第28話 感覚共有



「ココで何をしてるんですか?【シベック】」



ノーブルは眼鏡のイケメンお父さんに問いかける。



「…」




「ママー!ミてミて!ママとオンナジくらいたかーい」



「そうね良かったわねアディ」



「…」



「……………………はぁ……まぁ…バレますよね」



「…いや、髪と眼鏡で分かりませんでしたよ。確信したのは声?…かな。あとアディちゃんの耳がチラッと見えて、そういやエルフの嫁さんだったなって話が頭に残ってたから…ですかね…」



麦わら帽子で隠れているがアディの耳はツンと尖っていた。視点の高さを合わせないと分からないだろう。



「リャマが見つけた時はビックリしましたよ。飼われている竜峰の生物がいる訳ですから、どうしようか迷ってたらアディが突っ込んで行ってしまって…本当に子供は予想外のことばかりしますね…」



「どうやら…本当のようですね…その眼鏡は?」



「伊達です、眼鏡って便利ですよ?度がなくても目つき悪い人には優しい印象を与え、自分を弱く見せてくれる。兵士として顔を覚えられてるので、村人に緊張を与えないようにしてるんです……はぁ…」



ため息をついたシベックは佇まいを直すと、胸に手を当てて片膝を地につけ頭を下げた。



「お久しぶりです。…ノーブル様、ご無事の帰還…私、シベック=ディアーナはお喜び申し上げます。」



「シベック=ディアーナの妻、ヘレネ=ディアーナもノーブル様のご帰還、お喜び申し上げます」



夫シベックに合わせ妻ヘレネも服の裾を摘み腰を落とし頭を下げた。



「パパーとママーがチイサクなっちゃった〜?」



アディは視界の下に行ってしまった両親に不思議そうな顔をしている。



「…うん、そっちも元気そうですね。とりあえず人目が集まる前に顔を上げて下さい…」



「「はい」」



夫婦は揃って姿勢を正す。



「それで?結局のところは?」



ノーブルはリャマを撫でながら問いかける。



「はぁ…完全にオフですよ、【冥王討伐】のおかげで結婚して子供産まれても休暇が取れなかったんですが、この度やっとまとまって取れたので…まぁ今更ですが【新婚旅行】ですよ」



そういって愛しい妻と娘を見やる。そんなシベックを見てノーブルは苦笑する。



「…あんまり考えたくなかったけど…やっぱり迷惑掛けた様ですね…」



そういって苦い顔をするノーブル。それに気付いたシベックは首を振る。



「いえ、ノーブル様の【辛さ】に比べたら大したことなどありません。」



「…ん?…【辛さ】?…剣王様にくっ付いてただけですよ僕は…」



ノーブルは微笑みながら軽い口調で話そうとして



「服の下にいくつ傷がありますか?」



シベックは【それ】を止めさせる



「…………」



「高い所から落ちる途中に岩か何かに引っ掛かって腹が抉れませんでした?


左肩は石か何か刺さりませんでした?


深い水に落ちませんでした?


水から上がってすぐに走り出しませんでした?


頭をパックリ割れてて血が止まらなかったりしませんでした?


鼻が取れかかって柔らかい骨の感触しませんでした?


足と手の爪が剥がれませんでした?


右腕が魔物に噛まれたりしませんでした?


横っ腹も噛まれたりしませんでした?


石を握って火系の魔法で熱しませんでした?


熱した石を魔物に押し当てませんでしたか?


魔法を使った手が焼きただれませんでしたか?



逃げて逃げて逃げて…



ようやく腰を下ろして…



私と団長の魔力も一緒に自分を隠しませんでしたか?」




「…」



ノーブルは何も言えない。つまりはそういう事なのだ。



「私の魔法の感触で想像した部分が多いですが…ノーブル様…本当に【辛く】…ありませんでしたか?」



シベックは【大人】である。【子供】の嘘は分かってしまう。




「…………………………………………【辛かっ






カランカランカラン



「またね〜フィオちゃん!村に来たら絶対寄ってね!!彼氏さんにも宜しく!」



「はい、また今度!ヴェルデさんもお元気で…【カレシサン】?」



フィオが雑貨屋の扉を出て、石垣の階段を降りてくる。色々と買い込んだらしく手さげの麻袋を腕に下げ小瓶の詰まったカゴを抱えている。



「あっ、ノー…ケール様………あれ?えー…とお知り合いの方ですか?」



シベック夫妻とリャマに乗るアディを見て驚くフィオ。どういう状況か判断がつかないようである。



ノーブルはそんなフィオに微笑むと



「フィオさん、こちらはシベック、奥さんのヘレネさん、娘のアディちゃん、シベックには去年会ったんでしょ?」



ノーブルはフィオから去年のドタバタ劇の話を聞いている。ハーディスの家に無礼を働いたとかで泣き出して慰めるのが大変だった。



とは言ってもはたから見たらイチャイチャしてただけなので今思うと大変とは違うなと考え直すノーブルであった。



「あれ?…シベック様?…確か私兵団の…あれれ?偽名の方はもういいんですか?」



「ここにいるのは私兵団の兵士ではないですよね?シベック?」



そう言ってノーブルはシベックを見やる。



「!……はい…そうですね…日頃の社畜生活から解放され家族サービスしつつ羽を伸ばし1人の領民です。」



ノーブルの意図を読んでシベックは笑う。



フィオもとりあえず納得したのか姿勢を正す。



「あっ…挨拶も無しに失礼を…私、ノーブル様の付き添い…あれ?私の方がお世話になってばかりなのに付き添いって言っていいんですか?」



自分の紹介に疑問を持つフィオは再びノーブルを見る。



「ん?いいんじゃないかな?当たり障りが1番少ない気がする…肌も髪も違うのに親兄弟って設定も無理あるし…召使いだと堅っ苦しいしね」



「そうですか…では改めまして、ノーブル様の付き添いをさせていただいています。フィオデペスコです。シベック様お久しぶりでございます。奥様もはじめまして…少々手が塞がっておりまして、無礼な挨拶をお許し下さい…」



フィオは挨拶すると腰を少し落とし頭を下げた。割れ物の陶器の小瓶が入ったカゴがあるため大きく動けないようだ。



その様子を見たシベックの妻ヘレネが薄く微笑んで



「無礼なんてとんでもないわ、ご丁寧にありがとう…シベックの妻でヘレネよ。」



フィオに合わせて軽く頭を下げる。



「…貴方がフィオ様ね、夫のシベックから聞いているわ、ノーブル様の【婚約者】ですってね」



「あん?」



「はい?【コンヤクシャ】?」



ヘレネの言葉にノーブルとフィオが変な顔をする。その反応にヘレネは意外そうな顔をする。



「あら、違うの?シベックがノーブル様がフィオ様に【お手つき】になった話してたからてっきり」



「ふーん…あっ、フィオさん持ってる荷物リャマに積んでおいて貰っていい?このままでも何だし」



「はい、後で買ったもの教えますね」



「うん、ありがとう」



フィオにお願いした後、セレネの隣のシベックを見ると明日の方角に顔を背けて汗をダラダラ流していた。そんなシベックをノーブルは冷たい視線を送り続ける。



「……フィオさんの存在がハーディス家の中で知られているのは分かっていますが【そんな風】に進んでいるんですか?シベック?」



シベックはギギギとノーブルに視線を合わせると



「……王都での【冥王討伐】の公表後、お父上のグリス様が【剣王】様と何度か密会しております。ただ詳しい内容は…まぁ十中八九【そういう話】でしょう…というかセレネさんは話のネタをもう少し選んでよ…」



「貴方は昔っから、隠し事たくさん抱えて人付き合いするから見てるこっちが疲れちゃうのよ」



「うーん…僕が疲れるのはいいのか〜…はぁ…」



目の前で夫婦漫才を繰り広げるシベック夫妻。ノーブルは頭の中で今後の展開を予想していく。



(【王都で師匠とフィオさんを会わせる】のが目的。師匠が【冥王の爪】をちゃんと持っているなら【合図】を送って【指定の場所で落ち合う】…これが予定。…というか)



「…というか、アッサリと話しましたねシベック?【ハーディス家当主と剣王との密会】とは…しかもこんな場所で」



人がそう多くはないとはいえ、村という人の集まる場所。しかもリャマという視線を集める的まであるのだ。



「………警戒し過ぎですね、ノーブル様もフィオ様も環境が特殊過ぎて【子供】という自覚が薄いのでしょうが…。まぁ、リャマが気になった子連れ夫婦と商人の子供が話してるだけの光景を詮索する程この村は物騒ではありませんよ」



「む…」



シベックという【大人】にそう言われてしまうと今まで慎重に行動し、偽名も用意して得意げだった自分が恥ずかしくなってしまうノーブル。



「そういえば…これからどうするんですか?フィオ様まで連れて来て…王都は止めといた方がいいですよ?」



「何ですかシベック…ただの観光かも知れないじゃないですか、それに王都に行くなんて一言も言ってないですよ」



「観光…まぁ…それも無いでもないですが…とりあえずハーディスの本家には顔出しますよね?」



「…出すよ、流石に僕とフィオの2人で王都へ行くのは…あっ」



「…自爆しないで下さいよ」



呆れた顔をするシベックに、イラつくノーブル。



「…別に、これからの行動ほとんどバレてるし…クソッ…で?家には誰がいます?【冥王討伐】の公表があったとしても【貴族様の大移動】の季節ですよね?」



「…従士含めてほとんどいませんよ、王都に行かなかったのは体調を崩していらっしゃるノルベ様とジャンテ様のお子様を身籠ったベルリーノ様だけです。」



「兄上の子か…めでたいですね…あんまり想像出来ないですが母上が体調を…?」



ノーブルとしては元気に泣いたり叫んだり大蛇をぶった斬る母しか知らないため、弱ってる母の姿を想像しにくかった。



「ええ、4年前にノーブル様を失ってから心労で…」



「そうか………いや、待ておかしい…去年フィオさんと私兵団が出くわした話からすると僕が生存してるのは分かっていただろ?」



「はい、噂はチラホラありましたが、フィオ様のおかげで確信しましたね」



「【母上】がジッとしていましたか?」



「するわけ無いじゃないですか………あっ…」



「シベックまで自爆すると僕まで惨めになるんだが…」



「ぐぅ…とにかく【竜の機嫌が悪い】竜峰へ行くの止めるの大変でしたよ。ノーブル様が不在であると納得させるまで…」



シベックはその時の光景を思い出しているのかウンザリした顔である。ノーブルはそんなシベックの顔は気にせず質問する。



「僕が一月前にこの村に来たことは?」



「ハーディス家は剣王様と一緒に王都に向かいましたよ。ベルリーノ様が身籠って万歳してたら、剣王様がやって来るわで大忙しでしたよ。ノルベ様も心労で体調を崩し…」



「それはもういい…母上はどこに…………………………おい【領民】」



何やら凄い嫌そうな顔をするノーブル。



「【領民】だからこそですよ…てか【索敵魔法】使ったの全然分からなかったんですが…凄いですね…」



ノーブルの様子を察したシベックが苦笑する。



「呑気に…クソッ…ちゃんと本家には顔を出すつもりだったのに…フィオさん!」



「?…はい、なんでしょうノーブル様?」



買った荷物の整理をしていたフィオはノーブルに呼ばれ手を止める。



「ごめん、せっかく買ってきてもらったのに無駄になるかも知れない…」



「えっ…?…そ…うですか、オススメとか色々教えて貰ったんですが……えと…何かありました?」



ショボーンと明らかに落ち込んだフィオだったが、すぐに気を取り直してノーブルに問いかける。



「ごめんね…フィオさん…今こっちに…「「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオブゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!」サマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


…来る…」



ドドドドドドドドドドドドと落ち着いた街並みとは場違いの騒音が遠くからやって来る。



「…………何でしょうか?…2人?」



フィオは近付いてくる土埃に目を細める。



「母上と…爺だな………はぁ…逃げようと思えば逃げれるけど、アディちゃんとシベックの奥さんまで巻き込みたくない…策士ですね…シベック」



フィオの問いに答えるとノーブルはシベックに振り向く。



「…やめて下さいよ、最初に言ったじゃないですか。アディの行動は予想外でしたって…僕は【領民】として通りすがりの村人に私兵団へ報告を頼んだだけですよ。」



「…はぁ、シベックの休暇も嘘ですか?」



「休暇は本当ですよ?【新婚旅行】も兼ねて【様子見】に」



「…それは…まぁ…もういいや、シベック」



ノーブルは頭に巻いていたターバンをして取ると頭をポリポリかきながらシベックを呼ぶ。



「何でしょうか?」



「僕はこれから起こる喧騒の方が【辛い】よ」



「そこは【幸せ】って言ってあげないと奥様泣きますよ」



「だろうね…」

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