みちのくストリップティーズ(long ver.)

 フラれて何もかもどうでもよくなったぼくは、いったんはこれではいかんと奮い立ち被災地支援のボランティアに参加してみたのだけど、足手まといになるばかりで被災者にも「役立たず」とののしられ、もう死んでやろうと現地の山に入った。


 山に入ってみると、山に入っただけでは死ねないという冷厳なる事実に気がついた。ぼくは名前もなさそうな小川のほとりで途方に暮れて座っていた。


 ふと気がつくと、上流から靴が流れてきた。ヒールのついた女物だ。そんなこともあるだろう。ぼくは目を伏せた。


 まもなく、ストッキングが流れてきた。黒。黒か。だからどうした、ぼくは死ぬんだ。


 今度はジャケットだった。ジャケットぐらい誰でも着ている。


 だが、ぼくは薄桃色のシュシュが流れてきたのを見逃さなかった。長身で細身の女が長い髪を振りほどく姿が目に浮かんだ。


 やたらと丈の短いスカートが岸に寄せられてきたときには、ぼくは早足で上流へ急いでいた。


 誰かが、今、この上流で脱いでいる。


 あぁ、キャミソール。水に浸ってもなお濃厚な女の匂いを留めていそうだった。最後に一発という話もある。


 来た! 来ましたね。ブラがぶらぶら。Fカップのブラジャー。いや、あれはGはあると見た。ジィー、カーーーーーップ! やったぜ!


 やっべ、あと一枚しかないんじゃないの? ぼくはいつの間にか駆け出していた。


 そして、短い橋の上に見つけたのだ。


 引き締まった長い足から、パンティをするすると脱ぐ、……河童。


 ぼくは思わず中井貴一のように言った。「カッ、パッ!」


 しかも、目を凝らしてよく見れば、……オス。


 ぼくは、傍らに落ちていた棍棒代わりになりそうな太い枝を手に取った。




「待て待てっ! ちょっと待てっ!」


 ひびの入った頭の皿を押さえながら河童は涙目で言った。


「オレが、一体どこであんな服を手に入れたと思うんだよ?」


 ぼくは殴る手を止めて、話を続けさせた。


 河童は、ふもとの集落にフェロモンむんむんのむっちり美女が庭先で洗濯物を干しているところがあるのだと言った。よかったらその場所を案内しよう。


 フェロモンむんむんのむっちり美女。


 ぼくの脳裏に、フェロモンむんむんのむっちり美女が流し目をくれながら長い髪をかきあげ、おもむろにパンティを脱ぎさる姿が浮かんだ。白く柔らかい太もも。前屈みになったときの胸の谷間。


「よし、今から案内してやる」


 そう言った河童の目がぽややーんと妖しく光った。思わず見入ってしまうような光だった。




 ぼくは河童について山を下りた。


 その集落に行くと、いきなりそれが目に飛び込んできた。


 オー・マイ……!


 軒先にぶら下がったパンティやブラジャーたち! フェロモンむんむんのむっちり美女の下着が一枚、二枚、三枚、あぁたくさん!


「な?」河童が言った。


 ぼくは下着から目を離すこともできず、うんうんとうなずいた。ブラジャーを頭にかぶり、パンティも頭にかぶって、フェロモンむんむんのむっちり美女と一つになってしまいたかった。


「好きにしろよ」河童は言った。


 いいのだろうかと思って、河童を見た。


 河童は促すように下あごをくいっ、くいっと突き出した。


 ぼくはおもむろに下着に近づいていった。


 吊り下げられているパンティを一枚つまんで引き寄せ、顔をうずめた。すべすべの生地が顔を優しく包み込んだ。ぼくは思い切り残り香を吸い込んだ。


 はぁぁぁぁぁ。


 脳みその中で気持ちのいいときに分泌される物質が大量に出るのが分かるようだった。フェロモンむんむんのむっちり美女のたまらない匂い。あぁ、おかしくなってしまう。


 恍惚状態となったぼくは、一枚はずしては匂いを嗅ぎながら手に集めていった。


 そのとき、誰かがぼくの肩に手を置いた。


 振り返ると、そこにフェロモンむんむんのむっちり美女がいた。


 フェロモンむんむんのむっちり美女は、ぶくぶく太って、ぶつぶつの団子鼻に腫れぼったい目をした、肌がぼろぼろの中年女で、どこかの田舎臭いおっさんのように品性の欠片もない顔をしていた。


 あぁ、あなたがフェロモンむんむんの、と思う間もなく、いきなり殴られた。


「お前か、おれの下着盗む奴は」


 なんてエロティックで刺激的! ぼくは殴られた頬に手をやって悦に浸った。鼻血も出ていた。もっと、もっとぶって。フェロモンむんむんのむっちり美女は、自分のことを「おれ」と言うのだった。もっと、もっと……。




 ……あれ?


 途端にぼくは気がついた。


 それはまったくフェロモンむんむんのむっちり美女なんかではなかった。


 ただの醜い中年ババァだった。こんなひどい顔、見たこともない。


 よく見ると、ぼくの手の中にある下着も、その顔に似つかわしいデカパンやデカブラだった。それも、かなり使い込まれている。ぼくは、大量の生ゴミをそうとは知らずに抱きかかえていたみたいに、うわっと放り出した。


「なんだ、お前は!」


 ぼくはうろたえて言った。フェロモンむんむんのむっちり美女はどこだと思って、辺りをきょろきょろ見回した。緑色の妙な生き物が森の中にそそくさと逃げ込む後姿が見えた。


 そういうことか。


 どうやら一種の催眠状態にあったらしい。


 ぼくは状況を飲み込んだ。それから、ババァの下着に顔をうずめて思い切り匂いを吸い込んだことを思い出した。おえっ。おえーっ。


「殺すぞ」


 中年ババァは、ぼくを殴った。何度も何度も殴った。


 ぼくは亀のように丸まって「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」と謝った。




 警察が呼ばれ、ぼくは下着泥棒の現行犯で御用となった。


「河童が」ぼくは訴えた。「すべては河童が仕組んだことなんです!」


 警官は冷たい目でぼくの顔を見た。


「世の中で起きてる犯罪の半分は、河童の仕業さ」


 そう言って、まったく取り合ってくれなかった。

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