第8話・抱きつく
高原の小さな川へ近づくにつれ、地面は土ではなく湿った砂利となっていた。
ノーブルの足元からカラリカラリと鳴る小石の小競り合いとサワサワと奏でる川のせせらぎが辺りを支配する。
やがて足音より川の音が大きくなった辺りで立ち止まった。
正面、川の向こうでは不思議そうにこちらを伺う【あの子】をノーブルは見つめ返す。
青く輝く瞳。
薄桃色の髪。
白と青の服。
そして
【入れ墨】のある顔。
(先程の情報にあった【青金剛の呪い墨】というのはこの顔の入れ墨のこと何だろうな…)
気になるところではあるが初対面で初の会話が相手の顔について聞くのは抵抗があるノーブル。
ならば名前からかと【グルジオカルニコ】というのが名前らしきものは知っているが確認は必要だろうと思い声をかけ掛けようとして、止める。
(いやいやいや、自分より小さい子だからってこっちが一方的に聞くようなことするなよ…!相手が自分に興味無くしたり嫌悪感持たせたらマズいって…ん?何がマズいんだろう…)
先程の【深呼吸】で自分でも驚く程に頭が回る様になった気がするのだが、頭が回っても精神的なものが追いつかず困惑する。
(まぁ、こんな辺境にいるとしたらプルー湖東部の開拓村…からは遠いから獣人族の村の子供か…でも耳や尻尾…鼻が黒かったり毛深いとか1つとして特徴は見当たらないし…ここにいる理由くらい聞いても失礼ではないよな…いや待てよ)
小さい子なら周りから見えない岩場。そして川とはいえ立派な水場という観点から考察する。
(体を拭きに来たかお手洗いか…ヤバい…そうだとしたら出会った時点で…もう近づいたという行動がダメじゃないか…!?あっー!もう!)
相変わらず小さな川の向こう岸で不思議そうにこちらをジッと見てくる。【あの子】を見据え、意を決して声をかける。
「こんにちは…僕はノーブル」
「…」
返答はなく相変わらず黙って見つめ続けることから拒絶の無視などは無い印象を受けるノーブル。
「君は…どうしてこんな所にいるの?」
(これで答えが「花を摘みに…」いや2歳らしいし直球で「トイレ」とか言われたら恥ずかしさで死んでしまう…)
「…」
返答はなく、お互い無言。川の音と遠くの空からピィイーヒョロロロロ!っと鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。
(ええええ…もうどうしたら)
無言の視線が辛くなり、鳥の鳴き声がする青空を見上げる。先日、春一番の嵐が過ぎ去って空には雲1つなく気持ちの良い青が視界一杯に広がり太陽と薄いが月も見える。
「いい天気だね…」
「ん」
思わぬ反応にビックリして【あの子】を見ると、空を見上げていた。
「川もキラキラしていて綺麗だね…」
「ん」
視線は空から川へ。相変わらず口を閉じたままの返事。それでも反応してくれることに安心と喜びがあった。
「山は大きいね」
「ん」
「雪があって白いね」
「…」
(あれ?また無言…)
このまま続ければいずれは打ち解けるかも…という打算は打ち砕かれる。
(…このままでは、さっきの情報が不鮮明なままで気になるし…覚悟するしか無いか)
「…名前は何ていうの?」
「…」
「…名前はある?」
「…」
「えっと…君はグルジオカルニコって名前なんじゃないかな?」
話が進まないと判断し、相手に薄気味悪がられる覚悟で肯定と否定だけで成立する質問をした。
「…んーん」
そうと口を閉じたまま幼子は首を横に振る。それは否定ということで間違い無いだろう。
「そっか…」
名前が違うとしたら先程の【グルジオカルニコ】とは何だったんだろうか…とりあえず名前についてはダメ元で聞き直すことにした。
「あなたは誰ですか?」
(これで何も返った来なかったら正直、お手上げかもしれないな…)
「ニコ」
初めて口を開いた声を聞いた。
「…それ名前?」
「ナマエわかんない…バッチャ、アナタはニコ…っていってた」
どうやら【名前】という単語が分からなかったらしく、グラジオカルニコという名も省略したか愛称か伝統なのか分からないがニコという名前だけを覚えているらしい
「バッチャ?…バッチャ…ああ…おばあちゃんの事かな?お母さんとお父さんは?」
「?…んーん」
また口を閉じてしまった。
(そこで止まる?父と母のこと分かんないとなる祖母らしき人のこと聞いた方が良さそうだ…)
「そっか…そのお婆ちゃんこと聞いて良い?」
「…ん?…バッチャのこと?」
「そうそう」
「えと…バッチャはね…ツヨいの!」
「強い?」
「そう!…あっ…えと…イエからムラ?…にイくってイってね…なんかクロいのコロしてたの!」
身内の話のせいか拙いが積極的に言葉を続けてくれる様になった様だ。
「というかコロ…殺しって…それに黒いのか…」
幼子から物騒なワードが出てきて思わず顔が引きつる。
「なら…ここにいるのはバッチャのおかげなんだね。」
「うん!」
満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。
「……………………………………はっ!?」
(今まで受け答えすら苦戦してたから、いきなりの笑顔にビックリして心臓止まったかと思った…!)
いきなり固まった少年に幼子が川の向こうから不安そうな目でこちらを見る。
「えと…どーしたの?…あ…えと…なんだっけ?…のの…ノー…ウ?」
「ん?…ああ、僕はノーブル、ノ、オ、ブ、ル」
「ノ…ノウブル!!」
「んっ?なんか発音が微妙な気がするなぁ?」
なんか脳が真っ青みたいなのと脳が震えているみたいで気持ち悪い名前が出来上がっている…
「ノ、オ、ブ、ル」
もう一度確かめる様に繰り返す。
「ノ、オ、ブ、ル」
川の向こうから幼子と繰り返す。
「ノーブル」
「ノ…ノーブル?」
「そう!よろしくね【ニコ】!」
「う…うん!【ノーブル】!」
ニコは賢い子なのか、発音も自分が間違っていると受け入れすぐに直した。名前を呼び合ってお互いぎこちない笑顔見せる。
クキュルルルルル…
すると緊張したやり取りを終えた安心感から空腹を知らせる音が響く。
「「…」」
しばしの沈黙、川の音だけが鳴り響く。
「そういえば僕ご飯まだだった…」
「…ゴハン」
何故か急に落ち込んだニコに気付いたノーブルは声をかける。
「んっ?ニコもご飯まだなの?」
「うん…ここでヤスんでたら、バッチャがココでマっててねって…でも…カエってこないの…」
そう言ってニコは泣きそうな顔になる。慌てるノーブル。
「そっか…ううーん…ねぇニコ?あっちで僕とご飯食べながら待ってるのはダメかな?」
「ノーブルとゴハン?」
「うん!…えと…ダメかな?」
「わかんない…でもノーブルとゴハンたべたい…でもアブないから…」
「危ない?いや…まぁ…確かに…そう言われると何もかも危ないといえば危ないのかな?」
少しは警戒心が薄れたと思っていたのでニコの発言に凹み逆に泣きそうになるノーブル。
その反応にニコは慌てて声をかける。
「えと…えとね…ノーブルのきたところ…えと…あっち?にいきたいけどバッチャがカワのミズにハイったらアブないって…えと…だから…あっちイケないの…そのゴメンね…」
「ああ〜成る程…」
確かにニコの体は小さい川と言っても膝くらいの深さもあれば危険過ぎると言ってもいっても過保護ではない。大人でも足首の深さがあれば溺れる危険があるのだ。
「まぁでも…そのくらいならっ……靴も靴下も邪魔だな………よっと!」
そういってノーブルは革靴と靴下を脱いだ後、川から顔を出している岩に向かって軽いジャンプをして飛び移る。
「ほいっほいっ…っとと…せいっ!…っと…はい到着!」
何回か手頃な岩にペタペタとカエルの如く飛び移って川を渡りきる。この年頃のわんぱく少年にとって川遊びは1種のスキルみたいなもの造作もない。
そんな軽快な動きを見せた少年に目を輝かすニコ
「わぁあ!」
ニコの前までたどり着くとノーブルは背を向けてしゃがむ。ニコはノーブルの行動に目を丸くし戸惑う。
「えと…えと?ノーブル?」
「んっ?あれ?伝わんない?えっと、おんぶするからどうぞ」
「えと…おんぶは…アシがウゴかないトキや、ビョーキ?とか、どーしてもなトキしかダメだって…バッチャがイってたんだよ?ガマン?っていうの!」
「厳しいな…いや正しいのか?良く分かんないな…」
ニコの服…先程の情報では海竜のスケイルドレスと言われたニコに羽織らせただけの様な布地の汚れを見るに徒歩でここまで来たのだろうと思わせる土汚れがあった。
(馬車で尻の心配だけしてた僕は何も言えない…)
「大丈夫だよニコ。【待ってて】も我慢して【お腹へった】もいっぱい我慢したんだもん。だから大丈夫だよ!」
ノーブルの言葉に一瞬ポカンとした表情をしたが、すぐに顔に赤みが増し、目頭に涙を溜めて始めた。
「!!……う…うん…ニコ…いっぱいガマン…した…ダイジョーブだよ!」
そう言ってノーブルのしゃがんだ背中を勢いよく被さるように抱きついた。
「うおっ!…とと…よっ…よし…じゃあ行こうか!」
あまりの勢いに押されたものも何とか立ち上がる。
「わわわっ…うわぁ!スゴイスゴイ!ノーブルチカラもち!」
持ち上げられたことと普段と違う目線という慣れない緊張に声が上ずるニコ。
「えっ…?えへへ…そうかな?」
ニコの賛辞に機嫌も調子も良くなる。それに加え…
(やっぱり女の子なんだなぁ…)
最初から「多分女の子」というのは察していたが川を渡りニコの近くまできて、ノーブルはニコが幼子が女の子であると確信した。
2歳という体であるものの、【あるか】【ないか】を確かめなくても近づけば、子供と呼べる年齢との人付き合いが現状、兄だけであるノーブルですら異性の違いは分かった。
故に異性から頼られるのは、力持ちという称号は、この年の少年にとっては大変嬉しいものなのである。
「よし、それじゃ行くよニコ!」
「うん、ノーブル!」
行きとは違い、岩に飛び移れない少年は川の比較的浅そうな箇所を見つけると脱いだ靴がある元いた場所に向かって歩き出す。
パシャンパシャンと裸足で水面を蹴り上げると、水飛沫が舞い上がりキラキラと輝きを放つ。
それはこれから起こる2人の生活を祝福する様であった。
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