第9話・探索魔法
ハーディス辺境伯私兵団
この世界に魔物や魔獣は多くいるが、人嫌いの【海神】が生み出したとされる【魔物】や【魔獣】は一際凶暴である。そんな存在が多く蔓延る地の入り口に領地、そして本家を構えるハーディス辺境伯爵家。
本家の人間は【冥神を祀る勇者】の血が持つ【恩恵】により、あらゆる存在から襲われにくいが、過酷な地で生き残るために幼少時から最低限の教育がなされるため1人1人がガルダ王国を含む各国から恐れられる強者である。
良い噂・悪い噂ををあげればキリがないハーディス家を仕える私兵団。弱いはずがない。…と王国の軍関係者や冒険者ギルドのトップも重要視する存在なのであった。
そんな存在である私兵団の一員であるムキムキ老兵・ストーンとボサボサ髪・シベックは芋の皮剥きをしていた。
「うぁああい!…っあ…指切れとる!」
「何しとるんだシベック…」
「いやなんかノーブル様との【感覚共有(イナスタジアム)】に反応に驚いてしまって…【揺れにて血を清め・レッドヒール】【連れにて類を結べ・チャック】…熱つ……おし治った。」
シベックの指に魔力の光が宿ると、小さな蒸気が噴き出すといつ間にか切り傷があったところは赤みがあるもの傷自体は塞がっていた。
「お前の指なんぞの1本や100本どうだっていいから、ノーブル様の状態報告せんかい!!」
「やめてくださいよ…最低でも5人のシベック君たちが指を無くして泣いてるじゃないですか…」
「あ?」
怒りと威厳が混じった声を出すストーン。
「あっ…ハイ…では報告ですね…えーっとですね…つい先程、手足に異常な発汗がありました。緊張状態に陥っていたのでしょう」
「何じゃと!?」
「それはすぐに治まり、次は裸足になって、硬い地面…いや岩の上を歩いたのかな?その後、何かを背負いましたね。」
「…」
「それでそのまま川の中に入ったっぽいです。冷たさは分からないにしても水に入った感覚に驚いて、僕は指切ってしまったワケですが…ってあれ?どうしたんです団長?おーい!」
何やら我が団長が下を向いて肩をプルプル震わせている。そしてガバッと顔を上げたかと思うとシベックを睨みつけ
「まず緊張状態分かった時点で報告せんかいぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「ほべすっっ!!」
ストーンが振り切った太い腕はシベックの喉に叩き込まれ、持っていた芋とナイフをその場に残し、後ろ吹っ飛んでいった。それを見ていたシベックの同僚は「またか…」っとため息を吐いている。
吹っ飛ばされたシベックはヨロヨロと戻ってくると
「…いや、流石に一瞬だけの緊張状態でしたし、その後は普通に動き回ってたので…背負った何かも上着越しなので詳細は不明ですが軽いものっぽいです…水から出た後すぐに下ろしたですし…ってアレ?」
急に顔が強張るシベック、それを見たストーンともう1人の兵士を訝しげな顔にを向ける。
「なんだ?」
「え?あっ…いえ…片手に何か感触が…あれ?これって…ええええええええええええええええええ」
そんな3人の元に見回りから戻ってきた2人の騎兵。
「団長!ただいま見回りから戻りました。交た…い…を……何かあったんですか?」
「んっ?いやシベックの奴が…な………」
ストーンが見回りから帰ってきた兵士に状況を説明しようと振り向こうとする途中、ノーブルが見えた。
「な……ななななななな…」
急に固まりシベック同様に挙動不審に陥るストーンに目をギョッとさせる団員3名は団長の視線の後を追う。そして固まる。
シベックも恐る恐るそちらを見る。そして
「!?…うわ〜マジか〜予想の斜め上いきましたわ…」
視線の先にはノーブル
と一緒に手をつないで歩いてくる顔面入れ墨の入った幼女がいた。
トコトコと2人で私兵団の下へと歩いてくる。ノーブルは笑顔で幼女はこっちを見て緊張している様だ。
やがて2人は硬直した私兵団一同の前で立ち止まり。
「川で女の子拾った!」
「「「「「ナンダッテ!!??」」」」」
主の子であるノーブルが起こしたイベントはあったものの私兵団はとりあえず昼食の準備を進めることにした。
老兵ストーンは先程までノーブルに魔法を教えていた布地を掛けた岩にノーブルとニコの2人を腰掛けさせ、何故この状況になったのか詳しく話を聞くことにした。
岩の周りには調理器具などが置いてありここで昼食を作る様だ。そこでノーブルはふと目に入ったものに質問する。
「そういえば爺、この壺って魔法の練習の時に一緒に持ってきてたけど何なのコレ?」
「ぬ?コレですか。炭ですよ炭。」
「炭?コレが魔法に使えるの?」
「ええ、昼食の準備に火を起こすのですが、どうせなら魔法の練習の一環にしようかと思いまして…」
そう言ってストーンは壺に入っていた鉄の橋で拳くらいの炭を取り出すと地面に転がした。
「【揺れにて焔を生め・ボーンファイア】」
その詠唱の後、ストーンから光が飛び出し転がした炭に当たる。その後、炭はカカカカカッと微振動すると赤熱するとやがてボッと赤い火がついた。
「「おお〜」」
ノーブルとニコは揃って声を上げる。それに気を良くしたのか笑顔になる。
「本当はこれの練習をして昼食まで時間を潰すつもりだったんですがね…」
「………………………………………うんうん……………ねぇ爺、炭をもう一個出してくれない。」
「おお?そうですか、ノーブル様ならあと数回で魔法の余波を覚えるでしょうな!」
そう言って、壺からまた一個炭を取り出し転がした。
「では…ゴホン…【揺れに…」
ストーンがあり詠唱を始める前にノーブルが発言する。
「【揺れにて焔を生め・ボーンプロクス】」
そういうとノーブルから光の出て炭に当たると炭は振動から赤熱、着火し炎に包まれた。
「っよし!!」
「!?…ノーブルすごい!」
魔法と炎の輝きを見てはしゃぐ2人
「「「…」」」
そして絶句する老兵ストーンと食事の準備をする見回りを交代した兵士2人。
「……………………………………………ええ!?」
「どうしたの?爺?」
「ええ!?いや、あのもう覚えたんですか?」
「うん、爺が使ったあとにピリッと来たから余波だと思う。後は適当に考えて、自分の中で納得したから打って見たら上手くいったよ?」
「適当にって…あれ?ノーブル様って…あっいえ何でもありません。」
「んっ?何だい爺?気になるよ?」
「む?あー…いえノーブル様の口調がエラく流暢になられていた様な気がして…」
「そう?全然意識してなかった…変かな?」
「いえいえ!?きっとノーブル様が成長したのです!私がノーブル様を子供と侮っていたために気付くのが遅れただけでしょう!」
「そうなのかな?だったらいいな…ありがとう爺!」
「!?…そんなお礼など…うう…何でしょう…この成長するノーブル様に対する嬉しさと悲しさの混じった感情わぁああああ!?」
泣き出す老兵に苦笑する兵士たちは2人が燃やした炭を移動させ、見回りついでに拾ってきた薪で囲み火力を安定させる。ノーブルの横で輝く炎と見ていたニコは
「?…よく分からないけど良かったねノーブル!」
「ん?そうだねニコ」
嬉しそうにお互いを微笑みあう2人を見て、老人は本来の目的を思い出し泣き止む。
「あの…ノーブル様…恐れ多くも…その…ニコ様は何なのでしょうか?」
「ああ…そうだったね…まずは【索敵魔法(レッドシーカー)】で白く光ったんだけど爺は分かる?」
「白く?だとしたら光…いえ、恐らくは【神属性の魔法】かと…」
「神属性?」
「はい、昔は【光】【闇】【無】など他にも色々分類されていたのですが、魔導学園や宗教家たちが【表裏一体論】といった定義の押し付けが横行していて混乱を招くので、【火・水・土・風】4属性以外のその他は【神のみぞが知る】から【神属性】として認識しています」
「ややこしいね…」
「そうですね…まぁこの時代の流行みたいなものですから強制するものではありません。自身の心持ち次第ですからな…」
「ふーん…だとすると僕が見た白い光は【神属性】、つまり【神のみぞが知る】…詳細は不明」
「…そうですな【索敵魔法(レッドシーカー)】の魔眼に干渉ですか…【冥神の隠蔽魔法】で反応を隠すなどありますが…」
「ん〜…そういえば前に言っていた【冥神】の探し物探す魔法ってどんなの?」
「お?興味あります?流石はハーディス家の者ですな!」
「それはいいから爺…それで効果は爺?白い光とか見えない?」
「ふむ…そうですな結論から言うと白い光が見えますな。」
「冥神には【索敵魔法】はありませんが【探索魔法】があります」
「探索魔法?」
「はい、【冥神の探索魔法】は使用者の【深層心理から求めるもの】や使用者が【身に付けていた物】、後は【自身に似た魔力や血】なんかも追え…」
「それだ!」
「む?何ですかな?」
「ああ、ニコは【冥神の加護】を持っているから僕のハーディス家の【恩恵】に引っ掛かったんだ!」
突然ガシャガシャーンと音が鳴り響く、驚いたノーブルとニコはそちらを向くと兵士が空の大鍋を落としたところだった
もう1人の兵士は手頃な岩の上でまな板を置いて野菜を切っていたようだが現在、まな板が真っ二つになっている。
「…」
老兵ストーンは眉間にシワを寄せて指で押さえていた。ただならぬ雰囲気にニコは腰掛けていた岩に上がるとノーブルの背に隠れる。
「あっ…あのみんな?」
嫌な雰囲気に慌てて声をかける
「ノーブル様」
老兵から低い声。
「…はい」
「冗談でも度か過ぎています…」
「…どういうこと」
「私たちはハーディス本家の私兵団として誇りがあります。
「うん?…それに今の話と関係ある?」
「ありますよ。【冥神の加護】という存在はハーディス家という【恩恵】の一族を脅かす存在であります。あとは察して頂けると…」
確かに【冥神を祀る勇者】の【恩恵】は力だけでなく500年過酷な辺境の地で戦い続けた信頼の証だ。ポッとでの【加護】持ちに喰われてしまっては仕え支えてくれた者たちの心中は穏やかではない。
「…分かった…それ以上は聞かない」
「はっ…ありがたく…!」
「ただね…爺」
「はっ!何でしょうか!」
「僕、今ので私兵団のことにちょっと嫌いになったから」
「「「ええええええええええええええええええええええええええええ!!」」」
さらりと告げた主からの言葉は私兵団に大ダメージを与えた。そんなことはどうでも良いとノーブルはニコに振り向き…
「ニコ?大丈夫?怖かったよねこの爺ヒドイよねぇ」
「ぇと…大丈夫だよノーブル?」
そういってノーブルは後ろに隠れていたニコを隣に引っ張って戻して上げる。
「あっ…あのノーブル様、確かにキツく言ってしまったかも知れませんが怒ってる訳では無くて…」
しどろもどろになるストーン、後ろで兵士2人はクソジジイがこれで給料減ったらどうする気だよ!」みたいな怨みがましい視線を送る。
その後、見回りから戻って来たシベックが見たのは、土下座する上司である団長と一緒に謝る同僚の兵士2人。
それを無視しダメ元で魔法をニコに教えているノーブル。
「はぁ…何やってんですか…」
普段はお調子者であるシベックはこの惨状にため息をついた後、団長は放置し兵士4人で昼飯の準備を急ピッチで進めるのだった。
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