第29話 母と老兵
太陽が青空に輝く時間、穏やかな【獣人族の村】から出発する6頭曳き箱馬車。
周りには騎兵がズラリと並ぶ、その数は20
村の人は何事かと顔を出すがハーディス家の者だと分かると適当な感想を胸にその場を後にする。
次の日、この村では【ハーディス家の次男坊が無事保護された】という話題に持ちきりになる。ある雑貨屋の娘がその話題の詳細を聞いて貧血を起こし倒れたりしたが、次男坊の無事を誰もが安堵したそうだ。
穏やかな村を出た馬車はガタゴトガタゴトと進んでは揺れる。
多くの護衛に守られた馬車の中はたった3人。
1人は白いシャツに濃い茶色のズボン、革のブーツとシンプルなどこにでもいる村人か商人の様な格好の少年。特徴は濃い灰色の髪だろうか。流れる窓の景色を観ている。席の隣には黒い革の筒のような物が立て掛けられている。
少年ノーブル=ロッソ=ハーディス
2人目は女性、少年に似た灰色の髪だが手入れがされているのか灰色というより銀色に近い光沢ある艶の長い髪である。
裕福な身分であると証明する様な凝った作りのドレスを着ている。穏やかな優しそうな顔立ちだが、今は目の下を腫らし赤くなった鼻をスンスンと鳴らしている。先程まで泣いていた様子である。
少年ノーブルの母親であるノルベ=ロッソ=ハーディス
3人目は巨躯の男性で兵士の格好をしているが、皺の深い顔と白髪は明らかに老人のそれである。しかし活力は漲っているのか姿勢がしっかりしている。こちらも女性と同じく目の周りと鼻が赤い。
ハーディス辺境伯爵私兵団の元団長であった老兵ストーン
「……………」
「…スン……」
「………うう」
馬車の中は気まずいというより、3人が心の整理をするのに必死で会話が出来ないようだ。
ノーブルにとってハーディス辺境伯爵家の帰る家かと言われると【よく分からない】である。
(フィオの話からニコがハーディス家の娘として扱われていたことを知って驚くいたけど…)
四年前の【ニコの保護者】についてノーブルはシベックに聞いたところ、保護者は見つからず、加えて【魔王出現】の騒ぎもあり、なし崩し的に保護したということまで知っている。
ジャンテも貴族学校で2人の婚約者を見つけ、無事結婚。正妻のベルリーノは2ヶ月前に身籠っている。
妹もいると聞いたノーブルに実感はない。両親にお願いした本人が一番喜べていないことに心が痛む。
(同じ家でも…違うんだろうな…妹も兄上の奥さんたちも…女性ってだけで気を使うのに…)
「ノーブル様…」
老兵ストーンが少年の名を呼ぶ。ノーブルは窓から視線を離しストーンを見る。
「…何です?」
「!…いえ…その…大きくなられましたな」
「…やっぱり馬車から降りていいですか?2人の泣き顔見てるとイライラします」
「「!?」」
「自分でも…母上やストーンさんが心配してくれていたというのは分かります…僕は【弱かった】から」
「「…」」
「先に話しましょう。僕はハーディス家の本家では暮らしません」
「なっ…何でノーブル!?」
「ノーブル様!?何を仰るのですか!?」
ノーブルの突然の告白に驚愕する2人。四年ぶりに会えたと思ったら、遠回しに一緒にいられないと言われたのだ。ショックは大きい。
「1人で生きれるようになってしまったからです。」
「!……それは…」
「!……………ノーブル様…それは【強さ】ではありません…【傲り】です…!」
ノルベは悲しみの顔、ストーンは怒りに近い険しい顔つきになる。
「……【お】【ご】【り】か…」
あえてストーンに聞き直すノーブル。
「ええ、貴方様があの【剣王】と一緒にいた事は知っています…故に守られていた事に気付いて…!?」
そこでストーンはノーブルの異変に気付く。
目の周りに【赤い鱗】がミキミキと浮き出てきたのだ。
「【ま】【も】【ら】【れ】【て】?」
再び、あえて聞き直すノーブル。
「!?…な…なな…」
「…ノーブル…貴方…竜体魔法を…?」
ストーンは驚きのあまり硬直し、ノルベも驚いているがストーン程ではない。それよりもノーブルは気になることを口にする。
「母上…嬉しそうですね?」
「えっ?…嘘っ!?笑ってた!?」
目は興味津々ですと言うように輝き、ノルベの口角が上がっていたのだ。
「…そっ…そんな…帰ってきた…息子への愛が…竜に負けたというの…」
指摘されたノルベは両手を頬に当て、ムニムニしている。顔を青くしていた。何でそんな顔をしている【理由】は検討がついているノーブルは特に気にしない。
「まぁ…いいですけど…ストーンさん馬車止めて外に出ましょうか?」
「はっ?…えっ…いや何を…ノーブル様?」
ノーブルの発言の意図が汲み取れないストーンは聞き返す。
彼は答える。
「四年ぶりに魔法の練習しましょうか、【クソじじい】」
ーーー
【ストーン=ベルデガ】今年で60歳 になる。
初めて【剣王】に会ったのは11の時であった。
代々優秀な【王国騎士】を輩出する【ブロッカート家】。
そのブロッカート家の従士を務める【ベルデガ家】の長男として生まれた。
ブロッカート家の長男と同じ歳であり、王都の貴族学校に揃って入学した。仕えるべき優秀な主がいる。誇らしいことだった。
ある日、学校の生徒同士の【喧嘩】が起きた。気になった主に「一緒に行こう」と誘われ、美しい庭園のある広場に駆けつけた。
そこでは大勢の生徒が揃って青い顔をしていた。
中心にいたのは8人。
泣き叫んでいるのは【双翼の二公】の家の2人。その取り巻きが4人。
その6人と向かい合ってる1人は王族のエンヴァーンという男子生徒であった。
もう1人はハーディス家の男子生徒。エンヴァーンの後ろでどうしたらいいかオロオロしていた。
【喧嘩】の理由はくだらなかった。
男の子らしくエンヴァーンは【竜】に興味があった。そんな理由から【竜】が見れる領地を持つハーディス家に積極的に絡んでいた。
それが面白くなかったのは【双翼の二公】と世襲貴族の家だった。
もしかしたら、2人と同じ様に【竜】に興味を持っていたがプライドが邪魔して素直になれなかっただけかもしれない。
原因は何であれ【喧嘩】は起きた。そしてエンヴァーンはある意味王族らしく相手をボコボコにした。
彼は【暴君】エンヴァーンと呼ばれ、次期国王である長男ライトを困らせ、現国王の父親すらも殴り飛ばしたという噂もあった。
学校だけでなく国全体でエンヴァーンの評判は悪かった。
こいつは早死にすると誰もが思った。
案の定、彼の父親は愛か恨みかエンヴァーンを紛争に同盟国の戦争の応援に彼を飛ばした。
彼はその度に成果を上げて帰還した。
彼の武勇は各国から認められた。予想外の展開に焦った父親は慌てて長男ライトに王位を譲ったくらいである。
人気が出るのを恐れたライトはエンヴァーンを戦に関わらせないようにした、エンヴァーンはそれを承諾。その代わりに冒険者として活動を始めた。
丁度その頃のストーンは28歳、妻も子供にも恵まれた。順風満帆な人生である。
しかし、その年にある問題児が生まれた
【ノルベ=ロッソ=ブロッカート】
ストーンの主であるブロッカート家の当主は生まれる子供が今までで6人が全員男であったためか初めての娘を大層可愛がった。
ノルベは男ばかりの家庭で育ったにも関わらず美しく、剣の才能にも恵まれ逞しく育った。王族からの婚約もあり、当主はますますノルベを可愛がった。
そんなノルベだが1つ欠点があった。男兄弟ばかりだったせいなのか、絵本や本の物語が大好きなのは良いのだが、中でも【竜】に強く惹かれていたのだ。
それ故に彼女は同じ貴族学校に通う。3つ年上のハーディス家の長男グリスに猛アタックしていたのだ。
この情報にブロッカート家の当主とストーンは焦った。【暴君】を思い出したからだ。
ストーンを含めたブロッカート家の従士たちはグリスとノルベの関係をあの手この手と邪魔しまくった。
それがダメだったのか、そもそも【冥神】相手には無謀だったのか二人の仲は深まっていった。
しかし、グリスは先に卒業する。王族相手の婚約を解消する訳にもいかず、ノルベは最後のお願いとして、【竜】を観に行きたいとお願いした。グリスとハーディス家は了承した。ブロッカート家もストーン含む従士と私兵団を婚約者である王族からも王国騎士を同行させる事で了承したのだ。
グリスは15歳
ノルベは12歳
ストーンは40歳
結果として【竜】は見れた。
ハーディス家とハーディス辺境伯爵家私兵団の【命】を代償として。
グリスは貴族学校を中退し、そのまま当主へ。若すぎる当主に不満の声が多かったが、グリス本人が【手紙】を枕元に置くなどして黙らせた。
ノルベは責任からグリスの側以外は譲らないと見事に【暴君】と化し、両親や兄弟たちと大喧嘩をして婚約を無理矢理破棄させた。
【王族泣かせ】【騎士殺し】の夫婦はこうして誕生した。
ノルベ同様、失った命の責任を感じたストーンは穴だらけになったハーディス辺境伯爵家私兵団の一員として若い2人を支える事で償おうと考えた。
そして20年。
老兵は新たな【暴君】と対峙する。
【暴君】は【黒い岩の棒】を構える。
「ケール(神々)=エレボス(幽冥)の門を開けろ【冥王剣ケロベロス】」
【黒い岩の棒】から【爪】が生まれた。
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