんでした」
「うん?…あれ?別に気にしなくて良いって昨日言わなかったっけ?」
「あっ…いえ…はい、そうでした」
ニコとしては【神信魔法】が効かなかったこととバレたことで二重にショックだったのだがノーブルは「やっぱり使えるんだ?へー…まぁ効かないと思うけど」という軽い反応であった。その反応にニコだけでなく、その場にいた全員が驚いていた。
「…?」
「…」
(そうじゃない…そうじゃないよぉ)
「…話は?聞かせてよ。地質学や考古学の本ついて」
黙って俯いているニコに助け舟を出すようにノーブルは声をかける。
「えっ…はい、えっと」
ニコがノーブルを見ると眼は瞑ったまま、両手は膝と精神統一でもしてる様な威厳があり、体のキズを含めて大人顔負けの威厳があった。
「…」
「その、元々は私の住んでた場所について調べたんですよ…」
「…プルー湖の南部でしょ」
いきなり返答が返ってきた事に度肝を抜かれるニコ。
「あっ、はい。恐らく…って、ええっ!?」
「ん?」
「…どなたからお聞きに」
「南部でいくつか部落と接触した際に、ニコが来てた服と同じ【海竜の鱗】を素材にしてる人が居たから、多分そう」
「!?…それで…お話しを?」
「ん?…いや、見ただけ。部落の周りは罠だらけで、いざ逃げるとなったら罠を気にしてる余裕無いしね」
「…はぁ…あの…私が読んでいたのはプルー湖周辺のことばかりです。実際に歩いたノーブルお兄様に話すことなど…」
「そうでもないさ、本は面白かったんでしょ?どこが面白いのか教えてよ」
「…はい、やっぱり500年前に起きた【大地震】によって【プルー湖】と【海】が繋がった頃の物語や伝承、研究は特に面白いです」
「ああ、確かその頃に【海神】の魔物や魔獣が現れて【海神の怒りを冥神が静めた】って話か」
「正確には【海神を祀る魔王】が【冥神を祀る勇者】に倒されたって話ですね」
「…そのせいで【海神は人々の敵】という認識になった」
「大昔にプルー湖南部で発見された宝石の記録もあって、人々が採石場や坑道の開発が海を汚したために【海神】の怒ったという研究もありますね」
「採石場に坑道か…どちらにしろ【海神】に対する畏怖の念はあるんだな」
「そう…ですね」
「なんでニコが落ちこむのさ?話は面白いよ」
「いえ…【海神の恩恵】を持つ私のためにハーディス家の方々に度重なるご迷惑を…」
「…なんかニコ、謝ってばかりだね」
「…うっ、それはノーブルが…いえノーブルお兄様には4年前に拾って下さった恩がありますし、ご無礼があっては…」
「うーん?どうなんだろうな…結局は僕が【穴】に落っこちてから、ニコってどうしてたの?養子になった辺りしか聞いてないんだけど」
「【穴】…【黒い水溜り】のことですよね…あっ、あの後は大変だったんです!大きな【幻獣】は逃げるように【黒い湖】消えて、シベックさんや爺が私を見つけて、ノーブル様のことを知って取り乱して」
「へぇ、ニコと爺って呼ぶんだ、なんか面白いな」
「あっ、はいノーブルと…ノーブルお兄様と離れた後も親身に接して下さるお方で、シベックさんも奥さんやお子さんもいるのに気にかけて下さって……でも」
「ニコ?」
「でも私の事以上に…皆さん…ノーブル…ノーブル兄様の身を忘れずに…心配しておりました」
「…そっか」
「そっか…じゃないですよぉ…」
ニコはポスッと隣に腰掛けたノーブルの太ももに拳を乗せるように叩いた。ノーブルはニコを見ると蒸気でしっとりと濡れた髪と肌で分かりづらいが瞳には涙が溜まっていた。
「私だって…心配した…じゃない…していました」
「まぁ、あんな別れ方したしな」
「…どのくらい待ってれば良いか教えてください」
「悪かった…次からはそうするよ」
「!…次があるんですか…!?」
「王都でのヤボ用が済んだらプルー湖南部の開拓に参加するから」
「…なんでそんなこと!?せっかく帰ってきたのに?」
「元々、辺境貴族の次男の僕はそういう仕事を将来する予定だったし、今度のは【ハーディス家の応援】付き。前は【冥王】っていう不確定要素のせいで大人数で行動できなかったけどね…前と比べたら楽だし、安全だよ」
「楽って…【開拓】って大変なんでしょ?自給自足もままならないのに土地を広げなきゃ行けない…そういう場所を住む農民は飢えて、領主はその領民の不満や任された責任で苦労するって聞く……聞きますよ?」
「まぁ…開拓とは言っても村を作って運営するとかじゃないから【道】を作るのが目的、領主になって運営とか内政に関わるとか無理だよ…面倒臭い」
「【道】?…ですか?」
「そうだよ、【獣人族の村】と繋がる舗装路見たいな奴を【南部の部落】に繋げようと思ってる」
「…確かにそれだけでも偉業ですね」
「まぁ…まずはそこからだね」
「まず?…それが終われば帰るんじゃ」
「ニコも話してたでしょ、南部には採石場や坑道があるって」
「えっ…あったの!?」
顔を上げノーブルに詰め寄るニコ。
「おおう!?ビックリした…そう、それっぽい所があったよ」
ノーブルは詰め寄るニコを避ける様に軽く体を引いた。
「す…凄い大発見だよ!?500年前のううん…500年前に失われたってだけでそれ以上の歴史の跡が残ってるかも知れない!」
興奮するニコ。顔が赤いのは蒸し風呂の蒸気だけの所為ではないのだろうとノーブルは笑う。
「ははっ、本当に好きなんだな、そういう話。4年前も絵本ずっと見てたニコを思い出したよ」
「うん、好きだよ!…あっ、ごっ、ごめんなさい私ったら…」
「いいよ、無理して変えなくて【僕の知っているニコ】はそんな感じだから」
そういってノーブルは昔を思い出しているのか眼を瞑る。
「そっ…そう?頑張って覚えたのになぁ」
ションボリと肩を落として項垂れるニコ。
「ふふ…」
眼を瞑ったまま口角を上げるノーブル。狐目の悪者の様な顔であった。
「あっ、ノーブルその顔知っている!私を【子供】扱いしてる顔だ」
「そりゃあね、4年前と思ったより変わってなくて安心した。【聖女】なんて呼ばれてるらしいから、どうなってんだと思ったよ」
「あれは…グリスお父様が余りに忙しそうで…【冥王】の調査に来た人たちがみんなして領地で勝手するから領民からの苦情だって凄いのに…各国からの要請にも対応しなくちゃで…」
「そっか」
「そっか…じゃないよぉ…」
ニコはノーブルに倒れるように両手の拳で顔を叩こうとする。
ノーブルは避けようとせずペシッと軽い音。
その後にニコの頭がノーブルの肩に当たる。
手を下ろしたニコはそのままノーブルにもたれかかる。
「ニコ?」
「私はハーディス家に拾って貰って良かった…美味しいご飯も本も沢山読めて、興味があるものをみんな用意してもらったの…」
「…そっか良かったな」
もたれかかったニコの頭に手を乗せ、自分の顔を寄せるとレモンとミントの香りがした。
「…うん、でもこれはノーブルの代わりなのかなっていつもどこかで思ってたの」
「…」
「4年前のあの日にノーブルは1人でドンドン行動してた…私も待ってるだけじゃノーブルの代わりになれないんだなって思ったの」
「…代わりか、ハーディス家として役に立つって事か?それが【聖女】?」
「…うん、アレだけで人って動くんだね、幾つかの調査隊や冒険者パーティは引き上げて行ったよ」
「冒険者や調査隊の多くは成人の儀で【神信魔法】から【加護や恩恵】の有り無しは確認済み。自分が【勇者】ではないと知っているからな」
「無理矢理、追い出した感じになっちゃったけどね」
「それが目的だったんだろ?…話を聞く限りだと【冥王】は誰か倒すから調査隊を優遇しないって脅しだよな。まぁ…結局【剣王】様が倒したし…めでたしめでたし」
ノーブルは話を無理矢理切る。あまりこの話題を続けたくない様なそんな焦りを一瞬だけニコは感じた。
「………ねぇ、ノーブル」
「ん?」
「…【冥神を祀る聖女】【冥王より帰還し縁】【勇者の伴侶】ってノーブルはどう思う」
「…【冥王】は倒されるって事でしょ」
「なら、私はやっぱり【剣王】様のお嫁さんになるの?」
「………」
それは無い。と言ったら消去法でどういう事になるか察したノーブルは黙る。
しかし、ニコは踏み込む。火照った体をノーブルに寄せて、昨日の夕食で起こした失敗を忘れて。
「…私はノーブルがゆう…」
「ニコお姉さまぁああ!?ノーブルお兄様と浴室に入っているとはどういう…!?」
バァーン!とハーディス家の末っ子フィレットが銀髪のツインテールを揺らして浴室のドアを開けた。
「!?…フィーちゃん!?」
ニコは急な侵入者に驚愕する。
「ニコお姉ぇ…さささままま!!?」
何故かニコを見て壊れた機械の様にガタガタと震え出す。
温かい蒸気によって汗をかき、濡れる髪と身体を浴室内にある暖色のランプが怪しく照らす。
ニコはノーブルに寄りかかり、ニコの頭に顔を乗せるノーブルは髪に口付けしてるようにも見える。
それだけでもフィレットには刺激が強く混乱してしまったがすぐに持ち直す。そして再び2人を見据える。
「ニコお姉様のお兄様といえ裸で抱き合うなどいきません!!!」
「えっ?裸?タオル巻いて………………………………えっ?」
タオルが巻かれてない。
ニコのタオルは腰掛けに落ちていて体を巻いて隠すという機能は果たしていなかった。
「……………………えっ?あれ?いつから?」
タオルを巻くべきか逃げるべきか開き直るべきか混乱するニコはとりあえずノーブルに質問した。
「ん?僕が採石場や坑道見つけたって辺りに食いついた時だったかな?」
「う…そぉ…」
(えっ…それより私…さっき何を確認しようと…ノーブルが【勇者】だったら?えっ?こんな浴室で?ノーブルにプロポーズ!?)
【勇者の伴侶】という称号を持ってるニコは、ノーブルに【勇者】の称号はあるかと聞いた。「私とお嫁さんにしてね?」と聞こえなくもないのである。
「ニコ?」
「ニコお姉様?」
全裸で硬直するニコに怪訝な顔をするハーディス家の次男と末っ子。
ニコはガバッと目をグルグルさせながら立ち上がる。
「わぁああああああああああああああああああああああああああああ!?」
浴室から駆け出した。
「あっ」
突然、立ち上がった事による立ち眩み、のぼせていたのか、体の筋肉がリラックスしてたのか。
「あっ!?」
濡れた大理石の上で踏ん張りが効かずにズリンと足を滑らし、体勢が大きく崩れる。
「ニコ!?」
「お姉様!?」
叫ぶ2人。
(ああ…恥ずかし過ぎて隠れたい…)
ニコはフワッとした浮遊感と共に意識を失った。
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